新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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第三章 深淵の×-
始まりは黒い衝動


「マジですか……先生」

 

「ああ、大マジだ」

 

 岡本光輝は意気消沈していた。光輝の入っている部活「ボランティア部」。今日学校であったのはその夏の行動の予定と、生徒の参加募集。ボランティア部員は夏休みの間に一つは活動をしなければいけない。しかし、普段から活動していない岡本光輝は一番厄介なボランティアを任されていた。それは「夏祭りの巡回」。お盆に開催されるイクシーズの中の神社での夏祭りを、交代制で回らなきゃいけない。

 よりによって、人が滅茶苦茶多い中での巡回だ。それはもうとてもとても疲れるだろう。なにせその日は、イクシーズ内の多くの人が一箇所に集まるだけでなく外からもその祭りを見ようと人が集まる。故にこのボランティアはイクシーズ内の三つの高校全てのボランティア部に加えて中学校、大学、さらに社会に正式に存在するボランティア団体、祭りの運営とも共同して行わなければいけない。要するに「すごくめんどくさい」のだ。」

 

 光輝は後悔した。普段から部活に顔を出しておけばこんなことにはならなかった。いや、読み違えた光輝が悪い。まさか夏祭りの巡回に強制的に回されるとは。くそう。だが、1日乗り切ってしまえばそれまでだ。今更どうしようもない、覚悟を持ってその日を待とう。

 

「それとな、今日休んでる黒咲にもプリントを渡しておけ。あとあいつも夏祭りの巡回だ。伝えておけよ」

 

「はぁ……」

 

 そうしてボランティア部の顧問の先生から嫌な通達を受けた挙句、今日休んだ生徒の家にまでプリントを持っていかなきゃいけない上に、俺が嫌な報告までさせられるハメに。強制的に夏祭りの巡回が決まったなんて言ったらどんな顔をされるやら。なんて不幸な1日だ。光輝は己の運命を呪う。

 

「住所なら心配するな。お前の家の近くだぞ、ほら地図をやる」

 

「はぁ……」

 

 そうして地図まで貰った。家が近いからってこの役は嫌だ。だが、仕方がない。こればかりはどうしようもない。先生からの内申は大事だ。やらなければいけない。

 

 光輝は学校から電車で自分の家からの最寄りの駅に向かう。なるほど、地図の通りでは黒咲の家はこの地区だ。光輝の家から徒歩で5から10分ほどとはいえ、確かに近い。

 

 黒咲(くろさき)夜千代(やちよ)。その少女の名前。光輝と同じクラスでありながら、その容姿をあまり覚えていない。確か黒のショートカットに鋭い目つき、女性としても少し低めの身長。だが、多くの男子生徒から人気……だった気がする。高校に入学してから告白された回数は10を優に超えるらしいがその全てを断った、と後藤からそんな話を聞いたことがある。噂では既に彼氏がいるだとか、同性に興味があるだとか。なお、同性からの評価は芳しくない模様。そんな、存在をつかみ兼ねる少女。

 

 光輝とは決して関係の無い少女だ。そんな見ず知らずの少女の家に、同じボランティア部という条件に家が近いというだけでプリントを持っていかなければいけないなんて。この岡本光輝という人間の人見知りをあの先生は理解しているのだろうか?おそらくしていない。くそ、なんてこった。

 

 まあいいさ、とっととプリントを渡して帰ろう。そしてクリスにお昼ご飯を作ってもらおう。昨日スーパーで菓子パンを買わなかった光輝は今ものすごくお腹が減っている。もう12時にもなる。当たり前のことだ。

 

 地図の通りに進み、一つのアパートを見つける。その第一印象は、「凄いボロアパート」だった。4階建てで、横長のアパート。だがとにかく、寂れている。壁に薄く亀裂が走っている。外壁の塗装の亀裂だろうが、なんにせよ見栄えが悪い。というか、本当に人が住んでいるのか怪しくなるレベルだ。

 

 階段を探し、歩く。黒咲の部屋は3階らしい。とにかく階段を登らなければ。

 

 アパートの周りを歩いていると、アパートの敷地に一人の人影が降り立った。光輝は驚愕する。

 

 その人影は明らかに空から降ってきた。夏だというのに黒のコートを着ている。そしてその顔に白いお面を付けていた。よく分からない模様の描かれたそれは、明らかに「変質者」であることを周囲に知らせる。

 

「--」

 

「--」

 

 絶句する光輝。変質者は右と左をチラりと見て、お面の下の目が光輝と合った瞬間すぐさま走り出していった。

 

 ……一体なんだったんだろう。

 

 光輝はその出来事をスルーする。下手なことには首を突っ込まないほうがいい。それが安全だ。アパートの階段を見つけ、3階まで上り、黒咲の住む号室を見つけインターホンを押す。……出ない。

 仕方がないので家のドアの郵便受けにプリントを突っ込んでおく。幸い、明日は高校の登校日だ。その時に黒咲に話せばいい。同じクラスだもんな。

 

 と、ここで光輝は気付いた。

 

 あれ、今日ここに来る意味無くね……?

