新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「お前……なんで……」
夜千代は驚愕した。なぜ、この場に岡本光輝が居るのか。助けを要請した覚えはない。一般市民のお前が、なぜ此処に。
「お前がお戻ってくるのが遅いからだ。お前の報告が無いと寝れないだろ」
違う、夜千代はそういう意味で言っている訳じゃない。光輝もそれを分かっているはずだ。今の言葉は夜千代を元気付けるための軽口に過ぎない。今の状況は決して絶望的なんかじゃない、そんなに厳しい状況じゃないぞ、と。
「……「サクラザカ」は控えろよ。また医者ごっこが待ってるぞ」
「変態が」
光輝の気遣い。光輝は、夜千代が「サクラザカ」を解除すれば体調が悪くなるのを感づいていたらしい。察しのいいやつだ。
だが、それで勝てるのか?敵は強い。目の前の男はともかく、森に潜んでいる銃使いまで相手にしなければいけない。光輝曰くその能力は「瞬間移動」。一体どうするのか。
「立てるか?悪いが全力でコイツの相手をしろ。俺は銃の方を追う」
「……今度は勝てるんだな」
「当たり前だ。あの時は少ししかズルをしなかったからな。今回は全力でズルしてやる。だからお前も全力で行け」
「その話、乗ったぜ」
光輝は森の闇に消える。「超視力」でもう一人の敵を追ったのだろう。「瞬間移動」相手に、一体どう動くというのか。
だが、これで純粋な
「……勝てる気か?そのボロボロの体で」
「悪いけど、今は何も怖くねーんだわ。なんでだろな……」
夜千代は不思議な感覚を感じていた。なんだろう、これまで感じた事の感覚だ。光輝と会話してからだ、こんなにも心が、「暖かく」なった事は。
夜千代は走った。怒りに支配され熱くなることは多々あった。だが、今のそれは全く違う。嫌な感じは無い。なんというか、幸せというか、安らぎというか。感じたことのない、えも言われぬ感覚。
光の剣による横薙ぎの一閃。続いて突き。袈裟斬り、突き。休み無しの剣撃の乱舞に、男は防戦一方だ。その姿がぼやけようと、夜千代は手を止めない。
「くっ……」
ついに、夜千代に男の動きを捉えるチャンスが来た。男のナイフの防御を、理想の形で弾く。
「「流転」せよ」
夜千代は「流転式」を使う。男の体が回転し、木の幹に投げ飛ばされる。
「ぐッ……!」
呻く男。しかし、その体はまだ動いている。やられちゃいない。夜千代は踏み込む。止めを刺すために。
だが、男はナイフを夜千代に向けた。距離はある。嫌な感覚がした。夜千代は身を動かす。瞬間、そのナイフがグリップから「発射」された。回避行動を取った夜千代は、しかし、右腕にナイフを受けてしまう。腕から光の剣が消える。
「ッ、クソがァッ!」
スペツナズナイフ。軍事用の、刀身射出機能が付いたナイフ。知識としては持っていたが、夜千代は少しばかり遅れた反応で回避行動に移った為、腕に直撃を受けてしまった。
夜千代はボロボロだ。しかし、まだ戦う。こんな状態じゃ、他のテログループを止められないかもしれない。切り札の「サクラザカ」はまだ、持っている。ただ、何よりも、信頼したい物があった。
男は残りのナイフで、夜千代は残りの光の剣で応戦する。刃と刃のぶつかり合う音が、森に鳴り響く。
「俺にも、負けられない理由があるんだっ!!」
渾身の一撃を込めて振られた、男のナイフ。夜千代はそれを剣で止め、そのまま剣同士が跳ねる。男はそのままナイフを捨て、夜千代の両腕を掴んだ。瞬間、夜千代の視界が、体がぐらり、と揺れる。男の能力だ。
「「流転」せよォッ!」
だが、その動きを予想していたかのように、夜千代は思いきり、頭を前に振り抜いた。全身全霊の、「流転式」により自身の体の力の流れをそこに集めた全力の「
まだだ、まだアイツは立っている。もう一発、もう一発かましてやれば……!
