新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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瀧家のお茶会

 朝、目を覚ました光輝は、見慣れない光景を目にした。

 

 自分の部屋だ。眠っているベッドになぜか違和感を感じる。部屋の内装も、家具も、何もかもが知っている物なのにだ。

 少し考え、ふと結論に至った。それもそうだ。当たり前じゃあないか。

 

 隣にクリス・ド・レイが寝ているのだ。光輝に抱きつく形で。

 

 光輝はそのまま天井を直視する。腕はクリスに枕にされ、脇腹にクリスの主張ある胸が当たっている。……俺はどうするのが正解なのだろうか。悩む。

 

 思考停止の10秒。光輝はここに来てさらなるミスを犯す。ふと、顔を横に動かしてしまったのだ。体を捕まえられているので必然的に、首から上だけ。少し痛い。が、気になってしまった。それはミスだった。

 

 そこにはクリスの顔があった。いや、それは分かっていた。知っていたのだ。僅か、数センチの距離。瞳を閉じて、幸せそうに寝息を立てている。その顔に、思わず光輝は胸が高まってしまった。

 

 馬鹿か俺は。何をしている!?

 

 自分への驚愕。光輝は直ぐに視界を天井に戻す。完全に失策だった。光輝は夢の中で、昔の夢を見ていたような気がする。クリスも出てきたような気がした。あまり覚えていないが、そのせいでクリス・ド・レイという少女を意識してしまっている。

 

「こーき~、わたしはあなたをわすれません、そしていつか~」

 

 ビクリ、と驚愕で心臓を高鳴らせる光輝。その言葉を発したのはクリスだ。まずい、見られてたか?

 

「あ、いや、すまん、少し気になってだな……」

 

「すう……すう……」

 

 と、慌てて弁解しようとしてそれが杞憂だったことが分かった。クリスはまだ夢の中にいるようだ。

 

 …よし。俺もまだ夢の中だ。随分幸せな夢だ。もう一度、寝直そう。

 

 光輝はそんなことを思いつつ、この場での出来事を消し去ろうとするかのようにまどろみの中に意識を落としていった――

 

 

――今、岡本光輝とクリス・ド・レイはイクシーズの街中を走っていた。

 

「すいません、つい寝過ぎちゃってて!」

 

 走りながら謝るクリス。今日は暑苦しいローブではなく、外出用の半袖の黒いワンピースだ。

 

「いや……ごめん」

 

 光輝はつい謝る。光輝が二度寝をしなければこのような事態にはならなかった。しかもその二度寝の理由を言えるわけがない。クリスと隣り合わせで寝るのが心地よかったなどと。もう少しだけ、それが続けばいいなどと。

 

『坊主は意外と助平よのう』

 

 ……否定できない。

 

 ともかく二人は、急いでいた。今日はクリスが来てから二日目。瀧の家で、クリスが来た記念にお茶会をやるとのことだ。

 その待ち合わせに、時間が遅れそうなのである。

 

 駅で電車を降りてから、走る。光輝は魂結合を使っていない。日常生活でも、いざという時以外は頼らないようにしたいのだ。これは光輝の意地でもある。

 

 道を走り、遠巻きに視える白い屋敷。光輝の目には鮮明に映る。事前に聞かされていたあれが、瀧の家だ。

 

「クリス、視えたぞ!あの白い家だ!」

 

「分かりました……光輝、私に掴まって」

 

「え……」

 

 クリスは光輝の体を抱き寄せる。そして感じる浮遊感。クリスの能力、「重力制御」だ。

 

「スカート抑えててくださいね、見せていいのは光輝だけですから」

 

「いや、見る気はなっおおおおおお!?」

 

 クリスの跳躍。一気に光輝とクリスは空高く舞い上がる。光輝は驚きつつも脚を出来るだけ触らないようにクリスのスカートを抑えてやる。

 それはまるで「無重力」。その感覚は空を飛んでいるようで、光輝は離れていく地面に恐怖を覚える。絶叫コースターではないが、支えは重力制御とクリスの身体だけ。光輝は、クリスに回す手を無意識に強めた。これは、予想以上に怖い。

 

