新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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第四章 サマーデイズ・スターリースカイ
夏祭り


「しかしよ、マジで暑いよなー。なんでこんなに暑いのに人がこんなに居るんだろ」

 

「日本人ってのは祭りが好きな人種らしい。並ぶのも好きだろ、あいつら。私は嫌いだが」

 

「あいつらって、俺らも日本人だろ。いや、俺も嫌いだが」

 

「……私ら日本人じゃないのかもな」

 

 二人してネガティブな言葉を交わしながら夏祭りの人ごみの中を歩いていく岡本光輝と、黒咲夜千代。はぐれないよう手を繋いだ二人は、岡本光輝を先頭として夜千代がそれに付いていく形になっていた。

 夜千代は端からやる気がなく、この辺りの地形など一切わかっちゃいない。対する光輝もやる気は無いが、それでも与えられた仕事はしっかりこなさないと先生への内申に響くため、真面目にやらざるをえない。

 

「俺たちの巡回時間でこの地区のメインイベントは……「対面!素手喧嘩(ステゴロ)グランプリ-天を目掛けて奢り高ぶれ-」だな。男だけが参加OK、武器は使用禁止、己の五体と異能だけで殴り合う戦いだ」

 

「うわ……何それ、暑苦しそう」

 

 露骨に嫌な顔をする夜千代。一見するのもゴメンだ、という雰囲気だ。しかし、光輝は違った。

 

「何を言う、男と男の熱いぶつかり合い!そこには確かな覚悟がある!負けたくない、勝ちたい、俺がお前より強いんだっていう意地を掲げた紳士達の正々堂々の対面!それだけで見る価値があるじゃあないか!」

 

「……なんでそんなに楽しそうなの?」

 

 夜千代の疑問。夜千代の見知った岡本光輝は冷暗所のもやしのような暗い冷ややかな男のハズだ。なのに、今はこうも熱く語っている。……ウザい。

 

 まあこっちがペースに乗らなければいいかと、夜千代は光輝に引かれるまま人ごみを歩いた。

 

 夏祭りだけあって、あちこちに出店が並んでいる。イクシーズの出店だから特別珍しいものがあるとかそういう訳ではなく、基本的には射的や輪投げなどの遊戯から、りんご飴やたこ焼きなどのメインメニュー、はたまたシロコロホルモンやオムそばなどのB級グルメ等、どこの祭りを見ても並んでそうな屋台ばかりだった。

 ちなみに、夜千代が好きな物はりんご飴だ。あの飴は芸術品と言っても過言ではなく、手練が精巧に調理(つく)ったりんご飴はそれはもう至高の嗜好品だ。昔は両親に祭りに連れてもらっていた度に買ってもらった。懐かしい。

 まあ、それは後で探して食べようと思う。今は見回り中ではあるわけだし。

 

「ん、どうした?」

 

「……あ、いや、なんでも」

 

 ふと、夜千代は光輝の手を強く、握ってしまった。駄目だ、両親の事を思い出して寂しくでもなったか?甘えるなよ夜千代、過去を掘り返すな。失ったものをどれだけ想っても戻りゃしない。

 

 自分に言い聞かせて、平常に戻る。らしくない。久々に人の手を握ったからだろうか。

 

「あぁ!?ぶつかって来たのはそっちだろが!」

 

「いいや、お前だね!」

 

 ふと、聞こえる罵声。場所は近い。

 

 夜千代と光輝は人ごみをかき分けると、少し開けた場所で二人の男がにらみ合っていたのを見つけた。揉め事のようだ。両方ともガタイがよくいきり立っていて、周りの人々はとても止めれる様子ではない。

 

「岡本、お前下がってろ。ちょっくら私が片付けてくるわ」

 

「あ、おい」

 

 繋いでいた手を離し光輝を下げて前へ出ようとする夜千代。本来、揉め事は穏便に済まさなければいけない。それこそ、警察を呼ぶぞと脅したり。自分が無謀にも割って入って揉め事を大きくしてしまっては話にならない。それを、夜千代がこなせるのだろうか。少し不安になる光輝。

 

「お兄さん方、ちょっとこまりますよー」

 

「「あぁ!?」」

 

