新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「で、素手喧嘩グランプリってのはどこでやってんの」
枝垂梅と土井の二人と別れたあと、夜千代と光輝は巡回をしつつメインイベントの会場を探していた。
「もう少しだぞ」
屋台と人ごみがひしめき合う中を歩いていき、少し開けた広場に出る。広場は人で溢れかえっており、その中央にはまるでプロレスのリングのような物が設置され、中では二人の男が殴り合いをしていた。
かたや、浴衣の右腕を衣類からだし、遠山の金さんのように
かたや、白色の特攻服に身を包んだまるで暴走族のような出で立ちの
『
「「「
「「「フレーッ!フレーッ!か・い・ちょうッ!フレッフレッ会長!燃えろよ燃えろよ会長ッ!」」」
司会のMCマックが実況をし、白銀側の応援団である白の特攻服の軍勢と厚木側の応援団である黒い学ランの軍勢が応戦合戦をしている。まるで白組と赤組だ。どうやら今やっているのが決勝戦で、リングの上では厚木と白銀のまさに白熱という言葉が相応しい殴り合いが行われていた。
観客は見入っていた、その美しい戦いに。単純で、純粋な闘争、両者の殴り合い。それはどちらが格上か決めるのにはとても分かりやすく、かくもその戦いで勝つという事がどれだけ至難なのか分からせてしまう。
観客はイクシーズの人間も外の人間も含まれる。しかし、この中のどれだけが彼らに勝てるなどと言えよう。あの一発を受けただけで、倒れてしまうのではないか。心が折れて降参してしまうのではないか。自分たちには真似できない、単純で、かつ、密度の高く、崇高な戦い。それが、この対面の表すものだった。
「……憧れ、ちゃうな」
光輝はふと、つぶやいていた。誰に言うでもなく、心から漏れた言葉。男なら誰だって憧れた事があるはずだ、腕っ節の強い男ってやつに。しかし、いつしか現実を見て、気が付けば忘れ去る。それが憧れというものだ。手を伸ばすだけ無駄で、決して届かない。それはまるで、人の夢のようで。雲を掴むような、そんな存在。
だが、今一度、光輝はその憧れを思い出した。リング上の男達は、重い一撃を互いに受け合って、しかし、倒れない。何が彼らをそうさせるのだろうか。強者たる
白銀と厚木の拳が交差し、互いの顔面を殴り合う。瞬間、それまで引かなかった二人は後ろによろめき、互いにすぐに相手を見据える。隙は見せない。
「参った、この俺がここまでやられるなんてね……だからこそ、より燃えたぎる!俺の「イグニッション」、次の一撃に全てを賭ける!」
「へへっ、イクシーズにも骨のある奴が居るって分かって嬉しいわ……いいゼ、俺の「不屈のハート」はどんな攻撃だろうと決して砕けない!分かるな?俺は絶対に負けねえって事だ!」
二人は走り出す。互いに大ぶりの拳を、相手に振りかざす。制空権が交わり、お互いの、全力の拳が互の
『あーッとぉ!両者共にリングアウトだ!記録班、ハイスピードカメラを!』
「同時……いや、違う、今のは僅か、ほんのごく僅かだが……」
光輝の超視力はそれを捉えていた。厚木の拳と白銀の拳がぶつかった後のほんの刹那。この勝負は……
周囲のどよめきを静まらせるように、マイクがキーンと鳴り響く。
『えー、ハイスピードカメラによる判定の所……ほんの僅かですが、一瞬、厚木選手の全身がリングから飛び出しています!なので、この対面の結果は白銀雄也選手の勝利となります!』
オオオオオッッッ!!!と周囲から盛大な歓声が上がる。白銀側の応援団は飛び跳ね、拳を天へ突き上げ、厚木側の応援団は悔しそうな顔をしながらも拍手を送った。
『それでは白銀選手、折角なので表彰の前に何か一言を……』
MCマックがマイクを白銀に渡すと、白銀はボロボロの特攻服の上着を脱ぎ捨て半裸になり、その鍛え抜かれた肉体を晒しながら言葉を放った。
『厚木、あんた最高だったゼ。大聖霊祭でまた当たったら今度はなんでもアリで
その言葉に厚木は笑みを浮かべ頷き、周囲からはもう一度歓声が上がった――
――二人の超男同士の対面を目の当たりにした後の岡本光輝は、何十分と経ってもとても興奮が冷めやらぬ様子であった。
「あれが厚木血汐なんだよなー、燃え盛る拳による殴打、その破壊力!しかしそれを受けてなお倒れない雄也さんも凄いって!なんだよあれ、あれが「白金鬼族」の総長!いやー、たまんねえって!」
そのはしゃぐ姿は、まるで子供のようだ。強きに憧れる、幼い少年のようで。
「……なんか、私も楽しくなるな。お前がそんなに楽しそうだと」
