新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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白金頭と英雄剋拠

 夜のイクシーズ市街。未だ眠らぬ夜の街には、多くの人が溢れている。

 仕事帰りの人、飲みに行く人、遊ぶ人、そして--対面を張る人。

 

 多くの若者達が集まっていた。その軍勢は二手に分かれており、互いが互いににらみ合っている。その集いの中心には、今現在、対面を行う二人が居た。

 

「ユーヤァァァ!」

 

 男の盛大に振りかぶった、見え見えのテレフォンパンチ。速度は悪くない。しかし、格闘技経験者なら避けられる一撃だ。

 

「いいぜ、来いヨ!」

 

 が、しかし向かい合う男、白銀雄也は一切避ける動作が無い。その場に構えている。

 これには理由がある。白銀雄也のステータスは、パワー5、スピード1、タフネス5、スタミナ3、スキル2という非常に偏った物だった。遅い、とても遅かった。その為、速度の伴った大ぶりの技は、避けたくても避けられないのだ。

 彼は体を鍛える際、速度というものを一切合切捨てていた。ただ単に向いていないから、とい理由もあるが、その実態は「受けた上で殴り返す」という傲慢なカウンタースタイルを旨とする物だった。

 彼の能力は「不屈のハート」。その能力は評定2でしか無く、その内容も「心の強さだけ防御力が上がる」という物だ。お世辞にも、強いとは言い難い能力。

 しかし、彼は自分に絶対の自信を持っていた。負けない。何が何でも倒れない。その自信こそが、「不屈のハート」の力を高めていた。言うなれば、彼は「最硬の男」だ。

 

 拳を、顔面で受ける。しかし、吹き飛ばない。倒れない。いや、逆に、その足はお構いなしに前へと進んでいた。

 

「効かねェナ!」

 

 ボグリッ、と鈍い音。今度は雄也が拳を相手の顔面に振り抜いた。それと同時に相手の男は吹っ飛んで地面に倒れ伏す。そして、起き上がらなかった。

 

「勝負あり!勝者、白銀雄也!」

 

 脇に控えていたジャッジにより告げられた決着。今宵もまたいつものように、白銀雄也は勝利した。

 

「「「おっしゃあァァァァァ!!!」」」

 

「クッソ、まじかよ、強すぎんだろアイツ……」

 

 対面グループ「白金鬼族」からは歓声が上がり、相手グループは意気消沈していた。

 

「さ~て、次の相手は誰ヨ?」

 

「ちぃッ……」

 

 勝利して間もなく、対戦者を募る雄也。それに対して、相手のグループは怯むばかりだ。

 目の前の白金髪の男、白銀雄也。夏祭りの素手喧嘩グランプリで厚木血汐を倒してからというものの、彼の知名度は飛躍的に上がった。Sレートを倒したという新入り。その話題性は大きかった。故に、最近毎夜のように対面を挑まれる。

 

 しかし、お互いのグループが見合っていると、遠くから幾人かの警察官がやって来た。

 

「はい、君達ー、もう夜遅いよー。いつまでも遊んでないで、早く帰りなさーい」

 

警察(マッポ)か……覚えてろよ、ユーヤ!」

 

「いつでもかかってこいや」

 

 向こうの対面グループはそそくさと引き返したが、雄也率いる「白金鬼族」は未だその場にいた。なぜなら、総長(ヘッド)の白銀雄也がまだその場に居たからだ。

 

「君達も、ほら、早く帰りなさい」

 

「悪いけど、アンタに用はないんだ」

 

 忠告する警察官を無視して、後ろの警官隊の方へ向かう。通常の警官達のその中で、一人だけ他とは違うコートを来た警官が居た。

 帽子を被らず、シャツにコートという姿、無精ひげを生やし、少し薄くなった頭髪。大柄で、他とは頭抜けて威圧感の違うその警察官の前に、白銀雄也は立った。

 

「随分と人気者になったな。ええ?雄也」

 

「こんなもん序の口だぜ、牙刀(がとう)のオッサン」

 

「こ、こら君、天領(てんりょう)警部に向かってなんて口の利き方……」

 

 天領(てんりょう)牙刀(がとう)。イクシーズの中で「こいつが強い」という話題になったら、最近有名な瀧シエルやSSレートの三嶋小雨と並んで話題に挙がる人物だ。もう既に妻子持ちでいい年齢ではあるが、肉体にその衰えを見せることはなく、むしろ全盛期よりも凄味がある。

 彼が47歳である事、大っぴらに戦うのが少ない事から知っている人は多くないが、彼の戦いを見た人ならこう答えるだろう。「イクシーズ最強はなんだかんだで天領牙刀だ」と。付けられたその二つ名は「英雄剋拠(ワンマンズ・ヒーロー)」。

 

「あのなあ、こんなに派手に対面やられちゃこっちとしても困るんだよ。確かに禁止はしてねえ。だがな、他の人様の迷惑にならない範囲で、だ。こんな夜遅くに、それに大勢でやってちゃお前、見過ごせるもんも見過ごせないだろ」

