新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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外伝 大罪王の今日から始めるサムリーマン!!3

 開幕はいきなりだった。お互いが名乗りを挙げた瞬間に足を踏み出し、接近。すぐさま距離が詰められ、鍔迫り合い。

 イオリの右手が左腰に帯刀された上向きの刀を居合いの要領で引き抜き間合いに入ったアルトを両断――出来ず、アルトはそれを自分の刀で弾き、直ぐ様イオリは次の動きへ。弾かれた左腰の刀は納刀のモーションへ移りその動きと同時に左手が右腰の下向きの刀を抜く。刀がアルトを捉えようとした。

 

二刀(にとう)……よいぞ!」

 

 イオリ・ドラクロアは二つの刀を腰に帯刀している。その理由は、決して「二刀流」などと言う伝説の「シロモノ」を可能にする為なんかではない。常人が使えばそれは「イロモノ」になる。イオリはもっと現実的に物事を見ていた。

 

 「二刀流」というのは、それぞれの刀を独立させて、かつその一つ一つを一刀の威力を出して動かせるからこそ意味がある。それは、人間の動きでは無い。

 イオリ・ドラクロアが駆使する「二刀」の「一刀流」というのは、もっと考え方が単純なのだ。「動かすのは一本でいい」、「それを絶え間なく」「まるで二刀のような速度で」「一刀流の威力で」相手に打ち込む……これがイオリ・ドラクロアの考え。

 片方の刀を抜いたら、もう片方は納刀のモーションに移る。絶え間ない居合の型、この剣術に必要なのは一刀を最大の威力で振る為の「積み上げられた肉体」と、もう片方の刀を寸分の狂い無く納刀する「積み重なった感覚」。現実主義(リアリスト)なイオリが追求した、隙の無い生き残る為の剣術。その名、「二式(にしき)一刀流(いっとうりゅう)」。

 

 アルトの刀は一本。対応に追われ、アルトは浴衣の懐から紫色の気のカタマリをイオリにぶつける。狙いは刃で無く、その横っ面。

 僅かに逸れる軌道。切っ先が、ほんの少し。アルトの長い黒髪を掠め取る。しかし、そんな事は些細な問題じゃあない。アルトの本命は、今一瞬。奪えるとするなら、この瞬間――

 

「んがッ!?」

 

 瞬時、アルト宙を仰ぐ。空の夜、降り注ぐ雪が視界に入り、そしてそのままバク転して雪の上に一本刃の下駄を突き刺して立った。目の前には、体勢を立て直しているイオリ。直ぐに次撃が来るだろう。

 

 ゴキッ、ゴキッと首を横に振って鳴らすアルト。今、何が起きたのか……肉眼の端で確かに捉えていた。イオリ・ドラクロアは斬撃のほんの僅かな隙間を、足で補った。アルトの目には映りこんでいた、反応こそ出来なかったが……。

 

 Somersault(サマーソルト)。イオリ・ドラクロアはバク転しながら巨体から遠心力を加えて最大限に威力の乗ったトゥー・キックをその小さく可愛らしい少女の顎にブち込んだ。人間なら即死だろう。

 

 勿論、人間なら。イオリの目の前の少女はピンピンしている。

 

「パフォーマンス中申し訳無いが、吾輩の肉体は特別性だ。吾輩が完成させた「存在の証明(アルス・マグナ)」――その名も「卑屈な万魔殿(リトルパンデモニウム)」。内包された72通りの「聖者の禁法(スペル・オブ・ソロモン)」が内一つ、吾輩を守る障壁……それは」

 

 アルトが笑いつつ、ご自慢そうに手を広げる。その身体(からだ)から紫色のオーラが滲み、溢れ出してくる。

 

天邪鬼(あまのじゃく)。プラスをマイナスに、光を闇に。吾輩へのダメージは全て、回復になります」

 

「説明ご苦労」

 