「最高だ、黒咲」
夜千代が立ち上がろうとした瞬間、男は横薙ぎにぶっ飛んだ。夜千代は朦朧とする視界をなんとかその方向に向ける。そこには、仮面を付けた岡本光輝が鉈の峰で男を叩き飛ばしていた光景が。男は地面に倒れ込み、ピクリともしない。
「お、お前、なんで……」
光輝はさっき瞬間移動の異能者を追っていたはずだ。しかし、なぜ此処に居るのか。もう倒したというのか。
「普通に考えて瞬間移動できる能力者なんて追える訳無いだろ。追いかけたのは脅しだ、そうすりゃ後は勝手に逃げてくれる。そしてお前と戦ってる敵に不意打ち、だ。上手いだろ」
「……私は囮かよ」
「拗ねるなよ。俺たちは勝ったんだ。
「……はっ」
光輝は手を上げる。夜千代も意図を察し、立ち上がって手を上げた。そして勢いよく、頭上で互の手をパン!と叩く。ハイタッチだ。
「
「よく言う」
夜千代は顔が、熱くなるのが分かった。そうだ、これは「嬉しい」んだ。ずっと、欲しかった。こんな風に、暗くて黒い自分と対等に居てくれる友達が。この人なら、それが出来る。その気持ちは、とてもとても幸せで。
ふと、気が抜けて足が崩れ落ちる。その体を光輝に支えてもらうが、まだ仕事がある。テログループの殲滅が、まだ終わっていない。
「もう限界だろ、休め。治療を受けなきゃまずいだろ」
「まだ、まだテログループが……行かなきゃ」
その直後、鬱蒼と茂る森の中からでも分かる音と光の柱が遠くから見えた。それは、地上から天へと登る巨大な光の柱。
夜千代は驚く。一体、なんだあれは。
「どうやら向こうも片付いたみたいだぞ」
「片付いたって……もしかして」
夜千代は考え、直ぐに結論に至った。あんな事ができるのはこのキャンプ場で一人しか居ない。
「そう、瀧シエルだ」--
--嫌だっ、嫌だっ!
ぱさついた金色の長髪に、薄汚れた薄手の衣類。そのみすぼらしい格好の少女は、走っていた。
少女の能力「
渡されていた武器のライフルは逃げるのに邪魔だから捨てた。少女が唯一テログループで信頼を置く「
だが、少女はこれからどうしていいか分からない。他のテログループの人は好きじゃない。いつも私に乱暴をしようとしてくる。けれど、いつだってアーサーは止めてくれた。「彼女の能力は道具として優秀だ、壊されちゃ困る」と。アーサーは私を道具として大切に使ってくれていた。けれど、それで良かった。乱暴をしない、優しいアーサーが好きだった。
少女は足を止める。だったら、アーサーを助けに行くしかない。元々、アーサー以外の人は信用できないのだ。怖いけれど、行くしか無い。
アーサーは強い。もしかしたら、私が戻る前に敵を倒していたりして。そしたらいいな、と思いつつ来た道を戻ろうとする。幸い、先ほどの仮面の男は居ないようだ。
「あれ?こんな所に女の子?なんでまた」
ガサッ、という茂みをかき分ける音と共に背後から聞こえた声。ビクッ、として少女は振り返った。無意識にポケットから拳銃を抜く。
「う、動かないでください!」
「いやー、動いちゃいけないのはキミの方だって」
「え……?」
気が付けば、少女の手に持った拳銃の重心は斜めに切り裂かれていた。少年の手にはコンバットナイフが。私らのテログループで渡されているものと同じタイプだった。とてもじゃないが、そのナイフは本来鉄を両断出来るような代物じゃない。デタラメな速さで銃は切り裂かれたのだ。
驚愕し、少女は銃を手放し、仰け反り地面に尻餅をつく。
「嫌っ……嫌ぁっ……!」
私は殺されるのだろうか、暴力を振るわれるのだろうか。想像したくない、体が動かない。助けて、アーサー……!
