新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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黒い衝動 Side:黒咲夜千代3

「……」

 

「……」

 

 月が照らす夜の街を歩く岡本光輝と黒咲夜千代。周りが住宅以外に特に何も無く、都心地よりも遥かに静かである。二人が歩く音以外、何一つ無かった。二人の間に、言葉なども無い。

 

 結局「翔やん」の新作CDアルバムは白銀というヤンキーのような男に奢ってもらってしまった。まあ、それはラッキーだという事にしておこう。お金を使わずに済むなら、それに越した事はない。

 

「なあ、ボランティア部の事、なんだけど……」

 

「……えっ?」

 

 岡本が持ち出した、ボランティア部の話。もしかしてコイツ、ボランティア部だったのか。夜千代は気まずい。自分は行かなかった。その事について咎められるのだろうか。だとすれば、めんどくさい。

 

 いや、それよりも深刻な問題が先程から頭の中で渦巻いている。

 

「今日、お前んちにプリント入れといた。俺もボランティア部でな、家が近いからって押し付けられたんだ」

 

「ああ、それで……」

 

 昼間、確かに夜千代の住むアパートに岡本が来ていた。なるほど、そういう事か。プリントはまだ目を通しちゃいない。めんどくさかった。

 

「……お前、夏祭りの巡回が決まったぞ。災難だな」

 

「うわ、マジ?」

 

「ああ、大マジだ」

 

「だるー……」

 

 夏祭りの巡回。最悪、それはすっぽかすまである。夜千代はその気になればボランティア部を抜ける気もある。別に、他の部活を今から探して入ってもいい。だから、重要なのはそこじゃないんだよ。わかってんのか?岡本光輝。

 

 お前は「超視力」で確かに変装した私を見たはずなんだ。お前みたいな陰気で根暗で私のような奴が、何も考えてないはず無いだろ。

 

 二人は、夜千代の住むアパートの前まで着く。

 

 もう一度、夜千代は岡本からある事を聞き出す。これは私が自然に対応する為の流れを作るためだ。私が有利に立って、岡本光輝という男を引きずり出す。

 

「ところで……今日、家にプリントを届けてくれたのはあんたなの?」

 

「ああ、そうだけど」

 

 そうだ、大前提だ。ここまではいい。

 

 夜千代は口に手を当て喋るべき事を考える。そして、少しして口を開いた。

 

「……最近、この辺で仮面を顔に付けた変質者が出るって噂を聞いたんだけれど、見なかった?」

 

 仮面を顔に付けた変質者。心当たりは大いにあるだろう。昼に、お前はその姿を見ているんだから。

 

「……んー、いや、見てないな」

 

 見ていない。その言葉は聞きたくなかった。弄れているコイツが答えた場合。それがどういう状況を作り出すか。

 

 まず、最悪の状況は岡本光輝が黒咲夜千代を仮面の変質者だと疑っている場合だ。

 

 コイツには超視力がある。仮面から覗く目、背格好を捉えることは可能だとして、だ。それを降ってきたアパートに住む夜千代と照らし合わせる可能性は十二分にある。

 

 そして、コイツの回答。「見てない」。その言葉の中には二つの意味が含まれる。仮に、岡本が普通だったとして、目の前の夜千代が仮面だったとして。「見た」と答えたら。夜千代が仮面だった場合、口封じに襲われるだろう。「見てない」と答えたら。襲われないだろう。仮面は安心するからだ。見てないのなら危害を加える必要が無い。岡本が変に小賢しい場合。結果はその「逆」を想定しなければならない。要するに読み合いだ。相手の知能レベルに合わせて、相手の回答にどういう意味合いが含まれるか。

 

 そしてコイツはその小賢しいを上回って、「弄れている」ハズだ。コイツの魂は、私と似たようなものを感じる。黒い、濁った魂。

 

 岡本の答えた「見てない」。私が岡本なら、その意味合いは二通りになる。保険をかけるはずだ。「知らぬ存ぜぬ、分かりません」と「見たけど見なかった事にしてやる。だからそれでいいだろ?」だ。

 

 弄れてて「見た」と答えたならなんの警戒も持っていなかったことになる。もしそうだった場合、全てをスルーで良かった。だが、そうもいかない。

 

「そっかぁ……」

 

 夜千代は心の中で怒りを増幅させる。戦うという事において、重要なのは感情だ。相手をどれだけ憎いと想うかで、握りこぶしは強くなるだろう。そして、ふぅ、と一息つく。心の中で言う。「光の剣(ジ・エッジ)」と。

 

