新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「Sレートの特待留学生!へぇーっ、すげぇ!なんか特別っぽい!かっけぇ!」
瀧に振舞われたお茶菓子のチョコパイをバクバクと食べながらクリスに感嘆する後藤。特別っぽいではなく特別である。Sレートとは実力者だ。事実、クリス・ド・レイは強い。
クリスが最初に受けたレート判定はBだとされる。恐らくそれはジャックの事件当時の実力。だからクリスは、光輝が見た当時よりも遥かに強くなっているのだろう。それだけクリスは努力をしたはずだ。BレートとSレートの壁は大きい。その差を、1年間にも満たない間に埋めるなんて。
「ふふ、そうですか?ありがとうございます」
礼を言うクリス。クリスは元々自信家であるため、素直に褒められる事は彼女にとって嬉しいことだ。ジャックに砕かれた自信は、今は取り戻せているようだ。
「向こうのSレートはクリスだけなのか?」
瀧の疑問。瀧は強い奴が好きだ。Sレートが居ると知ったら、飛んでいって対面を挑むだろう。対面はイクシーズ内だけの制度ではあるが。教えて大丈夫なのだろうか。
光輝の心配をよそに答えるクリス。
「はい、私が会った中には居ませんでしたね。多分、元々ただ異能者として自分を高めたいって人はイクシーズにそのまま入ると思いますよ」
「なるほど。クリスは違うわけか」
「私は大学の過程を終えればロンドンの警察に就職するという目的がありますから。イクシーズに留学に来たのは自分を高めるという建前が1割、光輝に会いたかったという本音が10割です」
「本気のようだね」
「……」
おい、11割って100パーセント超えてるぞ。まるまる俺に会うためためじゃないか。
光輝は新しく入れ直したティーカップのコーラを飲み突っ込みを入れる。クリスは、本当にそのために来たようだ。聞かなかったフリをしよう。
特待留学生。クリスが来る前は多分無かったであろう制度。いや、あったのかもしれないが、それを満たす者が居なかった、もしくは必要なかったのか。前例を聞いたことがない。
イクシーズの中でSレートを取ってから外へ出ることは可能だ。むしろ、東京や大阪などの主要都市の警察署にはSレートが派遣されているレベルだ。クリスがイクシーズに住みつつ過程を終えてロンドンの警察に就職する、という事も可能なはずだ。
だが、クリスにも事情があるはずだ。レイ家も易々とご自慢の長女を手放すわけがないだろう。それが故の、特待留学生といったとこか。それ以上の思惑は想像するだけ無駄だ。それは妄想に過ぎないし、光輝に利益をもたらす訳でなく何の意味も無いからだ。
「コーちゃん……クリスって美人だよな」
こっそりと耳打ちしてくる後藤。何を言い出すんだコイツは。いや、その通りなんだけどな。光輝は頷く。
「そうだな」
「胸が控えめだったら好みだったかもしれない」
そうか。俺にはどうでもいいな。やっぱりコイツはロリコンだ。
「お聞きしたいのですが……瀧が思う強さの秘訣とはなんでしょう?私、まだ強さというものに疑問を持っていまして」
「ふむ、そうだな……」
クリスの強さという概念への疑問。それもそうだろう。彼女は一度自分の強さを信じ、正義を突き進み、命を落としかけた。あれは例外中の例外とも言える状況ではあるが、異能者を相手にする場合は常にその例外という危険が付き纏う。彼女はまだ、不安なんだろう。
瀧は少し悩む。そして何かに気付いたように答えた。
「強さとは、思いを貫き通す力。私はね、そう思っているよ」
「思いを貫き通す力、ですか……」
「そうだ。それが強さだ。だとすれば強さの秘訣とはなんだと思う?」
「……己の信じる道をただひたすら突き進む……事ですか?」
疑問で答えるクリス。それもそうだ。クリスはそれが答えでないことを知っている。
「それもまた一つの答えだがね、私は違うと考えている。思いを貫き通すとは、無闇に突き進むのとは訳が違う。周りを受け入れて、考えて。だからこそ自分の進むべき道を正せる。必要なのは盲信じゃない。確信だ。私が思うにね、強さの秘訣とは柔軟性。自分を多方向から見て、その方向全てに独りよがりでない答えを出すことができれば、それは大きな飛躍となるだろう。そうして人は強くなる事が出来る、革新する事が出来る」
