新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「さあ、座ってください。今お茶を入れます」
さて、どうしたものか……ホリィ・ジェネシスに連れられて、俺は今彼女の家の中に居た。
不味い、実に不味い。何が不味いかというと、コイツは俺の能力の秘密を知っているかもしれない、ということだ。それは困る。
ともかくは話をしよう、ということなので遠慮なくリビングにあったソファに座る。おお、ふわぁ……ってする。なにこれなにこれ、スゴい!というかいかにも荘厳、みたいな雰囲気出してるよなこの家!部屋の明かりの加減が薄暗くて廊下の壁に滝とかあったし、いや、噴水になるのか?あと、観葉植物とか飾ってる家初めて見た!なんか高級ホテルの一室、みたいな感じ?いや行ったことないけど!
……いや、はしゃぐな俺。見たことないものが多くてしばし我を忘れたが敵の腹の中だということを意識せねばならない。
「紅茶でよかったかしら?」
直ぐにホリィは戻ってきた。目の前のテーブルに紅茶と茶菓子のラスクが置かれ向かいのソファにホリィが腰をかけた。その様はとても可憐で、傍から見ていても絵になる。
「ああ、ありがとう」
「そんなに緊張しないで、普段は兄との二人暮らしだけど兄さんは今仕事でいないから」
「そうか」
実際の所、この言葉がどういう意図を持つのかわからない。だが、光輝の頭には色々な考えが渦巻いていた。
緊張しないで、とは俺の能力を他言はしない、ということか?それともただ単にクラスメイトを家に招きい入れたことについてか?とりあえず、現状は彼女との1対1。どう彼女に対応すべきか……。
思考を念入りに行うために、時間稼ぎとして目の前の紅茶をいただく。暖かいそれは、初めて飲むものであった為詳しい味などはわからなかったが、いい香りがする。美味いと言える部類だ。
互い、少し無言になる。先に覚悟を決めて切り出したのは光輝だった。
「俺の能力は超視力。言わずもがな、視力の強化だ」
まずは確信に入らない。手探りのジャブ。自分の能力の説明。
「はい、それは知ってます。あなたはイクシーズのEレート。能力こそ有能であれ、身体能力は……言ってはしまいますが底辺。仕方のないことです。その能力では素体が秀でて優れてなければ真価を発揮できません。身体能力がもし圧倒的に高ければ、あなたはAレートに余裕で食い込んでるでしょう」
「……」
レーティング。このイクシーズには総合レートというものが存在する。
身体能力にて純粋な力「パワー」、速さ「スピード」、耐久力「タフネス」、体力「スタミナ」、能力「スキル」の項目。およそ1から5の数字でその5項目を測定し、それらを総合して上からS.A.B.C.D.Eで割り振られる。もちろん上に行くほど有能であり、下に行くほど無能だ。同時にこれは「危険度」の表しでもある。上位レート陣程一人のスペックが高く、そんな奴らが犯罪者になっては目も当てられないため彼らには「栄光の道」が与えられる。
「ちなみに私はスキル5、他1のCレートというのはご存知ですね?」
「ああ、知ってるよ」
スキル5の能力者は滅多にお目にかかる事ができない。彼女は、それほど稀有な異能者であるということだ。
彼女は学年主席。1年で最優秀で入試を終え、最初のテストでも1位を取った正真正銘の「天才」。おしむらくは、レーティングの査定に知能がないことか。しかし、彼女がこのまま己の人生を歩めば栄光の道は難しくはないだろう。
「私の能力「
「便利な能力だな……」
さすがは5判定の能力。個の人間の力でそれだけできればまごう事なき異能者。才能の塊だ。だが、コイツ……
「私だけが貴方を一方的に見るのが申し訳ないので、先に私の能力を話させていただきました。これで、素直に本題に入れますね」
なるほど、そういう意図か。端から腹の探り合いをするつもりはなく、純粋に俺とのノーガードでのど付き合いをしよう、って事だ。正直すぎる。
「貴方のEX能力「
「いや、構わない。続けてくれ」
「ありがとうございます。えっと、それが発動したとき、貴方の能力値は1から3辺りに跳ね上がりました。EXスキルは持っている人が極まれというか、基本的に人の能力って一つなんですね。ただまあ努力の結晶や才能の塊という形で所有できる人がたまーに居るんですよ。基本狙って手に入れれるような代物でもないので皆さん意識しませんが。貴方、そのEXスキル、隠してきたのですか?」
「……能力のオン・オフはできない」
