新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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百八神社・園田園

 警備のシフト外、社会人に誰しも与えられた休日という日。まだ太陽が昇りきらず低い内の中、イオリ・ドラクロアはいつもの二刀を帯びた黒いスーツ姿でイクシーズの市街を独歩していた。

 

 如何せん、イオリ・ドラクロアはこの街に来て日が浅い。故に、統括管理局職員であろうと知らぬという物が多く存在していた。そんな半手探りの状態、だからこそネットワークツールだけに頼らずその五体で見聞を広める。

 これは昔から変わらず、知らぬ街はその身で感じる……イオリ・ドラクロアの幾つかの趣味の一つであった。この一時、心が躍るではないか。それはまるで若い頃の少年のような感覚で、知るということやさぞ楽しからずや。

 

百八(ひゃくや)(しゃ)……」

 

 そして、イオリ・ドラクロアが再び訪れたのはあの日に邪神と13年越しの決闘をした、「百八神社」。北側に向いた白き鳥居、まるで山のように生い茂る木々と本殿へ人を誘う長い石段。「神域」――そういうものを目の当たりにしたら、きっとこのような前座を踏まえるのだろう。

 

 尚今更ではあるが最初に言っておくと、イオリに信仰心という物は存在しない。

 

 ゆっくりと、石段をのぼり始めるイオリ。彼が神を否定するのは、至極単純な答えで。神に救われた事が無い(・・・・・・・・・・)故に。

 悪魔との契約なら慣れっこだが、神とは裏切り裏切られを繰り返して……いや。そもそも信じたことが無いのなら、裏切ったも何も無いのだろうな。なぁに、向こうも俺の事は信じていないのだろう。……変な邪神には懐かれてしまったが。

 

 そんな、神を嘘として「天には唾を吐け」がモットーのイオリが石段をあがり終えると、目の前にはあの時と同等の風景が広がっていた。

 

 やはり、いやはや。なんとも立派に作ってあることで。こんな新社会に、しかして未だに神というものが根強く信じられているのは、成る程。ジパングの国柄、という事か。

 八百万――この世界の全てには神が宿っている、等とホラを聞いたことはあったが、人は何処までも欲望に忠実だ。都合が良い事は信じて、悪い事は神にお願いしてなんとかしてもらおうという。(ぬる)い、自分でカタを付けるのが一番早いというに……。

 

 境内には本殿の他にも掲示板や祓石や石碑など、如何にもな物が置いてあった。果たして、この多くの物の何処までが意味のある物なのか。

 

「設立……平安、雪華の街……?大國、主……」

 

 石碑に彫られた文字を、注視するように捉えるイオリ。字が達筆な上に墨でなぞっているような事もなく、上手く読めはしないが平仮名ならともかく見覚えのある漢字ならギリギリ分かる。

 

「祭神……稲穂神(イナホノカミ)……。……?「叢雲(むらくも)」、「鳳世(ほうせい)」……」

 

「ええ、この神社は今や昔、平安時代。雪華街に建てられた物をイクシーズに引越しさせた物です」

 

 バッ、とイオリが横に飛び跳ねて二刀に両の手を置き、声の方がした場所をその赤く染めた瞳で捉える。

 

 馬鹿な……!この俺が背後を取られた……!?気配がしなかった……足音でさえ!!

 

 目の前の男、その巨躯……188cmのイオリを優に超え、そして柔和な笑み。水色の袴に黒の羽織を見るに……この神社の神主だろうか。そんな、見ただけで派手だと分かる出で立ちの中で何より目を惹いたのは……。

 

 頭部のドレッドヘアーに、黒のサングラス。まるで神職の者には見えぬ、余りにものファンクな格好だった。

 

「驚かせてしまったようですね、これはすみません。私、この百八神社の神主の「八雲(やくも)鳳世(ほうせい)」と申します。興味がおありで?」

 

