新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

115 / 152
エモーショナル・バウンサー2

「お日様良し、洗濯物良し、おふとん良し、食器洗い良し、お風呂良し、トイレ良し、畳良し!」

 

 一つ一つの事柄を指差し確認をし、うっすらと額に浮き出た汗を袖で拭う賢島(かしこじま)雨京(うきょう)。冬といえど、動くと熱くなるものだ。時間はまだ10時前、太陽光が燦々と降り注ぐ真っ只中だ。なんとか家事で今出来る事は終わった。普段からこなしているものを再び今日もこなすというだけであり、時間はそれほどかからない。その分、手広く。

 

 フラグメンツに属する浅野(あさの)深之介(しんのすけ)と共に生活をしている雨京。元々は雨京も働くと言ったのだが、深之介はそれを断った。「お前は家で、ゆっくりしてくれればそれでいい」と。しかし、そうはいかない。働いてお金を稼いでくれる深之介の為にも、私は出来ることを全部やらなきゃ!

 今日の晩御飯は何がいいかなー。久々に奮発して長芋の刺身にでもしようか。普段から頑張ってもらってるし、やっぱ元気がいるよね。もしくはバター醤油で焼いてもいいかも。サブメニューには納豆を添えたりして。菜飯のふりかけをかけると海苔巻きのような風味になってとても贅沢である。

 じゃあ、それにお茶漬けの元を使ったお吸い物を足そう。とろろ昆布なんか入れちゃったりして。おお、凄い豪華だ!御飯に、長芋に、納豆に、とろろ昆布のお吸い物!ネバネバ系は体力が付くというし、これで深之介が元気になってくれるといいな。そして、元気になった彼が、きっと私を……。

 

「おかえりなさい、アナタ。ご飯にする?お風呂にする?そして、ア・タ・シ?……」

 

 一人新妻ごっこをした雨京、瞬間顔が一瞬で紅潮して掃除したての畳の上に転がり込んだ。

 

「~~~~~!!?」

 

 まずい、なんて恥ずかしい事を言ったんだ私は。とてもじゃないけど、こんな事本人の前で言えない。あの人は心配性だから、きっと病院に連れてかれるだろう。余計な心配は与えたくない。

 

 ピン、ポーン。と、不意に鳴り響く音。インターホンだ。

 

「はーい」

 

 直ぐに気持ちを切り替えてドアの方へと向かう。あれ、誰が来たんだろう。宅配便が来るわけないし、新聞屋かな?訪問販売?どっちにしろ、ここの団地は一応警察の管理下だから滅多な人は来ないと思うけど……。

 

 ガチャリ、とドアを開けた。其処には、一人の婦人が。柔和な笑みが浮かべられ、優しそうな印象を受ける。顔の皺と身長から年齢は推定50幾つ……おっと、相手を観察してしまうのはシェイドの時からの悪い癖だ。直さなきゃ。

 

「おはようございます。朝早くからすいません」

 

「あ、いいえ。大丈夫です」

 

 挨拶から入ってくれる。あ、良い人だ。

 

「あの、わたくし、こう云う者なんですけども……」

 

 そして、婦人は懐から取り出した小さなケースから紙切れを取り出して雨京に手渡した。これ、名刺か。

 

「あ、どもです……えと、「月の兎」広報部長の、奥、さん?」

 

 奥。苗字にそう書いてあるのだ。変わった苗字だ。愛称じゃないよね?

 

「そうなんです。お恥ずかしい話ですけど、苗字が奥でして。主人も奥さんなんです。やだもう、「奥さん」って声をかけられたら私も主人も振り向いちゃうんですよ。ははは」

 

「あ、あはは。それは難儀ですね」

 

 気さくに笑う奥さん。うん、良い人だ。

 

「それでですね、少しお話よろしいですか?」

 

「あ、はい。今家事も終わったとこなんで、構いませんよ」

 

「あら、まだお若いのに専業主婦?大変でしょう?」

 

「いえ、そんな事は」――

 

――眩しいほどの白い光に照らされた、広大な空間。部屋いっぱいに備え付けられたテーブルには、既に全席にスーツを着た人が腰を下ろしていた。全テーブルの向かい側、後ろに巨大なスクリーンを用意した壇上には。無精ひげに大きな体躯、なによりも放たれる威圧感をヒシヒシと感じる男、天領牙刀が立っていた。よれた濃いカーキの背広と薄くなり始めた頭髪に哀愁が漂う。

 

 場所はイクシーズ中央警察署(セントラル)会議室。始まるのは、恐らく近年のイクシーズの中でも特に大きな事件の説明。

 

