新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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シオリ・ドラクロア2

 ……さて、どうしたものか。

 

 警備の仕事を終えたシオリは統括管理局から出て帰路に着く前に「寄るべき場所」と「寄りたい場所」があった。既に時刻は五時半を過ぎ、そして「寄るべき場所」に行くにはまだ少し、時間が早い。ならば、故に。シオリは手間を惜しまず、「寄りたい場所」に寄る選択肢を取った。

 

 そしていざ其処に立ち、目の前の白い鳥居をしげしげと眺め、今一度その正否を考える。「呪いで女になった」……。流石に与太が過ぎるが、しかしそこは神職者。もし、解決法があるとするなら、それは儲け物で。

 

「どうか、なさいましたか?お嬢さん」

 

 不意の声にシオリは横っ飛びをすると右腰の刀に手を置き、抜刀の準備をして、瞳を黒から赤色に染め、しかしその必要が無いと思い出すと直ぐに戦闘態勢を解いた。

 

「……お前のその神出鬼没はどうにかならんのか、八雲鳳世」

 

 呆れ顔で目の前のドレッドヘアーにグラサンのイカ()た神主を見るやいなや、シオリは軽く溜息を付いて悪態を吐いた。

 

「おや、何処かで会いましたか?嗚呼否(ああいや)、軟派な気持ちで無くまるで私と面識があるかのような口振りでしたが、如何せん私には身に覚えが無いものでしてね」

 

 それもそうだ、とシオリは直ぐに思った。成る程、これはやらかした。筋骨隆々のむさいアニキからB(ボン)Q(キュッ)B(ボン)の美女になっては分かるわけもない。美しさとは罪だろう、大罪王にこそ相応しい。

 

「俺だ、イオリ・ドラクロアだ。あの黒っ子い阿呆に呪われたのさ」

 

「……ああ」

 

 そして鳳世は下に、上にと少し視線を動かすと。

 

「成る程ですね。これはこれは、まるで面影がそのままのようで」

 

 いつものように胡散臭く、ニコりと優しく微笑んだ――

 

――「すると、なんだ?これは解けるのか」

 

 暖かいびわ茶をすすりながら、さも意外かのようにシオリはその確認をとる。背後では天井に備え付けられたスピーカーから「雅楽『越天楽』」が流れているのだが、それが何故かというとどうやらそれっぽいから、という理由らしいのだが「スキャットマンはお好きですか」と聞かれて「いや、これでいい」と答えてしまった。神社ならともかく、越天楽とは茶屋で流すものなのか……?

 

 さて、ともかく。二人は真面目だ。

 

「ええ。目に見て分かる「呪詛(じゅそ)」です。他の誰やならともかく、私なら出来ます」

 

 なんという僥倖。これは運命だ……!珍しく他人という物に信頼を送るシオリ。

 

「それじゃあ、早速……!」

 

「一晩、あれば。ですがね」

 

 その一言。それは聞きたくなかった一言だ。一瞬、目眩がして気が遠くなる。

 

「正直、邪神の呪詛を人が剥がそうというのは烏滸がましい事なのです。事情によれど、悪いものは何十年、何百年と続く呪詛もある……。「私なら出来る」、しかしもっと早い方法はやはり本人に直してもらうことですかねぇ。出来るんでしょう?今夜」

 

 呑気に、ゆったりと茶をすする鳳世。いや、感謝出来ない訳じゃない。出来ると、言ってくれた事はとても嬉しいのだ。だが、故に。正論で固めた真実という答えを突きつけられては、やはり気は沈む物で。

 

「……意地悪だな、お前。ならば最初から期待させずにそう言えよ」

 

「意地悪、ですか。ふふ、よく言われます」

 

 見た目によらずの柔らかな物腰、果たしてこの八雲鳳世という男は。何処までが本気で、何処からが偽りなのだろうか。

 

 話が込めば、もう時刻は六時を過ぎて。さて、もう一杯茶を飲んで御暇しようか。

 

「すみません、お茶のおかわりをください」

 

