新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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ドウタヌキとワタヌキ

「……ん」

 

 イオリ・ドラクロアは手を伸ばす。何を掴むでもない、ただその中空へ手を伸ばしていた。

 

 無意識。きっと、夢を見ていた気がする。昔の夢……。いや、何の夢だったかな。俺は、何処で。誰かに。手を伸ばしていた……?夢中の感覚、体がそう覚えているみたいで。

 

「ふわぁ」

 

 馬鹿な。全て失った俺に縋るものが有る訳が無い。自分で自分を否定し、ベッドの上でのそりとその巨躯を起こして休日の日の朝を実感した。……とても良い朝だ。労働とは尊い、こんなに幸せな一日の始まりを迎えることが出来るからだ。

 

 ……ラムネが、飲みたいかな。無性に。

 

 タンクトップにハーフパンツという、筋肉付(にくつ)きの良い身体を惜しげもなくひらけかすスタイル(自宅で無いと恥ずくて無理)でイオリは居間へと向かった。寝室に鴉魔アルトが居なかった事から、もう起きたのだろう。アイツにしては珍しい。

 

「なあ、お前朝飯何が良い――」

 

 ガチャリ、ドアを開けて人影を視認すると、その第一声を放って。

 

「あ、おはようでありますなイオリ」

 

「おはようございます、旦那様」

 

 ガチャリ。もう一回ドアを閉めた。

 

 ……、今、何か二人居た気がする。いや、間違いじゃない。錯覚じゃない。確かに二人、人?が居た。一人はアルト。そして、もう一人の女は……。

 

 旦那様??誰?、俺??お前は???

 

「誰だお前」

 

 イオリは再度ドアを開け、その姿に問う。女子……。滑らかな黒色のショートヘアー、少し幼げな、けれど発達はしていそうな、そしてかなり美麗な顔立ち。身に纏うは、アルトが持っていた件の黒いイカれたロックコート「TOKUGAWA GYA-KOTU」。背面に覗く骸骨がなんとも言えない。勿論、良い意味では無い。

 

「あ、申し遅れました」

 

 そして女はソファから立ち上がると、イオリ・ドラクロアに対して深くお辞儀をしたのだった。

 

「わたし、呪われし刀の「ワタヌキ」で御座います。日頃からお世話になっていますが、何故かこうして現界しました!よろしくお願いします、旦那様!!」

 

 活気の良い声、その声色から真摯な姿勢が伝わってくる。「ワタヌキ」ィ……?しかし、現実をイマイチ受け止めきれていないイオリは。

 

「……ああ、よろしくな」

 

 とりあえず返事だけして濁し、朝シャンをする事にした。

 

 ……日本刀が、人間になっていた。

 

 否々、何かの間違いだろう。ワタヌキ、ってあれだな。俺の持っているイクシーズから借りた二振りの刀の内一つだな。あの、何処か安心する刀……。現界って何?具現化?

 

 脱衣所で、カゴに着ていたタンクトップとハーフパンツ、そしてトランクスを脱ぎ捨てる。ちなみに、今。イオリ・ドラクロアは寝起きと平和ボケで正常な判断力を失っている。

 

 ……?待てよ、じゃあもう一振り、ドウタヌキはどうなった?あの刀は二振り、片方がどうにかなればもう片方も……?

 

 普段の彼からは考えられぬ程、盲目だった。目の前のドア越しの浴室から聞こえる、シャワーの音すらが聞こえていなかったのだ。自身の音と衝撃をかき消す異能力「サイレンサー」は骨伝導を消して自分への音を消すことが出来るが、とはいえ常にゼロにしている訳じゃ無い。それじゃ有事に行動出来ない。そもそもさっき普通にアルトの声を聴いていた。

 

 故に、それは只のイオリのポカだ。

 

「ふぅ……」

 

「ん……?」

 

 イオリが手を掛けるより前にスライド式の引き戸が開くと、熱気、湿気、そして色気が三位一体となって脱衣所にまろび出てきた。水を吸った美しく長い黒髪、静かで美麗なワタヌキと瓜二つの顔立ち、スラっとしてかつ出るところは出した、艶かしい、凹凸……水の滴る、極上の、女体。

 

 イオリ・ドラクロアのなりを潜めていた朝勃ちが、此処で一気に起き上がる。

 

「ふっ……!?富士山!!?」

 

「なっ……!?誰だお前は!!?」

 

 お互い、緊急の出逢い。何が何だか分からぬ刹那の邂逅。ならば、1から応えるのみ。

 

「私はドウタヌキだ!貴様はっ、イオリ・ドラクロア……!!?」

 

