新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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エモーショナル・バウンサー8

「行くぞ!我が同胞(はらから)達よ!」

 

『月に願いを!』

 

「チィッ!」

 

 佐之に対して追い縋る夜千代に、月の兎達が飛びかかる。その間に佐之は後退する。

 

「浅野!行ってこい!お前の機動力なら!」

 

「――行く!」

 

 深之介一人で対応出来る相手とは思わない。しかし、ここで逃がす訳にはいかない!足止めを!

 

 拳銃を放つ。見えない壁に防がれ、銃弾は横に逸れる。コンバットナイフのトリガーを引き、刀身を射出する。見えない壁に防がれる。

 

 ――が、ここでようやく追いついた。深之介は浅野に対して無手で掴みかかった。広げた右手の指先に強い衝撃が走る。これは一体!?

 

「君は今のままの世界が正しいと思うだろう。当然だ、君は悲劇しか無き「地獄」の世界から一転「楽園」へと来たのだから」

 

 突然深之介に対して問いかける佐之。

 

「何をッ!」

 

 右手がついに弾き飛ばされた。空中で深之介の体が佐之から離れる。

 

「しかし「楽園」に住まう者は悲しみの溢れた「地獄」という物を知らない。それでは進化は訪れん。イクシーズが「進化」を否定しているのだ!」

 

 深之介の体が背中から地面に付いた。早く、体勢を立て直さなければ!援護は――?

 

 そして、時既に遅し。気がついた時には佐之の隣に大宮吾郎と逢坂緑、幾人もの月の兎達が集結していた。

 

「私の望みというのはだね。奇しくもイクシーズと同じ「人の進化」だよ。しかし独り()がりで無く、大局を見据えた本当の意味での「進化」だ」

 

 最後に大宮吾郎が血の滲み出た右手を振った。空間に亀裂が入り、それが佐之ら一帯を切り取るように広がる。

 

 警官達の銃撃が一斉に佐之を捉えようとした。的としては動かない標的、当てるのは容易いだろう。が、佐之の「見えない壁」に防がれる。

 

「――マモちゃん、クラウ・ソラスを!」

 

「駄目だ、アクセス出来ん!大宮吾郎の能力か……!」

 

 銃を構えた剛田守だが、空間が繋がらない。これでは、間に合わない――!

 

「――シャノワールゥゥゥ!!お前だけは!!!」

 

 キィィィィィン、耳鳴りのような音が周りに響く。その発信源は、一人の警察官から。

 

 凶獄夏恋。右手に力を込めるように構えた場所が、歪曲して見える。電磁波が飛び散り、衝撃が迸る。

 

「当然の感情だ。親しき友人との別れは何よりも悲しい」

 

 挑発するように佐之が左手の指で夏恋に向かってクイッと合図した。

 

「――まずいっ、キョウゴクさん!それ(・・)は駄目だ!!」

 

「「プルート」ォォォッッ!!!」

 

 遠くから気付いたナナイの制止の声も聞かず、夏恋が右手を佐之に対して突き付けた。掌から歪曲した空間が、直線上に暴走して放出された。「小型の波動砲」、例えるならそう言える。

 

 佐之が左手を眼前に広げ、その衝撃を受け止める。濃縮し圧縮された「電磁フィールド」を見えない壁で受け止めた。左手がぐちゃぐちゃに変形していく。

 

「そうでなくては」

 

 衝撃を受け止め切った佐之は満足そうに自分の壊れた左手を見つめ、空間の裂け目に月の兎達と大宮吾郎、そして逢坂緑を連れて消えていった。

 

「待てっ、待てよォっ!!」

 

「失礼します」

 

 錯乱し喚く夏恋の後ろ首に手を回し、ナナイは自分の前額部を夏恋の額に対してぶつけた。

 

「ぐがっ……」

 

 鈍い音と共に夏恋は意識を失い、ナナイの腕に抱きかかえられた。

 

 残された警察官と保護された月の兎。作戦結果は全ての人間の思うとおり、「失敗」だろう。

 

 静寂な教会に佇む警察官達の無線機に一拍置いて指揮官の瀧聖夜から連絡が入った。

 

「管制塔からの連絡だ。作戦は一時休止、中央警察署(セントラル)へ招集との事。準備が出来次第、第二作戦へとフェーズを以降する。逢坂緑の放つ電磁波から佐之の逃亡先が判明した。場所は――」

