新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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エモーショナル・バウンサー12

 篠萩(しのはぎ)勝正(かつただ)、23歳。イクシーズ在住現警察官。性別男、能力「パイロキネシス」レートA。炎を発生させる能力者だ。単純に便利で強力。

 身長は172cm、体重67キロ。学問上の中、「不可無く可有り」、それなりに出来る奴という自負がある。周りからの評価は良く、人付き合いもいい。酒は()る。むしろ大好き。

 

 生きていく上で第一に「情」、第二に「金」を信条にしている。人間関係は全てを作る、そしてそれを支えるのは金だ。そんな彼が選んだ就職先というのは「警察官」だった。

 給料が良い、人の為に働ける。ならば、就職するしかないだろう。良い事づくしの人生だ。自分という男を役立てて、この世の為に尽くす。正直、自分は高水準の人間だ。俺には出来る、人を幸せに!それが俺の正義だ!

 

 この日、彼は目の前で「理不尽」を目撃する事になる。

 

「マジかよ」

 

 目の前で飛び跳ねる青い瞳の少女。黄色い短髪を忙しなく靡かせて、夜の地下繁華街の街並みを「飛んでいた」……。文字通り、「飛んでいた」のだ。

 

 人は飛ばない。鳥じゃないから。人は飛ばない。飛行機じゃないから。人は飛ばない。スーパーマンじゃないから。そんな「常識」って奴は、現実を目の当たりにするといとも簡単に崩れ去ってしまうものだ。

 

「フウゥゥゥゥゥゥ……!!」

 

 腹式呼吸のような何かだろうか。少女は口からそのように呼吸音を鈍く響かせて、周りの月の兎を次々と蹴散らす。蹴ったり、殴り飛ばしたり、跳ねたり、撥ねたり。飛んでいる理屈は分かる。「建物」と「建物」の間を、壁を蹴って行ったり来たりすれば飛べるだろう。

 

 いやいや、理屈上で分かってても実際に出来るのとは違う。水の上を走る方法が分かってても出来ないのと一緒だ。右足が沈むより早く左足を前に進ませれば、それを繰り返して理論上走ることが出来る……?「馬鹿か」と。

 

 そんな彼女に次々と吹き飛ばされる月の兎達ってのは、一人を相手するのにAレート一人付きっきりでなんとか有利に倒せる、というものの筈だ。篠萩は体験していた。数合わせの雑魚じゃない。レート評定およそE~D程の市民、しかしアルテミスの加護による身体能力向上が凄まじい。故に実質「Aレート」……の筈なんだ。シャノワール・ミュンヒハウゼンは驚異なんだと知らしめるほどに。「阿呆か」と。

 

 イワコフ・ナナイ。19歳の少女。能力1判定。たかだかそれだけの存在。それが彼女だ。

 

 「国士無双」。麻雀でそういう役がある。篠萩勝正が趣味でやる麻雀の中でも、特別好きな役だ。個別の十三牌に加えて一牌からなる役、クラスは「役満」。役として最高のクラスだ。条件を整えればさらに二倍。言葉の意味としては、「最強の者」。単純明快に格好いいのだ。

 

 目の前の少女は、その「国士無双」に値する――!!

 

「ナナイの邪魔はすんな!自由にさせてやれーーッ!!」

 

『押忍!!!』

 

 Sレート「光の剣(ジ・エッジ)」シャイン・ジェネシス率いる班は、ナナイ班のアシストの為に存在していた。ナナイ班……といっても、先行するのはナナイだけ。残ったナナイ班は半ばシャイン班に混ざり込むような形でナナイ一人を出来るだけ「邪魔しない」ように敵への攻撃・負傷者の介護へと当たる。というか、それだけで充分。

 

 シャインですら、ナナイに付いて行くなんてのは無理だ。邪魔をしないように立ち回る。ああなったイワコフ・ナナイは止まらない。追いつくのだけで周りはわりかし精一杯だ。

 

『月に願いを!!!』

 

(ゼン)……」

 

 着地したナナイに、一人一人では勝てないと悟った月の兎達は揃って飛びかかる。数は十では済まない。

 