 

 光輝は思い足取りで帰り道を歩き、自分の住むアパートの3階までたどり着きドアを開ける。なんかどっと疲れた気がする。夏休み中の登校というのもあるだろうが、やはり夏祭りの巡回というのが響いた。……うわぁ、考えると嫌になってくる。

 

『夏祭りは楽しみよのう』

 

 背後霊はなんか言ってるけど俺からすれば全然そんなことはないのだ。人ごみってだけで万死に値する。割とマジで。

 

 玄関で靴を脱ぎ居間に向かう。さて、早めに帰ってきたし母親はまだだろう。とりあえず腹ごしらえを。

 

「あれ、光輝~。おかえり、遅かったわね~」

 

「あ、おかえりなさい光輝」

 

 ……なぜかそこには酔っ払った母親が居た。なんかクリスに絡んでるし。

 

「クリスちゃんね~、いつまでも泊まってっていいのよ~。もういっそウチの子になんない~?」

 

「そ、それは……っ!……いずれは」

 

「ええい、やめろ母さん。恥ずかしいったりゃありゃしない。クリスもまともに相手すんな」

 

 クリスから母親を引っぺがす。いつ帰ってきたんだよ、もう仲良しじゃねーか。うわっ、酒くせえ。クリスなんかキラキラしてるし。

 

「いやー、新幹線で飲んでたら楽しくなっちゃって。あっはっは。あ、これお土産ね」

 

 どうも真昼間から飲んでいたらしい。たまに帰って羽を伸ばしたからって気を抜きすぎだ。人様に迷惑かけていないだろうか。

 机の上には、赤いパッケージに包まれた和菓子。伊勢からの帰りだ、中身はこし餡に包まれた餅だろう。後でクリスと一緒に食べるか。

 

 母親は光輝が帰ってきてから程なくして寝てしまった。まさか最初から出来上がっているとは、そうなると完全に打算が意味を無くしてしまう。クリスは結局この家にホームステイすることになってしまった。……何もかも瀧が悪い。あいつめ。

 

 その後、クリスと伊勢土産を食べ、クリスはその美味しさに身を震わせ、何事もない時間を過ごし、皆寝静まった夜11時40分。スマートフォンのバイブ機能と隠し飲んでいた母親のインスタントコーヒーにより、光輝は目を覚ます。

 

 時間を確認し、クリスを起こさないように暗い部屋の中で外出の準備をし、家の玄関を開けた。光輝には目的があった。それは、新作CDアルバムの購入。今は11時50分、あと10分で次の日になる。その日が、新作CDアルバムの発売日だ。近所のレンタルビデオショップが深夜営業をやっているので、そこに買いに行く。

 

 別にそこまでしなくても次の日の昼に買いに行けばいいのでは?という人が居るが、違うのだ。すぐに欲しい。そんな感覚が、光輝の中にはあった。だから買いに行く。

 

 家の鍵を閉め、レンタルビデオショップに向かう。勿論、護身用に二本の特殊警棒を持っている。後は何が起きてもいいように、ムサシにあらかじめいつでも魂結合出来るように言っておく。イクシーズの夜が特別危ないわけではないが、少し前のホリィの件のように何かが起きる可能性はゼロでは無い。用心できる事に越したことはない。

 月と街頭が照らす静かな住宅街を歩いていく光輝。昼間視る青空とは、また違った風情がある。なるほど、これはこれでいい。

 

 歩いて少しして、明るい建物を見つける。レンタルビデオショップ。スマートフォンを見た。12時を過ぎている。よし、店に入ろう。

 

「いらっしゃいませー」

 

 こんな夜中だというのに、店員は元気だ。これが仕事をするということなのか、と思ってしまう。もし社会に出ても深夜の仕事はやりたくないな。

 

 人入りの殆どない店の中、新作CDのコーナーを見る。色んなCDの見本が並んでいる中、光輝はそれを見つけた。「翔やん」の新作CDアルバムだ。笑いあり、涙ありの熱い青春を歌うアーティスト。光輝の好きなアーティストだ。

 

 それを手に取ろうとした時、横からもその見本に手が伸びた。二つの手がその見本を掴む。

 

「あっ、すいません……」

 

「いえ、こちらこそ……」

 

 そして光輝は驚いた。目を見開く。向こうもまた驚いた表情をしている。黒のショートカットの少女。

 

 光輝のクラスメイトであり、同じボランティア部員。それ以上でも以下でもない、なんの接点もない少女。その少女の名前は黒咲夜千代だった。


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