新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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デイドリーム

 イクシーズ市街の小道を歩いていたイオリは、一軒の木造建築の家……否、取り付けられた金属の煙突から、それが何かしらの商売店である事を理解させる……そう、店を見付けると躊躇う様子も無く引き戸の扉をガラガラと開けた。鍵はかかっていない。

 

「こんにちは、お待たせしました」

 

「ん、別に待っとらん」

 

 居酒屋「焼き鳥べんけぇ」……まだ開いてない筈の店内ではカウンター席に既に一人が腰掛けていた。この店の店主、倶利伽羅剣兵衞。皺を刻んだ顔と白髪を蓄えた頭から容易に高齢である事が伺えるが、如何せん内側に秘められたエネルギーはイオリの生命感(スリル)にじりじりと軽い恐怖感を与えてくる。只のおじいさんでは無い。

 

 イオリもまたカウンターの椅子を一つ頂くと、それに腰掛けた。剣兵衞と斜めで軽く向き合う形になる。

 

「そんで、要件をもう一度詳しく聞こうか。あの二振りの刀が、なんだって?」

 

 予め電話をしておいたイオリだが、やはり実際に会って話を詳しくした方が要件は伝わるというもの。人の瞳、表情、声色、雰囲気……それら全て相まって、故にそれを「会話」と云う。

 

「ええ、貴方に貸与された刀の二つが人間化致しました。……いや、妖怪或いは神格化、付喪神化の何れかの表現には当てはまるような何かです」

 

「……そりゃあお前さん、白昼夢でも見たんだぜ」

 

 イオリ・ドラクロアの妙にニュアンスのはっきりとしない、しかし意味合いとしては「これだ」とそれを括り付けるような表現に剣兵衞は彼の言いたい事を理解した。

 

───宵の明けない妖怪横丁 デイドリーム───

 

「……うむ、こういうのが良い」

 

 街中の衣類店にて試着室から出てきたドウタヌキは、先程まで着ていた「推定無職」のTシャツとは打って変わって都会的で煌びやかな格好をしていた。

 「シティ・ガール」……水色のポンチョに白のインナーとレーススカート、まるで透き通る青空のような服装は彼女の美麗な顔立ちと相まり、とても清楚で清廉な印象を少なくとも鴉魔アルトの脳内に叩きつけた。笑みを浮かべる。

 

「ほう、持ち味を生かしたか。似合っていますな」

 

「うん!ウタちゃん、格好良い!」

 

 文句無しに感想を述べたアルトとワタヌキ。かくいうワタヌキの服装は件の骸骨柄のロックコートのままだが、どうやら気に入ったらしい。街中を歩く座敷童子とロックコートと推定無職はさぞ眼を惹いた事だろう。

 

「しかし、良いのか……?安めに見積もってはみたが、それでも割と値段が張るが」

 

 不安そうな顔を浮かべるドウタヌキ(値札にドギマギしながら実現的な物を選んだ)にアルトは掌をひらひらと振った。

 

「構うものか。どうせ全部イオリ持ちだ、好きな物を買うといい」

 

「は、はあ……貴奴(きゃつ)には礼を言わねば」

 

 ともかくまともな服を購入し街に再び出た三人は、この近代的な町並みをその肉眼で見て再び時代は移り行くのだと実感した。

 舗装された地、高層な建造物、行き交う乗車物、彼方此方の商業店、青空を行く飛行機……不思議そうに眼を開く様から、これら全て少なくとも二人の生まれた時代ではお目にかかれなかった物のようだ。

 

「人とは凄いな……これが全て、人間の仕業か」

 

「まあ、探究心豊かというか、見栄っ張りというか」

 

 アルトが小走りで一枚刃の下駄をアスファルトに鳴らし三人の輪から躍り出る。その場でくるりと周りを見渡すように回った。花火柄の黒い浴衣が翻る。呪詛掛かった黒髪が揺れた。

 

「面倒な存在だよ、人間というのは。先に破滅が見えていて、それでも進むのを止めようとしない。誰もがそれを気付いている筈なのに、取り残されたく無いとゴンドラから降りない。赤信号は、皆で渡れば怖くないのだ。それがきっと、三途でさえ」

 

 何処か呆れたような表情で発達した犬歯を覗かせ言葉を紡ぐアルトはそして一回転すると止まり、跳ねて再びドウタヌキとワタヌキの間に嵌まる。

 

「そういう吾輩も、その一人でありますがな」

 

「……アルちゃん、悲しいの?」

 

 ワタヌキがアルトの顔を覗き込んだ。其処には変わらず、不敵に口角を歪めるアルト。

 

「んや。吾輩は吾輩が死ぬまで幸せならそれで良いのであります。別に世界がどうなろうと、知ったこっちゃありません。……それはそうと」

 