 

 警察官達が、瀧聖夜までもが息を飲んだ。この狭い人工巨島(メガフロート)の中で、奴らが逃げ込んだ先は。

 

「――彼らの逃亡先は「地下繁華街(ちかはんかがい)」だ」――

 

――「馬鹿者!」

 

 統括管理局の一角、ある病室で大きな声が鳴り響いた。声の主は管理局の最高責任者の一人、凶獄煉禍の物だった。

 

「私情に流されて「プルート」を起動するとは何事だ!下手すれば周りの警察官全てを巻き込む危険なシロモノだという事を理解していないのか!?」

 

「……ごめんなさい」

 

 ベッドに横たわり謝るのは凶獄夏恋。この様子では第二作戦へ参加出来ない。煉禍は舌打ちをすると、病室を出た。

 

「緑は作戦行動の一環でシャノワール・ミュンヒハウゼンへと付いていったのだ、そこで自分が如何に無能か頭を冷やすといい」

 

「……」

 

 自動ドアで病室が閉じられた。凶獄煉禍が通路を歩いていくと、途中で一人の人物が壁に背を預けて立っていた。

 

「あの体たらくでその言い方は無いんじゃないですかぁ?なあ、煉禍さんよぉ」

 

 入り乱れた黒いパーマカットの女、倶利伽羅綾乃。第一作戦が休止したため配置していた三人の特殊Sレート郡にも招集がかかった。部隊は未だ現地に配備してあるが、彼女らには新しい役割がある。

 

「盗み聞きは関心せんぞ。何が言いたい」

 

「端からあたしらをブっ込みゃよかったろ。作戦ミスだよ作戦ミス、敵を雑魚く見すぎだ。逃げられてちゃザマぁねえっての」

 

「結果論に過ぎん。作戦は最適だった。お前らを失う危険を伴うぐらいなら私はまどろっこしくていい。なに、奴の手の内は割れている」

 

 煉禍は目で軽く綾乃を見やると、そのまま通り過ぎる。

 

「奴らが逃げ込んだのは袋小路だ、もう逃げ場は無い。次の作戦でカタが付いて何の問題も無い」

 

地下犯下街(ちかはんかがい)、「イクシーズの負の遺産」。……懐かしいねぇ、あの頃を思い出す」

 

 気が付けば、もう距離は離れて。声の届かぬ位置になった。

 

 元々イクシーズには地下施設がある。限られた敷地内を奮わせるため地下に作られた市街、地下繁華街。最初は賑やかで華やかで、人々の笑顔が絶えぬ場所だった。……最初だけは。

 

 地上と地下に管理を割く都合上、どちらかを集中して管理するよりもどうしても手薄になる部分がある。それがやがて露出し、犯罪の温床になり、退廃し――そして閉鎖された。皮肉として呼ばれた名前は「地下犯下街」。

 

 イクシーズがまだ完璧で無かった頃の遺物。そんな場所に、シャノワール・ミュンヒハウゼンは逃げ込んだ。まるで凶獄煉禍に、イクシーズに喧嘩を売るように。それはきっと抗議なんだろう。

 

 煉禍は気が付けば握りこぶしで壁を叩いていた。忌々しい。

 

偏執狂(パラノイア)めが……!」

 

 しかし、もう逃げ場は無い。地下繁華街に奴らが逃げ込んだ瞬間に電磁フィールドを展開した。空間転移では逃げられん。さあ、報いを受けろシャノワール・ミュンヒハウゼン。イクシーズに喧嘩を売ったことを後悔させてやる、正義というのは私の事だ!――

 

――「……」

 

 統括管理局内にて一人佇む深之介。適当に見つけた椅子に座り、意識を闇に沈めていた。

 

「んだよ、どうしたの浅野くーん」

 

「……黒咲か」

 

 横槍からかけられた声の主は黒咲夜千代だ。いきなり何かを放り投げて来た。手でそれを受け止めると、ブラックの缶コーヒーだった事が分かる。飲めというのか。

 

「間違えて買ったから飲め。わたしゃブラック飲めんでよ」

 

「……ありがとう。頂く」

 

 深之介がブラック、夜千代は微糖のコーヒーを同時に開けると、それを頂いた。……苦い。

 

「夜はまだ更けるぜ。眠気覚ましの一発だ。ああ、脳内に糖分が染み渡るぅ~~……」

 