「はーい♪」

 

 自分の声とは思えない程の妙なハスキーボイスで店員を呼ぶと、ニコニコ顔で奥から園田園の店員の誠が急須を持ってきた。……やたら表面がでこぼこで使いづらそうな。

 

「いや、それはそれで趣があるか……」

 

 自然な、手作りゆえの急須の凹凸。とても日常生活で使おうとは思わないが、こういう隠れ家的な茶屋ならそれはそれで良いものだろう。雰囲気にそぐう、これもまた和み。

 

「分かります!?」

 

 ガバッ、とシオリのその女性特有の柔らかな両手に神への祈りのようにその手を合わせた誠。

 

「お、おう……」

 

 余りの勢いに丸椅子の上で仰け反り軽く戦慄(おのの)くシオリ。

 

「実はこれ、私の作品でしてね!そうなんですよー……。それはもう最高傑作でして!名前は「村正(むらまさ)九式(きゅうしき)」にしようかと!村正は「正しく叢守(村上)」の意、九は数字で最高峰!この素晴らしさが分かるとは……。お姉さん、是非僕と夜の白川郷へ風情を観に行きませんか?」

 

「誠。このお方は君の手に負える人ではありませんよ。深雪(みゆき)嬢を相手にしてるとお思いなさい」

 

「えー」

 

 鳳世に諭されると、仕方のなく茶だけを淹れて帰る誠。……どうやら、気に入られたらしい。

 

「なあ、本当の事を云ったほうが」

 

「それは貴方の口から」

 

 ……いや、夢見る少年に真実を告げるのは男としてとても辛かろうて――

 

――「僕は絶世の美女と待ち合わせをしたつもりは無いが?」

 

「奇遇だな、俺はお前と待ち合わせをしたんだ。あの日あの時あの場所で」

 

 教会所属「スカイシステム」が運営する飲食店「浄土喫茶・一番地」(後で知った)にてカウンターに座るイオリ・ドラクロアに、その隣に腰を掛ける瀧聖夜。犬猿の仲である二人(イオリはイクシーズの犬なので、差詰聖夜は狂言回しの猿だろう:イオリ談)はまさかの状況を飲みつつ(察しが良い瀧聖夜)、互いに頬を付きながら視線を合わせないぐらいの抗議で会話をする。

 

「今日は君から呼び出したのになんてザマだい?いっそその姿のままの方が役立つと思うがね、色々ときっと」

 

「人の不幸をネチネチと劈く貴様は悪い男だな。邪神に呪われた(おれ)はとても良い男を知っていますわ、彼の者名をイオリ・ドラクロアと云ふ」

 

 互いに喧嘩を売っていては埒があかない。……さて、折れるか。

 

「と言うのも、なんだ。要する話が、だ。俺は教会と鴉魔アルトの関係を知らない。それを聞きに来て」

 

 ぷっ、ははは!と聖夜が笑い出す。うっせ。

 

「えーーーっ、「血塗られた十年間(ブラッディ・クロス)」の亡霊がそんな事も知らないでずっと戦ってきたのーーー??それってナウくない??ちょーシャバい」

 

「……いい、無知を承知で頼んだんだ、教えてくれ。頼む」

 

 神経を逆撫でするように喧嘩を売ってくる聖夜を相手に、シオリは乗らない。此処は下がる。それが、大人というものだ。今の俺はカッコいい……!あ、吾だ。

 

「アイヤー、フカヒレスープおまちどネー!こら、シャチョさん!お客さんに無礼は駄目ネ?ブラック企業はぶっ潰す、それ私のポリシーあるネ?」

 

「……面目ない」

 

 赤い旗袍(チーパオ)に身を包んだ、頭の後ろに髪でお団子を作ったスリムな女の子が注文の品を持って来た。スリットから覗く御御足がエロい。胸のネームプレートには「来雷(くーらい)」と書かれている。この人が鍋番か?

