新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
心臓を貫かれ、後方の地面へと倒れゆく佐之・R・ミュンヒハウゼン。その様を、深之介はゆっくりと流れる体感時間の中で見送った。
右手が痛いどころじゃない。感覚が無い。焼き切れている。爆発に飲み込まれた。……でも。そんなことより。
フラついた深之介の身体が、肩に手を回す形で支えられた。いきなりの事にキョトンとするが、朦朧とした意識の中でもそれが誰なのかは判っていた。この場に居るのは他に一人しか居ない。
「Hey!ブラザー!!よぉーくやったァ、大金星だぜ!!」
「耳元で劈かないでくれ、死ぬ」
ミシェルが身体を支えてくれた。体がまともでないこの状況でそれは嬉しいのだが、如何せん五月蝿い。この場面でどうしてお前はそうも元気があるんだ。流石は特殊Sレート群だけあるか。
「……クローン達は良かったのか?」
「ん。佐之が死んだ瞬間一斉に止まった。もう心配ぁ無いさね」
ようやく意識して周りを見渡せた所、辺り一体には肉塊の地獄絵図が。その全てが、活動を停止している。
今は動きを止めているとはいえ、ミシェル一人でこれらを食い止めていたのか……。
右手に違和感。失った筈の感覚の場所に違和感が走った。気が付けば、無いはずの右手をミシェルがフリーの方の手で握りこんでいた。
「ちょっと痛いかもしれんが我慢してくれ、カルシウムの層だ。外に出るまでの繋ぎにはなる」
「ありがとう。痛みの方は無い、如何せん神経もろとも吹っ飛んだからな」
何を馬鹿な、とは思われただろう。右手が無くなろうと、そこに繋がっていた腕の神経はまだある。それが痛む筈だ。しかし、その痛みは自然と無い。脳内麻薬が痛みを止めているのだろう。
「……帰ったら精神ケア受けときな。じゃねーと「マトモ」じゃいられなくなる」
「ああ、わかっているさ。自分でも無理をしたと感じている」
アルテミスの加護……佐之のシンパシー。深之介の体の痣は無くなってはいるが、その脳内に影響が残らないと高をくくるには早い。出来るだけ早く、帰って――
『――……!!』
「お、おい!どうした?」
いきなり足をガクり、と落とす深之介の体重を支えていたミシェルは心配をした。チッ、後遺症か……!
「いや、大丈夫だ。大丈夫なんだが……」
ミシェルの腕から抜け出すと、深之介は足をよろめかせながら佐之の亡骸に近付いていった。
「……佐之・R・ミュンヒハウゼン」
腰をかがめ、その亡骸に触れる。お前は此処で死んだ。そう、死んだんだ。
その先に……お前は何を見た?お前にもある筈なんだろう、お前だけの答えが――
白衣から試験管が落ちた。中には、緑色の液体を保有している。
これは……?
「おーーーい!!生きてるかーーー!!!」
「おっせーぜ、もう終わっちまったよ」
声の方を振り返ると、其処には追いついた警察官達が。夜千代を始め、シャイン・ジェネシスにイワコフ・ナナイ。向こうもどうやら、大宮吾郎達の対応に終わった後のようだった。
「……ってうえぇぇぇぇぇ!!なんだこれ……!!」
「形状から想するに佐之・R・ミュンヒハウゼンの亡骸……コピー、いや、クローン……?」
暗い中を、近くに来てようやく状況を理解した夜千代と冷静に分析するナナイ。先行する二人を後から追いかけ、息を切らしながらシャインがミシェルに問う。
「……大丈夫だったんだな?」
「あー。それよりも、優先すべき事があるんだほら、休んでないで行くぜ」
黒髪をかき乱して、ミシェルはまだ奥に足を進める。
「逢坂緑の保護も優先事項だ」
そしてそれに続いて深之介。
「ったく……忙しい奴らだよお前ら!」
それに続いてシャイン、そして夜千代とナナイも足を先へと進めた。
「ぶはぁッッ!!!」
男――風貌からして「青年」は目を覚ました。場所はアパートの一室、居間。透き通る緑色の液体の繭に包まれていた全裸の「青年」は、繭の膜を突き破って外に出た。床に繭から弾け出た液体が広がる。
青年は指をぐっぱっ、と握り締める。周りを見渡す。思考する。私の名前は――「佐之・R・ミュンヒハウゼン」。
「ははっ!やったぞ!!「デジャヴ」だ!!!」
佐之は想定していた敗北の為の逃げ場を用意していた。イクシーズの地上、適当なアパートを他人名義で用意して、そこに自分の「クローン」を用意していた。それもその姿……推定「19歳」。およそ20年程前の姿。これが肝だ。
この姿なら、イクシーズの包囲網を掻い潜れる。
佐之は身体をタオルで拭き、予め用意していた衣服を着る。黒のカーゴに橙色のトレーナー。
準備は完了した。さあ、外に出よう。「仕込み」は済んだ。後は、その様子を外から見守るだけ――!!
