新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「鬼門が開いた」
荘厳な日本式の会議室。32畳の室内には幾人の者々、上座の座椅子に腰かけている彼女。桜色の綺麗な髪に黒と紺をベースとした和柄のゴシックドレスが眼を引く小柄の少女が口を開く。
「即ち、「名無きの妖怪」が現界したという事……事態は深刻、ですわ。八雲。分かっていますね?」
「ええ、勿論ですとも麒麟様。その為に私は「百八神社」を任されています」
水色の袴に黒の羽織、その巨躯……何よりは、その頭部。まさかのドレッドヘアー。この場に似つかわしくない、しかもサングラスまで掛けているその姿は言葉使いの大人しさを除けば、まるで先程の少女と対極。しかし、互いの言葉の含みには何処か、信頼というものが見えた。
叢雲ホールディングス「園田園」代表、八雲鳳世。本来叢雲ホールディングスの代表は代々女性と決まっているが、当代の代表がまだ学生の身分であるため代わりに鳳世がこの場への出席をしている。しかし、只の代替では無いというのが、見た目の雰囲気で匂わされていた。訝しさ、胡散臭さ最大限に。
「「教会」と「イクシーズ」の二つは抑えつつ、あわよくばその力を借りる……。上手く活用しますよ。彼等が直接出張るような事態にはさせません。ですが、どちらにしろ彼等も我々と都合は似通っている。手出しせざるを得ないんです。故に、手伝って貰います」
ニコり、と笑う鳳世。その言葉を聞いて、ダン!と目の前の机を叩いて座椅子から立ち上がる黒スーツの女。
「馬鹿な!「教会」と「イクシーズ」の手を借りるだと……!?」
「おやおや、これは。アクアマリン観光協会「
土御門祈。最近になって代表者になり新しく出てきた、茶色に明るく色を抜いたショートボブの綺麗めの女性。ズン、ズンと畳の上を靴下越しに力強く踏み締めて接近し、鳳世の前に立つ。
その行為に、他の誰も物申さなかった。この場の多くの者が、心の中で思っていたのだ。「
あろうことか、その「教会」・「イクシーズ」と叢雲ホールディングス「園田園」の八雲鳳世は提携を結んでいるでは無いか。それが必要な事とは言え、不信感は募るばかり。こうして正義感の強い新人が鳳世に絡むのはよくあることだ。
「不服もなにも大有りだ!お前にはプライドってもんが無いのかよ?奴らにおんぶにだっこで――」
「ふむ。少々
「――!?」
鳳世がその言葉を紡いだ瞬間、彼女の、祈の動きが止まった。口の動きが、少しばかり動くものの自由じゃない。そしてまた、体の自由さえ。
祈は必死に動こうとした。しかし、体が小刻みに震えるだけで、動かない。まるで金縛り。意識さえはっきりしているが、それは逆に止まった時間の中で思考だけが動いているようで。
目の前の鳳世が右手の人差し指をわざとらしく掲げた。
「そう、君一人の力とはその程度です。その程度で私の目の前に立ったのです」
体さえ動けば、能力で目の前の男など一瞬で吹き飛ばせるのに……!