 と、夜千代が割って入る前に二人の間に立った人影。紺色の甚兵衛に身を包んだ、素直に髪を切り分けたわかりやすい好青年。普段は笑顔の表情だが、今は困った顔をしている。

 光輝はその好青年を知っていた。土井銀河、光輝の家の近くのスーパーの主任だ。

 

「あの、あなた方外の人ですよね?だって僕らイクシーズの人間は祭りで喧嘩しませんもん。すぐに警察が飛んできてねじ伏せられちゃうから」

 

 土井の言うことはごもっともだ。イクシーズに住む人間は祭りで喧嘩をするのがどれだけ愚かかわかっている。それでも、希に祭りのテンションで喧嘩に発展する場合はあるわけだが。

 

「そんな事も分かってないあなた方に一つお願いがあるんですが、迷惑なんでやめてくれませんか?祭り中は無闇な対面もやっちゃいけない、あなた方が喧嘩するとこっちも商売あがったりでね、出店に客が入らなくなるんですよ」

 

「んだと?」

 

「まずはお前からやってやろうか?」

 

 少し煽り目の口調で言い放つ土井。それに対して、二人の男は怒りの矛先を土井へと向けた。それもそうだ、ただでさえ頭に血が上っている二人だ、煽られて黙って引き下がる訳にもいかない。

 

 男一人が土井の胸ぐらを掴んだ。周りの人々がそのまま殴られると思った瞬間、男の体は地面へと膝から崩れ落ちた。ガタイのいい男が優男に触れただけで、だ。

 

「--あれっ」

 

 男は不思議な表情をする。もうひとりの男も度肝を抜かれた顔だ。対して、土井の表情は平然としている。

 

「ごめんね、ちょっと「能力」を使わせてもらったけど、分かってくれたかな?多分、逆立ちしても君らじゃ勝てないよ。舐めてもらっちゃ困るね、僕らは「異能者」だ。はい、じゃあ二人共仲直り」

 

 土井は地面に膝をついた男の手を取り立ち上がらせ、もうひとりの男の手とつなぎ合わせた。

 

「……すまねえな」

 

「……ああ、悪かったな」

 

 お互いは納得などしてはいない。しかし、そうせざるを得なかった。どう足掻いても、目の前の男、土井銀河に勝つ術が無いと踏んだのだ。実際、その判断は正しい。光輝の超視力も、その一瞬を捉えていた。

 

 土井は見た目、何もしていない。だが、起こった現象から分かる。「力の流れを変えた」のだ。

 

 男たちは謝りあって、その場を離れた。周りも観るのをやめて歩き出す。喧嘩を異能者が収束させるのは、祭りではそれほど珍しいことではないからだ。その場に止まっていたのは土井と光輝と夜千代ぐらいだった。

 

「ふう、これで仕事に専念出来る……」

 

「どうも、主任」

 

「土井さんじゃん、何やってんの?」

 

「「……ん?」」

 

「やあ、光輝くんに夜千代ちゃん。いらっしゃい、まさか二人が知り合いだったなんてね。金魚すくいに来たのかな?」

 

 土井に対しての、光輝と夜千代の反応。どうやら、二人とも土井と知り合いらしい。そしてその土井は、何故か屋台で金魚すくいを営業していた。土居が自分の屋台に戻ると、その隣には顔に深く皺を刻んだ老人が。

 

「おお、夜千代よ、どうじゃ?一つ、金魚すくいでも……おや?その隣に居るのは知り合いかえ?」

 

「あー……岡本、この人、私のじーちゃん。じーちゃん、コイツは……あれだ、知り合いっつーか、なんつーか……」

 

 老人に対して、いまいち答えをはぐらかす夜千代。光輝は名乗らないわけには行かない。

 

「初めまして、岡本光輝です。夜千代さんの友達です」

 

「うわ、きっしょ、きっしょ!何それ、猫かぶり?普段のお前なら「どーも、俺の名前は岡本光輝。よろしく」みたいなやる気無い感じだろ」

 

「五月蝿いな」

 

 折角人が挨拶の上に補完してやってんのに、夜千代は逐一茶化してくる。というかコイツに常識はあるのだろうか。もしかしたら無い。まあ、普段からそれらしい言動は一切無いが。

 光輝の名自己紹介を聞いた老人は、目の色を変えていた。

 

