新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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キャンプ・ダイブ・アサルトシェイド3

 岡本光輝は悩んでいた。まさか、肝試しに「瀧シエル」を配置してくるとは。

 

 実質、撃破不能に近い相手だ。瀧の言葉を借りれば、有象無象が束になったところで敵わぬ「不浄利」そのものだ。そもそも、1年生の瀧が肝試しの脅かす側なんて……いや、瀧なら自分から立候補しかねない。アイツは役として「勇者」か「魔王」かどちらがいいか?と問われたら喜んで「魔王」を選びに行くだろう。強いて言えば、「魔王」より強い「配下」ポジション……裏ボスを好むようなタチだ。

 

 瀧を倒せないとなると、食い止め役が必要だ。異能者には、二種類居る。武器を持ってこそ真価が出るやつと、無手でそのまま強いやつだ。今日この状況で、武器が必要な異能者は圧倒的に弱い。

 というもの、キャンプに来る際に先生による荷物チェックがあった。それにより、光輝は二本の「特殊警棒」を没収されていた。畜生、有事になったらどうするんだ。先生にはその旨を伝えたが、「イクシーズ外で有事が起こるわけないだろ」と相手にされなかった。それもそうだ、イクシーズ内と外とでは異能者が圧倒的に少ない外の方が安全だ。

 つまり、今武器を持っている生徒は居ない。必然的に、無手で強い異能者が瀧を止めなければいけない。そして瀧は、無手で滅茶苦茶強い異能者だ。

 光輝の知る限り、この高校の中で1年生のSレートもしくはAレートの異能者は瀧以外に存在しない。Bレート以下しか居ないのだ。だから、倒すことはできないと言って差し支えない。止めるにも、一苦労だ。

 

 クリスが居れば、とは思ったがクリスの留学は正式には9月からだ。今回のキャンプには参加してない。

 今、この場に居る者も進んで瀧に挑もうとはしない。その時点で、優勝が無くなるのが決まっているからだ。それは嫌だろう、光輝だって嫌だ。

 

 当然だ、「1万円」は誰だって欲しいのだ。

 

 思考する光輝、一つだけ案が浮かぶ。だがそれを実行できたとして後半が気になる。瀧シエルが配置されているんだ、後半に実力者の異能者が控えていてもおかしくない。それこそ、「熱血王」厚木血汐とか。夏が大好きな彼だ、こういう催し物に参加しないと考える方が間違っている。

 

 光輝は周りを見渡す。すると、一人、良い人物を見つけた。それはBレートの「黒咲夜千代」だ。

 

 光輝は夜千代の肩をトン、と叩き耳元に口を近づける。

 

「なあ、提案がある」

 

「ふわぁっ!?」

 

 背後からいきなりの行動に、夜千代はギョッと驚いた。光輝も考え直して無理もないと思った。今の行動は変質者に近い。

 

「脅かすなよ……なんだ」

 

「俺と手を組め。優勝商品は5・5で分け合おう。俺は瀧シエルを「止める」算段がある」

 

 瀧を止める為の案。光輝の秘策。この状況を乗り切る為の、優勝商品を手にするための方法。最も、必要なのはそこから先でもある。光輝が無傷で瀧を止めたとして、身体能力が高い人間は他にも居る。

 

 だからこそ、夜千代と組む。コイツも攻めあぐねていただろう。そこへの甘言。瀧を乗り越えれるなら安いものだろう。

 

「……7・3で請け負おう」

 

「テレフォンショッピングじゃねーんだ、悪いが7・3でも6・4でも飲む気はない。5・5固定だ。瀧を無傷で、俺とお前が突破する方法があるんだ。だが、その先が俺だけではクリア出来ない。……お前も一人だろう?」

 

 最初に多く要求して相手に譲歩させ、実質取り分を多くする方法。勿論、夜千代が行ったそれの裏は分かっていた。だが、飲む気は無い。だからこそ、こっちも端から半分半分(フィフティ・フィフティ)を持ちかけた。こうしておくことによって、此方の意志の強さを相手に提示してやる。

 

「チッ……成功させてみろ。じゃなきゃ契約は破棄だからな」

 

「オーケイ、成功させるさ。契約は履行する」

 

 こうしてる間にも幾つかの異能者が無謀にも挑んで、敗れていく。間を抜けようとしても、挑んだ者が瞬殺されてしまっては抜けようがない。瀧は速く硬く強い。万能な人間に皆、成す術がない様だ。

 

 光輝は後ろでその光景を見ていた黒ジャージに赤いインナーの龍神王座を見つけると、直ぐに近づいてその肩を掴んだ。

 

「龍神……これでいいのかよっ!?」

 

「岡本か……私はシエルさえ楽しければ、それでいいかと思っている」

 

 光輝は龍神に訴えかける。組んでいる腕を崩さない龍神。その顔は平然としている。

 

「みんなの思いが散っていく……俺はゴメンだね、俺は先に進まねばならないんだ!」

 

「岡本……お前」

 

 龍神は光輝の熱い瞳を見つめ直す。もう少し、もう少しだ。

 

「龍神、俺はお前の力を借りたい。あの「不浄利」を乗り越え、栄光を掴みたい!お前は掴みたくないのかよっ、栄光って奴を!お前が瀧シエルを止めれば、お前はその時点で英雄だ!それは、栄光なんだ!力を貸してくれっ!!」

 

「……そうか、本気、なんだな」

 

「ああ」

 

 龍神は組んでいた腕を解くと、光輝の右手を両手でガシッ、と握った。

 

