新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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 シャカシャカシャカ……。

 いーい音だ。ああ、とても気持ちのいい。ベンチに降り注ぐ、最高のコーラスだ。

 シャカシャカシャカ……。

 蝉ってのは罪人の魂なのさ。十数年の牢獄を経て解放されたかと思いきや、その生命の有余は僅か七夜。天の河へとその身を焦がし、そして死に逝く定めなんだ。盆に戻ってくるんだよ、彼らは。そして、後に彼岸の華が咲く。閻魔様の繁忙期だよ……。

 藪から棒と言えばそうなる。ただ、思っただけさ……。

 欝蝉の時雨に囚われし現影なる残響――陽炎の中で、蝉はね。悲しいから哭いているのさ。

 ドントシンクフィール。人生を謳歌せよ、だっけな。

 何?オヤジギャグのつもりちゃうわ。

 ただ、何の意味も無い人生こそが、一番有意義な在り方かもな、と。

 我々は何処から来て何処へ行く?なあ――桜花(おうか)


EB:epilogue~✖✖✖✖の場合~

「おらは死んじまっただ~」

 

 コツ、コツと白衣に身を包んだ彼女は歩いた。

 

「おらは死んじまっただ~」

 

 暗い暗い道の中を、道標も無しにそれがさも当たり前かのように彼女は真っ直ぐ歩いた。

 

「おらは死んじまっただ~」

 

 自前のビームクボタンで自殺を図った筈の彼女、逢坂緑は確かにその道を歩いていた。

 

「地獄へ行っただ~……」

 

 そして彼女は立ち止まる。たどり着いた場所は一つの門。荘厳な彫刻があしらわれたそれはまるで「此処」と「何処か」を区別するかのように。

 

「線路は続くよ、何処までも……か。“ロダンの地獄門”とは、如何にもじゃあないか。おやおやまあまあ」

 

 死んだ筈の彼女は何故か此処にたどり着いていた。確かに死を意識した筈だ。自分の頭蓋骨が砕ける音を聞いた。脳味噌が弾け飛ぶ感覚も知った。そして、尚――彼女は何故か、此処に居た。

 

「さて、自分殺しではやはり地獄行きなのかね。賽の河原で石でも積むのかな。ふふふ、これが『死後の世界』か。……生前の謎が一つ解明されたな。死んでみた価値が合ったという物だ。これが答えか。さて」

 

 そして、彼女は足を踏み出して――いや、踏み出そうとして。その白衣の裾を後ろから引っ張られるような感覚。

 

「――待てっ!巫山戯んじゃねぇ!!」

 

「おや」

 

 緑はその体を振り返らせた。すると、其処には知っている人物が。とてもよく知っている人物だ。強いて言うなら――初めて好きになった異性、と月並みではあるが形容してみようか。

 

「岡本光輝くんじゃないか」

 

「そういうお前は逢坂緑だ……!!」

 

 額から汗を流し息を切らせていた彼は、さっきまで折っていた腰をただして緑に向き合うと、その両手で彼女の胸ぐらをつかんだ。

 

「聞いてねえぞ!!俺はっ、アンタを助ける為に……!全力でっ!!悲しいのが嫌だから!!」

 

「君が此処に居る……。おかしいな。私の「完全なるセカヰ(パーフェクトヘヴン)」の予測外だ。死んだのかい?」

 

「一月の激寒い海に投げ出されたからな……!!臨死体験でやってきた!今頃向こうじゃジャック(俺の切り札)が頑張ってるだろうさ……!」

 

「……風が吹けば桶屋が儲かる。butterfly effectという訳か」

 

 緑はその瞳で光輝の瞳をしっかりと捉え、言葉を紡ぐ。

 

「理由は決まっている。決まっているのさ。私が怪物になるのを防ぎたかった。それだけだ」

 

「……怪、物……。」

 

 光輝は困惑しながらも、彼の意思を崩そうとはしない。なるほど、少年の私への思いは本物だ。

 

「あのまま私が生きていたらね、殺してしまうんだよ。私の親友を、ね。だから死んだ。それが答えだ」

 

「そんな事、どうにか――」

 

「出来ない」

 

 いきり立つ光輝を、緑は、切り離すようにキッパリと、冷ややかな声で制した。

 

「当の本人が出来ないと言った。君は私じゃない。人は自分の世界でしか物事を見ない。私の事は私にしか分からない」

 

