新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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ニュー・ジャック3

 クリス・ド・レイは覚悟を決めた。いてもたってもいられなかった。

 

 ふざけた存在を、野放しにさせるわけにはいかない。これ以上の被害を出すわけには行かない。警察が捕まえられないなら私が捕まえればいい。私は、異能者なのだ。

 犯行が行われたのは2件とも深夜。私は、今宵(こよい)外を歩く。被害者は共通して、外で殺されたようだ。だから、そのポイントに近い場所を練り歩く。そして、見つけて、ねじ伏せて刑務所にブチ込む。

 

 可能だ、私になら可能なのだ。殺人鬼だろうと関係ない。私が直々に出向いてやる。

 

 父親の書斎に忍び込んだクリスは、隠されていた鍵を使って父の使っている机の引き出しの奥からあるものを取り出す。六発装填式の、回転式拳銃(リボルバー)。分けて用意されていた六発の銃弾も手に取り、拳銃に込める。

 拳銃を持ち出したことが父にバレれば、ただでは済まないだろう。しかし、私が犯人を捕まえてしまえばレイ家は信用を取り戻せる。それに、死者をこれ以上出さなくて済む。そして評価されるだろう、私という存在が。

 

 警察を、レイ家を馬鹿にした奴らを黙らせてやる。私こそがいずれロンドン警察のトップに立つ者、クリス・ド・レイであるという事を。人の上に立つべき存在なのだということを!

 

 クリスは夕食を終え、入浴を終え、期を待った。夜は更け深夜、外は雨が止み、その闇に霧が蔓延する。クリスは自室の窓を開け、「重力制御」によりその身の体重を軽くして夜の闇に身を投げた――

 

――クリス・ド・レイはニュー・ジャックを捕まえるつもりだ。

 

 中年の幽霊「ジル」から話された言葉を全て信じる。なるほど、彼女の様子に合点がいった。彼女の中は圧倒的な「正義」でいっぱいだ。その中に「打算」も見える。彼女は、自分という存在に自信を持っている。強い、とても強い人間だ。

 

 故に、危うい。自信を持った人間は、他者に打ち破られることで自信を失う。人の世でいつも行われてきた食物連鎖。そうして弱者と強者が分けられる。強者は勝って自信を手に入れ、弱者は負けて自信を失っていく。

 

 が、強者が「最強」という訳では無い。強者は一人ではないのだ。競争し、淘汰され、自分の器を知る。それが、その後の人生に活きる。人は須らくして身の程をわきまえ生きるべきだ。彼女はまだ、その本当の実力を測りかねている。なぜなら彼女は強いから。これまで乗り越えられない壁は無かったのだろう。

 その壁が今回なのだとしたら……彼女に未来は無い。ニュー・ジャックを仮に御せれたとしよう。彼女は強者たる道を突き進むのだろう。だが、ニュー・ジャックがもし今のクリスの器を上回るとしたら。

 光輝はその可能性がなんなのか知っている。もしニュー・ジャックがそうだった場合、クリスはいとも簡単に死にうる。彼女が強いからこそ、起こってしまう「交通事故」。本来死ぬべきではない場所で、いとも簡単に死んでしまう。

 

 光輝は直ぐにブレザーに着替える。寝巻き以外で碌な服はこれ以外持ってきていない。そして、旅行用バッグの中から木のパーツを四本取り出す。それを左手に持つと、ジルに話しかけた。

 

「お前の願い、聞いてやる。レイには……いや、ややこしいな。クリスには恩があるからな」

 

『ありがとう』

 

「だがそれだけじゃ足りないからもう一つ条件を乗せる。……俺と契約しろ、ジル・ド・レイ」

 

 ジル・ド・レイ。その中年の男は、正真正銘クリス・ド・レイの先祖だった。その力が手に入るというなら、ニュー・ジャックに挑む対価になる。

 

『クリスを救えるのなら頷こう。私のせいで、クリスは死ぬかもしれないのだから』

 

