新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
風が靡く浅い夜。紫色の空、地平線の橙色を浅野深之介は眺めていた。夕焼け――時間的にはそうなるか。白髪化が進んだ短髪を風に靡かせて。イクシーズ内の病棟の屋上で、彼は、向こう側――「何処か」、何処でもない、「何処か」を見つめていた。強い風に、目を細めて。
「おっす。ここかよ」
「ああ、此処だ」
バタン、とドアが閉まる音。声の方を向くまでもない、誰が来たかは分かる。シャイン・ジェネシス――「閃光者」。自分と同じ「フラグメンツ」の一人、コード・フォース。
建物の屋上の淵、柵の前で。二人の青年は並び立って、幾多数多、建造物の向こう側、何処でもない何処かを共に眺めた。風の中で。……
「大団円、と。言えはしねーな」
「これで終わりか。けれど、問題はない」
「……ああ、全くだよ」
人の死。世界で言えば、別に。「珍しいことじゃあない」。シャインですらが、「よく知ってる」。たかが二人、この世界人口の遥か何十億にも登る内の、
「後味の悪い決着だ……」
シャインは柵に両腕を乗せ、ため息を吐く。
彼女。逢坂緑は、自らが持っていたビームクボタンでまさかの「自殺」を選んだ。シャイン達の目の前で。何もさせずに。何が、彼女をそうさせたのか。月の加護は無くなっていたはずだ。佐之の影響は無い。なぜ、彼女が……。
「なあ、日本における1年間の自殺数をしっているか?」
「……300人、くらいか?」
シャインは問う、深之介は答えた。……しかし、その差は歴然だった。
「3万人だ。それも、推測される数で、だ。全部カウントしちまうと10万超えちまうらしい。その推測数3万ですら他殺数300人の100倍だ」
シャインと深之介の問答。その実態に、浅野は静かに目を細めた。
「「死を選ぶ」。考えられねーと思うが、そうしたがってる奴はいくらでもいるって訳だ。俺にはわかんねーけどよ……。でも、そんなの……」
ダァン!!……。気が付けばシャインは柵に握りこぶしを振り下ろしていた。鉄が揺れ、音が響いた。
「ふっっざけんじゃねー……!!」
鈍く、喉の奥から捻り出した声を。シャインはその場で、静かに叫んだ。
「……夏恋さんへの伝言、」
逢坂緑は、今際の言葉を残した。それは、凶獄夏恋への言葉。恐らくそれが彼女の想いだったのだろう。
「あれでよかったんですか?」
「……ああするしかねーだろ」
シャインは、病室で療養する夏恋に彼女の言葉を曲解して答えた。「緑さんは、貴女の事を最後まで心配に想っていました」、と。その言葉を伝えられた夏恋は、遂に涙を堪えきれなかった。
「俺たちのやってきた事は間違いなんかじゃねー。真実を、あるべきモノとして、世界を平和にしていくんだ」
「……もし、だが」
深之介が、口をゆっくりと開いた。
「もし、俺が。彼女をあの時、追い詰めなければ」
「だとしても!」
シャインが深之介の方を向いた。その顔は、怒りと哀しみが混ざったような、苦虫を噛み潰したような顔で。
「そうしなければいけなかった。じゃねーと「
「……ああ。」
深之介は一度目を伏せ、そして、空を見上げた。
「そうだな……」
夜の明かりは、空を埋め尽くす白雲で遮られていた。