新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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外伝 大罪王の今日から始めるサムリーマン!!

 凍てつく雨が降り頻る夜の山。男――青年、イオリ・ドラクロアは、衝撃により地面を転がった。

 

 軍用の迷彩服に泥が跳ねて染み付く。急いで体勢を立て直す。直ぐに両腰に携えた二振りの日本刀の柄に手を当て、体勢を立て直した。

 

 ……「姿勢」。この形で無いといけない。十年戦ってきてなお、未だ未熟な自分。そんな自分がこんな相手(・・・・・)と戦うには、せめてでも、型にはまっていなくてはならない。平然動作(ルーティン・ワーク)。いつだって勝利を呼ぶのは、日頃からの積み重ねだ。

 

 乱れる呼吸、多分、恐怖。目の前の存在に対しての怯えを感じたイオリは、だからこそ。落ち着きを取り戻さなければならない……この空間。俺だけの間合(せか)いだ。

 

「……人は何れ死ぬと知れ(メメント・モリ)

 

 チィン。彼、イオリ・ドラクロアは、二つの日本刀の鍔を鞘からほんの少し浮かせ、そして再びわざとらしく納刀した。――金打(きんちょう)(いにしえ)から伝わる、侍による約束の礼法。見栄を切る動作。

 

「笑止。吾輩という神にィ!死など在り得んのだァァァァァ!!」

 

 目の前の黒き異形――いや、傍から見れば只の「少女」。しかしその黒い長髪、青い瞳、身に纏ったボロボロの衣類、何よりもその……忌まわしき、とでも言うべきのような「姿形(カタチ)」。雰囲気。それが、彼女を只の「少女」でない何か……例えるなら「邪神」であると言わしめている要素であった。

 

 夜魔(やま)の国の邪神。コイツを倒せば、全てが手に入る。

 

 イオリ・ドラクロアは竜の巫女、預言者であり妻である女に告げられていた言葉を信じて、目の前の異形を倒そうとする。およそ人間には無理であるとされ彼に回ってきた貧乏くじではあったが、それでも彼は、皆を救えるなら。夜魔大国(やまたいこく)の人々の未来を手に入れる事が出来るなら、と。その身を燃やして戦っていた。

 

 イオリは摺り足によってぬかるんだ地面を進んだ。足を埋めず、滑らせず、最高峰の運び。目の前、僅か数メートル。

 

 焦りから手が震える。抜けるのか、俺が?――否。刺せるのか、俺が?――否。

 

 全てはやるしか無い。そう決めたイオリは、その刀を抜いた。

 

「二式・魔王」

 

 彼女を倒せば。国が助かる。それがイオリの使命だった筈だ。

 

 彼女を倒すことが、国を滅ぼす。まさか、そんな真実だとは知らずに――

 

――バスルーム。朝のトレーニングでかいた汗を熱いシャワーで流した青年イオリ・ドラクロアはバスタオルで筋骨隆々な巨躯にまとわりついた水分を拭い、温めの暖房で満たされたリビングへと出る。

 

 冬場の急激な温度変化は心臓に負担を与える。故に、イオリは温度調整に手を抜かない。ソファに置かれたトランクスタイプの下着を穿き(ボクサーブリーフだとモノが窮屈な為)、そしてグレーカラーのジャージをそのまま身に着けた。

 

 ……喉が渇いたな。そろそろ水分補給だ。

 

 テーブルに置かれた1リットルタイプの炭酸水の蓋を開ける。シュワッ、と小気味良い音を聞き、そしてそのペットボトルにそのまま口を付ける。ゴキュリ、ゴキュリ。水と爽快感が喉を流れ込み、体に水分を与えているのがリアルタイムで実感出来る。本当はウィルキンソンが一番なんだが、節約を考えるとスーパーで売ってる一本百円以下の物が財布に良い。

 

「……ふう」

 