 クリスはジルの二の轍を踏むまいと、その身を正義に投じる。その結果招かれた事態だ。

 光輝とジルは似た波長を持っていた。後は簡単だ、その身に幽霊を取り込む。

 体の中……というより、感情の中に冷ややかな物が染み渡る。幽霊『ジル』が潜伏した証拠だ。光輝は試しにジルを憑依させ、ジルが持っていた「能力」を使ってみる。右手を空中にかざすと、空中に闇が広がった。

 光輝の超視力がそれを理解する。

 

「……最高だ」

 

 光輝は部屋の窓を開けた。外に広がる一杯の霧と、その遥か下にある地上。ここはホテルの14階だ。

 

 ホテルの中を行くわけにも行かない。先生が見張っているだろう。そんなものを縫って進むほど、時間余裕もない。

 

 光輝は躊躇なく窓から飛び降りた。夜の闇に、身を投げる。

 

 遥かな高さを、この身が舞う、地上に向かって加速する。そのまま地面にぶつかれば即死は間違いない。だから、光輝は使った。ジルの能力「黒魔術」を。

 

 光輝の身を闇が纏う。速度がみるみる減速していき、緩やかに地上が近づく。その速度はさしずめ、水の中を落ちていくようなもの。浮力。たとえるなら、それだ。地面に足と右手で着地し、木のパーツを組み立てる。二本のパーツが、一つの完成品に。出来たのは、二本の木刀。光輝がロンドンに持ち込んだ「有事」の為の武器だが、今が、その有事であるのは間違いなかった。

 

「行くぞ、ムサシ」

 

『合点承知!』

 

 光輝は憑依をジルからムサシに移行すると、走り出す。およその場所はジルが脳内で導いてくれる。ムサシのフィードバックによる身体強化、光輝の超視力が霧をかき分け、深夜のロンドンを走り出した。

 

 頼む、間に合ってくれ――

 

――尾行されている。

 

 クリスは遠くまで見えない霧の中を歩いていたが、そう感じた。後ろから、自分のものとは違う足音がするのだ。その他に人の気配は全く無い。自分と、もう一人だけ。

 

 クリスは重力制御の高重圧を身にまとっている。外部から触れようとしたもの全てが、強力な重力に潰され下に落ちる。クリスを強者たらしめる部分。クリスは外部からの攻撃をシャットアウトできる。

 

 これがあれば、負けないのだ。ニュー・ジャックであろうが、なんだろうが、負けやしない。

 

 拳銃を懐から抜き、後ろを振り返るクリス。足をその場に止めたが、向こうからはコツ、コツと雨に濡れた地面を踏み歩いてくる音が聞こえる。霧で遮られぬ距離まで近づいたそこに居たのは一人の男、手には折りたたみ式のナイフ--「ジャック・ナイフ」が握られていた。

 

 クリスは両手で拳銃を構えた。狙うのは的の大きい腹部。だが、これは威嚇に過ぎない。ヤツを生け捕りにするのが、クリスの目的だ。法による、然るべき処罰を。

 

「ニュー・ジャックね?大人しく止まりなさい」

 

 声をかけるクリス。男は近づくのをやめない。

 

「俺、そんな風に呼ばれてるらしいな。嬉しいぜ、あの切り裂き魔ジャックの後釜なんてよ」

 

 男は笑いながらいともたやすく認めた。やはり、模倣犯か。人を殺して笑っていられるなんて、とてもじゃないが正気では無い。

 

 クリスは拳銃を1度、ジャックの足元に向ける。タァン!と、音がして拳銃は地面を打ち抜いた。

 

「もう一度言うわ。止まりなさい。でなければ、今度は体を撃ち抜く」

 

 クリスの再度の警告。しかし、男は止まらない。それどころか……クリスに向かって走り出した。

 

「今日の被害者はお前だ」

 

男は速かった。気が付けば目の前。クリスは拳銃を捨て、重力制御に意識を完全に注ぐ。

 

 そもそも射撃訓練をしていないクリスが弾丸を相手にまともに当てられるわけがない。下手をすれば、当たり所が悪くて即死。そういう場合もあり得る。それはいけない。自分の経歴に傷が付く。しっかりと、目の前の男がニュー・ジャックであると証言してもらい、犯行を認めさせ、死刑を執行させる。それが、クリスの目的だ。

