新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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影の行方

「……はっ!」

 

 ミカエル・アーサーは目を覚ました。先程まで起こった出来事が瞬時に脳内に蘇る。仮面の女との、熾烈な戦い。瞬時に身を起こそうとして、自分の両手に手錠がされているのに気がついた。

 

「起きたかの?」

 

 かけられた声の主の方を見ると、そこには顔に無数の皺が刻まれた老人が居た。周りを見渡すと、他にも幾人かの「シェイド」のメンバーが捉えられており、部屋内が時々揺れることから此処が大きな囚人護送車か何かという事が分かった。

 

 アーサーは自身の能力を使用しようとしたが、使えない。まるで、力が入らない。

 

「抵抗はやめときなさい。能力を封じる、それが儂の能力じゃ。残念じゃが、君らのお仲間は全員囚われの身じゃ。腕利きが何人も見張っておる。負けじゃよ、君らの」

 

 アーサーは完全なる敗北を悟り、体から力を抜いた。そうか、負けたのか、俺達は……

 

 テログループ「シェイド」は、これまで無敵だった。常に勝ち続け、強者として欲しいものを他者から奪っていった。だが、遂に敗北。その未来は、「死」か。だが、今更自分の命を大事になんて思っていない。それだけの事をしてきた自覚はある。

 

 そうだ、俺達は咎人なんだ――

 

――ミカエル・アーサーが生まれたのは、小国家の中の小さな村だった。村全体が貧しかったし、自分の生まれた家庭が裕福でなかったのは覚えている。けれど、けして不満は無かったし、その時は不自由でも不幸でも無かった。学校だって楽しかったし、みんな仲が良かった。ただ、本や物語に出てくる王様や貴族に成りたいと思った事はあった。

 

 ある日、アーサーが村を出て森の中で友達と遊んでいると、村の方で大きな音がして、一瞬でその方向が赤く染まった。アーサー達が村の方へ戻ると、村は火の海に飲まれていた。

 

 当時10歳だったアーサーはなんとなく起きた事が分かった。両親らが隣国で戦争が行われている、と言っていたのを聞いたことがあった。だから、勝手に遠くに行っちゃ駄目だと。村は、その戦争に巻き込まれたのだ。

 

 アーサーと友達らは呆然とした。これまで自分たちが居た場所が、世界が、どんどんと炎に飲まれ姿形を失っていく。ある少年は炎の中に飛び込んで家族を探しに行き、ある少女は半狂乱になって森の中へと姿を消した。彼らとはそれっきり二度と会っていない。その中で唯一アーサーが取った行動は、その炎をただただ見ているだけだった。それ以外に、何もできなかった。ただ一人で、立ち尽くしていた。

 

 一日ほど経ち、村に雨が振り村の炎は収まった。けれど、村は崩壊状態だった。いや、もう村とは呼べない。焼け野原とでも言った方がいいだろう。

 

 いまだ止まない雨を、まだ少しでも原型が残る家で凌いだ。その家の中も黒焦げで、しかし救いは人が居なかった事か。アーサーは自分の家も、他の家も決して確かめようとしなかった。それを見た瞬間、本当に自分が死んでしまう気がして。家族や友達が死んだなんて事は分かっている。悲しい。けれど、それを見るのは嫌だった。なんだろう、とても、嫌だったのだ。

 

 その家の中で一晩を過ごした。雨はまだ止まない。自分はこれからどうするのだろう。お腹が空いた。飢えて死ぬのだろうか。……いや、それで、もういいか。自分が今いる場所が地獄な気がして、生きるのが嫌になった。ここには家族も友達も居ないのだ。だったら、天国か地獄へ行ってみんなと会うのもありかな。そんな風に考え、炭で煤けたフローリングの床に体を横たえた。

 

 ギィ、と、ドアが空く音。空腹で眠れなかったアーサーはそちらの方へ目をやった。明かりは無いが、ずっと暗かったままなので多少の夜目が効く。そこには、ボロボロの迷彩服に身を包んだ、顔に手入れがされてない髭を蓄えた男が居た。