「それでは、全員が席に着いた所で始めさせていただきたい。今回の事件の説明に入る。「管理棟に投獄されたフラグメンツの元コード・ゼロ、シャノワール・ミュンヒハウゼンの脱獄」、及びに「それを幇助した統括管理局職員、大宮(おおみや)吾郎(ごろう)の逃亡」、そしてシャノワールが立ち上げた「宗教団体「月の兎」による統括管理局職員、逢坂緑の誘拐」……こんな所だ」

 

 牙刀が話していくと同時に、その背中にあるスクリーンには三つの人物画像が映し出された。一つは細身で少しやつれた30代程度の男、もう一つは坊主頭で凛々しい表情の20代の青年、もう一つはショートボブの20代の女性。それぞれがシャノワール・ミュンヒハウゼン、大宮吾郎、逢坂緑である。

 

 牙刀は直ぐに次の話に移った。

 

「今回の事件の要点として、まず「管理棟」について。新社会(ニューソサエティ)イクシーズの最南から少し南、海を渡った離島に位置する場所だ。橋は一つっきり、出入りはとても難しい。建物の材質はパンドラクォーツのホワイトマーブルで出来ており、この鉱石には異能者の能力の行使を著しく難化させる効果がある。言わずもがな、重犯罪者の監獄だ。シャノワール・ミュンヒハウゼンはそこから脱獄した」

 

 管理棟からの脱獄。とてもじゃないが、まともに出来るものじゃない。それでは、何があったか。

 

「脱獄方法はおよそこうらしい。シャノワールの能力「シンパシー」は、他人の能力を引き上げる効果がある。そして、大宮吾郎の能力「空間断裂」は字の通り空間を切り裂いて物質を移動させる事が出来る。が、大宮吾郎のそれは精々が手品程度の能力。どうやったかは分からないが、能力をマトモに使えない管理棟の中でこの二つの能力を巧みに使って脱獄した……という事らしい」

 

 空間転移能力。敵に回すと面倒なことこの上無い能力だ。シャノワールの能力でそれが一体どの程度まで増幅されたのか、慎重に進めなければいけない。

 

「少なくとも、二人はまだイクシーズで「月の兎」として活動している。脱獄したのが三日前の晩、そんで宗教団体を作って信者を集めてる。何を考えてんのか知らないが、大宮吾郎は統括管理局の職員だ。レートEとD辺りの住民に絞って狙っている所から、住民データも盗んでいる可能性が高い」

 

 月の兎。市民からの通報があって警察に知らされたそれは、勧誘者の容姿がシャノワールと大宮の二人と完全に一致した事から断定された。

 

「そんで、昨日の晩。統括管理局職員筆頭「人類主席」逢坂緑が誘拐された。事前に食事をしていた友人の話からすると、七時半までは一緒との事だから犯行はその後だろう。今日の出勤時に無断での欠勤、疑問に思った職員が調べた所一連の流れの中で昨日のイクシーズの繁華街での不自然な集会と、その直前に目撃された逢坂緑の姿から事が判明した。それが一時間前の出来事だ、流石に人類主席が誘拐されたとなりゃ上も動くのが迅速だ」

 

 これが、今回の事件の大まかな流れだ。牙刀はここまでを話終えると、一息吸い込んで、大きく吐いた。その身に覇気が宿る。

 

「作戦が決まった。決行は本日夜、討伐対象はシャノワール・ミュンヒハウゼンと大宮吾郎!奪還対象は洗脳された一般市民と逢坂緑!尚、大宮吾郎に対しては生死を問わず!シャノワール・ミュンヒハウゼンに対しては「死罪」が執行される!」

 

 死罪。その一言で、会議室の空気がガラッと変わった。

 

 新社会「イクシーズ」では能力者の犯罪の中でも幾つかレベルが分かれる。その中でも、特に重い重犯罪者は管理棟へと移されることになる。刑期さえ終えれば管理棟から出ること自体は出来たが、その期間から実質的な終身刑のような扱いが多い。

 

 そして、一度管理棟へと移された犯罪者がさらに重い罪を重ねた場合。その者は「最重要危険対象」として、イクシーズ警察総出で「殺処分」の対象とされる。通称、「死罪」。この為に、元々管理棟の脱獄など考える者は居ない。イクシーズを敵に回すことになるのだから。今回は例外中の例外だ。

 

「各々の者は各自の班長の指示に従い、夜に備えろ。今回の作戦、シャノワールの能力上俺や倶利伽羅綾乃、丹羽天津魔といった強力な異能者を端っから投入する事は出来ないが、後方から支援を行う。それでは、解散!!」

 

押忍(オス)!!!』

 

 牙刀の終礼の合図と共に座っていた警察官達が一斉に立ち上がり、言霊を発した。日が落ちれば、大きな戦いが始まる。それぞれが、その覚悟を持って。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。