新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「……買うのか?」
「……あんたこそ」
二人して躊躇する。一応は、譲ろうとする二人。互いが、どういう存在なのかは知っている。
かたや、同じクラスの暗い人間、岡本光輝。
かたや、同じクラスの暗い人間、黒咲夜千代。
二人はその状況で見合い、どう動いていいのか分からなかった。
「おい、邪魔だぞガキ共」
いつまでそうしていただろうか。長い時間ではないはずだが、光輝の体感感覚では2分くらい経っていたような、経っていないような、それほどの時間。停滞していた二人の後ろからかけられる、声。振り向くと、そこには短めの
男は動きの止まっていた二人をかき分けると、ある見本を手に取る。「騎士団」の新作CDアルバム。この人も、これを買うのか。
白金髪の男は少し考えて、二人を見やった。
「……お前らも翔やん、好きなのか?」
「「……はい」」
白金髪男からかけられた言葉。返答すべきかどうか迷って二人は結局、同時に頷いた。二人とも「翔やん」が好きなのは偽りない。そのタイミングが被ってしまった事に、二人は顔を見合わせて愛想笑いをした。
「そうか……いや、すまねぇな。先に買ってくると……」
「この店この時間から開いてんだってー、ヤバくね?」
「おー、すげー。「翔やん」は……っと、なんかイカした髪色の奴居んじゃーん」
白金髪の男が二人に見本を渡そうとすると、また新たに二人の男がCD売り場に来た。どうやら彼らも「翔やん」のファンのようだ。
「おっ、分かるかこの髪の良さ。いいじゃねーか、見る目あるぜお前ら」
自慢の髪を掻き上げる白金髪の男。
「とゆーかさー、すげーイカしてんけど、雰囲気シャバ僧っぽくね?」
「ねー、対面してかね?俺たちさー、こう見えてもBレートなの。どう?いや、そんな度胸ねーか。あははははっ!」
笑い転げる二人の男。いきなりの対面の誘い。舐められている。白金髪の男は、この二人の男に舐められているのだ。
「いーじゃねーか。じゃ、表出ようぜ」
「おっ、いーね」
白金髪の男は二人の提案にいとも簡単に乗った。Bレートとは、一般人よりも強い。この二人の男は腕に自信があるのだろう。だが、白金髪の男もその誘いに乗った事から、腕に自身はあるようだ。はたまた、ただの虚勢か。
「いや、こっち来てからっつーもの、喧嘩相手捕まえんのも苦労しててな。対面、だっけ?ここのルール。最近ようやく作れたんだぜ、対面グループ」
「!?」
男の一人が驚愕の表情を浮かべた。瞬間、顔が見る見る青ざめていく。
「たっちゃん、やべえ!コイツ、ユーヤだ!」
「ん?なんだそれ」
「知らねえのかよ、最近イクシーズに入ってきたっつう外の札付きの
慌てふためくその男。目の前の白金髪の男に、ビビリきっている。白金髪の男は頭を軽く掻いた。
「そうか、知ってんなら話が早ぇ。
「す、すんませんっしたー!」
「お、おい、ちょっと」
名乗りを挙げ見栄を切った白金髪の男、白銀雄也。その名乗りを聞いて、男はもう一人の男の手を引いて店内から逃げるように出て行った。
「……んだよ、対面やんねぇのかよ」
残念そうにする白銀。少しして、光輝と黒咲が居たことに気付く。忘れられていたようだ。
「あ、すまねえな。面倒に関わらせてな……ちょっと待ってろ」
白銀は「翔やん」の見本を持って、レジへと向かっていく。少しして、白金は光輝と黒咲のとこへ戻ってきた。二人にレジ袋と、その中に入った商品を渡す。
「侘びだ。受け取れ」
「えっ、これって……」
「翔やんのCDじゃないですか。いいんですか?」
光輝と黒咲は問う。翔やんの新作CDアルバムを、初めて知り合った白銀雄也から渡されたのだ。その金額は1枚三千円を超える。それを二人に、ということは六千円を超えるはずだ。大金である。
「構わねえ。こんな所で会ったのも縁だ。翔やん好きに悪い奴は居ねえ。代わりにといっちゃなんだが、名前を聞かせてくれるか?」
「……岡本光輝です」
「……黒咲夜千代です」
光輝と黒咲は戸惑いつつも名前を名乗った。まさか翔やんのCDを奢ってもらえるなんていなかったのだ。何か裏があるんじゃないかと思いつつ、名乗った。