 

「だからアンタが出てくる。それも狙いさ、オッサン。イッペン()りてェんだ、アンタとナ」

 

 睨み合う、白銀雄也と天領牙刀。その周りの空気は他とは違う、異質な次元で満ちていた。

 

「警部、こんな少年の言うことなど無視して……」

 

「だあってろ、丹羽(にわ)。こういうガキには一回分からせておかないと学べねえんだ。下がれ」

 

「はっ、はいっ!!」

 

 牙刀に促され、後ろの警官隊の方へと戻る丹羽と呼ばれた若警官。

 

「いいのかヨ、オッサン」

 

「たりめえだろ。男と男が夜のイクシーズ市街で睨みあう。したら、やる事は一つしかねえ。対面だ」

 

「ははっ、そう来なくっちゃ!」

 

「「「オオオオオ!やっちゃってください総長(ヘッド)ォ!」」」

 

 不敵に笑う雄也、威圧感(プレッシャー)を感じさせるようにどっしりと佇む牙刀。周りのメンバーから歓声があがる。警官隊もそれを見守る。

 さらには、これまで街を歩いていた人達も、その光景を気が付けば見ていた。異様な光景だ。青年と、中年。その両者が睨み合い、一触即発。ただ事では無かった。

 

「そんな派手にやる訳にもいかねえ。手四つでいいか?純粋な力比べで行こうや」

 

「構わねェぜ。力には自信があるんだ」

 

 二人は両の手を前に出すと、その手と手を互いに絡めた。プロレスなどで度々見られる、力比べ「手四つ」。お互いのパワーを測り合うなら、これほど分かりやすい方法も無いだろう。

 

 触れて、掴んだ瞬間。ミシッ、と、歪むような音がした。張り詰めた空気が鳴らしたラップ音なのか、骨が軋む音なのか、はたまた幻聴なのかは分からない。けれど確かなのは、この光景を見ている者全てがその音を聞いたという事だ。

 

 互いに、引かない。力は現状均衡か。その静かな状況から、しかし、周りは確かに白熱した対面を見ていた。力と力の、ぶつかり合い。見ているだけの彼らも、体が熱くなる。

 だが、あの大柄な中年の力を、身長差・体重差共に大きく劣る青年が抑えているというその光景はまるで幻のようだった。

 

「強えんだな、結構」

 

「ははっ、オッサンもナ!」

 

「けれど、これまでだ。「極一刀流(きわみいっとうりゅう)」」

 

「オォォォッッ!?」

 

 ドンッ、とさらなる音。ついに、均衡が崩れ始めた。雄也の手が、牙刀の手より少し下に下がった。力の差が出始めたのだ。

 

 苦しそうな雄也に対して、牙刀の顔は涼しげだ。

 

「俺の能力「極一刀流」は、ひと握りならどんな物を持とうと肉体の限界を超え、握った物を限界以上に扱うことができる。そしてそれは、「武器だけ」に非ず、人もしかり」

 

「テッ、テメエッ!卑怯なオヤジだゼ!」

 

「卑怯で何が悪い」

 

「オッ、オォォォォッッ!!」

 

 ギギッ、と、更なる音。雄也の足元のアスファルトにヒビが入り始めた。人間の体越しのアスファルトにヒビが入る。押す牙刀も牙刀だが、耐える雄也も雄也だった。

 周りはそれを、息を飲んで見守るばかり。このままでは、雄也の負けは確定する。誰もがそう思った。

 

 しかし、雄也は諦めなかった。というより、諦める心の弱さなど彼には決して無い。

 

「知ってるか?俺の「不屈のハート」は、心が折れなきゃ、決して砕けねェ!」

 

「……ほう?」

 

 雄也の足元が、さらに割れる。それは牙刀の力が重くなったからではない。雄也が大地を踏みしめる力を強めたからだ。

 

 グッ、ググッ、と雄也は手を押し返していく。これまで防戦一方だったはずの状況を、覆しつつあった。

 

「「「やっちまえーッ!総長(ヘッド)ーーッッ!!」」」

 

 周りからの歓声。気が付けばメンバーだけではない、市民もまた、雄也の味方だった。それは、彼の持つカリスマ性だろうか。周囲を見方に付けたのだ。

 そしてさらに雄也の力が強くなる。想いを力に、それが「不屈のハート」。

 

「ここに来て尚、輝きを増す……やるじゃねえか、白銀雄也」

 

 そこでニヤリ、と初めて牙刀は笑みを浮かべた。目の前の青年の強さを、牙刀は認めた。

 

「だが負けてやる理由にはならねえわな。「英雄剋拠(ワンマンズ・ヒーロー)」」

 

 次の瞬間、牙刀の腕が、一瞬にして祐也の体を押し倒した。雄也の腕はついに牙刀を抑えられなくなり、足は悲鳴を上げる間もなく支えとしての機能を失くし、雄也の膝は地面に着いた。勝負ありだ。

 

