新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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始まりは黒い衝動3

 いきなり斬りかかってきた、黒咲夜千代。光輝に対してのそれは、何をどう見積もっても分かりうる敵意だった。

 光輝は黒咲を見据える。その手に握られた、光の剣。なにも無いところから現れた、つまり能力による物。

 

 黒咲の能力を光輝は知らない。普段、互いに静かな二人だ。その能力を見せ合った事はない。逆に言えば、光輝の能力を黒咲が知らない可能性もある。

 だが、黒咲の発言。それはまるで、「魂」が見えているかのような、そんな発言。ホリィや光輝のように特殊な目を持っているのかもしれない。それが能力か?だが、光の剣は?もしかして、相手も「魂結合」が使えるのだろうか、それともただ単にEX能力(エクストラスキル)持ちか。

 

 光輝は考える。警戒は怠らない。まずは、相手の出方を見ることにした。

 

「岡本光輝、だよな?Eレートって話だけど……ただのEレートじゃない。まあいい、私はお前をねじ伏せる必要がある」

 

「……あ?」

 

 黒咲は嘲るように言う。

 

「対面張ろうぜ。負けたほうが勝ったやつの言うことをなんでも聞く。ああ、安心しろよ。自殺しろ、とかは言わないから。じゃあ、潰すわ」

 

 それを言い終えた瞬間、黒咲はもう一度光輝に斬りかかる。再び右手に握られた剣による、袈裟斬り。光輝は片手の特殊警棒で防ぐが、黒咲は空いている左手を横薙ぎに振る。その手には何も握られていないが、光輝の脳内を危機感という警報が過(よぎ)る。

 

「私は天才だ!「光の剣(ジ・エッジ)」!」

 

 振られたその手には、もうひと握りの光の剣。コイツもまさか、二刀流を使えるとは。

 

 光輝もまた、ズボンからもうひと握りの特殊警棒を取り出し、追撃の剣を防ぐ。距離を離し、特殊警棒を展開した。展開された三段の警棒は、相手の光の剣にリーチで劣っていない。それどころか確かな硬さと確かな重さを備えたその無骨な凶器は、単純に恐ろしい。

 

「拒否権は無しか……まあ、いーわ。テメエ……」

 

 黒咲を睨む光輝。この対面は対面では無い。光輝は合意などしていない、だが黒咲は攻撃をする。バカ正直に受けてやる必要もなく、逃げてもいいのだが……

 

「あんま舐めてんじゃねーぞ」

 

 光輝はイラついていた。目の前の黒咲夜千代という少女に。

 

 光輝は走る。空いた距離を一気に詰めた。そこから繰り出される、「二天一流」による遥かな技術の二刀流による連撃。黒咲も二本の光の剣で対応するが、押し込まれている。単純な身体能力自体なら、ムサシをフィードバックした光輝より黒咲のが高い。黒咲は、見た目の華奢さにそぐわぬ運動能力を持っていた。

 だが、二刀流の振り合いなら「二天一流」を持つ光輝に軍配が上がる。技術力ならこちらのが上だ。光輝は必殺の一瞬を待っていた。一度、まともな一撃を入れてやれば普通の能力者は沈む。沈まないのは、防御性能の高い能力者ぐらいだ。

 

「チッ、「流転」しろ!」

 

 黒咲は二刀流での押し引きに不利が付くと分かると、一瞬腰を落とし、下から跳ね上げる要領で光輝が振った特殊警棒を剣で弾いた。その時、力の流れが変わる。まるで黒咲がその流れを司るように、光輝は空中へ跳ね上がる。無防備だ。

 

「ッ、ジャック!」

 

賢明(クレバー)だよ、岡本光輝』

 

 光輝は直ぐに、憑依をムサシからジャックへ移す。ムサシの戦闘方法は、地上戦向きだ。足を地につけることを前提とする侍の戦い方は、空中に投げ出された瞬間、破綻する。

 だから、今はジャックに任せる。ジャックの能力は「神の手」。腕から先の動きが、常人のそれと一線を画す正に神の(わざ)。空中で二本の特殊警棒を、自分を守るように我武者羅に振る。

 普通の速度ならただの間抜けな行動にしか見えないが、それを行っているのは「神の手」だ。黒咲は、攻めあぐねる。攻撃の隙間がない。下手に動けば逆に攻撃を貰う。

 

 チャンスを作った黒咲だが、直ぐにそのチャンスを失う。空中に浮いていた光輝はもう地上に足を付けた。瞬時に、憑依をムサシへ。

 

「ッハ、駄目だ駄目だ駄目だ、ダメじゃないか夜千代!目の前のクソ雑魚に何手間取ってんだよ!」

 

 黒咲は自分を叱咤した。Eレートの少年、岡本光輝。そいつに、自分は上手くいなされている。それはまるで嘲笑。光輝から黒咲への嘲笑のように黒咲は感じていた。

 それは被害妄想だ。光輝は精一杯勝ちへの道を探して綱渡りしてるに過ぎない。だが、黒咲は劣等感を感じた。暗い少女の、一方的な被害妄想。

 