「はい、大前提ですね。」
「能力をコントロールする事は可能だ。別に「二天一流」を持ちつつ身体能力を上下させることは可能だ。だけれど、ジェネシスさん。今の君の目には何が視える?」
「……「超視力」を持った貴方だけです。だからわからないんです、貴方が。どういうことなのでしょう?」
「結論を言うとこうなる。俺の能力は実際Eレート、「二天一流」は君の「光の瞳」の誤認。あの状況は火事場の馬鹿力ってやつで乗り越えて君を助けた。偶然だ」
そうだ、これが俺の答えだ。この結論を暴き出すまでに時間がかかった。全てをこの台詞で片付けるために話を進めてきたといっても過言ではない。ようやくこの茶番を終わらせて家に帰ることができる。なんの矛盾も無く、俺の勝利だ。
「偶然が2度もつづくって、おかしくないでしょうか。それは偶然ではないのでは?」
が、何かが狂った。
「……は?」
なにをいッテイルンダコイツハ。
「貴方が朝、その二天一流で人を助けるのをみました。ひったくりに対しての見事な投擲。そのとき「光の瞳」で--きゃっ!?」
俺は気づくと立ち上がっていて、向かいの少女に飛びかかりその体をソファに押し倒した。
「今、
「……すいません」
そもそもホリィがあの時間にあの場所に居た時点で感づいて思考しておくべきだった。怪しいと思うべきだったんだ。完璧に俺のミスだ。俺に今余裕はない。しかし、ここでコイツに主導権を握らせるわけには行かなかった。
「私、朝のあの事件が貴方が気になって今日1日中貴方を見ていたんです。昼休憩でのあの人との会話も、校舎裏でのやりとりも、全部、見てました」
「ふざけた野郎だ……」
全部、見ていたというのか。ダメだ、脳髄が沸騰しそうなほどキれている
「貴方は人助けをできる立派な方です……しかし「暗い」。闇の中にいます。なぜですか?望んでそうなったとでも」
「んなわけあるか。わかったふうな口を聞くなよ……お前何様のつもりだ……」
「ほら、今だって。「二天一流」をつかって私を押さえ込めばいいのに使わない。根はとても優しい方の筈です」
「違うっつってんだろ!!」
「……っ!?」
この状況で淡々と話すホリィに対しての怒り。コイツは正しか知らないんだろう、だがそれは義には成りえない。泣き出しそうになる少女の瞳。ダメだ、こんな感情久しぶりだ。今日1日災難が続いたがこうはならなかった。
俺は何に対してキれている?この世の中の不条理にか?栄光と暗闇、その差だろうか。「栄光の道」を
「俺、あの時いったっけか。陵辱が好きだってな。なあお前。今ここでお前を犯してやろうか……」
「……」
感情のコントロールが出来ない。脳内で何か聞こえるが、届かない。今此処でコイツをメチャクチャにしてやりたい。グチャグチャに、彼女を
俺の親指が、少女の唇の端に触れる。
「……い、ですよ……」
「あ?」
絞り出すような少女の声。
「いい、ですよ……」
「……は?」
信じられない言葉だった。
「私、あなたを傷つけたんですよね……」
少女の瞳からは涙が流れていた。
「私、あなたのこと何も知らないのにあなたの心にふれようとした……」
とめどなく、涙が溢れていた。
「あの時、あなたが助けてくれなければ私はひどいことされてたんです……」
すすり泣きながら少女は言う。
「私がかってにあなたを追って、あなたにたすけて貰って、ダメ、ですよね……」
「お前……」
「私、今ここであなたにされても、しょうがないんです……私が悪いんです……」
彼女は泣いていた、しかし柔らかな瞳で。
「わたしを、犯してください……光輝さん」
「……チッ」
俺はホリィを押さえつけていた腕を離し、立ち上がる。
「え……」
怪訝そうな顔をするホリィ。どうやら彼女は本当に俺を受け入れようとしてたようだ。
「興が
玄関の方に俺は歩き出す。すんでのところで理性が戻った。あんな顔されたんじゃ、俺は何もできない。
「帰るわ」
「あ、あの……っ!?」
「あ?」
振り返るとジェネシスが涙に濡れた顔でこちらを見ていた。声もまだ少し上ずっている。まだなにか用があるのか?
「ごめんなさい、私、あなたの事、何も知らなくて……だからその」
少しどもるホリィ。が、直ぐに言葉は放たれた。
「私と友達になりましょう!」
「……なん、だって?」
全く理解できなかったその言葉。コイツはどれだけお人好し……いや、はた迷惑なだけか?
本来交わらぬ「栄光」と「暗闇」、今道が交差した。狂いだした運命の歯車、どうやら岡本光輝の受難はまだ終わりそうにない……