「……統括管理局、警備のイオリ・ドラクロアだ。すまない、今の所神を信じる予定は無いものでね」

 

 あっさりと名乗られたが故に、礼節としてこちらも名乗る。刀に置いていた手を離し、構えを解いた。

 

「そうでしたか、残念……。でも、私は貴方に興味があります。夜魔の軍人、イオリ・ドラクロア殿」

 

「いい加減俺にもプライベートという物が欲しい所だ。なんでも筒抜けなんだな、叢雲家には」

 

「博識ですね」

 

 そして男、八雲鳳世は懐から取り出した扇子を広げる。扇面には「叢守(むらかみ)」の字……「叢雲の守護者」の通称。

 余りにも自分の素性が知られ過ぎたイクシーズの現状に呆れを通り越して薄ら笑いを浮かべつつ、額に手を当ててイオリは八雲鳳世に問う。

 

「雪華街の神社に八雲なんて苗字、ピンと来ない方が可笑しいだろう。俺になんの用だ?」

 

「そうですね、座りながらお話しましょう。下に茶屋があるんですよ、其処にて」

 

 鳳世に促されるようにイオリは神社の長い石段を降り、山を廻るようになぞると其処には確かに一軒の木造建築の平屋があった。見たことはあった、しかしこれが茶屋だとは気にかけないだろう……。小さい表札には控えめに「園田園(そのだえん)」と書いてある。……これは、茶屋だと分かる方が珍しいのでは?

 

「ささ、中にどうぞ」

 

「……ああ」

 

 訝しげに開けられた引き戸の向こうに足を踏み出してみると、成る程。昔からの居酒屋にありそうな丸いクッションの付いたパイプ椅子が並んだカウンターにテーブル。これを茶屋だと言われれば……イオリはそうだ、と答えられるかもしれない。一目でそう分からせるだけの説得力はあった。

 

 ……他に客が居ない事を除けば。

 

「いらっしゃいませ……あ、鳳世様、と……お客様ですか。珍しいですね、いらっしゃいませ」

 

 よっぽど珍しいのだろう、いらっしゃいませと念を押されて二回言ったその青年……水色の袴と白衣、短く切り揃えられた清潔感のある髪型に優しげな顔付き、この茶屋の店員……というよりは、恐らく「百八神社」の神職の者だろう。鳳世様、と呼んだあたりにもその事が伺える。

 

(まこと)、モーニングBセットを二つ頼みます」

 

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 注文を承った誠と呼ばれた青年は再び店の奥へと引っ込む。一つのテーブルに向かい合ってイオリと鳳世は腰をかけた。

 

「さて、まずは何からお話しましょうか……私、単刀直入という言葉が嫌いでして」

 

「奇遇だな、急がば回れだ。俺はお前の事を何も知らない。精々俺が納得するよう面接を受ける就活生のように話してみたまえ」

 

「おやおや、随分と第一印象が悪いようで」

 

 柔らかな物腰の鳳世に対して、イオリは受け入れているようで突っ撥ねた物言いをした。というもの、無理もない。ただでさえイオリは神というものが嫌いなのに、あろう事か一人での見聞を楽しんでいたところに一方的に素性を知っている神職者が「興味がある」と近付いてきたのだ。挙げただけで-100点と言っても過言では無い程のスタートだ。

 

「さて、ではまず第一前提で話しましょう。神社に神は居ないんですよ」

 

「よし、手を取ろう」

 

 合致(ガシ)ッ!!と二人はその太く大きな腕から伸びた広い(てのひら)で強い握手をした。深い溝(クレバス)が一瞬で富士山(フジヤマ)を形成する。

 

 と思いきや、次の瞬間にはイオリは手を離した。呼応するように鳳世もまた、手を離す。

 

「というのは冗談だ。早計が過ぎたな、先ずは話を聞こう」

 

「はは、だろうとは思いました」

 

