新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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キャンプ・ダイブ・アサルトシェイド5

 立ち上がり、二振りの光の剣を構える夜千代。仮面は既にその顔に無い。対して相手の男は二つの握り拳を構える。その姿を視界に捉えようとすると、どうしても視界がぼやける。

 さっき殴られたときに毒を貰ったか?いや、切り傷も刺し傷も無い。本当に、殴られただけだ。血中に毒を入れられた訳じゃない。なら、そういう能力のハズだ。認識を低下させる能力か。

 

 しかし、重い一撃だった。肉体強化能力を使っていない?能力を複数持っている?いずれにせよ、この男は強敵だ。油断はならない。

 夜千代は駆ける。やるべき事の答えは単純だった。「倒す」、それしかない。封印・解除を使って肉体に強化を促す。限界よりちょっと先の、そのさらに先。肉体負担は少なくない。しかし、それに替えてでも倒さねばならない。

 敵はこいつらだけじゃない。他にも居るはずだ。遅れれば遅れるほど危険が広まる。ならば、手っ取り早く倒すしかない!

 

 光の剣の袈裟斬り。敵の男は素手と剣では分が悪いと踏んだか、迷彩服から二振りのコンバットナイフを取り出し両手に逆手で握る。

 

「お前も……二つかよ!」

 

 夜千代の光の剣をコンバットナイフでいなし、夜千代の懐に潜り込む男。二本の武器を取り扱う際、短ければ短いほど取り回しが楽だ。格闘技においての基礎とは、両の手を使いこなす事から始まる。動かせる手は無駄なく使うべきだ。

 刀の二刀流は長手の重い武器を二本持ち、理論的かつ対応的に動かさねばならない。それは至難だ。だとすれば、両の手を別々に、そして自由に動かす最たる物は無手。そして刀身が短く重量の軽いコンバットナイフなら無手とも差し支えない。

 無理無き二刀流に対して、この距離ではこちらの二刀流の優位性を生かせない。だが、夜千代は読んでいた。

 

 夜千代は光の剣を解除、徒手格闘へ。徒手は枝垂梅から念入りにしごかれた。腹部へ振り抜かれようとしていた相手の拳に人差し指を引っ掛ける。力の流れを取り組み、そのまま「流転式」へ繋げる。

 

「「流転」せよ!」

 

「--っ!」

 

 ぐるり、と空中を舞う男。しかし、男は空中で体制を立て直す。だが、今のお前は無防備だ。貰った。光の剣を作り、男へと突く。

 

 しかし、空振り。突いた場所は虚空。そこに何も無い。

 

 馬鹿な--ッ!?

 

 直後、足に感じる熱いもの。タァン、と音が聞こえた。一体なんだ?瞬時のことに、理解できず認識が遅れる。

 

「な……っ」

 

 夜千代はぐらつくが、直ぐに走る。まずい、戦っている敵は一人じゃなかった!足に走る激痛を、激しく脳内で分泌されるアドレナリンで誤魔化して走る。

 

 足を銃で撃たれた。目の前の男からじゃない、別の場所からだ。まずい、まずい。

 

 脳内で警報を鳴らしながら勝つための策を練る。ここは森の中だ、しかも暗闇。走っていればそう簡単に撃たれることもあるまい。そして追ってきた男を、どうにかして瞬間的に倒す。流転式が通用するのは分かった。今度は木に直接ぶつけてやる。先ほどは追撃が空振ったが、今度はミスをしない。

 

 夜千代は走る。ただひたすら走る。そして――地面に、盛大に転んだ。

 

 何が起きた?

 

 直ぐに理解する。足への、更なる激しい痛み。また、足を撃たれた。なぜだ?夜千代はさっき撃たれた方向を確認し、その真逆に向かっていた。そうして、男との1対1の状況を作ろうとしていたのだ。しかし、夜千代が走った「その方向」から撃たれた。撃たれた方向は真逆。敵は二人じゃないのか?

 

 転んだ夜千代を、一つの影が見下ろす。さっきの男だ。夜千代は倒れた体を手で必死に起こすが、男に蹴り飛ばされる。地面を転がり、仰向けに闇夜を見上げた。

 

「ガハッ……!」

 

「動くなよ、殺す気はない。人質なんだからな」

 

 男が口を開いた。夜千代は動けない。蹴り飛ばされた時、体を目眩が襲った。三半規管が狂った、そんな感覚。理解した、自分の姿をぼやけて見えさせる能力、そしてそれは触れたときに効果が強くなる。まとめれば、そんな能力か。そして男の単純な身体能力も高い。

 

 間違いない、マスタークラスの異能者。レーティングなら文句無しのSレート。なるほど、これがテログループのメンバーか。一筋縄ではいかない。

 

「アンタ、魂が真っ黒だぜ……どうすればそんな心の闇を抱えれる?」

 

