新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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ニュー・ジャック2

「内蔵を切り抜かれたその女性の無残さと手口は、かつてロンドンを恐怖で覆った切り裂き魔ジャックのそれに似ている、か……」

 

 街頭でおおっぴらに新聞を配っていたので光輝は一部頂いた。そこには昨日の深夜起こったらしい事件が大々的に取り上げられていた。

 

 女性の猟奇殺人事件。被害者は内蔵の幾つかを切り裂かれ、持ち去られたそうだ。犯人はまだ見つかっていない。

 

 公園のベンチで空を見上げる。なんて時期に修学旅行に来てしまったのだろうか。おかげで公園といえど街があちこち騒がしい。読書を目的にやってきたのだが騒音が邪魔だ。……まあいい。

 

 光輝は再び新聞に目を移す。切り裂き魔ジャック。日本在住の人でも、その名だけは聞いたことがあるだろう。一種の伝説にもなっている正体不明の猟奇殺人鬼。光輝も、その名だけは知っていた。

 

 今回の手口が、そのジャックの仕業に非常に似ているらしい。新聞にはジャックの模倣犯と大々的に書かれている。

 

「模倣犯ねぇ……」

 

 それは十二分に考えられる。むしろ、そう考えるのが自然だ。有名な犯罪者に憧れ、真似る。社会不適合者が考えそうな事だ。自分では考えられない事ができる悪に憧れ、なりきり、自分が凄くなったと、社会から注目されていると錯覚する。

 

 それは虚構だ。嘘と見栄で塗り固めた偽りの自分だ。そうしなければ自分をアピール出来ない、哀れで仕方がない者の破滅への末路。

 

 まあ、それならそれでいい。そんな半端者、直ぐに捕まるだろう。だが、光輝には一つだけ、別の考えがあった。

 

「あら、奇遇ね。今日も此処に居たの」

 

「……やあ。レイさん、本当に奇遇だね」

 

 横からかけられた声。それは昨日出会ったクリス・ド・レイだった。

 

「私、この道学校からの帰り道なの……ってそれ、今日の号外ね」

 

「ああ」

 

 光輝の持っていた新聞に目をやり、目をキツめに細めるクリス。まるで嫌なものを見るような目だ。

 

「切り裂き魔ジャックの模倣犯ね。ふざけてるったらありゃしないわ、早く刑務所に突っ込まれて死刑になるべきね」

 

 クリスも光輝の隣にズカっ、と座る。大分イラついているように見える。意外と神経は太いようだ。まあ、気にしないが。

 

「警察はもう動いているわ。犯人が捕まるのも時間の問題よ。邪悪はすべからく排除すべきだわ、人が幸せに暮らすためにはね」

 

「そうだね」

 

 相槌を打つ光輝。その時のクリスは、えも言われぬ気迫があった。光輝は心中を言っていらぬ恨みを買うより、友好的に同意する事を選んだ。彼女の正義感は、果たして偽善なのか、それは光輝にはまだ分からなかった--

 

--光輝がロンドンに来てから五日目の朝、ロンドンのとある私立中学校。

 

 朝の学生たちの、いつものような他愛のない話は、ある事件によって持ち切りだった。そう、それは二日前から続いている事件。

 

「昨晩また、人が殺されたらしいよ」

 

「今度も女の人が内蔵を切り抜かれたらしいねー。気持ち悪ー」

 

「犯人についた名前はニュー・ジャックだってさ。もしかして切り裂き魔ジャックの幽霊だったりして」

 

「警察は何やってんだろうな、マジ使えねー」

 

「税金泥棒だって」

 

 あっはっは、と昇降口で笑う生徒達。猟奇殺人事件は、二日連続で起こった。また、女性が殺されたのだ。再び起こった猟奇殺人事件の犯人は、誰が呼んだか巷で「ニュー・ジャック」と呼ばれるようになっていた。

 