 否、広がったのは一面の平面(フラット)な田畑、5(フィフティ):5(フィフティ)の状況を鳳世が作り出した。

 成る程、胡散臭い見た目通りのやり手という訳だ……。

 

「神は休暇でベガスに行ってる……とは言い得て妙でして。神はね、留守なんですよ」

 

「何?」

 

「お待たせしました。此方、セットのほうじ茶に小倉トースト、ゆで卵です。お茶はおかわり自由なので、お気軽にどうぞ」

 

 鳳世の言葉にイオリが軽く悪態をつくと、店員の誠が料理を持ってきた。如何にもなモーニングセット、珈琲がお茶である事を除けば。

 

「ありがとう。では、頂きます」

 

「……頂きます」

 

 喰らう為の言霊を唱え、イオリは小倉トーストを齧った。……マーガリンを薄く敷いた食パンをオーブンで炙り、その上に小倉を乗せている。これはジパングの中京地区独特な名物とも言え、殆ど郷土料理に近いとされるが……その嫌悪感さえ取っ払ってしまえば、うん。確かにベストマッチしている。考案者は天才だろう。

 

 そして合間の、ほうじ茶……熱め故、冷ましながら啜る。これもまた、良い。和味だ。

 

「話は遡って平安時代にタイムスリップ」

 

「いいだろう」

 

 ほうじ茶を啜りながら話を続ける鳳世にイオリは相槌を打つ。

 

「平安と言えば妖怪が蔓延る時代。陰陽師(おんみょうじ)が当時活躍したものです」

 

「……知らんな。少なくとも全て、嘘っ八じゃあないのか?」

 

「まさか、冗談がお窮屈(キツ)い。貴方は現代で一番の妖怪をその眼で見ている筈です」

 

 鳳世はしたり顔でその言葉を放った。心当たりが有り過ぎて困る。

 

「はぁ……鴉魔アルトだな」

 

「答えはYESです。貴方は見てしまった、故にこの物語から片耳を逸らせない」

 

「ふん……続けろ」

 

 納得は出来ないが、聞いてはみる。そういう状況にハマる。

 

「さて、神と妖怪、その違いは何か?……答えはね、「一緒」の物なんですよ。古代から伝わってきた八百万(やおよろず)という胡散臭い神話、その中に妖怪は全て含まれるのです」

 

「詐欺師の手腕だな。あたかも有ったかのように無い事を話す。それを信憑性があるように騙るからタチが悪い」

 

 ほうじ茶を一口、喉を潤すイオリ。乾きは誤魔化す。

 

「信じなくても結構、なら私はとある御伽噺をするとしましょう。……遥か昔から伝わってきた神話、その終止符を打ったのはですね。他の誰でも無い、「教会」ですよ」

 

「……!」

 

 イオリは此処で鳳世の話術の巧さを実感した。そう、此方の気が逸れない様に話を開拓していっている。それがテンプレートをなぞった物として、問題はその配置場所だ。余りにも的確すぎる。

 

 教会。その名が出た以上、今のイオリは耳なし芳一の如く「耳を奪われる」……。まるで鳳世がほくそ笑んでいるような疑心暗鬼に捕らわれた。果たしてそれは嘘か誠か……?確かな事は、イオリはもう耳を離せない。飲まれてしまったのだ。

 最早、目の前の男。八雲鳳世こそが、妖怪なのでは無いかと感じてしまう程に。

 

「そもそも教会の目的とは何か?簡単な事。自分達が唯一神である為に、日本の八百万の神全てを封印する事だったんですよ」

 

「成る程、ジパングはそれを飲んだ……乗り気だったのか?」

 

「いいえ。妖怪と神はイコール故、親神派と反神派がバッサリ別れました。その中でも、反神派の勢いは何より強かったんです。そのリーダーの名は「安倍(あべの)晴明(せいめい)」……対妖怪のスペシャリストです。ご存知ですか?」

 

「……安倍晴明」

 