 次の瞬間、夜千代は岡本に対して光の剣による袈裟斬りを仕掛ける。強襲。「フラグメンツ」の事は一般市民に知られてはいけない。疑いを持たれるのも面倒だ。誰かに話されないように、この一撃でぶっ倒して、調教して、私のことを喋れなくしてやる。相手は所詮Eレートだ。Bレートの、しかも普段全力を出していない私が、負ける道理などない。

 

 夜千代は、仕事中や夜道などの少しでも危険な時に「封印・解除」による解除で、自分の人間としての限界を解除している。精度は低くじーちゃんのように使いこなせはしないが、使えば自分の身体能力を上げることができる。人間の限界の、少し上を行く事ができる。それだけあれば十分だ。

 

 だが、岡本の魂が変わった。まるで凛々しく猛る、豪傑の魂。岡本は鉄の棒を取り出し、夜千代の剣を防いだ。

 

 夜千代の中に封印されている、「サクラザカ」の記憶。その詳細は思い出せない。記憶が、黒咲枝垂梅によって封印されているからだ。だが、それでも夜千代の記憶の表層ににじみ出てくる感覚。常時、「サクラザカ」は封印されつつ「過去の遺物」にて再現されていた。その「サクラザカ」により、夜千代は人の魂を見ることができた。

 

 人の魂。それはまるでその本人を象徴するような物だ。

 

 例えば、白銀雄也。先ほど会ったアイツの魂は白く強靭(つよ)い鋼鉄のような魂。瀧シエルは眩しく澄み渡る晴天のような魂。目の前の岡本光輝と自身である夜千代は黒く濁った暗闇のような魂。

 

 岡本光輝は魂がまるで塗り替えられるように変わった。いや、正確には混ざり合ったような。鬼気迫るその魂には黒い陰りが見える。

 

「お前……その魂、どういう事だ?さっきまでとまるで別人じゃないか。何モンだ?」

 

「はっ……お前が言うのか?お前こそ何モンだよ」

 

 疑い合う二人。岡本光輝は、何かを隠している。

 

「岡本光輝、だよな?Eレートって話だけど……ただのEレートじゃない。まあいい、私はお前をねじ伏せる必要がある」

 

「……あ?」

 

 黒咲は嘲るように言う。

 

「対面張ろうぜ。負けたほうが勝ったやつの言うことをなんでも聞く。ああ、安心しろよ。自殺しろ、とかは言わないから。じゃあ、潰すわ」

 

 岡本光輝が実は強いとか、そんなのはどうでもいい。とりあえず潰す。可能だ、私は天才だ!--

 

--クソッ、ふざけてやがる。

 

 夜千代は他人が使えない「二刀流」が可能だった。人間の限界を少し超えているからこそ使える技法。しかし、その技は相手が上回るように対応してきた。

 

 岡本を空中に放り出した時に勝った、と思った。だが、まるでバリアのような二本の警棒の防御により仕留める事は出来なかった。

 

「ッハ、駄目だ駄目だ駄目だ、ダメじゃないか夜千代!目の前のクソ雑魚に何手間取ってんだよ!」

 

 まさか、私が負ける?そんな事はあってはならない。コイツは石ころ。私は天才だ。何が何でも勝ってやる!

 

 夜千代は自分を叱咤する。目的は目の前の石ころの排除。コイツが、邪魔だ。私を嘲りやがって。クソ、イライラする!

 

 かつてないほどのアドレナリン分泌。岡本光輝は平然とそこに立っている。お前はもう倒れてなきゃいけないんだ。なんで立っているんだ。

 

 ……ブッ殺す。

 

「もう後戻り出来ねー。殺す。お前は、殺す」

 

 夜千代はもう止まらない。それは、黒い衝動。目の前の男に、怒りが止まらない。お前が、私より劣るお前が。何の権利があって--!

 

 頭に手を当てる。今から行うのは「封印」された記憶の「解除」。絶対に枝垂梅からやってはいけないと言われている行為だ。だが、止められない。今この場でコイツを叩きのめさなきゃ自分を否定することになる。そんなのは、死んでるのと同じだ。私がここで死なない為に、禁忌の扉を開ける。

 

「「封印・解除」」

 

 夜千代は呟いた。夜千代が技を使うときに呟くのは、自分がその能力を鮮明に意識するため。能力を鮮明にイメージできるほど、その能力は強くなる。枝垂梅がかけた封印は強力な物だが、少しだけでもこじ開ければ記憶は流れ込んでくるハズだ。一度、試したことがある。その時は、最悪な気分だった事を覚えている。

 

 夜千代は自分の記憶を解除した。それは、両親が殺された時の記憶。その時の情景が、頭に一気に流れ込んでくる。それはとてもじゃないが理性を保てるような情景じゃなかった。

 

「……嗚呼、最悪だ。最悪の気分だ。テメエが悪いんだ、岡本光輝。死んでも恨むなよ。鏖殺しろ……「サクラザカ」!!」

 

