新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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キャンプ・ダイブ・アサルトシェイド4

「うー……私の賞金が、焼肉が……」

 

 うわごとのように呟く夜千代。肝試し大会の決着、それは突然飛び出てきた後藤征四郎の優勝という形で終わってしまった。途中までは完全に光輝と夜千代のペアが優勝する流れだった為に、夜千代は未練を捨てきれない。

 が、いつまでも続いているといい加減鬱陶しい。光輝と夜千代は今、真夜中のキャンプ場を消灯係として生徒たちの就寝を確認する為に幾つものバンガローを回っていた。そんな夜中にぶつぶつ呟かれては幽霊でなくても気味が悪い。いや、光輝は幽霊が視えるのだが。

 

「後悔先に立たず、終わった事はしょうがないだろ。俺もまさか後藤に持っていかれるとは思っていなかった」

 

 完全なる漁夫の利。周囲を出し抜いたのが自分たちだけと決めつけて、その他の可能性を排除してしまっていたのがいけなかった。が、厚木血汐を目の前にして、急がないという手もなかった。ヘタをすれば周りが追いついて乱戦になっていたかもしれないのだから。

 

 だとすると、あれはしょうがない。どうしようもない必然だ。

 

 だが、夜千代は食いかかる。

 

「あの時、絶対に、ぜーったいにもっと確実に勝てる方法があったハズだ!なぜ考えつかなかった!」

 

「う、うっさい!お前も考えつかなかった癖に俺のせいにすんなよ!」

 

「つか、なんで私とお前が同じ係なんだよ!ふざけんなよ!」

 

「黙れ、余り物同士なんだから仕方ねーじゃねーか!」

 

 にらみ合う二人。もう、終わってしまった事は仕方がない。それを切り捨てた光輝と、引きずる夜千代。

 

「「……チッ」」

 

 最終的に、二人は分かり合えなかった。目を逸らし、そっぽを向く。

 

 お互い無言で歩き、分かれ道。ここからは女子のバンガローと男子のバンガローがはっきり別れる。

 

「……じゃあ、終わったらここに集合な」

 

「……おう」

 

 夜千代と光輝はここで別れた。光輝は、懐中電灯を手に連なる男子バンガローを見て回る。この係の嫌な所は寝る準備が他の人より遅れることだ。睡眠は大事だ、明日への活力になる。ああ、めんどくさい。

 

 しかし、夜千代があそこまで優勝に執着するとは思わなかった。意外と根に持つタイプなんだろうか?……いや、彼女の人柄を見たところ、彼女が何より優先するのは恐らく自分という存在の「優位性」。以前に光輝を罵った時、彼女は言った。「私は天才だ」と。

 つまり、勝てるはずの勝負で勝てなかった。それが彼女の、後悔なのだろう。

 

 まあ、それは分からなくも無いんだがな。光輝だって悔しいものは悔しい。だがそれを、諦めとして切り捨てているだけだ。彼女はそうでは……

 

 いや、彼女の振る舞いを目にして分かる事がある。彼女も、「諦め」を知っている人間のハズだ。ならば、なぜ優位性に拘るのだろうか。

 まあ、こっから先は考えなくていいか。所詮、俺とアイツは同じクラスメイトって肩書きだけのそれ以上でもそれ以下でもない存在だ。無駄だな、そうだ、無駄だ。

 

「寝る準備は出来てるか?」

 

「おう、全員居るぜ」

 

 光輝が担当する最後の男子バンガローをチェックした。後は、さっき夜千代と約束した場所に戻るだけ。

 少しばかり歩いて、夜千代との集合場所に着いた。夜千代はまだ居ない。暇だ。光輝は空を、なんとなく見上げた。月は見えない。夜を漂う雲が、月を隠している。……なんだ、勿体無い。

 

 毎晩の月の形からしてもうじきに満月が来るだろうと思っていた光輝は、仕方なく下を向く。綺麗でないなら、空を見上げる必要などない。

 

 ……10分、15分と時間が過ぎていく。時計がないから実際の時間は分からないが、それぐらい立っている筈だ。なのに、夜千代は一向に来ない。夜千代が来ないと、消灯係の仕事が終わらない。それだけ、寝る時間が遅くなる。

 

「なにやってんだよ、アイツ……困るぞ」

 

 光輝はイライラを募らせつつ、ただ夜千代を待った--

 

--夜千代は女子バンガローの周回を終える。

 

 クソ、私の焼肉が。

 

 そんなことばかり、頭の中に渦巻いていた。世俗にあまり興味の無い夜千代でも、美味しい物は食べたくなる。しょうがない事だ。

 そして、確かに勝てる状況だった。優勝は目の前にあったのだ。それを横からかっさらわれたのが納得出来ない。

 