「おっ、分かるか!いやー、夜千代にも見せちゃおうかなー、俺の宝物!前回の大聖霊祭の決勝戦、三嶋小雨VS厚木血汐の録画DVD!最後までどっちが勝つか分からなかった試合だったけど、厚木の苦肉の策に対して見せつけた三嶋小雨の裏技「
「はは……、っともうそろそろ交代の時間じゃないか?」
夜千代は自分のスマートフォンを取り出し時間を確認する。なるほど、もうそろそろ交代の時間のようだ。
「……あー、そうだな。あー、やっと解放される」
ぐっ、と腕を上に上げ上体を伸ばす光輝。ようやく、この仕事から解放されるのだ。他人の言うことを聞くというのは、不自由で窮屈で仕方ない。それが、終わるのだ。
「……その、なんだ」
「ん?」
夜千代は少し、顔を俯かせる。
「よければ……この後も、一緒に夏祭りを回って欲しいというか、なんというか……あれだ、祭りが好きなわけじゃなくて、そうだ、りんご飴をまだ食べていないんだ!なっ、良いだろっ」
夜千代の顔が少し赤い。ははーん、なるほど、と光輝は察する。
「いいぞ。とりあえずは管理所に戻るか」
「……あ、ありがと」
やはり、そうだ。このしおらしさ。普段の黒咲夜千代には有り得ない。
他に廻る相手が居ないんだな、と光輝は確信した。そりゃ恥ずかしくもなるだろう、友達が居ないから一緒に回ってくれ、なんて。
「大丈夫だ、黒咲。俺はお前の味方だぞ」
「……なんかいらん勘違いしてないか」
照れ隠しをしやがって。かくいう俺も少し前までは友達が居なかった。ああ、安心しろ。お前と俺は友達だ--
--管理所で役員に報告をしてから出る二人。揉め事は一件だけあったが、それは土井が解決した。結果、報告するべき事は「異常なし」だ。
「ふーっ、疲れた疲れた」
「ああ、本当にな……」
はれて、これから自由だ。まるで刑務所から上がった囚人のような感覚を受けて、二人は歩く。次の瞬間。
「光輝っ!待っていましたっ!」
ガバっ、と光輝は横から飛び出してきた何かに覆われる。体に感じる肌と肌が触れ合う感触、脇腹に布越しに伝わる柔らかなそれ。甘い香り。なんとか倒れずに持ちこたえた光輝。心当たりはひとつしかない。
「おい、やめろよクリス」
「だって、待ってましたから。あなたと、こうして触れ合う時を……」
「いつもやってくるだろ、それ」
黒いワンピースの、クリス・ド・レイ。彼女の腕が首に回され、肌と肌が密着して少し暑苦しい。こういつもやられると、こっちも気が楽でない。その……なんだ、アレがだ。仕方がないので、光輝はクリスの脇腹に手を回して引っぺがす。
「……岡本、それは?」
怪訝そうな夜千代。それもそうだ、傍から見たらイチャラブなバカップルだろう。だが、違うんだ。
「九月からうちの高校に来るロンドンからの特待留学生、クリスだ。こう見えても、Sレートなんだ」
「あら、これは失礼。私、ロンドンのレイ家の長女のクリス・ド・レイと申します。よろしくお願いしますね」
さっきのはしゃぎっぷりとは打って変わっておしとやかに振舞うクリス。会釈をされたので、夜千代もペコリ、と頭を軽く下げる。
「どーも、私の名前は黒咲夜千代。よろしく」
「んじゃあ、行くか。とりあえずクリスは日本文化に興味あるんだろ?じゃあ、テキトーに出店でも回って、三極の出店は……まあいいか。厚木会長の「バーニング神輿」はそこらへん回るだろうし」
「……もしかして、3人で、か?」
光輝に問う夜千代。少し不安げな表情だ。
「大丈夫だ、夜千代。クリスはこう見えて意外と馬鹿だ。すぐに仲良くなれる」
いや、傍から見て馬鹿っぽいのは分かるが。そうじゃなくて……まあいいか。
「では、いきましょう」
「おい、頼むから腕を絡めるな、暑い」
光輝の腕に自身の腕を絡めるクリス。だから、肌と肌が密着すると暑いんだって。
3人は、とりあえず目的地も特に無く屋台を見て回った。射的に苦渋を飲まされたり、じゃがバターとうたいつつマーガリンが使用された物を食べたり、屋台のクレープ屋のクオリティの低さに憤慨したり。なんやかんやで、楽しい時間を過ごしていく。
「あっ……」
ふと、夜千代が立ち止まった。
「どうした」
光輝とクリスも、その場で止まる。すると、その目の前の屋台には大小のいくつもの赤い固まりがビニールに包まれ細い棒に刺されて並んでいる。りんご飴だ。
「……おやっさん、りんご飴小三つ」
「あいよー!」
「ほれよ」
光輝は代金を払いりんご飴を三つ受け取ると、その内二つを夜千代とクリスに渡す。
「まあ、ありがとうございます!」
「……いいのか?」
素直に喜ぶクリスと、目をぱちくりさせて光輝の方を見る夜千代。
「黒咲、お前結局キャンプ楽しめなかっただろ。これはその埋め合わせだとでも思ってくれ」