 だが、今は目の前の敵を倒すことが先決だ。夜千代は光の剣を、空中で振る。そこから、大量の真空波が生まれ、岡本光輝に襲いかかる。八つ当たり混じりの、負の感情。

 岡本は手を目の前に差し出し、黒い靄のような物を作り出した。また、魂が変わる。真空波は全てその靄に飲み込まれたが、夜千代は走り出していた。

 至近距離、岡本と夜千代。岡本の安堵した表情が一気に青ざめる。

 夜千代は頭突きを繰り出した。すんでの所で一瞬、我に帰ったのだ。殺してはいけない、と。剣で塞がっている両手は使えない。だからこその、頭突き。咄嗟に出たのが、それだった。岡本も反応してきたが、遅い。そのまま、頭突き倒す。

 岡本が仰け反る。瞬間、夜千代は光の剣を解除した。

 

「回れ」

 

 今なら、「流転式」をつぶやく事なく強くイメージする事ができる。夜千代は光輝の肢体に手を回し、アスファルトの地面に投げ飛ばした。美しい、円の動き。

 

「ガハッ……」

 

 地面に全身を打ち付ける岡本。瞬時、夜千代は光の剣を片手に生成。倒れた岡本の顔の隣に突き刺してやる。文句の言えぬ、決着だ。

 

 夜千代は、勝った。

 

「動くなよ。動いた瞬間、光の剣がお前の顔を両断する」

 

 倒れている岡本の胸を夜千代は踏みつけた。動くこともできまい。

 

「私の勝ちだ。言うことを聞いてもらうぜ。今日あった事は、全て忘れろ。私との出来事を全て忘れろ。私に近づくな。私はテメエが嫌いなんだ」

 

「……それで、いいのか?」

 

 苦しいだろうに、問いかける岡本。何の問題もない。

 

「ああ、それでいい。お前に他の事頼んで満足に果たせるのかよ。果たせないね。お前みたいなクソ雑魚、一生道路の端っこで生きてろ」

 

「……」

 

 これは強がりだ。今回は、意地に任せたに過ぎない。岡本光輝に負けたくないという一心で、やり過ぎてしまったという気持ちはある。少しばかりの、罪悪感。だから、それだけでいい。後は、関わってくれなければいい。

 

「じゃあな。帰って寝る。今日のことを誰かに言った瞬間、私はテメエを殺す。分かるだろ?私はお前より遥かに強い」

 

 脅しをかけて胸を踏みつけていた足を夜千代はどけると、光の剣を消して自分の家に帰った。それまでは、最高の優越感に浸っていた。

 

 自室のドアを開け、家の中に入った瞬間。「死にたい」という気持ちが溢れ出てきた。

 

「フーッ……フーッ……」

 

 よろけ、壁にもたれかかる。息が乱れる。駄目だ、頭の中がグチャグチャだ。靴のまま玄関を駆け抜け、トイレに駆け込む。

 

 それと同時に、便器の中に嘔吐した。

 

「ッ……うぁッ……うぅあッ……えぇッ……ッ!!」

 

 胃の内容物が、ドロドロの状態で食道を逆流し口から吐き出される。臭い。苦い。酸っぱい。苦しい。喉を通るえも言われぬ不快感。

 

 全てを思い出した。私の両親を殺した犯人。犯人と黒咲枝垂梅の関係。私の立ち位置。

 

 生きる理由が失くなる、そう形容した。夜千代は、死にたかった。先程まであった生きる意味、「岡本光輝を倒す事」。それが終わり、今。自分の生きる意味が全くない事に気付いた。境遇も、存在も、全てが私を否定する。

 

 いや、違う。違うだろ、夜千代。否定しているのはこの世の全てじゃない。「私」が「私」自身を否定しているんじゃあないか。

 

 呪う。他の誰でもない、自分を呪う。自暴自棄。自己嫌悪。

 

 夜千代は頭に手をやる。「光の剣」を生成しようとしていた事に気付く。

 

 駄目だ。それ以上踏み込むな。封印をしろ、記憶を、封印してしまえ--!!

 

 夜千代は、呟く。必死に、呟く。

 

「「封印」……」

 

 忌まわしい記憶を、狂いそうになりながら、封印した。感情が、落ち着いていく。

 

 ……先ほどまでの負の感情が嘘のようだ。笑える。何も嫌なことなど無い。私は、笑える。

 

「ははっ……やったんだ、私は!岡本光輝を倒したんだ!!あはははっっっ!!」

 

 そうだ、これでいい。これが、私だ。

 

 夜千代は高揚感を得ていた。「サクラザカ」の事は封印された。そうすれば、こんなにも光が視える。これでいいんだ。


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