新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
スカイシステム
朝。統括管理局の玄関の前に帯刀しスーツで立つイオリ・ドラクロアは、小さな欠伸をした。
「ふぅ……んん」
「おや、どうしたのかい?イオリ君。昨日は良い人とお楽しみかな?」
必死に我慢したが口の端からそれが漏れると、隣に立った白髪の青年、
「ん……いや、親戚の子だ。泊まりに来たんだが、ここ最近それが煩くてな。まともに寝付けやしない」
「なーんだ、そういう話を聞かないからついにと思っちゃったよ。ふふ、もしかして、
そう言うと、ヒフミは頬に平手を寄せた。阿呆め。コイツは何を言っている?男が惹かれて良いのは女体だけだろうが。
「んな訳あるか。俺は女子高生から人妻まで万々歳のセックスマシンガンだ」
「良いねぇ。漢らしい、それもまた魅力的だ」
「そういうお前は浮いた話が無いのか?モてるだろう」
カウンターに、とイオリは逆に突っ込んでやる。すると、ヒフミは顎に手を当てて考え出した。
「んーー……まあ。ぼちぼちかなぁ?言うて、人並み?」
「なぜ疑問形」
「付き合いたいと思った子が居ないからね。僕が求めるのは、ほら。ぶっきらぼうでミステリアスでかっこよくて強い人だから」
「いるかそんな女」
「さあねぇ?」
と、またも疑問形で返してくるヒフミ。女という物に高望みしすぎでは無いだろうか。果たして、この何処かネジの外れた好青年は何を考えているのだろうか。
女というものは、やはり。優しく、気立てよく、美しく……。そして、肉付き。程よくむっちりしていれば最高だろうが。
「まあ、いいさ。ねぇ、夜にさ、ご飯行かない?」
「断る」
瞬間、ノータイムの断ち切り。今日だろう?断る。
「えっ、えーーー!?早くない!?」
「悪いな。少なくとも、今の俺は……」
流石に驚くヒフミには申し訳なさを感じるが、イオリは軽く頭を掻くと、辛く呟いた。決意は固い。
「女体が見たい。それも、お淑やかで、慎ましく、尚且つ清廉潔白な女が……それこそ、極上。良い女が、な……」
「……何それ。それこそ居るの?」
「やかましい餓鬼を相手にしていると、美しい女が欲しくなるものだ」
「はぁ」
そして、ヒフミはそれ以上追求してこなかった。
そう、イオリ・ドラクロアにとって、今一番重要なのは、「うっとおしい女性」じゃない。この疲れた心、疲弊した精神を癒してくれる救いの女神のような「やさしい女性」だった。
ならばこそ、今夜。家に居るであろう「邪悪な座敷童子」は無視して、いざ。夜の街へ――
――夜のイクシーズを歩くイオリ。街を彩る光はとても煌びやかで、成る程。「新社会」と冠するに劣らない、都会の街並みが広がっていた。イオリがこれまで渡り歩いてきたどの都会と比べても遜色無い。
とはいえ、この中の殆どは
都会だからこそ、見定めなくてはいけない物がある。果たして、自分を本当に「満たしてくれるもの」はなんなのだろうか……?
悩む。イオリ・ドラクロア、悩む。何が欲しい?ありきたりなファミレス、自然なウェイトレスはさぞ癒しだろう……。違う。そうじゃない。もう少し、
……風俗?違う。気分じゃない。ショーパブ……当たりを引けないと意味が無い。もう少し、ステージを落として……。
そうして、歩いた末にたどり着いた場所。ふと、裏道を歩いてみると。「もしかして……?」そんな、夢見がちな理想理論。好きじゃあない。とはいえ、今は我武者羅に、本能のままに足を向かわせるしか無かった。
まさか、そう、まさかだ。無い無い、それは無い……。
思いつつ辿り着いたイオリ、表にて木製に墨染で描かれた達筆な字の看板を見つめる。
「「
直感。後は、それしか無かった。詐欺でも構わない、騙された方が悪いのだろう、と鈴を鳴らして店内に入った。騙されたとしても構わない、厭わないと。浄土の一番地……いいじゃあないか。惹かれたんだ、その謎の魔力に。
その中は。言ってしまえば……「静寂」。客が居ないのか。しっかりとした内装だ。白をベースとした、明るいが、落ち着いていて、寛いでしまうような場所……。流行っていない?何故だ、茶が不味い?店員が悪い?