 夜千代の空元気。相手の隙を探す為の言葉に過ぎない。言ってしまえば、苦し紛れだ。だが、何をしてでも敵の気を引ければいい。油断したところに「流転式」でも「光の剣」でもぶち込んでやればいい。

 だが、男は冷静だった。

 

「魂が視える……聞いたことがあるな。イクシーズの暗部に魂を視ることの出来る、複数の能力を使い分ける天才が居ると……そうか、お前が「魂司者(コード・ファウスト)」か。まさかこんな少女だったとはな。いい事を教えてやろう、世の中には金のために良心を捨て切れる奴が居る。俺がそれだ」

 

「はっ……そうかよ」

 

 駄目だ、男の立ち方から、気配から分かる。油断が一切無い。ここぞという時が見つからない。動いた瞬間、蹴り足が飛んでくる。私の「流転式」は本来のものに比べ、遥かに劣る。力の流れをより上手く使える、というだけのものだ。法則を無視して力の流れを自由に動かすといった物では無い。「光の剣」も、本来の物は空中に幾つも展開して戦うといった使い方の物だ。私では二本を手に持って動かすという使い方しか出来ない。この能力の本来の持ち主なら、この状況をひっくり返せるかもしれないのに。

 

 夜千代の脳裏を、嫌なものが()ぎった。

 

 無力だと?この私が?

 

 自分で自分を否定した。沸々と感情が心の奥底で湧き上がる。邪悪な感情。私が無力?そんなわけ無いだろ。私は天才だ。

 

 心の奥底で魂が、けたたましく震える。何かが、私を解き放てと吼えている。知っている。この魂は、私の邪悪な感情に呼応している。遥か奥に封印されている、「サクラザカ」の記憶。

 

 いいのかよ、それで。

 

 「サクザラカ」の封印を解除する、という事がどれだけ危険なのか何回も経験している。黒い衝動に身を任せ、目標を叩き潰し、終われば生きる意味を失くし自殺しかける。これまでは上手く自制してきたが、自分を殺すのが「今日」でも何もおかしくはない。それが、黒い衝動。

 

 何を言っているんだよ、お前が選んだ道じゃないか。テログループを全員潰すんだろ?

 

 夜千代の心の中での自問自答。そうだ、ここでコイツを倒さなければどっちにしろ先はない。ここはイクシーズ外だ、都合よくフラグメンツの仲間が助けに来てくれることは無い。異能者がイクシーズを出入りする時は多くの手続きが要る。来るわけがない。

 

 瀧に応援を出していれば?

 

 そんなたらればの話をするなよ夜千代。決めたんだろ?自分で、選んだんだろ?なら、後悔するなよ。お前の才能を使いこなせよ。その為には「サクラザカ」の解除が必要だ。さあ、禁断の扉を開けようじゃないか。

 

「お前が、悪いんだぜ……」

 

 夜千代はその扉に手をかける。心の奥底、厳重に閉ざされた封印という鎖のその向こうの扉。

 

 とても固く閉ざされ、その扉は重い。が、こじ開けようとする。扉の中からは、幾多数多の呪言(じゅごん)のような負の感情が溢れ出てくる。それだけで気が狂いそうになるが、扉にかける手をやめない。

 

「――っ!」

 

 男は夜千代の何かに気付いたか、夜千代の体を蹴り飛ばそうとした。無駄だ、私が一度これを解き放てば、どんな状況であろうとお前らを鏖殺出来る--!

 

 が、蹴りは夜千代に届かない。それどころか、男はその場から飛び退いた。

 瞬間、男の立っていた場所に飛んできた一本の物体。地面に突き刺さったその物体は、薪割りなどで使う「鉈」だった。

 

 直後、夜千代の隣に立った一人の人影。体操服の姿、そしてその顔には、夜千代が先程落とした仮面が着けられていた。手には鉈が握られている。

 

 その男を銃撃が襲う。一発、少し間を置いて二発と。別方向からの銃撃。しかし、男は手に持っていた鉈を神速の動きで振り回し、その二発を弾いた。

 

「瞬間移動する能力、か……速いんじゃない、完全な瞬間移動。それと、視界の妨害。残念だが、「視え」てんぞ、お前ら」

 

 男は地面に刺さった鉈を抜き、両の手に二振りの鉈を携える。鉈の二刀流だ。夜千代は「サクラザカ」の解除を止め、その姿を見た。黒い陰りが射す、豪傑の魂。

 

「……何者だ」

 

 敵の男からの言葉。その質問に対して、仮面の男はこう答えた。

 

「「正体不明(コード・ゼロ)」……とでも名乗ろうか」

 

 夜千代はその男の魂を知っていた。暗闇の心を持つ、自身を最低と称する少年。「岡本光輝」だ。


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