新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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ニュー・ジャック

 朝、目を覚ました光輝は、見慣れない場所に居た。

 

 自分の部屋ではない。眠っているベッドにも違和感を感じる。部屋の内装も、家具も、何もかもが知らない物だ。

 少し考え、ふと結論に至った。それもそうだ。当たり前じゃあないか。

 

「ロンドン、か……」

 

 中学3年生岡本光輝は、イギリスの首都ロンドンに修学旅行で来ていた。

 

 朝起きて身支度をし、学校指定のブレザーで宿泊しているホテルの食堂に向かう。クラスごとの自由席のようだが、親しい友人も居ないので適当に座る。

 

 先生からの朝の挨拶と朝礼、それが終わればバイキング形式の朝食を頂く。飲み物が水かコーヒーかミルクしかないのだが、コーラが無いとか終わっている。一人で来ていたら絶対に頼まないバイキングだ。

 

 朝食が終われば社会見学。特に知りもしない他人と、有名どころを回るのだそうだ。来て3日目にしてなんだが、俺はなぜこの修学旅行に来たのだろうか。流れに身を任せたが、確実に失敗だ。来なければ良かった。いや、それはそれで2年かけて学校に納付した旅行の積立金がもったいないか。

 

 父親が死んで失意の内に、気が付けば親しかった友達とも関わらなくなり段々と心が影に侵され今に至る。中学を卒業すれば残った母と一緒に新社会(ニューソサエティ)「イクシーズ」という異能者の街に引っ越す事になっている。だから、今居る学校のやつらとはなんの心残りもない。むしろ、深く関わってしまってはそれこそお互いに傷つくだろう。

 

 だから、光輝は何もしていなかった。する必要がない。それが最善だ。

 

 社会見学が終わって、今日は自由行動。他の生徒がつるんで好きな場所を巡っているのに対して、光輝は公園を見つけてベンチで読書をしていた。秋の公園は木の枝の枯れ葉が風情を醸し出して良い。薄く雲が陰りを見せる空はこれ以上に無い心地よさだ。日本とはまた違った風景で、読書をするのが最高だ。こればかりは、修学旅行に来て良かったと思える。

 

「ねぇー、キミ日本人ー?」

 

 本を読み耽っていると、気が付けば3人の男に絡まれていた。見た目からにしてガラの悪い男達だ。やめてほしい。付き合っていては時間の無駄だ。

 

「……なんでしょうかね」

 

 光輝はベンチから立ち上がり丁寧に言葉を返す。まずは下手にでる。社会で生きていく常識だ。

 

「お金、貸してくんねーかなーって。修学旅行で来てんでしょ?お金持ってるよねー?」

 

 なるほど、カツアゲか。俺の大事な数少ないお小遣いをこんな奴らにやるわけにもいかない。

 

『坊主よ、蹴散らすか?』

 

 すると、脳内で聞こえる声。背後霊のムサシは好戦的だ。なぜなら、光輝の財布が薄くなればムサシもまた食事が貧相になるので、それは許すまいというムサシの思いがあるからだ。ムサシは食事が大好きだ。こういう時のムサシは扱いやすい。

 

「……やるか」

 

「あぁ?やるかだぁ!?」

 

 いきり立つガラの悪い男達。こいつらからすれば俺はただのひ弱な男子に過ぎないだろうが、ムサシをこの身に憑依させればこんな奴らどうとでもなる。問題にならないように、丁重に暴力を振るって退散していただこうか。

 光輝がムサシを憑依させてこの場を乗り切ろうとしたときだ。

 

「あら、喧嘩ですか?よろしくないですね」

 

 声がかけられた。その方向を向くと、そこには黒い長髪にブレザー姿の女子が居た。光輝の知っている制服では無い。現地の学生だろうか?心なしか、その女の周りは空間が歪んでいるように光輝には視えた。

 

「なんだ?お前」

 

 ガラの悪い男の一人が寄っていっていきなり女の胸ぐらを掴もうとした時だ。その右手がガクっと、触れる前に下に落とされた。まるでいきなり腕がとても重くなったように。

 

「なっ……!?」

 

「女性の胸元を触ろうだなんて、無礼なヤツだこと」

 

 女は逆に男の胸ぐらを掴むと、女性の力とは思えないように男を軽々と放り投げる。

 

「ってぇ……!」

 

 放り投げられた男は尻から地面に落下し、苦痛に顔を歪める。他の男二人は後ずさる。

 

 女は地面に落ちてた石を拾い上げ、ゆっくりと歩いて男達に近寄った。

 

「次は……潰してあげましょう。何を、とは言いませんが」

 

 女は冷たい笑みを浮かべ指で石を空中に弾き上げる。すると、その石は空中で見るも無残に粉々に砕け散った。男たちは青ざめる。当然だ、石を指で軽々と砕くなどただの人間がやってのける芸当ではない。