 男は地面に横たわっているアーサーを見ると、驚いたように言った。

 

「……まさか生き残りが居たとはな」

 

「……誰?」

 

 軍服からして、村を燃やした人の仲間だろうか。だったとして、アーサーにはどうしようもない。恨みも怒りもなく、無気力に、あるがままを受け入れるだけだ。殺されても、それもいいかな。

 

「俺は……敗北して、死にきれなかった男だ」

 

「ふーん……」

 

 男は地面に腰を下ろした。何かをするつもりでは無いらしい。

 

「少年は何をしている」

 

「……わからないよ。死ぬんじゃないかな、このまま。他にしたい事なんて無い」

 

「……なら、俺と一緒にこの世界に復讐をしようじゃないか。この不平等な、罪深き世界への復讐だ」

 

「ふく、しゅー?なにそれ?」

 

 アーサーは復讐の意味などまだ知らなかった。疑問を持つばかりだ。

 

「要するにだな……生き残って、強くなって、正しくなることだ」

 

「正しいの?」

 

「ああ。生きる事も、強くなることも、正しいことだ。正しくないのは、弱いことと、死ぬことだ。正しければ、お金持ちにもなれる」

 

 男が言っている事の意味は、深く分からなかった。しかし、アーサーは他に何をするでも無かった。お金持ち、憧れていた貴族や王様になれるかも。生きる意味がそこにあるというのなら、甘んじて受け入れようとした。

 

「じゃあ、する」

 

「そうか、じゃあ俺に付いてこい。俺の名前はロイ・アルカード。……お前は?」

 

「ミカエル・アーサー。よろしく、ロイ」――

 

――アーサーは今、イクシーズの中の警察署の、取調室の中に居た。向かいには、皺を深く刻んだ、バスの中に居た老人が座っている。

 

「それじゃ、お前さんが「シェイド」のサブリーダーって事で間違いないのじゃな?」

 

「はい、間違いないです。リーダーはロイ・アルカード、サブリーダーがこの私です」

 

「そうか、そうか……」

 

 老人はアゴに手を当てて考え事をしている。確かに老人が疑問に思うのも当たり前だろう。テログループ「シェイド」のメンバーは大体が30~40歳で組まれている。リーダーのロイ・アルカードは37歳、そしてサブリーダ-と名乗った青年、ミカエル・アーサーの年齢は21歳だ。そんな若輩者がサブリーダーと言われて、信じろという方も無理がある。しかし、これは事実だ。

 

 アーサーに抵抗の意志は一切無い。死刑で当たり前、そうでないのなら儲け物程度。自分の命にあまり意味などなく、だったら自分が罪をはやく認めてしまえば他のメンバーの罪が少しでも軽くなるかも、などと考えていた。中でも、なんとか助けてもらいたいと考える人物が居た。

 

 レイン・ヨークシティ。アーサーと同じ、戦争孤児だ。2年前、紛争地帯でシェイドが火事場泥棒を行っていた時に見つけた少女。最初は顔も体型も良かったのでメンバーの慰み者になる予定だったが、その際に逃げようとした彼女の「能力」を見てアーサーは道具として使えると判断した。

 それ以来、彼女はシェイドのメンバーだ。あくまで女性に過ぎないので肉弾戦は期待できず、まともな衣類を渡されていなかったがアーサーは彼女の能力「|空間転移穴《ワープ・ホール《」を非常に優秀だと感じていた。相手に強襲をかけるとき、彼女の能力は非常に役立った。言ってみれば、瞬間移動能力。それと、アーサーの「妨害幻波(ジャミング)」は相性がいい。一切気づかれることなく、敵陣を崩壊させる事が可能だ。

 

 最初はレインを「道具」程度にしか思っていなかった。しかし、アーサーが彼女の活躍がある度に褒めてやったり、食料を多めに回してやったりしている内に、レインはアーサーにいつの間にか「懐いて」いた。気がついたら話しかけてきたり、気がついたら体を寄せてきたり。ロイからは「まるでペットだな」と笑われていたが、そんなレインに、アーサーはいつしか「情」を抱いていた。