祈の能力、陰陽五行の「火」にだけ梶を切った最高級の火炎術。体さえ自由なら大型トラック一つが燃えて吹っ飛ぶ。しかし、体が動かないとは余りにも無力。自慢の能力ですらこの場で無意味。
そして鳳世の人差し指が、彼女の額を差す。脳味噌が詰まったその一番手前、頭蓋の外側、額を。
「愚かな、とても愚かな行為だ……。個の力というものを理解していない。身の程を知らねば人はその身を滅ぼす」
次に、左目の目頭。目の前に指が迫っているのに、突き刺されてもおかしくない位置なのに、恐怖が瞼を閉じてくれない。人の意思を尊重しない魔の術式。
「怖くて瞳を閉じたいですか?残念。これは愚かな貴女へのささやかな罰です」
次、瑞々しい唇に人差し指が触れる。
「世の中にはやむを得ず言葉を飲み込まなければいけない時があります。それが大人の対応というものです。貴女はまだ、子供のようだ……」
「……!」
「鳳世、そこまでにしろ」
言葉を発せない祈の変わりに、先程まで祈が座っていた席の隣……黒いスーツの、体育会系のような男らしい体つきと見た目の一人の男が言葉を発した。腕を組みながら、鳳世の方を睨みつけている男。
「俺の教えが悪かった。申し訳ない。そいつは許してやってくれ」
旭の言葉に鳳世は眼を向け、耳を傾け
「いいえ、許しません」
「なっ……!?」
なかった。次に人差し指が胸骨を差す。
「祈嬢。貴女の心配をしてくれるとても優しい先輩が居ますね」
「……!」
指が少しずつ下がる。祈の隆起した乳房の隙間を縫うように、その指が下がる。
「申し訳無いと思わないんですか?「何も出来ない私が何でも出来る叢雲家に口出しした」って事を悔いないんですか?」
そして、最後。手の殆どが乳房に埋まり、人差し指が指した場所。其処は左胸。つまり――心臓。
「あ、そうそう。馬鹿は死ななきゃ治らないと言います。ならば」
ニコり。と鳳世はサングラス越しの瞳で揺れる祈の瞳に笑いかけた。
「死んだら、治るのでは?」
「――!!?」
「っ、八雲鳳世!!」
遂に我慢できないと立ち上がる旭、それに釣られて他の多くの連盟メンバーも立ち上がった。畳を駆け、机に乗り上げ。鳳世の元に。
場が騒ぐ中、鳳世は動かずに。大勢が、今にも鳳世に殴りかからんという所で。
「静まれ」
鈍く、酷く低い声だった。その響いた一言で場に静寂が訪れる。発せられたのは、上座。他の誰でもない、佐藤麒麟から。
「……軽い冗談です」
静止の言葉に鳳世は両手をその場で上げた。麒麟は座椅子の肘掛に肘を付いてはぁ、と溜息を
「鳳世……。君が腹を立てるのも分かりますわ。正直、此れは日守連盟の元締である私の責任。ごめんなさい、私が頼りないのが原因ですもの」
「そんな、麒麟様が悪いなどと言う事は……!」
「そうですよ!麒麟様の意思は、日守の総意……!」
「麒麟様が謝る必要なんてありません!」
旭の発言を皮切りに麒麟を庇う声が飛び交う会議室。鳳世と違って、その信頼はとても厚い。
「有難う。なら、座ってくれるかしら?皆」
その言葉で、皆状況に気付く。荘厳な場に相応しくない蹴り飛ばされた座椅子、机に乗り上がった人々。
『す、すいませんでした!!』
皆が麒麟の方に粗相をしたと頭を下げると、直様に自分の席に戻った。
その流れの中で、鳳世が解いた術式から自由になった祈の手を手繰り寄せ、自分の背中に彼女を隠して鳳世を睨み付ける旭。鳳世は相も変わらず笑顔。
「何故お前のような傾奇者なぞが麒麟様に……!」
「さあ……なんででしょう?」
「あ、あの……」
しどろもどろする祈の手を引いて自分の席に戻る旭。その様を、鳳世は柔和な表情を崩さずに見送った。
全員が再び席に着き、僅かな一拍。空気が落ち着いた事を確認した麒麟が口を開いた。
「今一度……、皆に認識して貰う必要がありますね。日本の神職は今、かつて程の勢いが無い。故に多種多様な事業に手を出すし、今回のような一件、足りぬ手をやむを得ない手段で埋めるかもしれません」
日本の神職という尊き職業、それを代々継いできた者のみが集う場所。だからこそ、この言葉の重みが分かる。佐藤麒麟は、日本という国柄を背負って進んでいる。その一字一句が、日本を想う物だ。一字一句が、日本を憂う物だ。
「けれども、私は再び信仰を取り戻す為に手段を選びません。全ては八百万の神と、それを取り戻す日守連盟の為に。やがて、この国を再び思い溢れる神々の舞台へと……付いて来てはくれますね?」
麒麟はその手を伸ばす。まるで皆の手を取る様に。まるで神へ救いを乞うように。
『はい!!』
一同の座礼。それを受け取った麒麟は再び、本題を唱える。
「そう、有難うございます。……さあ、貴方の好きにはさせません。「名無きの妖怪」――いえ、私は今一度、敢えてその名を指して呼びましょう。我々が倒すべき敵、「
静かに、侘びしく、重々しくその名を口にする麒麟。その表情には、今までとない憂いを浮かべて。