 生徒たちがたむろしていた時、ゴォン!と、近くで鉄のぶつかる大きな音がした。その音に、周りが静まる。

 そこには、傘立てを蹴り飛ばして壁にぶつけたクリス・ド・レイが居た。

 

 その時生徒たちは地雷を踏んだのが分かった。「レイ」家は、ロンドン警察の重役だ。クリスは、そのレイ家の娘。

 彼らは、「レイ」家を知らず知らずのうちに馬鹿にしていた。

 

「あら、申し訳ありませんわ。つい、足が滑ってしまいました」

 

 声は平常でいながら、しかし。その顔に一切の笑みは無く。ただただ無表情のクリス・ド・レイがそこにいた。

 

 クリス・ド・レイは「黒魔女」と呼ばれて有名だ。巷で争いがあれば顔を突っ込みたちまち解決させる。その正義とも偽善とも取れる彼女の姿勢から、人々からは賞賛と恨みの両方を買っている。

 

 が、恨みを持つものも彼女に手を出すことはできない。なぜなら彼女は「異能者」だから。ただの人間の少女とは違う、他者とは一線を画した存在がそこにあるのだ。

 

 失言をした男子生徒が直ぐに媚びへつらう。

 

「ち、違うんだクリス。俺たちは早く警察に解決して欲しくてな」

 

「はい?」

 

 その男子生徒にクリスは早足で歩み寄ると、クリスはその手で男子生徒の肩を壁に押し付けた。男子生徒は苦痛と恐怖に顔を歪める。

 

「クリス、ですか?違いますね、「レイ」さんですよ。誰ですか貴方、馴れ馴れしく呼び捨てにしないでくださいませんか」

 

「いや、俺、クラスメイト……」

 

 普段とは一変して雰囲気の変わったクリスに対して男子生徒は恐怖で腰が抜けたのか、その場にへたり込む。いつもとは違う彼女の姿に周りは驚愕し、辺りは静寂に包まれた。

 

「力無き者が何も知らず吠えないでいただきたい。無知も、無力も「罪」なんです。私ら強者にとって弱者は守るべきものですが、文句を言われる筋合いは無いのですよ」

 

 クリスはそのまま他の者を無視して教室に向かっていった。昇降口には、安堵が訪れる。まるで嵐が過ぎ去ったかのように。

 

 しかし、クリスの腹の虫は収まらない。

 

 何がニュー・ジャックだ。警察が無能だ?ふざけるな。レイ家は名家だ。他者に遅れを取ることはない!

 

 クリスにはプライドがあった。名家として、異能者として。他者の上に立つのが当然の存在。馬鹿にされるのは許せない。家族が馬鹿にされるのも、自分が馬鹿にされるのも「レイ」が馬鹿にされるのも嫌なのだ。

 

 クリスは知っている。自分の先祖に、英雄から道を踏み外して外道に成り果てた者の存在を。親から幾度となく聞かされたおとぎ話、「ジャンヌとジル」の物語。

 どんな人間でも、となり合わせで「邪悪」が存在する。だから、クリスは飲まれぬよう「正義」を掲げる。自分は正しいのだと、悪を許さない。自分が悪に染まらないために。かつての先祖が犯した過ちの、二の轍を踏まない。だからこそ、クリスは悪に対して過敏になる。この世の邪悪は、すべて排除する。

 

 それがクリス・ド・レイという人間を作りたらしめる圧倒的に強い自我(エゴ)だった。故に彼女は正しくいられる。彼女は、強かった――

 

――岡本光輝が空を見上げる。雲行きが怪しい。

 

 特にする事もなく今日も公園で読書に勤しむ光輝。だが、一雨来そうだ。本を肩から掛けた鞄に仕舞い込み、帰り支度をする。

 

 すると、近くによく見かける人物が居た。いつもより大分早い時間だが、それは紛れもなく「黒魔女」クリスだった。どこか、難しそうな顔をしている。

 

