新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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 男は強さという物に少なからずの自信を抱いていた。

 柔道・空手共に黒帯、剣道二段。街中で吹っかけられる対面にも勿論答える。レートBではあるが、そこいらの能力者相手にでもおよそ勝てる。勝てないのはAレート上位勢、もしくはSレート等の規格外ぐらい。バッサリ言って、それら全部まとめて「人間じゃない」。

 人間という範疇でなら俺は強い。比べる対象が違う。彼らは夢の世界の住人、男は現実の世界に住んでいた。

 それでも、俺は――

「っく、あああ……」

 暴走しだした「実験体」。統括管理局は実験を進めていた、不可能を可能にする為の実験。

 作ろうとしていたのは、「シュヴィアタの民」のクローン。貴重なサンプルを元に作られたそれは、確かな完成度を持っていて……。

 けれど、それが言う事を聞くとは限らない。

「応援を寄越せ!警備、警備を!!」

 班長の怒声が響く。実験は失敗だ、実験体を破棄しなければいけない。こんな時こそ、立ち向かえるのが俺だというのに。

「ああ、あああ……!」

 腰が地面を這って足が動かない。「死への恐怖」。

 暴走した実験体と目が合う。あ、駄目だ。俺は死んだ。――その時、確かに戦うという意思は死んでいた。

「おーいおい、新入りの挨拶参りに来たのになんだいこりゃあ。統括管理局の警備はどうなってんのぉ」

「……危険が香ります」

 ザッ、と地を這う男の前に立つスーツの二人。短い金色の髪が美しい青い瞳の少女……どう見ても「少女」と、ボサボサで手入れが行ってない髪と髭の男。そんな二人だった。

「えっと、「いわこし」の「ななし」さん、だっけ。とりまテストといこっか。あれ、やれる?」

「「岩越(イワコフ)」の「無々(ナナイ)」です。答えはYesです、やれと言われるのであれば」

 直後、男の目には「白昼夢」が映る事になる。現実と夢、どれだけ混ざらない世界であっても。その光景に見蕩れて、手を伸ばしてしまいたくなる程の――


エモーショナル・バウンサー15

「ちぃッ……!キリが無ぇなァ!!「ブレードサークル」ッ!!」

 

 シャインが敵陣に飛び込み、自分の周りに飛ぶ「光の剣」を円形に振り回した。シャインを中心に回りながら月の兎達に向かって広がっていく。

 

 その一本に夜千代が飛び乗り、その上で雷の槌「武甕槌(たけみかづち)」を豪快に振り回した。辺りの月の兎を弾きとばす。警察官達はそれを必死に反応して避けていた。乱戦ではもう「当てない」というより「当たらない」ように避けてもらうしかない。

 

「とりまナナイさんに吾郎のゴミクズをぶっ飛ばしてもらってから……って、この連絡、管制塔から……?」

 

 光の剣から地面に飛び降り手を付いて着地した夜千代の耳に入ったのは、インカム越しの管制塔の連絡。あれ、これって……。

 

 瞬間、夜千代はシャインの方向に走っていった。シャインも夜千代に向かっていき、また警察官達も交戦を止めて彼らの方へ。皆聞いたようだ。ナナイはお構いなしに吾郎と殴り合っている。耳に入った連絡とは。

 

「おい!俺の後ろに隠れろ!!盾貼れる奴は前に出なァ、「魔王」が来る!!」――

 

――地下繁華街東区、入口のほんの手前。瀧聖夜が放つ光の領域「小さな聖域(リトル・サンクチュアリ)」の中で佇む一人の男が居た。人はたった二人きり、周りには他に誰も居ない。

 

 くたびれたコートを身に纏った警官服の男。身長は大きめ、頭部は少し寂しく、髭を軽く乱して揃えた渋みのある面持ち。年齢は推定で40の後半。左手には鞘に入った日本刀。名を「オービタル・ノブナガ」と云う、その現物(オリジナル)

 

「英雄一人居りゃ充分」

 

 詠うは名乗り。その男は誰に聴かせるでも無く、唯言霊を綴った。

 

「並ぶ奴あ二つと無し」

 

 放つのは、「鬼迫」。まるで、鬼気迫るような気迫。

 

「三文芝居は要りゃしねえ」

 

 安全地帯の中で、近付く事を許されぬような世界が其処に生まれて。

 

「四の五の言わずに(こうべ)を垂れろ。大六天(だいろくてん)――」

 

 男、天領(てんりょう)牙刀(がとう)は鞘に入ったままの「オービタル・ノブナガ」を。

 

「――「魔王(まおう)」」

 

 右手で鍔ごと鞘と柄を握り締めて思い切りの「大見栄切り」を目前の虚空に放った――

 

――見えない「何か」。その何かが地上を飛び、地下繁華街全てを襲った。

 

 瞬間、防御壁を持たない月の兎達が一斉に弾け飛んで倒れた。東を向いて目の前に光の剣で壁を作ったシャイン達は、そのプレッシャーを大いに受けながらもなんとか意識を繋ぐ。

 

 光の壁を崩したシャインが、一気に息を吐いた。心臓が大きく脈打っているのが自分でも分かる。これは、「恐怖」だ。

 

「っぶはぁっっ!!あのオッサン、無茶しすぎだろ!」

 

 シャインの肩に手を置いて後ろにひっつき、シャインを身代わりにしていた夜千代は少し余裕を持って笑った。

 