 

 だから、威嚇射撃で止まらなかった場合には、重力制御。敵の攻撃を防いで、そのまま敵を投げ地面に叩きつける。それで意識を奪う。クリスの中で一番確実な方法だった。

 

 男のナイフを持った右手が動く。狙われたのはクリスの腹部。そのまま内蔵をえぐり出すつもりだろう、だが、甘い。クリスはその重力制御でその右手を落とし――そのナイフはクリスの股の下、長いスカートを縦に切り裂いた。

 

 高重圧が効かない?

 

 クリスの疑問。本来なら辿り着く前に地面に落ちる筈だったその腕。だが、落としきれずにスカートを切り裂かれた。一体何が起こった?駄目だ、そんな余裕はない。早く敵を投げ飛ばさなければ!

 だが、腹部に一撃。男は左手でクリスの心臓に向かって貫手を繰り出そうとして、またも高重圧の壁に遮られ、腹部に貫手を受ける。防御壁を貫いてなお勢いあるその貫手は強力な衝撃となり、クリスは息を吐き出し、苦痛に地面を転がった。

 

 言ってしまえば、クリスの高重圧の壁で遮られるものは限られてくる。例えば、クリスの高重圧の壁に対して拳銃で銃弾を打ち込めば、地面に落ち切らず僅か下に逸れるだけだ。圧倒的な速さに対しては僅かな制限しかかけられない。

 クリスはそれを知らなかった。だって拳銃を撃たれたことがないから。当たり前のことである。

 この高重圧の壁で、クリスは以前、暴走車を止めた事がある。その時速はおよそ70キロで、高重圧の壁をぶつけて完全に停止し切った。だから止められないものは無いと考えていた。

 

 浅はかだった。男の突きは、暴走車より鋭いのだ。

 

 地面に転がったクリスは後悔する。恐らく目の前の敵は異能者だ。だが、そんな異能者は聞いたことがなかった。クリスは警察の重要書類を父の部屋で盗み見たことがあった。それはロンドンの異能者リストとその能力の書類だ。だが、載っていなかった。警察ですら把握していなかった能力者、はたまた流れ者か。

 

 自信が消え去り絶望に変わる。起きて、逃げなければ。お腹が痛い、苦しい、立ち上がれない。心臓の鼓動が早まっていく。感じたことはない焦り、その感情。それは死への「恐怖」だった。

 

 男がクリスを見下ろす。その手にはナイフが。死ぬ、殺されるんだ。

 

「異能者かよ、驚いたぜ。俺には関係無いけどな。そんじゃ、ジ・エ~ンド」

 

 男がナイフを振り上げた。クリスの頭が真っ白になる。

 

「死ねよお前」

 

 瞬間、男は横薙ぎに吹っ飛んだ。クリスはその虚ろな眼で光景を目にした。そこには一人の見知った少年がいた。

 

 岡本光輝だ。修学旅行で来た、超視力の少年。力を持たない筈の彼は、その両手に二本の木刀を持ち、ニュー・ジャックを叩き飛ばしていた。

 

 クリスは何が起きたのか分からない。これはどういう状況なんだろうか。

 

「生きてるかクリス!」

 

 叫ぶ光輝。クリスは、意識を整えて返事をする。助かったのだ。

 

「え……っ、あ、はい!」

 

「ならいい!」

 

 光輝は吹き飛ばしたニュー・ジャックに対して追い打ちを掛ける。奴の体は地面を転がったハズだ。あの威力なら、既に意識は飛んだ筈だろう。

 

 だが、瞬時にニュー・ジャックは起き上がる。いや、それは――ニュー・ジャックなのだろうか?

 

 なぜそんな事を思ったのか、クリスには分からなかった。だが、決定的に何かが違った。

 

 肉薄する光輝と「ジャック」。光輝はその超視力で「ジャック」を見据えた。光輝にナイフの鋭い刃が突き刺さろうとしている

 そこには鮮烈な死が、口を開けて光輝を待っていた。


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