「光輝と夜千代か。覚えた。じゃあな、また会ったらヨロシクたのむぜ」
「「……ありがとうございます」」
意外にあっさりと、白銀はそれだけ言って店から帰っていった。光輝と黒咲は礼を言ったが、以前不思議な感覚だ。
白銀が去ったあとは、店内は静かだった。それはまるで嵐のように、過ぎ去った後は台風一過のような状況だった。
「……俺らも帰るか」
「……うん」
「家、近いから送っていくよ」
「あー、そうなの?ありがと」
光輝と黒咲は、他にすることもないので帰ることにした。時間は深夜だ、早く家に帰って寝るべきである。
レンタルビデオショップから出て静かな夜を歩く二人。住宅地であるこの付近は、都心地よりも遥かに静かだ。二人が歩く音以外、何一つ聞こえない。
「……」
「……」
そもそも、二人の間に言葉一つ無い。光輝も黒咲も、互いにどんな言葉をかけるべきか……いや、かける必要を見出してないのだろうか。黙ったままである。
月に照らされた道を、歩く。二人して、無言。なんの不満も疑問も無い。それが続くまでは。
が、打ち破ってしまった。光輝は、その無言に耐えられず黒咲に喋りかけてしまう。それは正解なのだろうか、はたまた失敗なのだろうか。いや、それは些細な事だ。切っ掛けにしか過ぎなかった。
「なあ、ボランティア部の事、なんだけど……」
「……えっ?」
「今日、お前んちにプリント入れといた。俺もボランティア部でな、家が近いからって押し付けられたんだ」
「ああ、それで……」
「……お前、夏祭りの巡回が決まったぞ。災難だな」
「うわ、マジ?」
「ああ、大マジだ」
「だるー……」
夏祭りの巡回。聞いただけで、自分がどんな状況に置かれたか一瞬で分かるワード。これで明日の……いや、時間的には今日か。今日の登校日に言う手間が省けたか。なら良しとしよう。早く知らせる方が彼女にとっても楽だろう。
光輝は自分の中で結論づける。実際は、その場の沈黙を耐えられなかった光輝の逃げ道。話題を作って沈黙を消したに過ぎない。本来、二人は世間話をするような間柄でもないのだから。
光輝は自分を「最弱最低」の人間だと思っていた。
黒咲は自分を「最凶最悪」の人間だと思っていた。
二人はそれを言わない。自慢できることでもないから。自慢できないことをわざわざ他人に話す必要など無い。冗談でもない。それが岡本光輝であり、それが黒咲夜千代だ。
だが、二人は互いに軽く理解し合っている。なんとなく、どんな存在か。自分たちが、似ているのだということを。だからこそ、認め合わない。お前と俺は、違うのだぞと。お前と私は、違うのだぞと。それでいい。それが二人の領域を超えない、確かな境界線。それでいいのだ。
しかし、本来あるはずべきの境界線が今日、ある出来事で崩れ去ってしまった。
二人は黒咲の住むアパートの前まで着く。
「ところで……今日、家にプリントを届けてくれたのはあんたなの?」
「ああ、そうだけど」
黒咲は口に手を当て考える。そして、少しして口を開いた。
「……最近、この辺で仮面を顔に付けた変質者が出るって噂を聞いたんだけれど、見なかった?」
仮面を顔に付けた変質者。心当たりは大いにある。昼に、光輝はその姿を見ていた。
「……んー、いや、見てないな」
だが、答えは「見てない」。嘘である。光輝はこの場で、嘘をついた。勿論、それには理由がある。
……ムサシ。
心の中で念じ、光輝はその身にムサシを憑依させた。仮面を付けた変質者、それを言うのは不味いだろう。念には念を。ムサシを憑依させて万が一に備える。
「そっかぁ……」
黒咲はふぅ、と息をつく。瞬間、光輝は持ち歩いていた護身用の特殊警棒をズボンから取り出す。その特殊警棒を前に出し、一閃を受けた。黒咲夜千代からの袈裟斬りの一閃を。
黒咲のその手には、光の剣が握られていた。
「お前……その魂、どういう事だ?さっきまでとまるで別人じゃないか。何モンだ?」
「はっ……お前が言うのか?お前こそ何モンだよ」
光輝は少し、少しずつ疑心を抱いていた。
黒咲の瞳が、背格好が、昼間見た仮面の変質者と一致していた。それは光輝の超視力だからこそ捉えた、一瞬の出来事。
その疑心は、確信に変わったようだ。コイツが、仮面だ。