新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「佐之……!」
深之介は目を鋭く窄めた。死罪対象の相手、昔のコード・ゼロ。そして、コイツは。
気が付けば飛びかかっていた。右手にコンバットナイフ、左手に拳銃。銃拳術の流れを含んだ近・中距離に対応する強襲の型。深之介がこれまでテログループで培ってきた身軽かつ鋭い戦闘能力を活かすためのバトルスタイルだ。
「お前は手を出してはならない物に手を出したッ!」
雨京に手を出した。それだけでコイツは万死に値する!
手数の斬撃と打撃。佐之は、それを「素手」で受け止めた……いや、正確には「素手」では無い。ナイフと拳銃は、空中で見えない「障壁」に遮られていた。
「フフ……だから君は
「何だと!」
佐之は「障壁」で深之介を弾き飛ばした後、さらに5メートル程開いた距離から右手を深之介に向かって突き出した。追撃の「見えない何か」。それに深之介は吹っ飛ばされて地面を転がる。
「深之介さん!」
雨京が駆け寄る。その様子を、佐之はただ見ていた。まるで対話する為のように。
「私は君に興味している。新しき「浅深者」、その姿を。凶獄御大が新しくメンバーに加えたという君という存在を!」
「カンマゼロ、ファイア!」
タァンッ!鳴ったのは幾つもの銃声。
合図と共に、三人の特攻隊が佐之に対して拳銃の引き金を引いていた。争いの最中、有無を言わさずの三閃。
「――笑止!」
しかし、その三人の撃った先に佐之は既に居らず。銃弾は空を打ち抜いて、壁にぶち当たる。
気が付けば。特攻隊三人の後へと佐之は両手を広げ立っていた。右手に二つ、左手に一つ。計三つの拳銃。
「闘争心が足りん!」
「っ、ああああぁぁぁ!」
拳銃を、握った手から無理矢理毟り取られた。結果、三人の人差し指はあらぬ方向へと曲がっている。
三つの拳銃を地面に放り捨て、佐之は足で踏み潰す。
「文明とはっ、進化せねばならぬ!こんな玩具で、イクシーズなどと名乗れるものか!」
つまらなき、くだらなきと。佐之は何回も拳銃を踏み潰した。古き文明を否定するかのように。
「……そうは思わんかね、浅野深之介!」
「チィッ!」
佐野と浅野が再び対峙する。只の研究者とはいかない、コイツは……強いッ!――
――大宮吾郎。元、統括管理局職員。
ナナイはその姿を、その目で見たことがある。真面目な好青年だった筈だ。
「馬鹿な真似は止めて、大人しく投降してください。そうすれば、私は貴方を倒さなくて済む」
静かに青いオーラを纏うナナイ。シュヴィアタの一騎当千、「
「……此処で投降するぐらいなら、初めからこんな事しませんよ!」
吾郎はナナイに向かって右拳を振った。ナナイはそれを避け、右拳を逆に吾郎の腹部へとねじ込んだ。
めしり、と入る拳。手応えはあった。しかし、違和感。
「温いですね。甘さが捨てきれてない!」
「!」
吾郎の左拳がナナイの頬を捉えた。その衝撃を殺す為にナナイはつられて地面に転がり、直ぐに体勢を立て直した。立ち膝からすぐに立ち上がる。
吾郎は笑み。ほくそ笑んでいた。
「アルテミスの加護があれば、ククク。
吾郎とナナイ、向かい合う。今の大宮吾郎は、マトモでは無い。
「これはミュンヒハウゼンに感謝しなくちゃな……!俺の悲願だったんだ、あのイワコフ・ナナイと並ぶ事が!」
「……私、と?」
「分からんとは!」
吾郎はナナイに対して「分からんとはな」、と。その瞬間、上からライトに照らされて影が降って沸いた。
「――
「姉さまから離れろッ!」
三つ編みの黒髪に褐色肌の少女。両手にはトンファー。右手のトンファーが、空中から吾郎に振り下ろされる。
「フィー・スライッ!」
「この……ストーカーがぁッ!」
トンファーを吾郎は回避、そのまま大地にヒビを入れてトンファーが突き刺さった。そして息もつかぬ間、フィーと呼ばれた少女は吾郎に食ってかかる。
「フィー!」
ナナイはその名を呼んだ。フィー・スライ。ナナイの同僚。運動神経は良い方だ、しかし……。
「天才と凡才、その差が分かるか?」
「黙れッ!死ね!」
フィーのトンファーによる連撃。右手と左手、その巧みな技を吾郎は全て空手で去なす。
フィーが踏み込んだ。トンファーを目の前に突き出し、瞬く間に吾郎の腹部に押し当てる。
「
ドンッ、と。火薬の音。トンファーの先端が射出され、吾郎を捉えようとした。
パイルバンカー。フィー・スライの武器は、「ガントンファー」。マイクロシリンダーを内臓した、爆発機構型のトンファーだ。
しかし、吾郎。無傷。腹部に「空間の亀裂」を発生させていた。その身に届いていない。
「一発芸しか出来ぬ者の事を「二流」と言う!」
「な……っ」
バゴンッ!フィーがまともに打撃を喰らって吹っ飛んだ。壁に衝突して、満身創痍。静かな呻きを漏らすだけ。
「ぐ……ぅ……」
大宮吾郎。もはや、その力は。決して、無視できない程に。
「イワコフ・ナナイ。貴方じゃなくちゃあ駄目なんだ……!」
「……何がそこまで……」
まるで、心酔。吾郎の瞳は酔い狂った者のように、イワコフ・ナナイを捉えていた――
――くそっ、なんて乱戦だ……もっと圧倒的でなければ!
凶獄夏恋は焦っていた。今回の作戦、簡単な物だと思っていた。イクシーズ警察の能力をもってすれば、一方的な物だと考えていた。
甘かった。相手を考慮していなかった。相手は凶悪な洗脳者と、洗脳された市民だ。ただ殲滅さればいいって物じゃない。くそ、こんなにめんどくさい物だとは!
複雑な心境。相手が只の犯罪者なら、一方的になぎ払えてしまえる。しかし、今回はそうじゃない。その為に、特Sクラスの能力者は軒並み封印されていた。殺せない。対象二人以外を殺してしまえば、イクシーズの信用を失うことになる。警察の歯がゆい所だ。政治とは……!
でも、そんなことより。もっと大切な物があった。政治なんてかなぐり捨てるほどの。それは。
「――あれ?てっきり此処には来ないものだとばかり。やっほう、夏恋」
「み、緑っ!」
夏恋の前に姿を現したその者の名は。誰よりの親友、逢坂緑。今回の作戦に「囮」として使われた、大変な役割を持った人類主席。
「だ、大丈夫だった?変なコトされてない?さあ、帰ろうっ!私と一緒に、後はみんなに任せて――」
「――ゴメン」
緑は、自分の服を捲くりあげた。薄い筋肉と脂肪を蓄えた、柔らかな腹部が姿を現す。何よりも、その表面には――
「――私、もう「帰れない」んだ」
――黒いタトゥーが。アルテミスの加護が浮かんでいた。それは、シャノワール・ミュンヒハウゼンに対する