「……!!」

 

「いいじゃあないか、死ぬ時ぐらい選ばせてくれたって。私の命だぞ?こんな詭弁があってね、「お前が死を選んだ今日は昨日死んだ誰かが死ぬほど生きたがった明日だ」――って。知るかよ馬鹿。私の人生は他の誰でも無い、私だけが持つ権利だ。なら決めるのは私だ――」

 

「でもっ!!」

 

 瞬間、緑は抱きしめられていた。他の誰でもない、目の前の彼に。

 

「――」

 

 余りにもの予測不能に、面食らう。

 

「……そんな事言わないでください、嫌ですよ、知ってる人が死ぬなんて……」

 

「ならばどうと――」

 

「俺はっ!!」

 

 泣きそうな彼の声。分からない、なぜ私に執着する?君の何がそこまで君を縛り付ける??

 

「貴女をすごい人だって知っていた、思っていた……!話で聞く貴女、テレビで見る貴女、本で、新聞で見る貴女、目前で視る貴女……!その全てに、憧れていた……!なのに、どうして……!」

 

「……ふぅん、君の思い違いだ。私はただ頭が他の人間より発達しただけの変人だよ」

 

「それは、貴女の考えでしょ……!」

 

「なに?」

 

「最高の頭脳を持つ、イクシーズのトップ……!そんな凄い人が「変人」なんて括りで終わっていいわけがないんだ!」

 

 光輝は、嗚咽でかれそうな声を必死に絞り出した。

 

「頭の良い貴女が好きだっ、他人と違う価値観を持ってそれで進む我の強い貴女が好きだ、人前でも飄々としてペースを掴ませないニヒルな貴女が好きだ、綺麗な黒髪と可愛い顔の貴女が好きだ、天才という立場にかまけずスレンダーなボディラインを維持する貴女が好きだ、適度に膨らんだ胸の貴女が好きだ!!」

 

「おいおい、段々変態チックになってきてるぞ」

 

「そんな、女性として人間として魅力的な逢坂緑って人が、大好きだ!!!」

 

 相手の忠告など構わず、自分がそう思った全てをぶちまけた。今の彼に余計な事など考えている余裕は無い。いつだって、そう――岡本光輝は一人の少年にしか過ぎない。なら、凄い人達と言葉で渡り合うなら。その感情の全てを、ぶつけるしかない。これが彼のやり方。卑屈な少年の、精一杯。

 

「……まあ、まて。離せ」

 

「嫌です、離しません!!」

 

「恥ずかしいから離せっての!!」

 

 ガン!と、緑はその額を直ぐ近くの光輝の額にぶち当てた。

 

「あたっ!」

 

「……何処にも行かないから、さ」

 

「……すんません」

 

 光輝は、その腕を離す。さっきまでの感覚が名残惜しいが、彼女の言うことも最もで。よく見れば、緑はその頬をほんのり赤く染めて視線を斜めに向けている。

 

「……初めてだよ、そこまで思いをぶつけられたの。私を好きになる男が居るなんて思っちゃいなかったし、私が好きになる男が居るとも思ってなかった」

 

「?……あっ、そっ、それって……。」

 

「なあ」

 

 緑はその手を光輝の頭にポン、と置いた。あくまで彼女は年上だ。その「主導権(イニシアチブ)」は少しでもハッキリとさせておきたい。

 

「そして君は私に何を望む?もう死んだ身だよ、私は。なあ、君は私にどうして欲しい。この場で恋人の真似事でもしてやれば気が済むのか?それとも――」

 

「……。」

 

 光輝は濡れた目をバーテンダースーツの袖で拭い、その覚悟を緑に告げる。

 

「幽霊として、僕と一緒に来てください。僕と一緒に、この先の世界を見に行きましょう。絶対後悔させない、貴女が観れなかった筈の世界、この俺が視せて届けます!!」

 

「ほう?」

 

「俺と契約してください、逢坂緑!俺には貴女が視える!」

 

「そこまで情熱的とは……しょうがないなぁ」

 

 緑は、光輝に体重を預けると耳元で囁いた。

 

「私を退屈させないでおくれよ?私の主導者殿(マイドミネ)

 

「……!はいっ!!」

 

 そして二人は、光に包まれ地獄門の前から消え去った。


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