 

 そうだ。そもそも、そんな少女が戦争で両親を失い、こんなテログループに居る事自体間違っているのだ。アーサーは、自分たちが「正しい」と盲信している。他の誰でもない、「ロイ」の言葉だったから。

 ロイ・アルカードは、アーサーにとって父であり、兄のような存在だった。稽古を付けてくれて、危なくなったら助けてくれて、アーサーにいつの間にか目覚めていた能力「妨害幻波(ジャミング)」の使い方を教えてくれて、行く先も分からないアーサーを導いてくれて。アーサーは、ロイという存在を他の何より大切に想っていた。だから、信じた。

 

 しかし、レインは違う。ただの少女だ。それ以外の、何者でもない。彼女は戦うのだっていつも嫌がっていた。人を殺した事はない。どうしても殺さなければいけない時は、いつもアーサーが引き受けた。彼女は、優しい。こんな悪魔の巣窟のようなテログループに居る事自体、間違っている。

 

「……メンバーの中に一人だけ、女が居ます。名前はレイン・ヨークシティ、年齢は16歳。あれは、捕虜です。殺すぞと、脅して無理矢理従わせていました。彼女に罪はありません」

 

 アーサーは、そう言った。事実、殆ど嘘じゃない。レインはシェイドに従わざるを得なかった。じゃなければ暴力を振るわれるし、最悪殺されていたかもしれない。せめて、彼女の罪を無くしてやりたい。彼女は、助かってほしい。

 

「……ふむ、他のメンバーとの供述と違うのぉ」

 

「俺がサブリーダーだ。他のメンバーの言葉など信用できないだろう、自分らが助かりたいばっかのグループだ。じゃないとテロなんかしないさ」

 

 アーサーは諦めない。他のメンバーがどう言ったって構わない、なんならそいつを殺しても構わない。今のアーサーには、それだけの覚悟があった。

 

 しかし、老人は予想外の言葉を放つ。

 

「いや、違うんじゃよ。テログループのリーダー、ロイ・アルカードはこう言っているのじゃ。「ミカエル・アーサーとレイン・ヨークシティの二名が捕虜だ」……と、な」

 

「なっ……」

 

 アーサーは驚愕した。老人は、ロイは何を言っているのだろうか。意味が分からなかった。一体、どういう事だ?

 

「ロイ・アルカードはシェイドのリーダー、お主はさっきそう供述したの?」

 

「……はい」

 

 間違いない。言ってしまった事であるために、取り消すこともできない。

 

「ならロイの言うことは確かじゃのぉ。ふぉっふぉ」

 

「……待ってくださいッ!」

 

 バン、とアーサーは机を叩いた。それは、納得できない。

 

「ロイと俺はッ……一心同体だ!あの人は俺の父で、兄で……だからっ、俺はあの人と共に運命を……」

 

 アーサーはロイを裏切らない。ロイが居なければ、アーサーはとっくにこの世に居ない。全て、ロイのおかげなのだ。命の恩人で、大切な人。ロイがもし死刑になるなら、アーサーは一緒に死刑になりたい。それほどに、想っていた。

 

「お主が居なくて、あの少女はどうする?レイン、と言ったの。彼女はお前さんの心配ばかりしておったぞ。随分と好意を寄せられておるようじゃな、信じられる者がお主しか居ないのに、彼女は此処でどうやって生きていけるじゃろうか。そもそもお前さんがそれでも違うと言うのなら、彼女もまた同罪じゃろ。ロイの言葉が嘘なら、主の言葉もまた嘘。少女は仕方なく檻の中じゃ、彼女も主と一緒で嬉しいじゃろ」

 

「なっ……」

 

 それは困る。レインには助かってほしい。彼女に罪はない、咎人は俺達だけだ。

 老人は話を続ける。

 

「主よ、お前さんはまだ若い。どんな過去を背負っているかは分からんが、まだいくらでもやり直すチャンスはある。今がその時じゃ。かと言って、主の罪は消えるわけじゃないがの。だから、償うのじゃ。それがロイの為にも、レインの為にもなる。二人共、お主の事をだーいじに思っておる」

