新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「ちわーっす」
ガラガラ、と音が鳴る戸を開ければ。中には狭めのカウンター席、目前には低い壁の向こう側に開いた万力のような独特の形の
「んでよぉ、私は言ってやったんだ。『私様に対する敬意が足りねぇ!!』……ってな」
「まあまあウケるネ」
席では三人の少女たちが串を持ちながら話をしている。その串に貫かれるは……「鳥の肉」。内蔵だとか、皮だとか。ひっくるめて、「鳥の肉」だ。
「ヤーヤー。お待ちしていました、シャイン。これで揃いましたね」
「ああ、遅くなって悪いな」
『あなた 追って出雲崎 悲しみの日本海……』
店内スピーカーから広がる懐かしい曲。仕事帰りのシャイン・ジェネシスは、友人達との新年会に来ていた。――
――NO ONE NO LIFE――
――グラスに入った氷と、少し朧げな透明の液体。白い割烹着の上から赤地に花柄のちゃんちゃんこを羽織った彼女、来雷娘々はロックの焼酎を口に少し含み、三嶋小雨の方を向いた。
「世の中に男が何人居るかしってるネ?」
「知るかボケ。いっぱいだいっぱい」
いつもの黒インナーに赤コート、黒のストッキングに紺のホットパンツ。串に刺さった「くだ」を齧りながらグラスに入ったビールを煽り小雨は答えた。
「そう。その通りネ。その筈なのに……」
タァン!!飲み干され氷だけが入ったロックグラスを木製テーブルに勢いよく置き、娘々は突っ伏した。
「なぁーーーんでこんなにも出会いが無いのにゃぁーーーーーー!!」
『あなたに あなたに 謝りたくて……』
「別に構わんだろ。死ぬわけじゃあるまい。人は一人でも生きていけるよ」
小雨は空になった竹串を、竹の筒に入れた。いくつも竹串が入った竹筒は、まるで武蔵坊弁慶の刀狩りの後のように。
「なあ?シャイン・ジェネシス」
そしてニタ付いた目をシャインの方に向けた。
「知るかよ。お前らがズボラなのが悪いんじゃないのか?」
シャインは向けられた視線など知ったこっちゃ無い、と自分のウーロンハイを頂く。つまみは鳥の心臓の刺身。これをごま油で行く。酒にとても合う。
「おーおー、釣れない。浮いた話は無いのかね
「お前んトコの弟子のガキぁどうなんだ。仲が良いみたいじゃねぇか」
「質問を質問で返すなと学校で教わらなかったのかニーニョ」
「ならハッキリ言ってやる。答えは
頬杖を付いて偉そうに口を聞いてくる小雨に対してキッパリと答えを投げつけ中指を立てて見せるシャイン。
「……好きな女は居るくせに足を踏み出せないからニーニョって言われるのにネ」
「あ゛あ゛!?」
「まあまあ。そう慌てなくても、きっとこれから素晴らしい人が見つかりますよ」
「……チッ」
娘々による小雨の援護射撃への反応は、ナナイに宥められた事によって静まる。シャインはナナイの優しそうな顔を見ると、不服そうではあったが矛先を失った。
「……素直じゃないネ」
「……うっせ」
『また君に 恋してる いままでよりも深く……』
「しっかし、まさか思わんかったよなぁ……この四人組で酒を飲む日が来るなんてよ。貸し切っちゃって悪いね、
小さな焼き鳥屋、「焼き鳥べんけぇ」。静かなオヤジさんと気さくなオカミさんの二人経営。客はこの四人だけ。三嶋小雨、来雷娘々、イワコフ・ナナイ、シャイン・ジェネシス。今日は貸切り、新年会シーズンとして無茶な注文ではあるが、身内だけで愉快に飲みたかったという小雨の考えだった。
「なに、小雨ちゃんのお願いは聞かねぇ訳にはいかんからな」
「ふふ、剣兵衛さんは小雨ちゃん大好きだもの。うちの子も可愛いんだけど、小雨ちゃんには叶わないわ」
「まあ、あの人は可愛いっていうか、怖ぇっていうか……いや、ほんとすまねっす。今度また武勇伝持ってきますんで」
焼き鳥の店主である剣兵衛と妻である黒翼は三嶋小雨にとてもよくしてくれる。なんでも、小雨の我道を往く大無茶な暴れっぷりが昔の自分達を見ていてとても楽しいのだとか。
――方やジパング最強の剣豪「倶利伽羅剣兵衛」、方や東洋の黒龍「
「武勇伝、ネーー……。私はあれが好きかな、ホラ、シャインジェネシスが初めてイクシーズに引っ越してきた時の話」
「ああ、アレですか……」
クピクピと可愛らしくコップに入った透明の液体を飲む緑のパイロットジャンバー姿のナナイは、それだけで全てを思い出していた。懐かしむように瞳を閉じる。
「あっ、テメエ!?それ持ってくるのはナシだぞ!!」
フッと思い出した後に直様驚いて娘々に講義するシャインだが、時既に遅し。味方は居ない。
「学校に来て早々ここの
「対面開始からその地に伏すまでの時間!なぁんと、まさかの――」
パァン!と小雨と娘々は空中で手を叩いた。
「「12秒!!」」
「うっせぇよ!!!」
満面の笑みの二人に対してがなり頭を抱えるシャイン。それはなんとも、恥ずかしそうに。栗色の髪から覗く耳が真っ赤だ。
「まあまあ、落ち着いてくださいシャイン」
ポンポン、と落ち込んだ背中を優しくあやすナナイ。
「ナナイ……おめえって奴ぁ……」
「若い時は誰でもイキがるものです」
「四面楚歌!!!」
『きび団子を忘れさせるわ トゥ・ナイト』
やはりこの場に味方は居ない。テーブルに置いてあった水のコップを取り、一気に飲み干す。これで、クールダウン――
「あ、それ――」
「……あれ?」
直ぐに頭があったかくなり、視界が揺らぐ。空を見上げると、そこでぐらついている。あれ、これ楽しいぞ。
クールダウンどころかヒートアップ。あっという間に気分がアガり――
……ドサリ。ナナイが気付いた時には遅かった。水と思った透明な液体は水ではない。ナナイが飲んでいた「スカイウォッカ」だ。その度数たるや――
「40度のストレートをイッキか。やるなブライト」
「アチャー……」
「んんぅ……シャイン・ジェネシスだ……」
小雨の声が聞こえているのか否か。シャイン・ジェネシスは最早、夢の中へ――
――シャイン・ジェネシスが不慮の事故で酔いつぶれ、仕方なくお開きになってしまった飲み会。
ナナイは自分が酒を迂闊な所に置いたからとシャインを家までおぶっていた。
街はすっかり夜に染まり。街灯が照らす帰り道を、ナナイはただただ歩く。
「くそ~~~、なめやがってぇ~~~。おれだってにゃあ~~、がんばってんらよ……」
誰に対しての言葉なのか、まともじゃない意識の中でそううわ言を呟くシャイン。それを聞いて、ナナイはフフっと笑った。
「ええ、分かっています。あなたは、がんばっていますとも」
辛くても、報われなくても、貴方が闇を抱えていても。でも、私はあなたを見ている。シャイン・ジェネシス、とてもひたむきな、頑張り屋の孤独な英雄――
雲が揺れる薄い月明かりの下、ひたひたと。ナナイはゆっくり、街灯に照らされてその足を進めた。