「なるほど……」
「だから私は言いたい。友を作れ、友と道を歩め。そして互いを高め合え、切磋琢磨せよ。友が居れば道を違えた時も正せ合える。それが私の答えかな」
その場に居る誰もが感心してしまっていた。クリスは瀧という人物をよく知らないから素直に感心できるだろうが、少なくとも光輝とホリィは違う。狂戦士のような一面を知っているのだ。その瀧が、そんな真面目な回答をできるとは。いや、瀧の答えたそれは、予想以上に納得の行く物だ。確かに光輝もホリィもそう思えるのだ。
「つまり……光輝、互いに高め合いましょう!」
「……そうだな」
キラキラとした目で見てくるクリス。その対象が俺でいいのか本気で分からない。だが、クリスがいいのならよしとしよう。
「コーちゃん、俺も強くならなきゃいけないんだ……一緒に戦ってくれるか?」
「いや、何(なに)とだよ」
後藤はスルー。コイツは絶対深く考えていない。だって馬鹿だから。ハーレム作るために強くなりたいとかどんだけ不純なんだよ。
「さて、他に強さへの秘訣があるとするなら……いざ戦いという状況に置かれた時、敵が強大であれば強大であるほど脚が竦むこともあるだろう。それでは自分の真の力が出せない。そういう時は自分で自分を鼓舞してやるといい。……岡本クン、いいかな?手伝ってもらっても」
瀧は部屋の掃き出し窓からテラスへ出ると、光輝を手招きする。今から何かするつもりのようだが、光輝はまだ察していない。訝しげな顔でついていく。
「一体何を……」
「私の口上だ。聖霊祭の決勝ができれば望ましい。できるかな?」
「
「さすがだ。では行くぞ」
説明を聞き光輝はなんのことか直ぐに理解した。クリスは再現をしようとしている。それは聖霊祭の決勝戦、瀧シエルと氷室翔天。1年と3年のSレートの戦い、その再現だ。
「1年生か。君が強いことはよく分かる。よくぞそこまで磨き上げたものだ。だが、僕の計算では君に万一つの勝ちもない。「
瀧の前に立つ男はメガネをクイ、と人差し指で押し上げる動作をする。その相手は2年前に聖霊祭を制した男、「氷天下」氷室翔天。さしずめ、厚木血汐の対になる男。冷静沈着の氷使い。
だが、瀧シエルは大胆不敵を行く。己の能力「精霊の加護」を解放し、その身に風を纏う。
「ふっ、ははは!」
「……」
「私が挑む?違うな。青年。挑むのはお前だ。お前の目の前にあるそれは世界最大の「
それが瀧の答えだった。氷室の口上を演じた光輝は、一字一句その通りだった事を確認する。それが、瀧シエルの口上。敵が実力者だろうがなんだろうが関係ない。瀧は、試合が始まる前に敵を煽る。万に一つの油断もなく自己を鼓舞する。
その代名詞が世界最大の「不浄利」という言葉。自分は凄いのだと、強いのだと誰にでもなくアピールをする。そして瀧は動くのだ。その不浄利を持って、敵をねじ伏せるのだ。
「……と、このように。いざという場面で自分に自信を付ける時、非常に役に立つ。手のひらに人を3回書いて飲み込むよりも私は重宝している」
「瀧はすげーけど、よくコーちゃん氷室の言葉覚えてんよなー。やっぱバトルオタクだわ」
うるさい。印象的だったし覚えてるもんは仕方ねーだろ。
「なるほど……あ、たぶん私、日本文献で似たもの見たことあります。光輝、やってみていいですか?」
クリスは一人頷くと、光輝を相手に実践したいと言う。
「……出来るのか?」
「はい」
「やってみるか」
今度はクリスと光輝が向かい合う形に。そしてクリスは重力制御を解放し、光輝を見据える。
「……吾は面影糸を巣と張る蜘蛛。――ようこそ、この素晴らしき重力空間へ」
「一体どんな日本文献見たんだよ」
クリスの口上に間髪入れず突っ込む光輝。なんかいけない方向に向かっている気がする。その方向に進んでは駄目な気がするのだ。またおかしな日本文献を読んだに違いない。
「ヤマの文帖によると貴方の死は確定らしいですが……光輝は私がなんとしても守ります」
「おう、出直しだ。もっとちゃんと練り直してこい」
「えー」
残念そうな顔をするクリス。うん、駄目だ。間違っている事は間違っていると、友が道を正してやらねばな。大丈夫、まだ間に合う。
「はい、コーちゃん、俺も、俺も!」
「また今度な」
事前に断る。コイツも似たようなことやりそうだ。