新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
学校からいつもの足取りで家に帰宅する岡本光輝。部活動は入ったものの、ここ数ヶ月で行かなくなった幽霊部員として在籍してるボランティア部。
いずれかの部活に入らなければいけないという校則の為に入っただけで先生が緩そうなボランティア部を選んだに過ぎずボランティアにカケラの興味もないし、部活をする時間があったら勉強する。そんな無駄な時間割いていられるか。
家計を助けるためにバイトをしようかとも考えたが、母親はなかなか許してくれない。まあ、バイトにうつつを抜かして勉強できずいい会社に入れませんでしたじゃ本末転倒だよな。
実のところ、イクシーズも外の世界もたいしてやることは変わんないのだ。ひと握りの奇跡のような異能者がシンデレラロードを歩めるだけでただの異能者は普通に過ごすしかない。まあ、イクシーズの利点は外よりもアパートの家賃が格段に安いという点だ。それだけで俺と母さんは外から引っ越してきた。
3階建てのアパートの3階に着き、指定の部屋に持っている鍵を差し込み回す。ガチャリ、と音がして鍵が開いた。
「ただいまー。今日の晩飯なにー」
「おかえり。今日はね、焼きそば」
「おー、いーねー」
台所から聞こえる声。母さんの声だ。そうか、今日は焼きそばか。肉も野菜も入ってて味が濃くご飯が何杯でも入る。思春期の若者にはぴったりのご馳走だ。
父親は既に死別してこの世に居ない。父親は異能者ではなく、父親がまだ居ればイクシーズに移り住むという事は考えていなかった。が、その父親がある日いきなり自殺をした。父親に未練はさほど無かったようだ。遺書には「ごめん」と書いてはあったが、それだけだ。
保険金は入ったものの元々そこまで財政余裕のある家じゃなかった。だから異能者である母さんと俺は家賃の低いイクシーズに移り住み、細々とやってきている。母さんの仕事が午後の早めに終わるからまだ気苦労が少なかったりご飯を作ってくれたりで助かっている。家計簿で赤字になることはなく、まあ身分相応の生活だろう。
風呂に入り終わってから母さんと他愛もない話をしつつ食卓を囲み晩飯を食べ、俺は夜9時あたりまで勉強と読書をしたあとスーパーに向かう。そろそろだろう。
近所のスーパーは夜9時半まで営業をしており、残り30分から1時間というタイミングで菓子パン・惣菜パンに値下げシールが貼られ出す。大体が20円引きか半額か。大本命は半額だが半額は他者に取られていたりそもそも貼られない事もあってなかなかお目にかかれず、今日は20円引きのメロンパンで手を打った。買ったのは結局メロンパンと50円の缶コーラ。缶コーラは帰り道で飲む用だ。
夜9時半。この時間帯にもなると、この辺りは街灯があまり無い。学校や会社がある中心部とは違ってこのあたりはいわば田舎である。まあベッドタウンのようなもんだ。中心部よりも遥かに家賃が安いのが最大の利点だ。
それに、明かりが少ないほうが夜空に浮かぶ星が綺麗に見える。超視力で見る星は凄く綺麗だが、他者はどうなんだろうか。
ふと、後ろの方で声が聞こえた。女性の、甲高い声。
「っつ、嫌な予感がするぞ……」
後ろを振り向いても、誰もいない。恐らくは、その先の十字路。右か左か……いや、声が聞こえたのは右か。足音をあまり立てず、早歩きで進む。杞憂であればいいが。十字路の角から、右を覗き込む。
「イヤっ、離してください!」
「ハッ、おとなしく、するんだよ!じゃねえと殺すぞ!」
「ひっ……」
覆面を被った男が一人の少女を壁に押さえ込もうとしている。少女が必死に抵抗しようとするが、逃れられない。恐らくは身体強化の能力。男はバタフライナイフを取り出し、少女の目前に突きつける。
「おお……っ」
「っ、誰だ!」
バレてしまった。というか、バラす為に声を出した。作戦は考え中、少しでもあの少女の負担を減らさなければいけない。
「お、岡本くん……っ!」
「あー……」
彼女は俺を知っているようで、俺も彼女を知っていた。栗色の長髪、しなやかな四肢、整った顔立ち。学年主席のホリィ・ジェネシスさんだ。イクシーズは日本にあるメガフロートだが国際空港もあるため海外からも人は来る。
まあ俺の事は多分、Eレートの1生徒として知られていたんだろう。だからこそ今は残酷だ。Eレートが暴漢に勝てるわけがない。常識的に考えて。実際、彼女は俺の顔を見て困惑している。まあ無理もあるまい。
とりあえずメロンパンと缶コーラの入ったエコバッグは地面に置いて両手をあげる。なにもしない、できないの合図だ。
「おい、どっかいけよ、通報したらこの女殺すぞ」
ホリィを押さえ込みつつ冷静に男は俺に退散を促してくる。そうなるよな。
「いや……たはは……」