「あ~……いや、そっちが武器を構えないんなら俺も武器を構えないんだけどさ。……俺の名前は後藤征四郎。君は?」
「え?」
予想外の答え。後藤と名乗った少年は困った顔で少女に手を差し伸べる。
「……レイン・ヨークシティ」
「そっか、レインちゃんか。まず話を聞かせて貰えるかな……って、うわ、なんだあの光!?瀧か!!」--
--瀧シエルは感情の昂ぶりを感じていた。自分の思うがままに敵を蹂躙し、弄ぶ!自分という存在がこんなにも凄いのだと実感するこの刹那が、とても愛おしく感じる。それは暴力。強者から弱者への、無慈悲な陵辱。
他の生徒達は一つの建物に閉じこもり、そこを先生と防御が得意な生徒、そして厚木血汐が守っている。三名ほど生徒が足りないそうだが、瀧は今忙しい。戦力を根こそぎ奪ってから探しに行くのが得策だろう。
仮に人質だのなんだの言われたって、瀧は瞬時に敵を殺せる。瞬間、瀧の勝利だ。
飛んでくる銃弾を避ける。当たっても、精々皮膚から少し血が滲む程度だがこの方が「美しい」。瀧シエルの本気の闘争とは、ただ戦うだけでは飽きたらず、いかに敵を鮮やかに仕留めるかも含まれる。
「あいつは化物だ!囲んでしまえ!」
4方向から襲いかかる敵兵。しかし、無駄だ。瀧は地面に棒立ちし、言う。
「「
地面から幾つもの土の柱が飛び出てきて瀧の周りを跳ね飛ばす。瀧は無傷だ。
直後、瀧の背後から高速で迫る影があった。一切の音は無い。その男はテログループのリーダー、自身の音と衝撃を全て消してしまう「サイレンサー」の能力を持つ男「ロイ・アルカード」。海外で幾つもの強襲を成功させ大量の金を他者から奪い取った遥かな強者、テログループ「シェイド」を率いる実力者だった。
その男が持った武器は、一見ただの日本刀のように見えるが特別な技術が施されており、刀身の半分から先が爆発的に「伸びる」武器だった。刀のパイルバンカー、例えればそうなる。
見た目以上のリーチを持ち、かつ使用者に多大な反動という負担を与え、重量も日本刀より遥かに重いその武器は、鍛え上げられた肉体とその能力により初めて運用が可能な「幻」の武器だ。ロイは、幾つもの死線をこの武器で乗り越えてきた。今日もそうなる……はずだった。
瀧は見えていないその攻撃をステップで躱す。爆発的な伸びを、回避して見せた。脇腹に薄皮一つの傷が付いただけだ。
「「
「こ、この俺がッ……」
瀧はロイの腹部にボディーブローを入れ、そのまま空中へと持ち上げた。少女が巨躯を持ち上げるその様は、とても異様だ。
だが、こと瀧シエルなら話は別だった。
「
瀧の拳からロイを巻き込んで巨大な光が放たれた。粒子砲。それは地上から天を貫く柱のように闇夜へ飲み込まれていく。
それを受けたロイは、黒焦げになりながら空から降ってきた。地面に無残にも横たわるその姿、心臓はまだ動いているようだ。
「さて、これで全員か、いい暇つぶしになった……ん?」
瀧が暴走の余韻に浸っていると、遠くの森から幾つかの人影が。その多くが、見知った顔だった。
「おお、流石はイクシーズの最終防衛装置……シェイドも相手が悪かったな」
「え……全滅……?嘘、でしょ……」
一人の少女と、その隣には後藤征四郎。
「おお、瀧。ありがとな、お前が居てくれて本当に助かった」
「うっわ……生きてるのが嫌になるわ……」
「……」
岡本光輝と、肩を貸されて歩く黒咲夜千代、そして引きずられている男。
「ふむ……まあ、こんなとこか」
一人で納得をする瀧。そして、テログループ「シェイド」の犯行は、この世最大の「不浄利」瀧シエルの手によって無残にも失敗に終わった。