 空になったペットボトルを蓋とは別に資源のゴミ袋に入れ、今度は冷蔵庫を開けた。

 

 今日の晩飯はアンガス牛肩ロース肉のステーキだ。添え物はキャベツと国産にんにくを炒めた物、使うのはヒマラヤピンクロックソルトとミル挽きのブラックペッパー。抜かり無く、メーカーはエスビー……ステーキを焼くときは牛脂、そしてフライパンに残った油で野菜を炒める。仕上げにはごま油を軽くかけてやると良い。最高の飾り付け(ドレッシング)だ……。

 

 夕食のヴィジョンを想定し終えたイオリは大きいスポーツバッグを背負い、戸締りを確認して家を出た。

 

 オートロック式の高級マンション。イオリ・ドラクロアに与えられた住居だ。駐輪場にて黒色のカゴ付きシティサイクルのロックを明け、それに跨る。

 

「行くぞマリス」

 

 自分の愛車の名前を呼ぶと、イオリは雀がまだ小うるさい朝焼けの冬の道を爆走した。時速30オーバー。これがイオリ・ドラクロアの通勤スタイルだ。寒くはあるが、着くまでには温まっているだろう。

 

 イオリ・ドラクロア。実年齢38歳。現在19歳(免許上24)。性別・男。身長188cm。元テログループ「シェイド」リーダー、現統括管理局(データベース)職員。

 

 かつて「大罪王」と呼ばれ、欲望のままに欲しいものを奪い、仲間と共にその名を世界に馳せた「ロイ・アルカード」の姿は見る影も無く普通の社会人としての生活を送っていた。それには理由がある。

 課外授業のキャンプ中の新社会「イクシーズ」の学生達にテログループとして強襲を仕掛けイクシーズから金を奪おうとしたが、その生徒の内の一人「世界最大の不条理 瀧シエル」に敗北し投獄。幾つかの取引をして、イクシーズの犬として日常生活を送れる事を保証された。その際に能力によって年齢を若くされ、今はイクシーズの中枢である「統括管理局(データベース)」にてサラリーマンをしている。事実上の第三(・・)の人生。

 

 統括管理局の駐輪場に自転車を止めると、職員用のICカードで裏口から入り、そして更衣室にてジャージから汗をタオルで拭いて黒色のスーツに着替え、警備用の武器を装備し、そして正門前に立つ。朝七時前、適当な時間だ。

 

 ザン!!統括管理局正門に二人の黒いスーツの男が立つ。一人はイオリ・ドラクロア。両腰に一本ずつの日本刀を帯刀し、厳粛な佇まいでその場に在る。その放つ威圧感は言わずもがな。

 

 もう一人は短く切った白髪に細身な体の美形の男。統括管理局の職員……では厳密には無く、委託の警備会社「ヨコハマエンタープライズ」所属の警備員だ。その名を――

 

「おはよう、イオリ君。今日もこの僕、歌川(うたがわの)(はやぶさ)弌弐弎代(ひふみよ)君とお仕事だ。それって、素晴らしい朝だと思わないかい?うーん、プライスレス」

 

「ああ、おはようだなヒフミ」

 

 聞いての通り、滅茶苦茶長い。歌川鶻弌弐弎代。それが彼の名。長すぎてイオリはヒフミ、と三文字でしか呼ばない。

 

「ふふ、釣れない。そこがまた「いい」」

 

「そうか、それもいいだろう」

 

 黙っていればイケメンなのに、口を開けば残念。そんな男、貴方の周りに居ないだろうか?何を隠そう、この男、ヒフミもその内の一人なのだ。基本的に喋るとよくもわからずまるで阿呆のような発言ばかりを抜かす。果たして彼は、その顔を有効活用出来るのだろうか……?