 あっという間に、瀧家への距離が縮まる。空中でクリスは重力調整をする。落下速度が速くなったり遅くなったりで、とにかく心臓に悪い。

 

 遂に、瀧家の真上まで来た。下に芝生が視える。

 

「最終調整です!行きますよ!」

 

「おおおおおお!?」

 

 最後、重力が一気に増した。まるで、垂直落下遊具(フリーフォール)。光輝は内蔵の浮遊感を感じ、その瞬間「死」を意識した。

 

 トッ、と瀧家の庭に降り立つ二人。最後は重力を弱めてくれたようだ。だが、光輝の心臓はバクバクと音を立てている。

 

「すいません、光輝が抱きしめてくれるものだからつい本気を出してしまいました」

 

「いや、マジで、勘弁してくれ……死ぬ」

 

 悪戯な笑みを浮かべるクリスだが、光輝からしたらたまったものじゃない。空から落ちるという事象があんなに怖いものだとは。かつて天空で翼をもがれたイカロスはさぞ怖かっただろうと光輝は思った。

 

「おお、随分と派手なお出ましだな。待っていたぞ」

 

龍神(りゅうがみ)か、よっ」

 

 龍神(りゅうがみ)王座(おうざ)。瀧と瓜二つの、姉。今日は赤のインナーに、黒の上着とジーンズで決めている。相変わらず男物が似合う奴だ。

 

「はじめまして、クリス・ド・レイです。すいません、いきなり庭に入ってしまって」

 

「構わない。私も妹も派手な方が好きだ。私の名前は龍神王座、シエルの父違いの姉だ。さ、案内しよう」

 

「龍神、ですね。よろしくお願いします」

 

 クリスのおかげでなんとか時間には間に合ったようだ。いきなり家の庭には入ってしまったが、龍神は許してくれたようだ。

 

 龍神に案内され、白い屋敷の中を進む。随分と広い屋敷のようだ。内装は和と洋の調和、といった雰囲気だ。どちらともつかないそれが、瀧家の豪快さを表しているとも言える。瀧シエルの性格は親に似たのだろう。

 

「さあ、この部屋だ」

 

 二階にあがり、ある部屋の前で龍神がギィッ、と木製のドアを開ける。その中はテラスに続く広い空間になっており、中央にはテーブルに座った瀧シエルがティーカップを手に持って佇んでいた。

 

「夏の日差しは、心地の良いものだ。雲一つ無き晴天は、曇った心も晴れ飛ばす。そう、それは、太陽の導きだ」

 

 瀧は呟き、クイ、とティーカップに口を付ける。

 

「ようこそ、岡本クン、クリス。どうだね、君達も一杯」

 

「よう、瀧」

 

「お邪魔してます、瀧」

 

 光輝は瀧の誘いに乗り、中央のテーブルに向かう。クリスもまた、光輝に着いてく。

 

 テーブルにはティーカップは瀧が飲んでいた物しか無い。が、光輝は瀧のティーカップを握ると、一気にそれをあおった。

 

 瞬時、クリスは何が起こったか困惑する。瀧の言った言葉もそれを実行した光輝も分からない。ティーカップが一つしか無いのに、君達も一杯とは?そしてその一つだけのティーカップを飲み干した光輝も理解できない。

 

「ティーカップに注がれたコーラ……なるほど、有りだな」

 

「そう、その状況が良い」

 

「え、コーラ……?」

 

 光輝と瀧は拳をグッ、と合わせる。二人の、他者には理解できぬやり取り。龍神は眉一つ動かさず傍から見ているだけだが、それを何一つ理解してない。クリスは疑問を浮かべている。なぜティーカップにコーラを注ぐ必要があるのだろうか。そもそも光輝は瀧が口を付けたティーカップをノータイムで口に付けた。二人の間柄が読めない。

 

「あ、光輝さんとクリスさん来たんですね!」

 

「よっ、コーちゃん!……それと、誰だ?」

 

 部屋のドアから入ってくる新たな二人。それはホリィと後藤征四郎だった。

 

「よう……後藤も居るのかよ」

 

「その言い草は酷いぜコーちゃん」

 

 そうして、総計6人の瀧家のお茶会が始まった。……いや、それはお茶会と呼べるものでは無いのかもしれない。


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