 未練を残したまま、岡本光輝との集合場所に集まろうとする。もう一度会ったら文句を言ってやろう。完全にアイツの言葉に乗せられて勝った気になっていた。そうだ、勝った気にさせたアイツが悪い。

 そんな言いがかりを考えつつ、歩く。実際はただ罵りたいだけ。光輝を憎んじゃいないし怒ってもいない。それは単なる些細な感情。そうしたい、ってだけだ。

 

 そこでふと、電話のバイヴが鳴る。体操服のズボンのポケットに突っ込んでいたスマートフォンを取り出す。表示は「黒咲枝垂梅」。夜千代はそれを手に取る。

 

「なんの用よじーちゃん」

 

 特に気にしない夜千代。イクシーズ内の問題なら他のフラグメンツに押し付けられる。だって夜千代はイクシーズの外に居るのだから。そういう理由で、夜千代は気楽に電話を取った。

 

 が、枝垂梅の話は夜千代を緊張足らしめるものだった。

 

「夜千代よ、落ち着いて聞くのじゃ。今そのキャンプ場をテログループが襲おうとしている」

 

「……何?」

 

 それは突然の通達。枝垂梅は夜千代がキャンプに来ていることを知っていたようだ。夜千代は黙って聞く。

 

「イクシーズ外の生徒なら囲んでしまえば比較的楽じゃ。イクシーズの警察が瞬時に向かえないのじゃからな。テログループはよく分かっておる。夜千代、お前の仕事は職員、それと瀧シエルに協力を要請してそれらを食い止める事じゃ」

 

 瀧シエル。イクシーズ最強の高校1年生。

 

 夜千代は頭に血が上るのを感じた。いつでもどこでも、瀧シエル。アイツが、そんなに強いのか。

 

 だとすれば、協力を要請しようか。いや、夜千代は考える。夜千代は瀧の電話番号を知らない。教員の電話番号を知らない。

 

 ……要するに、だ。私がテログループを全員潰せばいいんだろ?

 

「分かったよ、じーちゃん」

 

「そうか。頼むぞ、夜千代」

 

 そこで夜千代は通話終了ボタンを押した。なんだ、憂さ晴らしに丁度いい。さあ、始めようじゃないか。私が「天才」である事の証明を。

 

 夜千代は引率の職員にもSレート「瀧シエル」にも連絡しようとしない。実際は電話番号など知らなくても教員宿舎に行けばいいのだが、夜千代は向かわない。私がさっさと終わらせてしまえば構わないんだろう、夜千代は、そのまま鬱蒼と茂る森の中に身を潜ませる。

 

 黒咲夜千代は実質、複数の能力を使うことができる。「過去の遺物(オー・パーツ)」、いわゆる、能力のコピー。その夜千代の戦力は実際はイクシーズのデータベースでは測れない。身体リミッターの「封印・解除」と併用した場合、恐らくはAレートを超える。

 

 夜千代は衣服に隠していた仮面を被り、進む。自分の行くべき道を。

 

 キャンプ場の森に身を一旦隠す。周りを見渡す。そして、見つけた不審な人影を。

 見つけると同時に、「流転式」で体重移動をスムーズにし、足音を鳴らさないように近づく。夜千代は隠密行動もお手の物だ。

 

 そして、背後から光の剣をひと振り。そこに居た男は頭にそれをモロに受け、倒れる。覆面を被り迷彩服に身を包んだ、テログループの一員。

 

 なんだ、楽勝じゃないか。この調子でどんどん倒して行けば--!

 

 次の瞬間、大きな違和感を感じた。まるで全身の感覚が麻痺するような症状。そして、背後から強烈な衝撃を貰う。

 

「――っ!?」

 

 夜千代は吹っ飛び、地面を転がった。仮面が剥がれ、素顔がさらされる。土の上なので地面へ衝突した時のダメージは少ないが、目に見える光景がグニャリと曲がっている。それでも、目を凝らす。今、止まっては恐らく死ぬ。どう考えても今の状況は「敵に襲われた」以外有り得ない!

 

 夜千代の目に映る歪んだ世界。そこに映るのは森の木々以外に、一人の男の影。

 

 まずい、立ち上がらなければ。

 

 夜千代は立ち上がる。それは無茶な行動だ。体はロクに言うことを聞かないのだから。しかし、死ぬのと無茶をするのとでは断然後者だ。

 

 息を整える夜千代。その目の前に、佇む男。段々と認識出来てくる。年齢は20代と言ったところか、迷彩服に身を包んだ男。その瞳は無機質で、その魂は真っ黒。他に形容の仕様がない影。

 

「……チッ」

 

 体は直ぐに立ち直った。しかし、どうしても目の前の男の認識が鈍る。……異能者か。


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