 アルトが解説中にイオリ、駆ける。雪の上を、摺り足で滑らず最速で走った。二本の刀は納刀されている。そして飛び込み、距離数十センチメートル。アルトは持っていた日本刀の鞘を何処かから取り出して――

 

時雨(しぐれ)

 

 納刀。その瞬間、世界が……、いや、この「一帯」。その空間だけが切り取られたかのように、空の雪ですら、時間が静止した。動いているのは、たった一人だけ。

 

「3秒、あれば充分ですな」

 

 トン、トンと術者であるアルトはイオリに背を向け歩き出した。再び引き抜かれた刀は黒い靄を纏っており、その様はまるで妖刀のように。

 

「さあ、その罪を喰らうがいい」

 

 アルトが立ち止まり、刀を地面スレスレまで下ろす。そうすると、刀の靄が……まるで死神の鎌みたいに姿を形どるじゃないか。その刀を、アルトはイオリに振り返るように思いっきり振るった。

 

「――禍叢雲(まがのむらくも)

 

 ジュガン。静止した時間の中で、衝撃の音だけがエコーする事なく鳴り止まる。

 

 回転し、再びイオリに背を向けたアルトは誰に聴かせるでもなく静かに言葉を紡いだ。

 

「よい、よいのだ。吾輩は何もお前を取って食おうって話では無い。今一度、手を取り合って。共に歩めたらそれでいいのです」

 

 そして3秒が経過し、再び雪が空から降りる。吾輩の勝ちだな。と振り返るアルトの目前には右刀を振り抜くイオリ・ドラクロアが。

 

「なにぃィィィィィィィ!??」

 

 昔と違う事がある。それは、今のイオリ・ドラクロアは能力者だと言う事を。その能力は「サイレンサー」……衝撃と音を無効にする能力。止まった時間の中での鎌の一撃は、ノーダメージだった。

 

 余りにも想定外な出来事に仰け反ったアルトは、故になんとかその左手を差し出しただけで済んだ。ボトリ、地面に可愛らしい左手が糸を引いて落ちる。アルトの左腕からは黒い粘膜のような、砂のような……人間のそれでは無い体液が流れ落ちた。

 

 勿論、鴉魔アルト。邪神である彼女がその程度で終わる訳が無い。

 

「……ッ、フン!たかが腕一本くれてやっただけの事!!直ぐに再生が始まって……」

 

 アルトの体は急速な自己再生能力がある。だから直ぐに落ちた手が戻って来て……無い。

 

「ぬぉほほほほほほ―――ッッ!!??」

 

人は何れ死ぬと知れ(メメント・モリ)

 

 変な笑いが込み上げてきた。今度は左刀により右足が切り裂かれた。足が宙へと放り出され、ドサリ。地面に尻餅を付くアルト。

 

 二刀を納刀したイオリ・ドラクロアがアルトの前に立った。納刀された筈の刀が、鞘越しに光を放っているのが分かる。左腰の刀は赤黒く、右腰の刀は青白く。

 

 そんな……?浄瑠璃(じょうるり)製の妖刀と霊剣……!!何処でそんなものを……!それもなんて圧!!!

 

 チィン。金打の音。それを合図に、少女に注がれる青年からのありったけの殺意。

 

「二式」

 

 あ、これ死ぬやつだ。

 

「ままま待て待て待て、まーってよイオリくぅーん!アハハハハハーーーッッッ!!」

 

 鴉魔アルトは涙目になりながら、残った右手で刀を放り捨て、イオリの方に向けてストップのジェスチャーを送った。

 

「負け、吾輩の負け!降参である!故、のっ!どうだ、ここらでお開きにしては……!!吾輩殺してもええ事無いぞ……!!吾輩はイオリと仲良くしたいだけ……!!なっ……?」

 

「……成る程」

 

 構えを解いたイオリは、その場に姿勢よく立ってふと夜空を見上げた。

 

「俺を怨みで殺しに来たと思ったが……違ったか」

 

 殺意が一気に霧散したのを感じ取ると、アルトはホッと胸をなで下ろした。


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