 この光景、勝負を確信したものが居た。シャイン・ジェネシスは、その光景をまるで白昼夢(デイドリーム)を見るような恍惚の瞳で見ていた。勝ちだと。

 

Reverie(レヴァリィ)……」

 

 無論、篠萩にすら結末は見えた。「あ、勝ちだ」と。

 

羅掌紋(らしょうもん)ッッッ!!」

 

 地から伝わる力を足から腕へ。全身を体躯して放つ渾身の一撃、「纏絲勁(てんしけい)」。中国拳法の流れ、彼女の能力「オーラ」を纏った青い螺旋の力が、その掌底から放たれ襲いかかる月の兎達を一瞬で吹き飛ばした。

 

 はじけ飛ぶ、軍勢。そして道が開ける。故に「国士無双」。これがシュヴィアタの一騎当千、「自由の鳥(ブルーバード)」ナナイ。

 

 吹き飛ばされた者達の後には、追撃が無い。この辺りの月の兎はここまでのようか。

 

「道が開いた……」

 

 篠萩勝正は、ただそれを眺めていただけ。Aレート評定を貰っている彼自慢の「パイロキネシス」は一切発動する機会を貰えなかった。そういうレベルで、戦いについて行けない。

 

 それが、彼女の姿。齢19歳、小さな背中が、とても大きく見えた――

 

――北口、地下繁華街内部。浅野深之介は隊長である「エリザベス・ロドリゲス」に着いて行った。

 

 少数の高機動編成。後方からのバックアップは他班に任せて、今はとにかく前へ進む。

 

「……LA(ロス)には足を運んだ事がある。貴方を見たこともある。モデル、だっけか?」

 

 浅野と並走する褐色肌に癖のある髪を後ろで括った女、エリザベス。イクシーズの人間じゃない。CIAからの応援、しかも「特殊Sレート郡」の人間だ。俗に言えば「化物」とも。媚を売る。

 

「よく知ってるね。そういう私も、お前をよく知ってんのさ。LAじゃ暴れなかったのかい?」

 

 シェイド、テログループの一人「ミカエル・アーサー」。今は違えど、当時はそうだった。

 

「暴れれなかったんだ。LAには悪魔が出るってな。……おっと、いや、なんの話だかな。俺は「浅野深之介」だ」

 

「殊勝だね。あたいは「エリザベス・ロドリゲス」だ。気軽にミシェル(麗しきエリザベス)とでも読んでおくんなまし」

 

 深之介とミシェルとの談笑中、空中から何かが降ってきた。二人はそれを避ける。地響きを起こして、何かはその場に現れた。ミシェルは特段驚いた様子もなく問う。

 

「おっと、何用や?」

 

 巨大な体躯、威圧的なドレッドヘアー、黒い肌色、筋骨隆々。大きな拳が地面にめり込んでいる。明らかに只者でない男が降って沸いた。

 

「ミー、ここでキサマら足止めシマース。キサマら、此処でデッドオアダーイ」

 

 ノシ、ノシと重い足音。近くで見れば見るほど……デカい。その図体、目測250cmオーバー。

 

「……(しん)やん、他の奴ら連れてきな。コイツぶっ飛ばして直ぐ向かうわ」

 

オーライ(問題無し)

 

 深之介がミシェル班を連れて行くと、此処は巨漢、以外に素直。それを見送った。

 

 巨漢はミシェルの方を向き、ニカリと笑う。

 

「お前、良い匂いする。グッドスメル。血と、硝煙と、油っ臭さと、死の香り。……タノシイ(・・・・)

 

 拙い日本語で話す巨漢。その様は、むしろ恐怖を煽るものである。……ミシェル以外なら。

 

「オ~ラ~イ、シェーシェー。日本の方じゃねぇのさね。そういうのは楽しそう(・・・・)ってんだ。なあ貴様、ロスに悪魔が出るって(ウワサ)知ってるか?」

 

「俺の名、ボラリタール・モーリス・ゲイリー・ジ・オーツ。お前、fuck(ぶち) you(壊す)

 

「めんどいからお前ボブな」


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