「私は英雄も栄光も興味無い……が、親友(とも)の為に戦おう。任せろ、シエルは私が止める!」

 

「龍神……ありがとう」

 

 握っていた手を離すと、縦横無尽に暴れる瀧の方へと龍神は歩いて行った。黒い長髪が赤色に染まっていく。Bレート「龍神王座」の能力だ。彼女は無手でも強い。

 

「私は戦うさ。シエル、お前を止めてみせる」

 

 歩み寄ってくる龍神王座を見て、妹である瀧シエルは不敵に笑った。

 

「ようやくお出ましか……密かにね、待ち望んでいたよ」

 

「私の能力は「龍血種(ヴァン・ドラクリア)」。その名の通り、龍の血族だ。その力を解放した私は、通常の人間の身体能力を遥か上回る――」

 

 瀧に、周囲に見栄を切る。その時、誰もが見入っていた。瀧と龍神が相見える、瞬間。もうその時点で、光輝と夜千代は走り出していた。

 

 龍神は変貌した赤い髪を靡かせ、「瞬間移動」した。

 

「――こんな(ふう)にッ!」

 

 5メートル以上離れていた位置から龍神は瀧の胴体にミドルキックをかました、ようやく、周囲はその事態を受け止めることが出来る。

 

「は、()っえぇぇぇ!!」

 

 周囲のギャラリーは湧き上がる。普段なかなか見せない、龍神の実力。その動きは、瀧に引けを取らないレベルだ。

 

 瀧は腹部に一撃を貰いつつも、龍神に腕を振り返す。龍神はそれを避け、一度距離を離した。瀧は今の凶悪な一撃で、しかしまともにダメージを受けちゃいなかった。それどころか、満面の笑みを浮かべている。

 その人間離れした攻防、周囲がそれに飲まれている間に、光輝と夜千代は通路をすり抜けていった。

 

「これが瀧シエルを止める方法だ。天使を止めるには悪魔を、みたいな」

 

「お前って最低だよなー」

 

「知ってる」

 

 光輝は龍神を上手くけしかけて瀧に仕向けた。龍神はああいうシチュエーションに弱いだろうと踏んでのことだ。光輝は龍神の人間性をなんとなく理解していたのだ。そして、龍神を瀧に向かわせ自分らはその隙に進む。龍神レベルなら、瀧の注意を十分に引ける。だが、あそこまでの水準とは正直びっくりした。――つまるところ、光輝は己の目的の為に龍神を利用しただけだ。正に最低である。

 

 瀧を通り抜けた後は、とんとん拍子だった。他に特には強大な障害もなく、もうすぐ到着地点であろう灯りが灯る場所に着く。

 

 が、その前に止まる。光輝は超視力でそれを見た。

 

 木の台と、ランプ。木の台の上にはフラッグが。あれを取れば、俺たちが優勝者だ。だが、その前に立ち塞がる男。「厚木血汐」だ。文句なしのSレート、実力者。真っ向から挑んで勝てる相手じゃない。だが、目標物はすぐ目の前だ。

 

 光輝は木の陰に隠れ夜千代に耳打ちする。

 

「俺が奴の注意を引く。行けると思ったタイミングで、お前がフラッグを取れ。お前は俺より速い。厚木はまともに戦って勝てる相手じゃない」

 

「……信じていいんだな?」

 

「ああ」

 

 ここで光輝は、少しだけ「ズル」をする。ムサシとの魂結合。厚木から攻撃を受ける際、これで少しでも回避する事ができれば。動きの全部を見せる必要はない。そうすれば、疑われることはない。

 

 やるなら早くがいい。作戦が決まり、光輝が飛び出た。厚木血汐に向かって走っていく。

 

「フラッグ、刺し違えてでも!貰い受ける!」

 

「来たな、少年……一人でこの「熱血王」に敵うかな?」

 

 勿論、Sレート相手に敵うなんて思っちゃいないし刺し違えることをできるとも思っちゃいない。重要なのは注意をそらすことだ。突進する。

 

 厚木にそのまま走り向かう。厚木は拳を構えた。1メートル圏内。厚木が拳を振り抜く。

 

 瞬間、木陰から夜千代が飛び出す。そのスピードは、確かに速い。厚木は音で反応した。

 

「なっ――!」

 

 が、ワンテンポ遅い。そして、二対一。光輝が、夜千代が、どちらでもフラッグを取れる距離だ。

 

 行け――!

 

「最速らしく、いただいてゆく!」

 

 刹那、影が走る。それは、小柄な影。それは、光輝でも夜千代でも厚木でも無かった。第四の、影。光輝の視力はそれを捉えていた。

 

 が、間に合わない。その影が誰よりも速くフラッグを持ち去り、ズザザッと地面に砂埃を立ててブレーキをかけた。光輝はその男を知っていた。

 

「へへっ、この瞬間を待っていたんだってな!」

 

 後藤征四郎。「速度上昇」の能力を持つ少年。一瞬、何が起きたのか分からなかった。

 

 少し思考して、結論に至る。やられた、漁夫の利だ……!!

 

「え、嘘、でしょ?そんな……?」

 

 ポカーン、とする夜千代。まだ現実を受け入れられていないようだ。

 

「……ゆ、優勝者、後藤征四郎!」

 

「おっしゃー!」

 

 高々とフラッグを持った手を夜空に掲げる後藤。まさかの伏兵。肝試し大会の優勝者が、後藤征四郎に決定してしまった。

 しばらくの間、夜千代は放心していた。


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