 アルトが足を止めて、目の前の横を指差す。ドウタヌキとワタヌキも立ち止まりその方向を見ると、其処には一軒の店が。アルファベットで「coffee」と綴られている。

 

「モーニングでも食っていこう。そろそろ小休止だ」

 

「モーニングって……今はもう殆ど昼みたいなものだ。朝じゃない」

 

 ドウタヌキの体内時計はおよそ11時辺りを指している。其処に、アルトは携帯電話の画面を見せてみせた。アナログの電子時計は10時54分を指している。……やっぱり昼じゃないか。

 

 しかし、アルトは何処か得意げに空いた方の手の人差し指をチッチッチと左右に振った。

 

「喫茶店のモーニングってのは昼近くまで余裕でやっておる。ま、とりあえず行くぞ」

 

「そういうものなのか……?」

 

 訝しげに感じつつもドウタヌキとワタヌキは、先を行くアルトの後ろを着いていった――

 

――百八神社、境内。冬季の早まった夕暮れの日が刺す境内を歩きながら、イオリ・ドラクロアは八雲鳳世の話に耳を向ける。

 

「……成る程。物に宿った魂がなんらかの影響を受けて神へと覚醒した。そういう事でしょうね」

 

 結局、剣兵衞からは人間化のめぼしい情報は得られなかった。少なくとも、確かに分かった事はあの二振りは「霊剣・ドウタヌキ」と、「妖刀・ワタヌキ」である事。打たれたのが同時期であり、製作者は同一人物である事。見た目は違いの無い程同じであるが、用途はそれぞれ別の物として作られた事。

 その用途とは……「退魔」と、「斬首」。祝福される為に生まれてきた刀と、呪われる為に生まれてきた刀という事。今からおよそ千年前……平安の時代に打たれた、互いが政治の為に使用される事を目的に造られた姉妹刀。製作者は「双葉(ふたば)弥七(やしち)」。

 

「物に魂が宿る原理ってのは知らんが状況はよく分かった。そもそも人間が特殊能力を持つのが当たり前と分かった現代だ、それを今更不思議がってもしょうがない」

 

「ええ、まあ。それで貴方の意見は?」

 

「あのままでいいのか、と聞いている」

 

「……成る程」

 

 イオリ・ドラクロアにとって、目の前に神が現れようが、いくら増えようが、そんな事は自分にはどうでも良かった。けれど、考慮すべき事は多々ある。

 

「道具がいきなり人になって社会へ溶け込めるか?周囲への危険性は無いのか?生命エネルギーはどうなる?寿命はどうなる?」

 

 それら諸々、「自分だけ」ではすまない問題だ。イオリ・ドラクロアは幾らでも死ねる。だが、社会は違う。人が秩序を守る為には、人がそうあらねばならない。世界をあらぬ方向へ曲げない為に、人々が造っていく必要がある。

 

 そして、何より。

 

「……「イクシーズ」は、これを看過するのか……?」

 

 不安。特例は何よりも留意すべきだ。道具が人間になったなぞ、極上の研究対象でしかない。あれはあくまで貸与された刀……人間になったと分かれば、否が応にでも上が回収対応に出るかもしれない。イクシーズは神を目指す人々の新社会だ。統括管理局が黙っているとは思えない。

 

「その場合あいつらはどうなる?データは取られるとして、データベースへの登録、メディアへの露出は無いにせよ、何処まで解剖のメスが入る?人間として扱われるのか?俺はどうすれば良い?どうすれば」

 

「ティータイム・イズ・マネー」

 

 悩みから錯乱しかけるイオリの前に、拙い発音の英語と共にお茶の入った湯呑みが差し出された。その方向を見ると、鳳世が金属製の水筒を持って柔らかに笑っている。

 イオリがそれに手を伸ばして受け取る。……重みからして湯呑みはプラスチック製だ。鳳世は何処にこれを持っていたんだろう。

 

「悩むなとは言いませんが、まずは出来る事から解決していきましょう。その為には、休憩が大事です。「雅は金なり」……ですよ。ドラクロア卿」

 

「……ああ、すまない」

 

 一時、考えるのはやめて茶の味を確かめる事にする。……以前飲んだほうじ茶に近い味だ。煎れたてとはいかないが、それでも尚美味い。未だ暖かく、茶の苦味を鮮明に感じる。……美味い。

 

「今日の所は帰ったらどうですか」

 

 落ち着いた所へと、鳳世が提案をする。それはまさかの言葉だった。

 

「もう日が落ちます。彼女達も日が浅い。今日は皆で帰って、休んで、そして明日からまた仕切り直しましょう。落ち着いたらでいいですのでまた四人で此処に来て下さい。状況の解決策を一緒に出していきましょう、我々は神と人の為ならなんでもします故」