 ふざけるな。私は天才だ。お前風情が、そこらの石ころが、私の歩く道を阻むな。

 

 黒咲の脳内にはかつてないほどのアドレナリンが分泌されていた。こんなに私をイラつかせる奴は初めてだ。……ブッ殺す。

 

「もう後戻り出来ねー。殺す。お前は、殺す」

 

 目を見開き明らかに激昂している黒咲。光輝からすれば、謂れ無き怒り。ふざけるな。キレたいのは俺の方だ。

 

 だが、黒咲はもう限界だった。頭に手を当てる。

 

「「封印・解除」……嗚呼、最悪だ。最悪の気分だ。テメエが悪いんだ、岡本光輝。死んでも恨むなよ。鏖殺しろ……「サクラザカ」!!」

 

「……ッ!防げ、ジル!」

 

『禍々しいな、まるで殺意そのものだ』

 

 光輝はジルを憑依させ手を目の前に突き出した。「黒魔術」を発動し、目の前に闇の障壁を張る。

 

 黒咲の様子が、確実におかしかった。彼女が「サクラザカ」と言った瞬間、彼女の雰囲気がガラリと変わった。まるで、鋭い殺気が脳に直接テレパシーで呪言のように幾多数多も流れ込んでくる。ただの人間の感情じゃない、圧倒的な「負」の感情。受け続ければ、脳が腐敗するような無限の悪夢。

 

 次の瞬間、黒咲は動き出した。二本の剣を、空中で振る。その空中から、大量の真空波が襲ってきた。飛ぶ斬撃、形容するならそうなる。

 闇の障壁でそれを受け止めはしたが、すぐに闇の障壁が丸ごと消え去った。瀧シエルの聖砲と相打ちになる闇の障壁を消し去った飛ぶ斬撃の威力は、防御して正解だったと光輝を思わせる。

 

 が、甘かった。斬撃を防御している間に目前には既に黒咲が居た。速い、圧倒的に速かった。

 

「回れ」

 

 黒咲は光輝の顔に頭突きを繰り出す。何が起きるか分かっていた光輝は負けじと額で受けようとした。が、少し反応が遅れた。ゴン、と鈍い音。光輝が押し負け、仰け反る。その隙に黒咲は光の剣を解除、空いた手で光輝の体を円の動きで地面に投げつける。まるで、お手本のような美しい柔術。

 

「ガハッ……」

 

 光輝は背中からアスファルトに体を打ち付ける。後頭部が地面とぶつかる。一瞬、意識が飛ぶ。瞼に青か、黒かよくわからない物が浮かんだ。「ブラックアウト」と呼ばれる現象だ。(のち)の、激しい痛み。視界はすぐに取り戻したが、体から息が全部吐き出され、苦しい。空気が吸えない。頭が回るような感覚。その間に、黒咲は倒れた光輝の顔の真横に光の剣を突き立てる。地面に突き刺さったその剣は全てを物語っていた。

 

 決着だ。岡本光輝は負けた。

 

「動くなよ。動いた瞬間、光の剣がお前の顔を両断する」

 

 倒れている光輝の胸を黒咲は踏みつける。ただでさえ苦しいのに、さらに苦しい。

 

「私の勝ちだ。言うことを聞いてもらうぜ。今日あった事は、全て忘れろ。私との出来事を全て忘れろ。私に近づくな。私はテメエが嫌いなんだ」

 

「……それで、いいのか?」

 

 苦しくも必死にひねり出す光輝の疑問。願ってもない、こんな奴と二度と関わってたまるか。

 

「ああ、それでいい。お前に他の事頼んで満足に果たせるのかよ。果たせないね。お前みたいなクソ雑魚、一生道路の端っこで生きてろ」

 

「……」

 

「じゃあな。帰って寝る。今日のことを誰かに言った瞬間、私はテメエを殺す。分かるだろ?私はお前より遥かに強い」

 

 胸を踏みつけていた足を黒咲はどけると、光の剣を消して去っていった。

 

 光輝は地面に寝そべっていた。月が光輝を照らしている。

 

 ははは、とても綺麗だ。

 

 光輝は体を起こす。まだ頭が痛い。体は息を切らしている。

 

 負けたんだ。まるで悪魔のような奴に、負けたのだ。当然だ、黒咲は強い。光輝は弱い。当然の結果だ。

 

「ははは……」

 

 光輝はアスファルトの地面を拳で殴りつけた。

 

「クソがッ!!」

 

 アスファルトに人の体が勝てるわけがない。皮がめくれた拳から、血が滴り落ちる。鈍い痛み。後でこれはもっと酷い痛みになるのだろう。だが、興奮していた今の光輝にはそれほど痛みは感じられなかった。

 

 黒い衝動。光輝は今、不可解な気分に包まれていた。最悪な気分でその場に座り込んでいた。とてもじゃないが、歩き出す気分にはなれなかった。


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