 日本人で無いイオリですら、その名は知っている。陰陽師の中でもトップクラスのネームバリューを誇る、伝説の術師。

 

「保険屋か?」

 

 にょっ、と机の淵から顔を覗かせる小さい邪悪な座敷童子。……コイツはどっから出た。

 

「そして、どうなったんだ」

 

「あっ、おい無視するな!」

 

 抗議をする鴉魔アルト。しかしこっちは大人の話をしている。

 

「勿論、親神派は負けました。相手が相手ですからねぇ、この世の神全ては「幽世(かくりよ)」に送られる事になりました。そう、文字通り「隔離された世界」……神様全ては今、其処に居まし」

 

「ほら、此処にも居るぞっ!なぁ、鳳世!」

 

 自分を指差すアルト。というかコイツ等、さては面識があるな……。

 

「さて、御伽噺は此処までです。要約すると、「神の実権は教会が持っている」、「雪華街に神は居ない」、「イクシーズは両方に提携がある」……」

 

「成る程な、そういう事か」

 

 この能力者社会に「教会」と「雪華街」の両方があるのなら、話はもう決まったも同然だ。

 

「「教会」は貴方にアプローチをした。それをアドバンテージだと思っている……冗談じゃない。出し抜くというなら、こっちは追い縋るまで。さあ、鴉魔アルトの親友「イオリ・ドラクロア」殿。私達に手を貸してくれませんか?」

 

「……嫌ーな奴だ。お前も人質を取るのか?」

 

「いえ、まさか。友好の証ですよ。叢雲は神を蔑ろにしない、敬う者達です。私達を幾らでも頼ってください。私達が見据えているのはイクシーズ全体です」

 

そして鳳世は再び手を差し出した。その手を何の迷いもなくイオリは再び手に取る。

 

 男と男の、固き握手。

 

「勿論その中に貴方も……ね」

 

野望猛(やぼうたか)(オス)だ。故に、その手を取ろう」

 

「なあ、吾輩も入れてくれ!なあ?何の話だ?」

 

 喚き立てるアルトをよそに、イオリと鳳世はその決意を深く深く、奈落のような執念で結んだ。――

 

――「なあ。結局、鳳世と何を話したのだ?」

 

「別に、お前が気にすることじゃない」

 

 昼下がりの帰り道。モーニングセットを平らげたイオリとアルトは並び、静かな街を闊歩する。

 

「さて、お前。頼る相手が居ないなんて大の嘘じゃないか」

 

「ギクゥッ!?」

 

 イオリがアルトを見据えると、冬だというのに額からだらだらと汗を流している。とはいえ、本気で責め立てるつもりなどない。

 なぜなら、信頼する叢雲家を差し置いてまで頼っていてくれたのだ。一昔前、出逢ってしまっただけの俺を。ならばその期待、全力で答えなければ男が廃るというものだ。

 

「まあ、いい」

 

「え……、よいのか?」

 

 顔を綻ばせるアルトを気にしないフリをして、前を見詰めるイオリ。自分が進む、まだ()(さら)な道を。

 

 ……心がヒリ付く。これはきっと、嫌な事の予兆だ。この38年間、嫌な出来事が起こる前はいつも心がこんな感じになる。痛むような、燃えるような、擦り切れてしまうような……(つら)い感覚。

 

 きっと、直ぐ近く、嫌な事が起こる。その出来事の罫線は、きっとここ最近で張り詰められた。そして今日、それが確信となって心に訴えたんだ。

 

 がしり、イオリはその大きな右手でアルトの美しい黒髪を上からガシガシと撫で回した。

 

「?、?な、なんだ?」

 

「……なんでも無い」

 

 気が済むと、イオリは早足でアルトを置き去るように歩いていく。

 

「なあ、おい!どうしたのだ?」

 

「なんでも無いと言った」

 

 イオリの瞳は何が映されているのか、それはアルトには分からない。なぜなら、当の本人にですら、それが何か分からないのだから。


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