 

「……ありがとう」

 

 成る程、今日は休め、か。確かに悩んでばかりではどうしようもないか。

 

 鳳世に礼を言い、神社を出る石段を降りながら携帯電話を開くイオリ。内蔵された電話帳から「鴉魔アルト」の名前を引っ張り出して、電話のボタンを押した――

 

――「ん?どうしたのだイオリ」

 

 空が瑠璃色に透き通り建物が光を灯し出す頃、お気に入りのナンバーに反応したアルトは携帯電話を開きイオリ・ドラクロアの名を確認して受話ボタンを押した。

 

「此処?ビルがある。12階ぐらい。後は分からん……何、知るか!分かれ!!分かった、適当に歩いて来い!吾輩が行く!」

 

 携帯電話をしまうと、アルトは軽く頭を掻いて一枚刃の下駄を地面から離した。体が宙に浮き始める。

 

「あの、旦那様はなんて……?」

 

「場所が分からんらしい。全く、吾輩ならこの街中何処に居てもイオリ・ドラクロアの気配なぞ分かるのにアイツからはわからんらしい。吾輩が邪悪を垂れ流せば行けるかもしれんがそれは色々面倒だ。だから吾輩がアイツを連れて来る」

 

 ポツリ、ポツリと遂には雨が降ってきた。チィッ、とアルトは軽く顔をしかめる。

 

「お前らは其処で雨宿りして待っておれ。なあに、10分もあれば傘とイオリを一緒に連れて来る」

 

「あっ、ちょっ」

 

 ドウタヌキの言葉も録に聞かず、急がば急げと言わんばかりにアルトは空中を猛スピードで飛びビルの向こう側へと消えていった。次第に透き通った空には雲が蔓延り、雨音が街中を埋めていく。

 

 残されたドウタヌキとワタヌキ。正直アルトにそのまま付いていってイオリ・ドラクロアと合流しても良かったのだが、それよりもこっちの方が早いと慮ってくれたアルトの厚意は受け取りたかった。

 

 ……しとしと。さらさら。ざーざー。あっという間に街中を埋め尽くした雨がアスファルトを射ちつける。雨の音、何処か、この音にドウタヌキは安らぎを覚えた。

 

「……今日は楽しかった」

 

「うん。そうだね」

 

 まるで母の子守唄があればそれだと言わんばかりに、この音に心地よさを感じた。まるで、祈り……祝福のような。

 

「……良い音だな」

 

「……うん」

 

 こうも雨が降っていては、さっきまで行き交っていた人々もまばらになる。気が付けば誰も居ない、この街中でまるで雨を区切りに閉ざされたような感覚。

 ドウタヌキは雨の向こう側を見た。雨の向こう側を、視た。雨の、向こう、側に……

 

「ん、どうしたの?ウタちゃ……」

 

 ワタヌキがおかしな様子のドウタヌキと同じ方向を見ると、其処には黒い傘を差した初老の男が。グレーのスーツにベージュのジャケットを羽織った男だ。

 その隣には、傘にすっぽりと収まった少女。暖色の花柄が刺繍された赤い浴衣を身に纏った、黒髪の女の子。

 

『かぁーー』

 

 何処かでカラスの声が聞こえる。ワタヌキは違和感を感じた。服装じゃない、雨の中此方に向かって歩いてくる事じゃない、人種の組み合わせじゃない。違和感は、この感覚は、きっと間違いで無ければ――

 

――暗い空、明るいコンビニ。大雨が視界を遮る軒先で、黒いスーツに白髪の男は目の前を眺めていた。

 

 店内に人は居れど、コンビニの軒先に人は一人しか居ない。それもそうか、大雨が地面に跳ね返ってスーツの裾を濡らすからだ。けれど、男は気にしない。否、気にしないフリをしているだけなのかもしれない。

 

 一羽、雨の中を飛んできたカラスが男の隣に人懐っこそうに降り立った。濡れた身体を身震いさせると、その黒いクチバシを開く。

 

『ヘヴン・レイヴン様、名無きの妖怪を観測致しました。場所は16 G3付近です』

 

「そうかい、ありがとう。引き続き頼むよ」

 

「かぁー」

 

 カラスはそれを告げた後、再び猛雨の中を飛び去る。男……歌川鶻弌弐弎代は、足を前へと踏み出した。まるで濡れることを厭わないかのように。

 

「夢か幻か類い稀なり、罷り通るは百鬼夜行の頭目よ。我が存在に現を抜かせ……か、あの人の謳い文句」

 

 濡れた白髪を掻き上げたヒフミ。強い瞳で、まるで神が涙を流しているかのような空を見つめる。

 

「好きにはさせませんよ、安倍晴明様」


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