新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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エモーショナル・バウンサー10

 静かな機械音が鳴り響く暗い部屋。透明な緑色の液体……形で言えば繭のような球状の液体に、裸体の佐之・R・ミュンヒハウゼンは全身を浸されていた。

 

 緑色の液体越しでも分かる肉体は、あらゆる損傷箇所が回復されていた。抉れた肉、ぐちゃぐちゃに変形した骨。披露した筋肉全て、その液体――Bionic Coupling Cell、通称「バイオカプセル」と呼ばれる物にて修復が完了した。その時間、ものの30分。その修復力は、イクシーズの技術力であれど類稀なものである。

 

 パチン、と液体の繭の表皮、膜が破れて中の液体が床に流れ出す。目を閉じていた佐之が目を開けると、其処には大宮吾郎が立っていた。

 

「時間だ。これ以上は長引かせれん、信者がお待ちだぞ」

 

 寝起きであるにもかかわらず佐野は薄くクマの付いた瞼を開き吾郎をしっかりと捉え、そして笑って返した。

 

「起こしてくれてありがとう。120%の代償は余り楽ではなくてね……君もそうか。クク、常人のやる事じゃあ無い」

 

 吾郎は素肌に羽織った白衣のポケットからアルミとプラのブリスターパックを取り出した。中から五錠ずつ、佐之と自分に振り分けると、それを唾液で飲み込んだ。錠剤だ。

 

「余り関係無い。くだらなき未来より生きるべき今だ。今の為になら未来を捨てても良い」

 

 考え方が直情的な人間。真っ先に身を滅ぼすタイプの人間だが、そうでなくては叶わない物もある。

 

「それが常人じゃないと言う。ま、それでいいのだがね」

 

 佐之は近くに脱ぎ捨ててあった衣類を身に纏うと、したり顔で歩き出す――

 

――「――なのです!」

 

 オォーーーッッ!!!と歓声の上がる広場。其処には百を越えるであろう信者達、天井には夜空の「スクリーン」が映し出されており、その下で佐野は月の兎の信者達に演説を行っていた。今のイクシーズを変える方法、自分達がやるべき事を。

 

 イクシーズの地下施設、「地下繁華街」。今は封鎖されていた筈の施設だが、佐之の記憶と吾郎の能力によりこの場所に入ることは出来た。杜撰(ずさん)な管理だ、いくらイクシーズの負の遺産――忘れたい場所であるとは言え、これほどの巨大な施設に対して注意を振りまかないなど。まあ、逃げ場所は直ぐにばれるだろう。むしろこれまで気付かれなかった方が奇跡な程に。

 例を挙げれば、ここは一つのテーマパークに劣らぬほど巨大な施設だ。そんな建物を作ってしまった当時のイクシーズは、先が見えていなかったのだと思う。管理しきれなくて当然だ。しかし、それ程の冒険が出来なくては、人は先へ進めない。アプローチが間違っただけなのだ。

 

 万物には綻びがある。その隙間を縫うのが「奇跡」であると、佐之は理解していた。能力の進化、管理棟の脱出、信者の掌握、地下繁華街への侵入……一見出来ないように見えて。いや、だからこそやる価値がある。脳味噌は柔軟に。天才と馬鹿とは紙一重とはよく言ったものだ、普通ならやらない。

 

 しかし、私はやる。それが未来へ進む方法だというのなら、いくらでも奇跡を起こしてやる。終焉のこの街で、再び始めようじゃないか。それが私の、「イクシーズ」――

 

――「ミュンヒハウゼン様」

 

「……ん」

 

 演説が終わり信者達を持ち場へと促した後、一人の信者が声をかけてきた。バーテンダースーツに身を包んだ青年。信者の情報は吾郎が管理をしているから詳細を覚えてはいないが、確か「平清盛」と言ったか。

 若い割にとても丁寧な対応を行う青年の為、彼にはVIPである逢坂緑のもてなしを頼んでいた。どうやら彼自身彼女へ強い想いがあるらしく、その感情は偽りで塗り固められた表情の上からですらよく分かった。Gut(良い)。好意的だ。

 

「逢坂様がお話がしたい、と」

 

「ありがとう。すぐに行く」

 

 佐之は話を聞いて逢坂緑の元へと向かった。地下繁華街の廃れた街並みを流し見て、そして捉える。彼女が待っていた建物は当時使われていたというBARを元に、ほんの少しだけ弄って辛うじて部屋として使える、といった場所。冷蔵庫等が備え付けられていた為に電気を入れてやれば動いたというのが幸いか。

 

 ドアを開けると、そこは古いながらも当時の面影を少しだけ残していた。軽く暗いムーディな空間に紅色のソファが映える。其処には、既に逢坂緑がワインを片手に座っていた。

 

「やあ、こんばんわ」

 

「待たせたね。君、ハードシードルを頼む」

 

「かしこまりました」

 

 緑の向かい側に佐之も腰をかける。直ぐにワイングラスと緑色の瓶が運ばれ、瓶から黄金色の液体がグラスに注がれた。見た目はビールのそれだ。しかし、香りが違う。

 

 佐之は一口、それを味わう。……ふむ、やはり甘くないシードルというのは良い。絶妙だ。

 

「さて、君から話があると」

 

「ああ。そのつもりで呼んだの。」

 

 緑はつまみの柿ピーをポリポリと齧りながら言う。

 

「いい加減、この茶番劇の真相を知りたいな、と」

 

 茶番劇。緑はそう例えた。

 

「随分と酷い。結末が手緩いとでも」

 

「そうとしか思えないんだよ。ここまで来たのは褒めてあげる。でもね、逃げ場が無いでしょう。破滅しか待ってないのさ。此処の設計者に私も入ってた。だから、分かるんだよ。端から「負け戦」を仕掛けるつもりだったんだ、って……」

 

 半ば呆れ顔の緑に対して、クク、と佐之は笑った。

 

「それは君達の主観だ。私はそういう視野で物事を見ていない。私にとっての勝ちというのは、そういうことじゃない」

 

「……んならさ、今宵の物語の幕引き。どんな物を想定してんの」

 

「それは君の想う事と一緒だ。「黒咲桜花」の死を無駄にしてはいけない。私はね、「偏執狂(パラノイア)」なんだよ。暗く(NOIR)、そして悲しき(NOIA)。この感情無くしては、イクシーズは先に進めない」

 

「……君なりの慈善事業という訳ね。それ、私にとってはやっぱ負けだよ」

 

「それでいいのさ。逝くのは私一人でいい。私にとっての勝ちとは、そういう事だ」

 

 ス……と、佐之は机の上にアルミのブリスターパックを置いた。

 

「何それ」

 

「精神安定剤だ。アルテミスの加護下でこれを使えば、通常の4倍の力を発揮出来る。やってみるかね?」

 

「うへぇ。無理無理、私にその気は無い。逝くならアンタ一人で頼むわ」

 

「だろうね。そんなことをして「マトモ」で済むわけがない。しかし、それでいいのさ」


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