新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「あぁん?オトリ捜査だぁ??」
パイプ椅子にあぐらをかいて座っていた栗色の髪にサングラスの青年、シャイン・ジェネシスが訝しげに反応した。場所はイクシーズ警察対策支部、フラグメンツの本拠地。小さな部屋の中で壁際に置かれたモニターからは、警察官の天領牙刀の言葉が聞こえる。リアルタイムでの映像だ。
「実質的にそうなる。緑の能力から発せられる信号を統括管理局で受信し、場所を特定するという方法での。場所は既に抑えたそうじゃ」
頷いた
「というのも、合理的な話だ。人類主席殿の能力「電流操作」は評定2程度の能力だが、あれで
「……佐之?ん、ああ。シャノワールって奴の事か。元フラグメンツだって?」
夜千代の純粋な疑問。夜千代は知らない、シャノワール・ミュンヒハウゼンという人物を。
「そう。佐之・R・ミュンヒハウゼン、と。本人はシャノワールという本名を嫌っておった。なんせ元々母国から勘当された身の奴での。ミュンヒハウゼンというのは鉱山都市サンクレア……いや、今は「王立都市」か。そこの貴族の出じゃ。奴は流されるままにイクシーズにたどり着いて、当時のフラグメンツを大きく支えた。奴のコードは「
「……ええ、あの人がね。人は変わる、変わってしまう。たった一つの切っ掛けが、人を狂わせてしまうんだ……」
枝垂梅の言葉に、土井が眼を伏せて昔を思い出すように語った。他の三人は何の事か分からなかった。
「知ってるのか?土井さん」
浅野は尋ねる。土井は、静かに眼を開いた。
「
星の宮通り魔事件。イクシーズ関連の事件の中でも、特に口に出すことが憚られる事件。それほど、危険な案件だ。
「星の宮……」
夜千代が眼を見開く。歯を食いしばる。無理も無い。その事件こそが、彼女の両親が殺された事件だからだ。それを機に、彼女の苗字は「榊原」から「黒咲」と変わることになる。
「ごめん、嫌な事思い出させちゃったね」
「いや、構いませんよ。必要なら続けてください、戦う理由ってのは何においても重要だ。自分の正当化が活力になる」
夜千代は引かない。それが必要なら、引き受けてやる。リスクなど勝利に比べたら些細なことだ。
「さすがじゃの。あの子がまだ生きておったら、きっと夜千代と仲睦まじかったろうなぁ……。
黒咲桜花。夜千代とは血のつながりがない。夜千代が桜花の両親の養子である為だ。夜千代はその姿を見たことがない。聞いたことしかなかった。
「当時のフラグメンツは4人だった。桜花に銀河、儂と佐之。だから奴の事もよくわかっておる。今回の作戦、儂と銀河は参加できん」
「ああ?そりゃまたなんでよ」
シャインの言葉。ただでさえ少ないフラグメンツだ、人数の低下は著しい戦力の低下に繋がる。しかし、そうせざるを得ない理由があった。
「奴の「シンパシー」という能力は、奴と親交が深ければ深いほど。価値観を共有すればするほど浸透していく。浸透した状態の心を、奴は言葉で簡単に宥める事も……また、狂気に染める事も出来る。メンタリストとしての才能は随一だったが、故に危険だった。レーティングA評定だが実質Sという評価、優秀な者は同時に危険であることも孕む」
つまるところ。シャノワールという人物を知っている人間は、彼の前に立つことが出来ない。精神汚染を食らう恐れがある。故に今回の作戦に、シャノワールがフラグメンツだった時期に警察組織に所属していた者は投入し難い。サポートに回る事になるだろう。先陣を切る者は新顔の方が望ましい。
「忠告する。出来るだけ奴の眼を見るな、奴の言葉を聞くな。意識したらそれが脳へのダメージと思え。もう奴は儂らの知っているフラグメンツのメンバーじゃない。……佐之への発令は「死罪」。覚悟はいいかの?」
重苦しい枝垂梅の言葉。その投げかけられた言葉に対して、三人は「あたぼうよ」と余裕のある表情を見せた。
「
「
「
人を殺す。ただ事じゃない。それを「問題なく」引き受ける、汚れ役を演じる者が必要だろう。
汚れ役ならお任せあれ。我ら暗部組織「フラグメンツ」。警察の手の届かない痒い所を請け負うために存在する!――
――夕方。帰宅ラッシュ真っ只中の混み合った道路を、空色の車が駆け抜けていく。旧型のシルフィ、ハンドルを握っているのは少女警察官の少女イワコフ・ナナイ。
「囮捜査……ですか。なぜそのような事が」
助手席に座るのは丹羽天津魔。お互い無表情のような、なんとも言えない様な顔で会話のやり取りをしている。
「簡単だよ、邪魔になったんだよシャノワール・ミュンヒハウゼンが。「人類主席」を「管理棟脱獄者」に攫わせりゃそんだけで「死罪」確定でしょ。世間体さ。罪を積み重ねりゃ、後は一方的にだ」
「ンー……メイビー……」
よくわかってないような返事だ。まあ、ナナ氏に分かれってのも無理な話か。
「釣りだよ。泳いでる魚に餌を食わせて、そんで釣り上げるんだ。魚はシャノワール、餌は逢坂緑。釣り上げた魚は、どうなるか分かるよね?」
「焼いて食べます」
「その通り」
一幕置いて、「おお!」と声を出して納得するナナイ。戦略的な事は一切駄目なようだ。
「人道的じゃないんだよ、「死罪」も「釣り」も」
「なぜそんな事を?」
「そりゃナナ氏ィ、イクシーズを円滑に導くためだよ。統括管理局最高責任者の考えそうな事だ。そんなかでも断トツ、ヤクザのかーちゃんが考えそうな事だ。天領警部めっちゃ不満げだったけどね。そういう俺も、実のとこ乗り気じゃない。緑ちゃんは可愛いしなぁ。何かあったらと思うと思うと」
大体、こんな作戦を考えてあまつさえ実行しようなんてのは凶獄煉禍しか居ない。あんな悪魔からどうして天使のような娘が生まれたかねぇ。今頃夏恋も憤慨してそうだ。
「緑は煉禍さんの右手、シャノワールは昔の左手。おイタをした左手を、右手で叱る。小指詰めるぐらいじゃ足んないけどね。丸々手首から切り落とそうって話しさ」
「落とした後の腕はどうなるんですか?」
「また生えるっしょ。代わりはいくらでもいるさ」
少しの無言。流石にドライな会話のやり取りだったか。しかし、ねぇ。僕は柔らかい話っての苦手だかんなぁ。
気を使う事はある。けど、欲しがってるものに対して誤魔化すってのが苦手だ。流すだけなら流す、求められるならぶちまけちまう。それが丹羽天津魔のスタンス。「知りたけりゃ、教えてあげる。知らない方が得かもしれないけど、教えてあげる」とかいう。望むのならね。変に隠すのはだるい。
「……サー・ニワは」
「んぃ?」
「シャノワール・ミュンヒハウゼンを殺すのが正しいと思いますか?」
少女は運転に集中しながら問いかけた。問われたら、丹羽は。しっかりと答えてやるのだ。誤魔化さずに。
「正しい。落としちて割れちまったコップを捨てるのが正解のように、あれはもう駄目だ。迷いなく殺せ。じゃなきゃ仲間が殺されるんだ」
「ヤー。サー・ニワの御意向に沿います」
そんな、素直で不器用な丹羽天津魔を。素直で不器用な少女イワコフ・ナナイは、誰よりも信用出来たのだ。