「……よう」

 

 声を掛けようか掛けまいか迷ったが、知っている人に挨拶をしないというのもアレなので一応挨拶しておく。こうしておけばこちらが悪いことなどない。

 

「どうも」

 

「どうした、元気なさそうだけれど」

 

「ふふっ、そう見えるかしらね……ならきっとそうなのよ」

 

「……?」

 

 いつもと比べて様子がおかしい。何か悩み事でもあるのだろうか。聞く気はないが。

 

「……ねえ、修学旅行生徒の中に貴方意外に異能者は居るのかしら?」

 

「いや、俺だけだと思う」

 

「そう、それならいいわ」

 

 しばし起こる沈黙。少ししてクリスはまた口を開いた。

 

「もし、貴方が腕の立つ方だったら……いえ、なんでもないわ。ごめんなさい」

 

「いや、構わない」

 

「それじゃ」

 

 いつもよりも短い会話を終えると、クリスはさっさと帰ってしまった。何が言いたかったのだろうか。

 

 それを皮切りにするかのように、ポツ、ポツと雨が降ってくる。

 

「……まずい、ホテルに戻るか」

 

 光輝はホテルに向かって走った。クリスの事が気にならないわけではなかったが、所詮他人だ。すぐに頭を切り替えてホテルに戻ることだけを考えた。

 

 光輝がホテルに帰る途中で雨は本降りに。他の生徒も既にホテルに戻っていた。

 

 光輝は自室でシャワーを浴び、着替えをし、晩食のバイキングの時間になると食堂に集まりまた終礼が始まった。が、今日の終礼はいつもと違った。

 

 先生から言い渡されたそれは、残りの二日間の外出禁止との事。

 

 それは賢明な判断だ。ここにいる誰かが、いつ猟奇殺人事件の被害者になるかもしれない状況で、外出許可は降りない。当然の如くまだ明日1日は本来遊び放題であるはずの生徒たちからはブーイングの嵐だったが、それが取り消されることはなかった。

 光輝は大人しく部屋で読書をする。おそらく明日も、光輝にとってやることは変わらない。

 

 雨音が五月蝿くていまいち集中できない。同じページの同じ行を、何度も読み返している気がする。

 

 ……迷いがあるのだろうか、俺は。一体、何に?

 

 自分でもわからなかった。いや、わかっていたのかもしれない。だが、それに気づかないように、視えないようにして、そっと蓋を閉めた。

 あと二日すれば日本に戻れる。それでいいじゃないか。ニュー・ジャックがどうした、自分は蚊帳の外だ。関わることじゃない。自分は何も知らない、何も出来ない。仕方がない。

 

 集中出来ない読書を止めて、ベッドの上に転がる。眠気はない。ただ、こうしているだけだ。そうすればいつか眠って、朝起きたら何でもない一日が始まって。それでいいじゃないか。何の不満も無いだろう。

 

 理解(わか)れよ、光輝(おれ)

 

 いつまでそうしていただろうか、気が付けばもう深夜だ。眠れない。が、背後霊が目の前に浮かぶ。

 

『客人ぞ』

 

 ムサシが言った。違和感を感じて窓を見やる。外の雨はいつの間にかあがっており、夜の黒を濃密な霧の白が塗りたくっていた。月の光は街に届かない。その中に、霧とは違う白い靄を見つける……いや、それは「幽霊」だ。

 

 光輝はムサシを憑依させて慎重に窓を開ける。すると中に入ってきたのは、中年の見た目の幽霊だった。

 

「……何の用だ」

 

 光輝は問う。もしかしたら、光輝は切っ掛けを待っていたのかもしれない。自分の行動を正当化する何かしらの切っ掛けを。

 

『夜分遅くにいきなりで済まないが、私が視える君に頼みがある。クリスを、助けて欲しい』

 

「話を聞かせろ」

 

 それは、待っていた切っ掛けとしては十分すぎるものだった。


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