 

「コ…コイツ、「黒魔女」だ!おい、行くぞ!」

 

「マジかよ!?クッソ、ツイてねぇ!」

 

 男達は何かに気付くとその場を急いで逃げ出した。女は追いかけない。

 

「災難だったわね。怪我はないかしら?」

 

 にっこり、と微笑みかけてくる女。好戦的に見えて、なんとか友好的ではあるようだ。

 

「ありがとう、君のおかげで助かったよ」

 

 助けてもらったので礼を言う光輝。ムサシなら簡単にねじ伏せれる相手ではあったが、使わないに越した事はない。少女に感謝する。

 

「君、異能者だろ?」

 

 光輝は彼女の異質性を見て、異能者であることに気がついた。

 

「あら、おわかり?貴方、日本の方でしょ、私を知らないわよね」

 

「ああ。「目」だけは良いんだ、俺も異能者だから」

 

 光輝の目が彼女を見据える。さきほど彼女が石を指で弾いたとき、明らかに物理法則のおかしい力のかかり方をした。空中で上からと下から、両方から押しつぶされるような形で石は砕け散った。

 

「へえ、奇遇ね。私の名前はクリス・ド・レイ。「黒魔女」なんて呼ばれてるわ」

 

 自分の名を名乗るクリス。今はまだ彼女を測り兼ねる光輝だったが、名乗られた以上は此方も名乗り返さなければいけない。

 

「岡本光輝。修学旅行で来てる」

 

 自己紹介を終えた二人は、希に見る異能者同士という事で秋空の公園のベンチで語り合った。

 

「「超視力」……ね。なるほど、とても便利そうね」

 

 光輝とクリスはお互いの能力を教え合う。光輝の能力は、彼女の中でも興味深い物のようだった。

 

「便利ではあるがさっきみたいな状況では何の意味も持たない。君が通りがかってくれて助かったよ」

 

 これは嘘だ。超視力の副産物による「霊視」で光輝は本来より遥かに上の力を振るう事ができる。だが、この力を人には言わない。他者には視えない「霊」という概念だ、これは光輝が隠すことで光輝に利益を生むかも知れない。実の母にさえ、この事は言っていなかった。

 

「どういたしまして。あの程度ならワケ無いわ」

 

「それよりも君の「重力制御」の方がかなり凄そうだ。異名で呼ばれるなんて、皆が君に一目置いているのが分かる」

 

 黒魔女。彼女の異名らしい。さっきの男達もそれを気付いた瞬間、逃げ帰っていった。当然の事だ、強さの格が違う。言ってみれば念動力(サイコキネシス)のような物だろう、そんな能力を使う人間と戦って勝てるわけがない。

 

「ふふ、ありがとうございます」

 

 笑顔で返してくれるクリス。自分の能力が高く評価されるのはまんざらでも無いのだろう。

 

「あー、そろそろ時間か……じゃあね、レイさん。そろそろホテルに戻らないといけない時間だ」

 

 周囲が薄暗くなっていることに気付いて、ふと公園の時計に目をやると、いい時間になっていた。もう戻り始めないと、担当の先生にどやされる。修学旅行初日も、集合時間に間に合わない生徒がこっぴどく怒られていた。それからは皆過敏になっている。あくまで団体行動だ、集団の輪を乱してはいけない。

 

「ありがとう、岡本。日本の異能者とお話できて楽しかったわ」

 

「こちらこそ」

 

 日が落ちかけた公園でクリスと光輝は別れた。まさか他の異能者とこんなところで出会うとは思わなかったが、いいものが見れた。

 光輝には、他者の能力を見て楽しむ趣味もあった。人間にはそんな事が出来たのか、とついつい感心してしまう。それはまるで光輝の好きな小説や漫画の中の出来事が現実で起こっているようにも感じるからであった。

 

 ホテルに戻って朝の手順とほぼ同じ事をやる。終礼に、晩食のバイキング。終われば、部屋に戻って備え付けのバスルームでシャワーを浴び、寝巻きに着替えて読書をする光輝。ほかに何をする訳でもなかった。

 

 窓の外には、夜の帳が降りていた。階層が高めの部屋の窓から、ライトアップされたロンドンを象徴する時計塔「クロック・タワー」こと通称「ビッグ・ベン」が遠巻きに見える。月明かりの下のそれは、とてもいい眺めだ。

 

「……そろそろ寝るか」

 

 次の日もあるので、就寝の準備をする光輝。寝なれないベッドと枕が、とても息苦しい。寝付くまでに時間がかかった。

 

 翌日、ロンドンの街中を騒がせたニュースがあった。それは、「内蔵を切り抜かれた女性の猟奇殺人事件」というものだった。


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