「……」

 

 苦い。夜千代のコーヒーが甘いのに対しこっちはブラック故、当然に苦い。しかし、せっかく貰った物だ。飲まなければ。

 

 ……苦い。

 

「んで、何考えてたの。アイツを殺す方法か?何か見えねぇシールド持ってやがったな。さあ、どうするか」

 

 夜千代の問いに対し。しかし深之介は、全く違うことを考えていた。

 

「……佐之は、元々はイクシーズのフラグメンツだったんだろう」

 

「……」

 

 深之介は目を地面に向け、話を続ける。

 

「イクシーズと佐之の間に何があったのか分からない。けれど、仲間だったはずだ。佐之にもきっとやらなきゃいけない事があるのかもしれない。それを、俺は――」

 

「あんな」

 

 夜千代は深之介の胸ぐらをつかんだ。その目線を、此方にしっかりと向けさせる。深之介の消沈した瞳と夜千代の気だるげな瞳が衝突する。

 

「そんなめんどくせー事、考えんな。上がやれって言ったんなら私らぁやるのが「仕事」だ。責任なんて取るのは上司だ、糞めんどくせー事あーだこ考える必要ねーって」

 

「……お前に取って、正義とは何だ?」

 

「天上天下唯我独尊。(たが)うもの、相容れぬもの、そぐわぬ者。全て張っ倒す!それが私の中の正義だ」

 

 夜千代は手を離した。意見とは、違ったのなら理解し得る物では無い。結局の所、魂に響かない言葉などは無意味だ。言葉で分かり合えるならこの世界に戦争は無い。

 

「未来に持っていけるもんってのは限られてる。そういうのはあんたらが一番分かってんだろ、シェイドの副リーダーさんよ」

 

「……」

 

「捨てていけ。無理なら切り捨てちまうしかねーんだよ。お前がやらんなら私がやる。なに、気負うな。誰にだって無理なもんがある。が、私なら出来る。生憎天才でな」

 

 無言の深之介。夜千代は軽くあくびをすると、「仮眠してくるわ」とその場を離れた。

 

 ……気を使ってくれたんだろう。なのに俺は、心いい返事も出来ずに。佐之が犯罪者だってのは分かる。しかし、ただの悪人のようには思えなかったのだ。俺は、一体……。

 

 と、そこでコーヒーを何気なく口にして思った。やっぱり苦い。これは飲み干すのに時間がかかる。外の空気にでも当たってくるか。

 

 一番近くで外に出れる場所はこのフロアの屋外喫煙所の筈だ。脳内に記憶したマップを頼りに、そこを目指す。

 

 ガラス張りのドア。喫煙所と書かれたそれを開けると、そこには既に先客が居て煙草を吸っていた。

 

「あ、どうもです」

 

「……アンタも煙草か?」

 

 オールバックの髪型にスーツ、右と左の腰に日本刀を帯刀した青年が底に立っていた。その様はちぐはぐのように見えてどこか統一感がある。「様になって」いるからだろう。身長はおよそ180cmを超えて、鈍く光る眼差し、首は顔より太く、肩幅もゴツい。ヒシヒシと放たれる「威圧感」が、何処か安心出来るような。そんな印象の人物だった。只者では無いだろう。

 

「あ、いえ。外の空気を吸いに……」

 

 すると、男は胸ポケットから人物肖像画が表紙に乗った煙草の箱を取り出して深之介に一本、差し出して見せた。

 

「チェ・シガレットだ。海外(そと)のヤニだがコンビニで見かけてな、吸うか?」

 

「……ありがとうございます、折角なので」

 

 深之介はそれを受け取ると口に咥え、ライターで火を貰った。……マズイな、コーヒーを消費しようとしたら煙草まで増えた。両方とも好きじゃないのだが……。

 

 フー、ととりあえず煙を吐き出して見た。なんかもやっとする。美味しいかどうかは分からない。

 

「……自分はフラグメンツの浅野深之介って言います。えっと、統括管理局の方ですか?」

 

 警察官の服では無いから、職員だろうか。警察官でもスーツの人は幾らでも居るのでアテにならないが。

 

「統括管理局の警備を担当しているイオリ・ドラクロアだ。最近入ってきたばっかでな、よろしく頼む」

 

 イオリ・ドラクロア。その青年は、そう名乗った。


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