「――」
――!?
衝撃!??佐之はフローリングの床を転がった。ドアを開けようとした。玄関のドアを、だ。そう、ドアを開けようと――
――両腕が無い。
「!!??」
錯乱の佐之。その瞳に、見つめた溢れ出る血の手首の向こう側に、本来なら見えない向こう側に。在るはずの手の向こう側に、男が立っていた。
その手に、両手に、「二振りの日本刀」を握り締めて。
「10年ぶり、だな。シャノワール」
地面には切り裂かれ三分割された玄関のドア、聳え立つは黒いスーツ姿の男。オールバックに揃えた黒髪、骨ばった輪郭、隆々巨大な体躯。左腰には上向きの鞘、右腰には下向きの鞘。それを脳内に焼き付けた瞬間、佐之の脳内には「諦め」しか浮かばなかった。
「は、はは……、貴様が何故此処に居るぅ……?「
男は二本の刀を納刀し……男、イオリは赤く染まったその瞳で佐之を見つめた。
「二度目の転生だ。俺は二回死んだ。だから今の俺はロイ・アルカードではない。今一度、イオリと名乗った」
「ははっ……!!死んだのなら寝ていろよ……!私の邪魔をするなぁァァ!!!」
手のない身体を、足だけで必死に起こした。大丈夫、この体には「電磁フィールド」ある。不意ならともかく、正面なら……!
「死んだのはどっちだ?」
一閃。右手が僅かに動いたのが見えた。その次の瞬間には左腰の納刀が終わり、佐之の左足は地面に転がり佐之は地面に血を撒き散らして尻餅をついた。
「あ……!あぁ……っ、電磁フィールドが……馬鹿な……!!」
佐之の疑問。電磁フィールドが通用しない。それも、その筈。
「俺に衝撃の類は効かない。お前への最特効という訳だ」
サイレンサー。「音と衝撃を無効に」。それがイオリの手に入れた能力。
「は……ははッ!!詰みか!!!」
「無論」
チンッ、と。イオリは納刀した筈の刀を、両腰に携えた日本刀を鞘と少しだけ離した後、再び納刀しわざとらしく鳴らした。「サイレンサー」を弱めて。
金打ち。古来から伝わる、約束の礼法。刀の鍔と鞘を音を立てて打った。この状況でのこの意味とは、「お前を殺す」という誓い。「見栄」を「切る」動作の一つ。
――この空間、俺だけの
「
「……神よ、私を」
瞬間、二閃。
「
その一時だけが、赤く燃え盛る濃密な刹那。
「神は人を救わない、神では人を救えない」
別れゆく、頭部と上半身と下半身。その頭は宙を舞いながら、瞳を閉じて笑っていた。
三秒後にはゴロンッと、音を立てて地に転がる頭部。
「とはいえ、野望を抱く雄というのは嫌いではない」
血の一滴も付かない刀を再度納刀し、イオリは軽く笑みを浮かべた。
「お前はそれでよかった」