「ふう、パねぇ……。何処まで離れててもお構いなしとか意味不明すぎっす」

 

 そう、天領牙刀の「大見栄切り」は、その姿が見えてなかろうが口上が聞こえていなかろうが障害物越しだろうが、「お構いなし」だ。横の軸が合っていれば、盾が無い限り意味が無い。それを、安全地帯から放った。地の果てまでを統べる威圧感。

 

 圧倒的な生命感(スリル)の侵略。それが彼の「大見栄切り」だ。

 

 これが、統括管理局が出した天領牙刀の出撃条件。完全な安全地帯からの敵の殲滅。ローラー作戦で敵を引きつけてからの、さらに瀧聖夜の「小さな聖域(リトル・サンクチュアリ)」内からの念に念を入れた一撃。

 事実、これで月の兎の大半は片付いた筈だ。しかし、まだ重要な敵が残っている。

 

 二人きり、別次元の戦いをしていた吾郎とナナイ。「魔王」をモロに受けて、尚立っていた。

 

 シュウゥゥゥゥ……。肉が焼ける音。吾郎は苦しそうにしつつも、笑っていた。

 

「フフ……!牙刀さんも慈悲深い人だ、大方鞘付きのままに「魔王」を振ったのだろう。抜き身なら死んでいた……ククク、市民を殺しちゃあいけないからな!アハハハハハ!!」

 

「市民を人質に取って笑うとは、堕ちたな吾郎。いいだろう、引導を渡してやる」

 

 ナナイもノーダメージじゃ済んでいない、しかし痛み分けのフィフティ・フィフティ。このダメージはお互いにある。

 

 吾郎は背を向け、走り去ろうとした。ナナイがその背中を追いかけようとした時だ。

 

「待て――」

 

 その背中が消えた。ナナイは瞬時に気配のする方を見る。――空!!

 

「此処は逃げさせて頂きますよ……いくらなんでも分が悪くてねぇ!」

 

 吾郎は細かい空間断裂による移動を何度も行い、空を飛びながら高速で逃げて行く。方向は西、ミュンヒハウゼンに合流するつもりか。

 

「ラストダンスだ」

 

 ナナイ、地を飛び跳ねた。空を駆ける。飛び駆ける。高速で、吾郎が飛ぶよりもっと高速で。

 

「佐之、お前の力を貸せェ……!私は超える!なんとしても、彼女をこ、え……え?」

 

 空を飛ぶ吾郎、違和感。背後を少し、振り返る。嫌な予感は、的中した。

 

 シャインが放った「光の剣 星の宇宙船」の残骸を、蹴って吾郎に急接近してきた。

 

「ええええええええええ無理がある!!!??」

 

 僅かな残骸を足場に、蹴っては跳ねて、蹴っては跳ねて。

 

 例えば。水の上を走る方法がある。水の上に足を踏み出し、踏んだ足が沈む前にもう一つの足を前に踏み出すのだ。後はそれを繰り返すだけ。そうすれば、理論上では人は水の上を走る事が出来る。

 

 人は、それを「無理」と言う。

 

「無理など無い。限界はお前が決めた常識だろう」

 

 静かに吐き捨てるナナイ。バラバラになって霧散した光の剣を、「裸足」でただ蹴上がるだけ。靴も靴下も脱ぎ捨てていた。吾郎に向かって右拳を構える。青い力が漲っていくのが見てるだけで分かる。

 

 もちろん吾郎、無抵抗は有り得ない。こうなったら逃走は一度破棄、迎え撃つしかない。ナナイに向かって右手を構え、人差し指と中指を伸ばした拳銃の形へ。辺り一帯の空間を掌握する。

 

「だが、俺は強いィ!!貴方など超える程にィィ!!絶・因果斬「メギド」!!!」

 

 開く空間。断裂する筈の空間。飲まれたら終わりだろう。その空間の裂け目を、ナナイは左手で掴んで無理矢理閉じさせた。

 

「あっ馬鹿なああああああああああああああああああああ!!!!!?????」

 

「開くのなら閉じさせるまで」

 

 掴んだ空間を引っかかりに、ナナイさらに加速。寸前、吾郎の元へ。

 

「いや、シュヴィアタの民は地に足を付けてこその完成!力の源は自然である全て!空中での戦闘は向かない、ならば勝算は……!」

 

 ナナイ、青く染まった右手で浮いていた光の剣の残骸を握り砕いた。砕かれた光の剣は粒子となり、ナナイの右拳に飲み込まれる。ナナイの拳が眩い程の青い光を放った。

 

 闇夜に浮かぶその光、さながら真夜中の太陽。その光景、まるであの時瞳に映った白昼夢のようだった。

 

「……嗚呼、やはり貴方が」

 

 メギドを打つために体勢を無理矢理崩した吾郎は、その光景をただ走馬灯のように見送るしか無かった。

 

「そうか、貴方が」

 

 シュヴィアタの民が駆る体術、バレット・サンボ。なぜその名が付いたかというと、理由は単純明快。彼らは武器を必要としない。彼らの五体、そして自然そのものが武器だからだ。

 

「だから、貴方が――」

 

「私が岩越(イワコフ)だ。「天石刀(あまのいわと)」」

 

 ナナイは強い光を放つ、青く煌く拳を振り下ろすように吾郎に叩き込んだ。

 

 彼女の名は、イワコフ・ナナイ。文字通り、「岩を越える」程屈強な者。


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