 

「おネぇさん、ウチはワケありの客しか来ないから好きに話すといいネ。どんな危ない話でも聞かなかった事にするヨー!」

 

「……ああ」

 

 そう言うと、セクシーな女の子は手と妖艶なヒップを振りながら厨房へと姿を消す。……良い。凄く良い。反応(・・)しなくても、ココ(・・)が疼く。レズセもありか?

 

「相も変わらず良い女揃いだ。趣味か?」

 

「うん!」

 

 満面の笑みで頷く聖夜。少年の瞳、コイツ、なんて純真な眼を……。そして、何処か遠い目で語りだす。

 

「僕の夢は理想の女の子が働く飲食店……。最高の女性に接客してもらうんだ……。決していやらしいお店じゃない、だからいい。――少年漫画のショーツと一緒さ、魅力とは添え物なんだ。メインディッシュであってはならない。だから僕はバーの態勢で魅力的な女性を集めることにした、それが「スカイシステム」が誇る「浄土喫茶・一番地」なのさ!!」

 

「――実に、その通りだ」

 

 力説を終えた聖夜と今でこそ女だが少年の心を忘れないシオリは、そこで深く共感すると深く深く固い握手をした。

 

「さて、そんで例の話だが」

 

 シオリは目の前のフカヒレスープをジッと見、そして一口。黒の外側に赤い内側、龍が描かれ趣向を凝らした大きめな漆器、透き通ったとろみのあるスープに漂うフカヒレ、僅かに乗せられた刻みネギ……見た目も良ければ味もいい。かなり、美味い。

 

「イオリ君。君は、龍の血族を知っているかな?」

 

 龍の血族。それは、初めて聞く名だった。

 

「……龍血種(ヴァン・ドラクリア)なら」

 

 似たような言葉で思い当たる節があるとすれば、シオリの中では「龍血種」。これは一昔前に中国を支配していた、能力者の総称。赤い瞳に赤い髪の、特徴的な人種だ。

 

「まあ、実質的には殆ど同じだね。それを知っているのなら話は早い。そもそも君達「夜魔(やま)大国(たいこく)」ってのは、元々「教会」とルーツは同じなのさ。辿ってしまえばね」

 

「……ッ!?」

 

 あろうことか、コイツは戦争をした二つの国のルーツが同じなのだとこきやがる……?馬鹿も休み休みに、いや、待て。だとするならば……?

 

「そもそも「夜魔(やま)」とは仏教用語の「閻魔(えんま)」の一つの呼び方だ。「夜魔の大国」とは、即ち「閻魔の大国」」

 

「閻魔の、大国……」

 

 閻魔。屍人(しびと)の罪を計る、地獄の主だ。確かに、アルトは罪だの計るだのそういった類いの言葉を好んで使っていたフシがある。ならば、この話の信憑性は高い。

 

「その閻魔の大国ってのは、元々別の国だったのさ。不思議に思った事は無いか?君達の文化は遥か遠い地の筈なのに何故かある国の文化と良く似ている。だって、派生したのはそこからだからね」

 

「……ジパングか」

 

 シオリは思い出す。自分が好んで使っていた武器、好んだ服装、アルトの姿形……。確かに、此処。現にシオリが居るこの国「日本」の文化と良く似ている。

 

「そう、日本だ。日本の、「龍宮(りゅうぐう)」と呼ばれた場所……其処から「龍の血族」は幾つかに派生した。その内の一つが「夜魔」、そしてもう一つは我々「教会」。此処まで言ったら理解したろう、「血塗られた十年間(ブラッディクロス)」の真実は、只の権力争いさ」

 

「……!」

 

 眼を伏せてそう言った聖夜に対して、何も言葉が出ない。そんな事の為に、俺達は……!