 息を飲んで見ていた周りは静まる。天領牙刀という男の、圧倒的な力に。

 

「決着、だな。気が済んだか?雄也」

 

「ッつ……マジかよ、自信あったんだけどなー……」

 

 雄也はもう限界だ、とアスファルトに体を横たえ、天を仰いだ。勝てなかった。強い。この世界には、まだ、こんなにも強い奴が居たのか。

 

「うし、行くぞ、丹羽。やる事は終わった」

 

「大丈夫ですか?警部。上に何か言われでもしたら」

 

「叱られんのが嫌なら俺の独断って事にしとけ。じーさんもそれで納得すんだろ」

 

「はーっ……なんだかなー、もー」

 

 牙刀は対面が終わると、警官隊を連れてそのまま帰ってしまった。ギャラリー達は足を動かし、雄也はアスファルトから体を起こした。

 

「大丈夫ですか?総長」

 

「ん?あー。大丈夫大丈夫。っしっかしなー」

 

 心配するメンバーと、それに答える雄也。さっきまで牙刀の手と握り合わせていた手を、グッパ、グッパと握って開いてを繰り返す。

 

「あの化物め……」

 

 雄也は脳裏にその強さをしっかりと刻み込み、さらに強くなりたいと、自分に願った。







※ここから先は本編とたぶん特に関係ない裏設定が含まれます。よければお進みください。




 ロイ・アルカード 性別:男、年齢:37歳、身長:188cm
 パワー・4、スピード・5、タフネス・4、スタミナ・5、スキル・4「サイレンサー」 評定:Sレート

 テログループ「シェイド」のリーダーであり、元軍人。小国家の都市に生まれ、強靭な肉体を資本に、弱者を叩く強者を叩く者として荒くれていた。
 自分の中の感情に素直であり、嫌いなものは「悪人」。人の嫌がることをする者は決して許さず、その相手が子供でも大人でも気にせず突っかかっていった。
 自分の住んでいる国の情勢が良くないと知っていたため、中学校を出て直ぐに軍隊へ就職。他者を寄せ付けぬ圧倒的な肉体と正義感で周りからの信頼を得、若きにして周囲のまとめ役へとなっていった。
 1年後、些細な事から遂に他の国との戦争が始まってしまった。最初は小規模であり直ぐに終わると思われたそれは、思ったよりも長引いて2年、3年、と水面下でずるずる続き、気が付けば10年続く大きな戦争となっていた。その10年間は後に「血に彩られた十年間(ブラッディ・クロス)」という名で他国の歴史の教科書の隅に乗る事になる。

 戦争で友を失っていき、それでも先へと足を進めた彼だったが、遂に国は敗けた。
 敗戦を聞いて失意の内に国へ戻ろうとしたが、その手前で彼の住んでいた都市が爆撃された事を知る。生存者不明、国は遂に機能を失った。
 彼の住む街には家族が居た。親友が居た。将来を誓った恋人も居た。それら全てを失った彼はこの世界を、神を憎むことになる。
 爆撃はそれだけに止まらず、小国家の端から端までを火の海にするかのように回っていった。抵抗する手段を失った小国家はそれを止める手段を一切持たず、後はなされるがままだった。
 それでもなんとか生き延びようと、彼は必死に身を隠した。この世界に憎しみを抱いただけでは、死にきれない。皮肉にも、その過程の中で彼に能力「サイレンサー」が宿った。自身の音と衝撃を消すその能力は白兵戦で無類の強さを発揮し、追いすがった敵兵を何人も返り討ちにした。
 ある日、逃亡生活を続けていると雨宿りした小屋の中で一人の少年を見つける。その少年は両親を失くし生きる事を諦めたようで、彼を生かしたいとふと思ってしまった。
 その少年の名はミカエル・アーサー。そこから、ロイとミカエルの世界への復讐が始まっていったのだった。

 爆撃刀「dsya(ディザイア)
 テログループでの放浪中に、居酒屋で仲良くなった異能者の鍛冶屋に多くの金と引き換えに作って貰った超越技術(オーバーテクノロジー)の塊のような武器。
 見た目は単なる日本刀だが、内部にマイクロシリンダーを内蔵、爆発機構を備えて「刀のパイルバンカー」化に成功した。通常の日本刀に比べると若干峰が厚い。初期案の鍔ではなく刀身の半分の箇所に推進箇所かを変更する事により、異常な伸びを見せる。その為、本来のアウトレンジから一瞬で敵を殺せる最強の「初見殺し」武器となった。ただし難点もあり、通常の日本刀よりも重いことと、起爆時の衝撃が激しいことだ。
 内部カートリッジ、マイクロシリンダー、爆発に耐えうる柄、全てが謎の物質と技術に包まれており、製作者がどのようにこの武器を作ったのかは不明。イクシーズ内でも調査が進んでいるが、ここまでの技術力を持った者はおらず、この武器に値段を付けるとしたら億ではすまないとの話(科学者談)。
 なお、刀の名前はロイが「己の欲望の果てまでを満たすように」と名付けたもの。

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