「お帰りなさいませ、旦那様」
邪推をしていると、声が掛けられた。その方を見ると、――ほう。豊満な、給仕服に身を包んだ、大人の女性の姿。一目で分かった、美人……!乳がデカい!推定、D……!ウェストのサイズ……細すぎず、少し肉が付いていてよし!エロい!ヒップ……
オーナーは……!「
「ああ、今帰った」
「此方へどうぞ。今、お食事を作ります。是非、好きなものを……お召し物は、良かったでしょうか?壁に掛けましょうか?」
「頼む」
問いかけにイオリは答えた。成る程、こういう趣向の店か。イオリは来ていた黒スーツを脱ぐと、白のシャツ姿になる。スーツを刈谷さんに渡し、丁寧な手付きでハンガーを越して立てかけられた服掛けに掛けられる。そこまでしてくれるのか。帯刀した二振りの日本刀も腰から外し、渡す。
「お預かり致しますね」
……いい。いいじゃないか。俺の直感は「此処が良い」と、答えやがった。
テーブルに備えられたメニューを見る。……つまみが多いな。居酒屋形式だろうか。それと、目を引くのは……。メニューの裏面、「裏メニュー」……。黄金チャーハン?イクシーズでは偉ぶった上等な中華料理屋でしか見ないが。……春巻?小龍包?フカヒレスープ……?
「おや?もしかして、君は……」
「ん?」
カウンターの、四つ隣。気にはしていなかったが、客が居たようだ。それも、一人。まあ、良さげな店だ。居ても可笑しくないだろう……?
そこで、一つの違和感に気付く。自分と同じ、白の長袖シャツ。サラリーマンか。いや、重要なのはそこではない。イオリ・ドラクロアは、その姿を見た事があった。短く、今風に切りそろえた清潔感のある黒髪、端整な顔立ち。身体はスマートで、全体的に爽やかだ。そんな男は何処にでもいるだって?違う、イオリ・ドラクロアの知っているこの顔立ちは一人しか居なかった。イクシーズ内でもとびきり有名だ。
思えば、何処か似ている。その内から滲み出る、「余裕」という名の「恐怖」……。
「やあ、初めまして。でいいのかな?警察の
「ええ、初めまして。統括管理局職員、イオリ・ドラクロアです。お会い出来て光栄です」
あろうことか、新社会「イクシーズ」にて伝説級の生き物――聖天士「瀧シエル」の父親、特殊Sレート群の警察官、騎士隊・隊長「瀧聖夜」がこんな所に居るとは。この人もスキモノか。
聖夜は自分の飲み物と食事を手に取ると、イオリの隣に座った。わざわざ距離を詰めてくれるのは、初対面としてはありがたい。
「好きなんですか?」
「ああ、とても、大好きだ。家政婦、良いよね……」
「……いい。」
ニッ、とお互いおっさん独特の渋い笑みを交わすと、右手で腕相撲のような熱い握手をかました――
――聖夜は食事をつまみに瓶のままのスカイブルーに口を付ける。とても美味そうに、それを飲んだ。
「女体はね……。良いものだよ。ああ、とても良いものだ」
イオリは鰹節のかかったみょうがをつまみに、ジョッキに入った生ビールを味わう。静かな、酒飲みスタイル。
「同感だ。生命の神秘だよ、あれは。凄い……」
まさかの、お互いによる女体談議。良い年をしたおっさんが、まさか女性が給仕をする店で女体について熱く語る等とは、如何にも変態がましいだろう。
しかし、だからこそ。不意に同志と出会ったが故の、一期一会。すれ違ったが最後、止まらない想いの連鎖。それが――人だ。
「ははは。そういや、あれだよイオリ君。統括管理局でね、聞いたんだけどさ」
「ああ。なんだ?」
上機嫌な聖夜。イオリもまた、上機嫌。二人共完全に出来上がっている。気が合うからか。
「この前、アルトちゃんって言うのかな?そういう子が、君を訪ねてきたみたいだが」
「ああ。……親戚の子だよ。偶然出会ってね」
聖夜の言葉に、イオリは誤魔化しの嘘。とはいえ、これは最上級の嘘だ。なぜなら、「半分本当」……。その理屈を証明しよう。
人類、皆兄弟という言葉を聞いたことが無いだろうか?一部の地域には誰にでも「
鳥が先か?卵が先か?そんな例え話がある。答えは簡単。「どっちでもいい」……重要なのは、その始まりは限られたものだという事だ。きっとほんのささやかな切っ掛け、そこから末広がりに生まれた生命の神秘。始まりは、きっと同じ場所。
ならば。同じ地域で生まれ育った者同志、「親戚」と言っても過言では無いのだろうか。鴉魔アルトとイオリ・ドラクロア、同じ夜魔の民なら。それは親戚だろう、というか親戚だよ!
――という暴論。ここまで理由を積み上げた「嘘」……いや、こじつけた「とんち」、インチキなら。臆面なく、イエスと言えるものだ。
とは言え、偶然など信じていないが。そこだけ、まっさらな嘘だ。
「ふーん。そうか……」
クピ、クピとスカイブルーを飲み干す聖夜。瓶を机に置くと、聖夜はイオリの眼を見据えた。未だ酔い越しの見えず、確かな眼で。
「ねぇ、取引をしないか?鴉魔アルトを引き渡して欲しいんだ。君ツテで。悪いようにはしない」
「――何?」
瞬時、硬直の一時。イオリ・ドラクロアは、その言葉を理解出来なかった。
「なら、こう言えば分かるかな……。鴉魔アルトを寄越したまえ。我々は「教会」だ」