苦笑いを浮かべる俺。
「あん?」
「できれば、見てたいなって」
「はぁ!?」
「岡本くん!?」
食らいついた。これが
「今から始まるのって、陵辱ですよね?」
苦笑いを、だんだんと普通の笑顔に変えていく。二人からの視線がひしひしと感じられる。いいぞ、もっと意識を向けろ。
「いやぁー僕、綺麗な女の子が陵辱されるのってすごい興奮しまして、あ、家にあるエロビも陵辱物ばっかなんですよ」
「……」
「……」
二人とも驚愕の目で俺を見る。そうだ、こんな奴なかなかいない。
「だから、抜いてきたいっていうか……できれば後で混ぜて欲しいかな、なんて……」
「っ、テメエ!」
知っている女の子が犯されかけているこの状況で、抜きたいだなど、挙句の果てに混ぜて欲しいとかいう最低の屑。そういう人間を目の前にしてホリィは恐れおののく表情をし、覆面の男は舐められているという状況を理解した。
男が彼女を離しナイフを持ってこっちに向かってくる。そうだ、このひ弱な俺なら殺してからでも女を襲えるだろう。動揺を誘い我を忘れさせ激高のまま俺を殺させようとする。今だ。
「ムサシ、やるぞ」
『合点承知の助!』
俺の異能者としての能力、「超視力」。本来それは急激に目がよくなる、という話だ。これだけでは僕のパラメータはビクとも変動しない。しかし、この能力には別の使い方がある。それは、「
この霊視により幽霊を見た場合、幽霊が自分を見れると分かり、さらに幽霊との波長が近ければテレパシーで語りかけてくることもある。そして、その幽霊を自分に憑依させ、幽霊の生前の肉体記憶をこの身にフィードバックさせる。これが自分に自信が無い俺の、他者の力を借りて2対1を生み出す最弱最低で卑屈なやり方。
「『
足を踏ん張り、襲いかかる男の懐に潜り込むような体勢まで腰を落とし、カウンターの要領で両の手による貫手で敵の腹部を抉る。光輝の素のパラメータと背後霊ムサシのフィードバック、技術、それに覆面の男の恐らく身体強化によって、ちょうどいい具合にダメージを与える。殺してしまうと俺の社会的立場が危うい。
「がふっ……う!」
腹部に致命的なダメージを負った男は、カウンターの勢いもあって後方に吹っ飛びアスファルトの地面に体を打ち付け気絶した。
「ふぅ……大丈夫か?」
ムサシとの魂結合を解き地面に座り込んでいたホリィに手を差し伸べる。犯人がナイフを持っていた以上無闇に突っ込む事はできず、ああいう方法しか咄嗟に浮かばなかった。別に理解されようがされまいが俺にはどうだっていいが。
「ありがとう、ございます。すいません、あんな芝居までさせてしまって……」
「全くだ。夜道なんて出歩くからだ。送っていく」
「え、でも……」
「送っていく。またあんたに何かあったら俺はただの無駄骨で動いた事になる」
有無は言わせない。強引に親切心を押し付けていく。
「はあ、ありがとうございます……それではお願いします」
「あ、通報しないと……まあいいや、当分起きないし。ジェネシスさん、だったよね?後で通報しといて」
「あ、はい」
最悪の1日だ。朝に2件、夜に1件。こんな日まずありえない、目の前で3件も事件が起こるなんて。しかも送迎のオプション付きだ。かといってやらないわけにはいかない。彼女がまた事件に合えば俺は助けた意味がなくなる。そういうもんだ。まあいい。飲めずにいた缶コーラを開けた。動いたあとの炭酸と糖分が体に染みる。
駅までたどり着き、そこから140円の区間電車に揺られてすぐのマンションにホリィ・ジェネシスの家はあるそうだ。その間に、ホリィは通報を終えていた。多分、後日事情を聞かれるだろう。まあいい、適当に誤魔化す。霊視は俺だけしか知らなくていい。電車代は払いますとホリィに言われたが、断った。朝のスリ師からのあぶく銭があるので、そのぐらいは別に構わない。
駅から歩いてすぐにホリィの住むマンションはあった。おお、すげぇでけぇ……15階はあるんじゃなかろうか。一体家賃いくら……いや、買い切りか。パッと出ないあたり、自分の貧乏心が根強いと感じる。ホリィ・ジェネシス、見た目と成績に限らず根っからの金持ちのお嬢だったか。
「あの、お礼をしたいのであがっていってください」
マンションの大きさに驚愕しているとホリィから声がかけられた。ぶっちゃけ明日も学校があるので早めに退散したい。
「いや、いいよ。それじゃ……」
断って帰ろうとした時。
「
「……あ?」
放ったのはホリィ。言葉の意味を直ぐに理解した光輝は気だるげにホリィの目を見つめる。
「貴方の、
「お前……」
光輝はただホリィを睨む。
「上がっていってください。お礼をしますよ。安心してください、家には今は誰も居ません。それと、少し……お話をしましょう」
ホリィの、真剣な眼差し。光輝はこの話を受け入れるしかなかった。