「おお、夜千代についに友達が……!わしの名前は黒咲枝垂梅、夜千代の祖父じゃ。気難しい孫じゃが、どうか見捨てずにやってくれんかのう」

 

「じーちゃん、余計な事言うなよ。大丈夫、コイツも大分気難しいから」

 

「はは……分かりました」

 

 他人に一切心を開いていないような黒咲夜千代ではあったが、枝垂梅とは仲が良いようだった。枝垂梅も夜千代を大事に思っているらしく、二人の信頼は深い。光輝はまた、夜千代の新たな一面を見たような気がする。

 

「さて、話も終わったところだし、光輝くんに夜千代ちゃん。金魚すくい、君らなら一回百円にまけとくよ」

 

 土井さんはさっきから金魚すくいの宣伝ばっかしてくる。結構商売っけある人だよな、と光輝は思う。

 まあ、百円ならいいか、と光輝は財布から百円を取り出した。

 

「主任、意外と強かったんですね。まるで合気道だ」

 

 光輝は土井を褒める。先ほどの対処は、鮮やかだった。

 

「はは、師匠に教わったから。武術は一通りは、ね。僕も昔はモテたくて修行したよ。好きな女の子に振り向いてもらうためにレートをDから必死こいてBまで上げて、かっこよく見せるために大聖霊祭への出場権まで得て。けれど一回戦目で負けちゃってね、はは、所詮Bレートなんてそんなものさ。あ、ちなみにその師匠がこのお方、黒咲枝垂梅先生でね」

 

「土井さん話長い」

 

「ああ、ごめんね」

 

 土井のいつもの悪い癖を、あろう事か夜千代が遮った。多分、この人は誰にでもそうなんだろう。夜千代は対処法をよく分かっているみたいだった。光輝の家からも夜千代の家からも土井が働いているスーパーは近いようだし、何回も顔を見せているのだろう。

 

「さて、挑むか……」

 

 光輝はポイと茶碗を受け取り、金魚の軍勢とにらめっこをする。

 

 光輝には自信があった。超視力、それによる金魚の動き。金魚すくいのコツは書物で何回も見てきたから理解る。

 まず、狙うは胴体。尻尾をポイに載せた瞬間、ポイは破かれるからだ。そして、次に胴体を乗せるのは紙の部分では無い。その瞬間、負けが確定する。乗せるのは縁のプラスチックの部分なのだ。言うなれば、紙は囮。要するに、この遊び「金魚すくい」とは、力学のゲーム。全てを理解した上で、計算と動体視力に物を言わせて--

 

「--取ったッ!」

 

 ぽちゃん。

 

 ポイは無慈悲にやぶかれ、金魚は元いた水槽に帰っていく。

 

「うーん、残念。おしかったけれどね」

 

「……視えるのと出来るのとはわけが違うみたいだ」

 

 光輝は項垂れる。テクニックが足りなかったか。かといって、迂闊にムサシを憑依させる訳にもいかなかった。

 

「はっ、どいてろ雑魚が。こんなもの、天才の私が--」

 

 夜千代も百円を払いポイを受け取り、いざ挑む。その自信は満々だ。

 

 ぽちゃん。

 

「うーん、残念。おしかったんだけどね」

 

「「……」」

 

 二人して項垂れる。金魚すくいとは闇が深い--

 

--光輝と夜千代は土井と枝垂梅と少し世間話をし、巡回という役割があるのでその場を離れていった。

 

「……夜千代ちゃん、随分元気でしたね」

 

「まさかあの子に友達が出来るなんての。銀河よ、光輝という少年を知っているのか?」

 

「はい。義に忠実な、とてもいい少年です」

 

 土井は答える。岡本光輝は、今時では珍しい何が大切か、しっかりと自分で選択出来る少年だ。

 

「そうか、それは良かった。夜千代にはいずれ、真っ当な道を歩んで欲しいものじゃ。……土井よ、済まないな」

 

「……僕が選んだ道ですから。師匠のせいじゃありませんよ。あの記憶は、僕の中で未だ咲き誇っています。忘れてはいけない、僕の--」

 

--初恋で、最愛で、大切な人を。土井は忘れない。「君の欠片(フラグメンツ)」という名の能力を持った、他人の魂が視える女性「黒咲(くろさき)桜花(おうか)」の事を。夜千代の中に封印されている記憶、狂ってしまった彼女のことを。


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