 

「……」

 

 アーサーは自分に問う。レインを助けたい。どうしても、助けたい。ロイとは添い遂げるつもりだった。彼が修羅道を行くというのならこの身もまた修羅に染まり、地獄へ落ちようというのならその奈落に喜んで身を投げるはずだった。しかし、ロイはアーサーに道をやり直せと言っているようだ。ロイは、俺に、助かれと言っている。レインもまた、俺の事を想っていてくれる。

 

 ……こんな自分で良かったのだろうか。俺は、これから、道を正せるのだろうか。これまで来た道を戻って、真っ当な道を歩めるのだろうか。

 

 気が付けば、アーサーの目からは頬を伝って涙がこぼれ落ちていた。自分が信じた者、自分が想った者もまた、自分を想っていてくれる。こんなに幸せな事は無い。

 

「お主がロイの言葉を認めるというのなら、罪を償う機会を、仕事を用意してやろう。決して楽じゃないぞ、だが、真っ当な道を歩むための足がかりにはなる」

 

「……レインは助かるんだな?」

 

 老人はニッ、と笑う。ただでさえ深い皺が、より深まる。その笑みは、とても優しい笑みだった。

 

「お主がしっかりと支えてやるんじゃぞ?それから先は、彼女と主の物語じゃ。他のだーれも、口は挟めん」

 

「ありがとう、ございます……っ!」

 

 感極まり、言葉が詰まりかける。

 

「礼には及ばん、お主にゃこれからいっぱい働いてもらわなければいかんからのぅ。……すまん、刑事殿。レイン・ヨークシティを、この部屋に連れてきなさい」

 

「はっ、コード・セコンド。直ちに!」

 

 老人は部屋のドアを開け外に立っていた刑事にレインを連れてくるよう命じると、刑事は直ぐにその場を去り、少しの間を開けてレイン・ヨークシティが取調室に連れてこられた。

 

「さて、ロイの供述「ミカエル・アーサーとレイン・ヨークシティは捕虜」という言葉により、これではれて君らは無実じゃ。君らには少しばかりの監視を付けてイクシーズでの生活を送ってもらうことになる」

 

「……えっ、ホント、ですか?」

 

 目をぱちくりとさせるレイン。驚くのも無理はないだろう、テログループに加担して無実になったのだから。

 

「さて、テログループの時の名前じゃ生きづらいじゃろ。君らは無関係の者として、イクシーズに住んでもらうことになる。関係者以外に決してその事は話すでないぞ。もしバレてしまったら、待遇を考えなければならん」

 

「……分かりました」

 

 それもそうだ、捕虜だったとしても犯罪に加担した事に変わりはない。それを隠せと言われれば、そうするしかない。周りから咎人として見られつつ生きるのは辛いはずだ。

 

「だから君らには新しい名前を付ける。そうじゃな……」

 

 老人は少しばかり頭を唸らせ、5分程考えていただろうか。閉ざしていたその口を開く。

 

「ミカエル・アーサー改め、浅野(あさの)深之介(しんのすけ)。レイン・ヨークシティ改め、賢島(かしこじま)雨京(うきょう)。それでいいな?」

 

「はい。ありがとうございます」

 

「えっと、その……ありがとうございます」

 

 無表情で頷くアーサー、改め深之介と、それに合わせて頷くレイン、改め雨京。

 

「そして、深之介には近日から儂達の手助けをして貰う。聞いた事あるかの?イクシーズには表舞台にでない暗部の機関があるという事を」

 

「はい」

 

 アーサーはそれを聞いたことがある。その内の、コード・ファウストとも戦った。

 

「なら話が早い。儂の名前は黒咲(くろさき)枝垂梅(しすい)、コード・ネームは介添者(コード・セコンド)。深之介、今日から君は浅深者(コード・ゼロ)じゃ。ほっほ、よろしくの」

 

 枝垂梅は右手を差し出した。

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 深之介もまた、右手を差し出し握手を交わす。こうして、浅野深之介と賢島雨京の、イクシーズでの新たな生活が幕を開けた。


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