「はは……ありがとな」
ぼんやりと察する夜千代。ふと思い出した、夜千代はりんご飴は食べたいと光輝に言ってしまったことを。なるほど、なるほどな。
しかし、それを光輝がプレゼントしてくれたのはまた話が別だ。なんだろう、この気持ち。すごく、嬉しい。両親に買ってもらった時の感覚に似ている。
「りんご飴を買うときってのはな、小さいのを選ぶのが当然だ。デカいのはアゴが疲れる、とてもじゃないがまともに食べきれる物じゃない。値段が200円しか変わらないからって大きいのを買うのはやめた方がいい、そもそもメインの飴の層なんてさして変わるものでも無いしな」
何気なく雑学というか恐らく体験談であろう事をこと細かく語る光輝。それを聞いてクリスはふふ、と笑い、夜千代は暖かい気持ちになった。
……やっぱりだ。コイツと居ると、なんとなく、楽しい。
岡本光輝はただ暗いだけじゃない。触れ合ってみれば、意外と陽気な一面もある。それは本人の自覚があるにしろ無いにしろ、話していて楽しい。……なるほど、岡本に友達ができるわけだ。
なれるかな、私に。いや、ならなくてもいいか。岡本は岡本、私は私だ。
夜千代は自分の中で勝手に納得する。いや、今はこれでいい。独りよがりでいい。他人を信じれないのなら、まずは自分から。自分も信じれない者に他人がどうして信じれようか。
けれど、岡本光輝は信じていいかもしれない。だって、彼は、私と似た面を持っているから。正確には違えど、岡本光輝と黒咲夜千代が抱えている何かは近きものを感じるから。
「ソイヤッソイ!ハアァァァァァ!!セイッ!」
ドォン、と遠くで鈍い音が鳴り響く。この音色は、太鼓の音色だ。
「おっ、厚木会長のバーニング神輿の時間か」
道の端の本来車が通る道を、複数の先導が通りその後から大きな神輿と、その上で太鼓を叩く厚木血汐が。姿格好は素手喧嘩グランプリと同じ遠山の金さんスタイルだ。あの大試合の後に太鼓を叩く元気があるなんて、なんという熱血漢か。
その神輿は所々に炎を灯し、それに照らされるやぐらで太鼓を打つ厚木血汐は普段とは違った衝撃を感じる。派手で、凛々しくて、男臭くて。だが、それが燃える。それが熱い。言葉だけでは言い表せれぬ、風情。
「はは、凄いな」
「これが日本式神輿……日本文献には載っていませんでした」
乾いた笑いの夜千代と、仰天と言った表情のクリス。それもそうだ、こんなものイクシーズでしか見れないだろう。炎の制御に関しては右に出るものが居ない厚木血汐ならではの偉業なのだ。
光輝たちはその神輿が付近を通り過ぎるまで見ていた。その壮大さに、少しばかり余韻が残る。
「いや、元気いっぱいだな、厚木会長も。どうする?そろそろ大花火が打ち上がるハズだけど、見てくか?」
神輿が通り過ぎていったという事は、そろそろイクシーズ特性の花火が打ち上がる時間だ。まあ、そのまま家に帰るもよし、見ていくもよし。
「私は見ていきたいですね」
「折角だ、私も」
クリスも夜千代も、乗り気のようだ。
「よし、それじゃいい場所があるんだ。多分他に人が来ないだろうって場所がな」
光輝はあらかじめ花火を見るための場所はリサーチ済みだった。折角なのだ、特等席で見たいだろう――
――なんて考えるのは、意外と多く居て。
「コーちゃんじゃん、花火見に来たのか」
「あ、来たんですね光輝さんも」
「やあ、岡本クン。君も見に来たのか、夜天に咲く花を」
「シエル、お前表彰は……」
「いらんだろう。あの程度、私にとっちゃ取るに足らん。そんな表彰、要るか?」
「……おう、お前ら。元気だな」
祭りの中央、イクシーズの大神社を少し離れて薄暗い木々の小さな森を進んだ、小さな分社。そこは周りより少しだけ高台になっており、花火が打ち上げられる海が綺麗に観える。しかし、その場には先客が居た。後藤征四郎と、ホリィ・ジェネシスと、瀧シエルと、龍神王座。
これじゃ結局、いつものメンバーだ。
「……まあ、いーか。さあ、そろそろ始まるぞ」
光輝は特に深く考えることも無かった。これはそうなる運命だったんだろうと。他にどう考えてもどうしようもない。けれど、まあ、いいじゃないか。これはこれで楽しい。
ドン、と遠くで打ち上げられる最初の花火。その花は天まで昇って大きく開いて、夜空に咲き誇る。これは皮切りにすぎない。これからもっと、闇夜を照らす花が咲く。
夏ももう半ば。短いようで、色々とあった気がする。結構めんどくさい事もあったけど、楽しくて。そしたらそしたで構わないか。さて、これから何があるのやら。
光輝は空を見上げた。まん丸な満月と円を描く花のコラボレーション。なるほど、これはこれで綺麗である。