新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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エモーショナル・バウンサー16

「わらわらわらわら……うっとおしいたりゃあらせんわ!!「泡沫に沈め(サイレント・ノイズ)」!」

 

『あ~~……あ~~』

 

 ミシェルは(かたど)った骨の偽骸人(ぎがいじん)から、ノイズを放った。脳味噌を揺さぶる骨振動の音波。辺り一帯に群がる佐之・R・ミュンヒハウゼンのクローンにそれは伝わった……ハズだが、効いている様子(・・・・・・・)がない。巨人ですら一瞬でKO(ノックアウト)の大打撃が、だ。

 

 ちぃッ!思い当たるフシはある!!

 

 人間は言うまでもなく脳味噌で考えて動く。これを停止させてやるのがこのノイズだ。けれど、もし相手が脳味噌で考えずに動いていたら。思考でなく、反応でなく、反射で。佐之の能力「シンパシー」、これがクローンを動かすトリガーだったとしたら。そりゃ、脳味噌を揺さぶった程度で動きは止まってくれない。

 

 ならば、やるべきは佐之を倒すこと。将を射んと欲すればそのまま将を射よ。単純明快、であるが……。

 

 佐之と交戦する深之介。状況……微妙に不利、か。ならば、もう。ノイズでこの一帯をまとめて……?

 

 ミシェルは襲いかかるクローンを偽骸人で吹っ飛ばして、かつ思考を止めない。クローンの肉片が、赤い液体と共に周りに飛び散った。ありゃ、ただの「タンパク質」だ。心無き肉体を「(ヒト)」とは言わない。

 

 無理!ミュンヒハウゼンが電磁フィールドを展開している以上、奴の脳内にノイズが届くっていう補償がない!そうだった場合、浅野深之介も巻き込む事になる!それが一番辛い!!

 

 例えば、この場に味方が誰も居らず、ミシェル一人だった場合。その能力により周り一体を吹っ飛ばす事が出来る。それがミシェルの能力。LA(ロス)の悪魔、辺り一帯にLOSEを振り撒くグレムリン。故に、問題が起きる。

 ミシェルがもし、自分が死ぬと判断した場合。生存を第一優先にする。その時は能力を惜しみなく行使する。どれだけ周りを壊してもいい。そういうタガを、頭の中で外せる。

 

 けれど、今はそうじゃない。

 

 勝ちがハナから決まっているゲーム。統括管理局は負けない。それだけは分かっている。有象無象の処理、平常運転。今はその為の(ツめ)の場面。損失を最低限にしなければいけない。今は時間稼ぎでもいい、けれど。損失は最低限で。糞。こんな几帳面な戦場、アタいにゃ向いてねーんだよ統括管理局め。

 

 故に、落ち着く。一度外したタガは、ハマらない。外れたら……少なくとも、地下繁華街を全壊にしてしまえる。別に街は良い。安い。けれど、統括管理局が観る「能力者」ってのは、そうはいかない。人一人、うっかり殺してしまったじゃ、事故じゃあ済まない。その損害はデカすぎる。今は、まだ、その時を……!勝機は悪くねー、五分と言わずとも、四分……!いや、三……。

 

 ミシェルがクローンに対応している途中だった。深之介が吹っ飛ぶ。地を転がり、直ぐに体勢を直す。が、異変に気付く。

 

 カチッ、カチッ。

 

「……!」

 

 深之介、表情が強張る。それまで少しは涼しげがあったように見えたその顔に、一気に陰りが押し寄せた。その理由は、直ぐに分かったのだ。

 

 手の中のビーム・ネイルが起動していない。

 

 目の前にミュンヒハウゼンが、とても涼しげな顔で歩み寄っていた。

 

「私はね、人工的に能力をもう一つ持っている。脳内にチップを埋め込んでね、簡単な物さ。「電力の操作」だ。君のバグナクのバッテリーを奪った。さあ、ここから君はどうする……?」

 

 電力の操作。なるほど、合点が行く。電磁フィールドの展開、というか。その可能性は考慮しておくべきだった。チッ、悠長に出来ねーじゃねーか!

 

 ミシェル、瞬時硬直。もし、このまま深之介が一方的に嬲られるというなら。ミシェルは佐之に向かう以外の方法が無くなる。「深之介を生かしたまま佐之を倒す」という選択肢が無くなる故だ。ならこの状況一切合切無視して屠った方が「安い」。ミシェルがクローンに対応していたのはこれを深之介に近付けないため。乱戦になれば、深之介を殺す自信があった。どう見積もっても守れない、巻き込むしかない。故に。

 

 その瞳を「暗闇」に染めて。ミシェルは深之介を伺った。準備が出来た。その時が訪れるようなら、ただの「タンパク質」と「カルシウム」に変えてしまう覚悟が出来ていた。次に深之介が吹っ飛んだ瞬間、スイッチは入る。

 

 否。吹っ飛んだのは佐之だった。

 

 近づいた佐之の電磁フィールドを、深之介は殴り抜いた。あろう事か、素手で。深之介はその場に腰を据えて立つ。

 

「俺の本能は……「生きること」だ」

 

 ボロボロになった上着を、汗を吸ったシャツを。不要だろうということか破り脱ぎ捨て去った。

 

「……!」

 

 きょとんとしたミシェル、刹那。満面の笑み。綺麗な白い歯が覗く。思わず笑いが止まらなかった。

 

「生きること、戦うことが……俺の本質(センス)だ!」

 

 その肉体には痣が刻まれていた。月の兎の紋章が、上半身にくっきりと。彼は受け取ったのだ。佐之を倒す為に、彼のシンパシーを。


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