 

 しかし、考えた所でしょうがない。そもそも戦争が始まったって事は「夜魔の国」のお偉いさん達はそれを飲んだという事だ。降伏も出来たかもしれない。だけれど戦争は始まり、そして終滅を迎えた。即ち――此処で悩んだって、もう何も戻りはしない。

 

「……それで、ヤツと何の関係があるんだ?」

 

「んー?鴉魔アルト様は、掻い摘んで言うと閻魔の大国の神様だったって事さ。戦争が終わって所在が不明って事になってはいるが、教会のトップはアルト様を見つけ次第抱き込むか、叶わなかったなら総力を挙げて殺す筈だ。何せ教会のトップと同じだけの力を持っているんだからね」

 

「教会の、トップと……?」

 

 そこでシオリに疑問が湧く。シオリはアルトと二回戦って、そして二回も勝った。それほどの力が、いくら邪神と言えどあるのだろうか?たかが人間如きに負けて?

 

「馬鹿な。俺はアイツに勝ったぞ」

 

 聖夜は眼をぱちくりとさせた。よっぽど不思議だったのだろう。

 

「そりゃおかしい。君がいくら龍の血族であろうと、夜魔の力そのものであるアルト様に勝てるわけが無いだろう?だってあの人は元々祝福されて生まれてきた存在だ。彼女の全ての力は無尽蔵……。その気になれば君は近付く事すら出来ないはずだよ」

 

「――」

 

 シオリは財布を取り出すと二千円札を取り出し、その場に置いて残ったフカヒレスープを器ごと煽った。ごくり、ごくり、ごくり。余りの豪快ぶりに周りからすれば美人が台無しだ。

 

 空になった器をカウンターに置くと、シオリは立ち上がって出入り口の方に歩いていく。

 

「ご馳走様だ。良い事を聞いた、礼は言う」

 

 それだけを言うと、シオリは玄関のドアを開けて「浄土喫茶・一番地」を後にした。それをただ、見送る聖夜。

 

 カウンターに置かれた二千円札を見やり、聖夜は軽く息を漏らす。目に飛び込んだのは描かれた首里城の守礼門。

 

「やれやれ、話はまだ終わっていないんだけどな。アルト様の「聖霊名(せいれいめい)」も、「龍宮」から派生した三つ目……もう一つの国家も、そしてそもそも「龍宮」の事ですら」

 

 聖夜は立ち上がりカウンター裏からスカイブルーを取り出すと、キャップを開けて瓶のまま飲み始める。

 

「ま、いっか」――

 

――ドン!と、シオリは勢いよく自宅の玄関を開けた。その音に反応して、中からアルトが仄かな笑顔の小走りでやって来る。

 

「おかえりだ、風呂にするか?飯にするか?それとも、わ・が・はい?」

 

 可愛らしく笑顔を振りまく。その姿に、未来は決定した。

 

「欲しいのは……」

 

 玄関の鍵を締めて黒のスニーカーを脱ぐと、シオリはそのままアルトの顔面に滑らかで華麗なドロップキックを決めた。

 

「お前の命じゃーーーー!!!」

 

「吾輩でしたかーーーー!??」

 

 アルトを蹴っ飛ばして満足したシオリはそのまま床に落下するなんて事無く綺麗に両の足で着地をし、吹っ飛んだアルトを見やった。

 

「聖夜に聞いたぞ。お前、魔力切れとか無いだろう」

 

「チッ、アイツ余計な事を……!」

 

 舌打ちをし、眉間に皺を寄せるアルト。どうやら紛う事なき図星らしい。

 

 床に片膝を立てて悪態を着くアルトにシオリは詰め寄る。思いっきり睨みつけているが、アルトに悪びれた様子は無い。

 

「さあ、なぜあんな嘘を吐いた?言ってみろ」

 

 顎に手を当てて考え込むアルト。そして、直ぐにピーンと来たかと思うとあっさりその答えを口にした。

 

「楽しそうだったから」

 

人は何れ死ぬと知れ(メメント・モリ)――!!」

 

 シオリの左手がアルトの顔面を鷲掴みにして持ち上げた。頭蓋の軋む良い音が鳴る。

 

「やめて痛い痛い痛いいだいーーーッッ!!!」

 

 鳴き声で許しを乞うアルトはその後直ぐにイオリの体を元に戻した。


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