 

「イオリ君、もしかしていつも通り失礼な事を考えていないかい?」

 

「答えはNOだ。お前の事を考えるくらいなら世界平和について考えた方がよっぽど有意義だ」

 

「なるほど、つまり僕の存在は考慮するに当たらないと」

 

「感が良いな、その通りだ。よく出来ましたをやろう」

 

「わあい、嬉しいな!」

 

 訳の分からないやり取りをしつつ、警備員としての時間は過ぎていく。

 

「……まあ、予想出来てたけど。今日も人が殆ど居ないよね」

 

「まあな。なんせ先日アレ(・・)があったばかりだ、統括管理局は内部だけでてんやわんやだろう。俺たち警備員には関係のない話だが」

 

「ははっ、むしろ楽でいいかもね」

 

「あまり大きな声で言うなよ?上に聞かれたら面倒だ」

 

 何気ない日常会話。そんな事をしていると、何処からが声がかけられる。

 

「こんちゃーー!巷で噂の「サムリーマン」てのは貴方の事ですかーー?」

 

 二人が声のする方向を向くと、其処には白金髪(プラチナブロンド)が特徴的な白い特攻服姿の青年が立っていた。それが誰なのかは一目で分かった。新社会「イクシーズ」で最も有名な対面グループのリーダー。「白金鬼族(プラチナキゾク)」の頭目(ヘッド)白銀(しろがね)雄也(ゆうや)。喧嘩を生業とする不良少年だ。

 

 イオリは頭を軽く掻くと、雄也の問いに答えてやる。

 

「多分そうだろ。それよりお前学校はどうした?」

 

 サムリーマン。どうもイオリ・ドラクロワは風の噂でそう呼ばれているらしかった。なんでも「統括管理局の玄関に帯刀したサラリーマンが現れた。間合いに入ったら、確実に()られる……!奴は現代に現れた侍サラリーマン、略してサムリーマンだ!!(弌弐弎代が流した噂)」とかなんとか。でも、そんな事より学生が平日の朝っぱらから道端をぶらついてる方がおかしい。

 

「いや、実は今日オールでして。学校行くのもダリーし軽くぶらついてから帰ろっかなーって話だったんですけど、ほら、昨日会った其処の子と話が弾みまして」

 

 そして白銀雄也は背後を親指で指す。其処には黒い長髪、あしらわれたピカケの花火の刺繍が特徴的な黒の浴衣、一枚刃の下駄という時代錯誤な、まるで日本人形……いや、雰囲気的には「座敷童子(ざしきわらし)」、それも邪悪な「座敷童子」といったイメージの少女?が佇んでいた。

 

 そして何よりも。イオリ・ドラクロアを襲ったのは、その既視感。

 

「あっ……」

 

「むぅ?」

 

 いや、そんなハズ(・・)が無い。奴が此処に居る訳がない。馬鹿じゃないか?だって此処はイクシーズだ。夜魔大国じゃない。

 

「おっ」

 

 少女が気が付いたのか此方に歩いてくる。いや、その一枚刃の下駄をアスファルトに鳴らしながら最早、走ってきている。

 

「えっ、ちょっ」

 

 ヒフミが戸惑っている事など知ったことではなく。つい、ここぞとばかりとイオリ・ドラクロアは左手で右腰の日本刀を抜いていた。

 

「っははははは!!」

 

 直後、飛び込んでくる少女。抜かれた刀は少女が突き出した右の手の平とぶつかり合うと衝撃で弾かれ、しかしイオリは能力「サイレンサー」によりその衝撃の殆どを受け付けずに納刀し次の動きへの準備へ。少女は勢いで後退しカツンと下駄を鳴らして地面に優雅に降り立った。下ろした少女の右手には黒い靄がかかっている。

 

「久しぶりだな、イオリ・ドラクロア……!吾輩だ!夜魔の邪神、鴉魔(からすま)アルトで在ります……!!」

 

 推定14歳程の見た目。青い瞳に、邪悪な雰囲気。間違えようもないその姿は、イオリ・ドラクロアが13年前に戦った、邪神だった。


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