「俺がイオリ・ドラクロアだ!貴様は、ドウタヌキ……っ!?」

 

 シャウトじみた自己紹介を終え、裸体の二人はそこでお互い背を向け合う。こういう場合、何はともあれ男が悪いとイオリは思う。

 

「すっ、すまんな……、俺が確認をせず入ったのが何より悪い」

 

「もっ、申し訳無い……!此処は貴方の家だ、浴室を勝手に借りた私が悪い……!とはいえ、今ばかりは譲って欲しい……」

 

「あ、ああ」

 

 バタン、と裸体のままイオリは浴室を出た。今のはいけない、俺が悪い。えも言われぬ罪悪感に満ち溢れていると、丸出しのイオリを見付けたアルトが指を指して嘲笑う。

 

(間抜けよのう)

 

(教えろや馬鹿)

 

 脳内会話の末忌々しいアルトをこめかみに血管を浮かばせながら蹴り飛ばし、なにはともあれイオリは態勢を立て直す事にした――

 

――「何故、こうなったのか」

 

 居間にてイオリ・ドラクロアは向かい合って座る二人の女子……髪を上の方でポニーテールに結った「ドウタヌキ(服は推定無職Tシャツ)」と「ワタヌキ」に問いかけた。

 

「エロゲですな」

 

「貴様は黙っとれ」

 

 無いはずのメガネをクイっとする役立たずのアルトを切り捨て、イオリは現状を考えた。

 

「刀は確かに無い……となれば刀は人間になった……?いや、刀が盗まれて人間が置かれた可能性……」

 

「あっ、刀出せますよー」

 

 にょいっ、とワタヌキは掌から鞘付きの日本刀を出して見せた。紛う事なき「ワタヌキ」そのものを。

 

「……認めざるをえんか。となると、付喪神(つくもがみ)ィ……?」

 

 自分自身の刀を出せるとなると、彼女らの証言を以て遂にそれが本物だと認識するしかない。イオリのボキャブラリーの中では、古き物に魂が宿り妖怪化する現象「付喪神」しか分からない。

 

「そもそも、その肉体は人間なのか?」

 

 次に、これも重要だろう。質量保存の法則とかどうなる。

 

「ああ、しっかりと生娘だったぞ。良い肉体だ」

 

 手をわきわきとさせてアルトが見やると、ドウタヌキはぞわわっと鳥肌を立たせてその身を軽くよじった。いや、何をしたし。

 

「思い出させるな!御前(おまえ)さんのアレは不愉快極まりない!!」

 

「……お前、なにした」

 

「ん?「卑屈な万魔殿」で生体データを取った。皮膚・筋肉・内蔵・骨髄全て人間のそれだぞ、不思議な事にな。こう、体の隅から隅まで邪悪を滑り込ませて……」

 

「やめいやめいやめい!」

 

 手を中空で艶かしく滑らせるアルトにドウタヌキが静止を掛ける。……しかし、現実を知れば知るほど謎が増えるな。

 正直な話、後は考えても知識が足らないので答えが出ない。ならば簡単、後は専門家に聞くしかない。二つほど心当たりがある。今日が休日で良かった。

 

「なあ、お前ら――」

 

「のう、イオリよ。お出かけしてきていいか?どうせお前は調べ物があるだろう、目処が付いたら連絡してくれ」

 

 馬鹿だが察しは良いなコイツ。しかし、お出かけだと?この緊急時に?何の理由があって。

 

「それはまた、どうしてだ」

 

「折角だから遊びたいだろう、彼女らも。女三人寄れば姦し娘……かかってこいや喧嘩上等ですな!」

 

「あ、つまるところ人間体に時間制限があったら嫌なので街中をこの眼で観て回りたい訳です」

 

 アルトの訳わからん説明に、ワタヌキが補足をしてくれた。……そういや言語の把握も出来てるんだな。会話からして知識もそれなりにありそうだ。

 まあ、少なくとも現状を専門家に話せば分からないorどうにか出来るの二択が帰ってくるだろう。別に必ずしもその場に居ればいいと言う訳でもあるまい。……ならば、有りか。

 

 もし自分が刀から人間になったら。そりゃ、街を見たい気分にもなるか。不都合もあるまいし構わないだろう。

 

「好きにするといい。ただ、連絡を寄越したら直ぐに来いよ」

 

「任されました!」

 

 自身満々のアルト。まあ、問題はあるまい。さて、最初に向かうべきはやはり……この二刀の本来の所有者、「刀狩り」こと「倶利伽羅(くりから)剣兵衛(けんべえ)」の所だろうか。


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