新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
場所は街中にある一つのレストランチェーン。そのうちのひとつのボックス席に、三人の女性が腰を掛けていた。
「やっぱエスカルゴには生中だろー。デカンタなんて不味くて飲めん、スーパーで400いくらのメルシャンでも買って飲んだほうがマシだ」
一人は黒のロングコートにサングラス、複雑に入り乱れるように黒髪にパーマをかけた女性、
「えー……、私、美味しいと思うですけどね。このワイン。それにメルシャンは神の飲み物ですよぅ」
一人は肩までと短めに切られた赤髪にシャツの上から青のジージャンと黒のジーパンの女性、
「わたしゃー食えれば何でもいいよ。もぐもぐ」
一人は黒のストレートボブに白衣というファミレスで佇むには少し変人臭い女性、
なんともチグハグなガールズトーク。というのも、何故こんな三人が同席しているのかというと。
「なんでお前みたいなのが人類主席なんだ?傍から見たら馬鹿にしか見えん」
方や、14年前のイクシーズを騒がせた対面グループ「
「馬鹿と天才は紙一重。一般人に出来ない考えを成功させるのが天才の条件ですぅー」
方や、学生時代から全てのテストをオールトップで合格。現
「炭水化物はそりゃ糖分かもしれないけど……そんな食って太らないの?」
方や、イクシーズ警察のキャリア組にして、暴力団・凶獄組の組長兼統括管理局第三最高責任者である
言ってしまえば、超ハイスペックの三名によるガールズトーク。女三人寄れば姦しいとは言うが、その話す姿は一般的なそれとはちょっと違って。俗的ではあるが、どこか危ない香りのするハードボイルドチックを含んだサスペンストークへと突入しそうな勢いであるそれは、とても姦しいとは傍から見て思えない。
「うんにゃ、太らん。なんなら私の洗練された腹部、見てみる?見事に割れた腹筋が姿を覗かせるぞ。運動不足解消にトレーニングルームで鍛えてるからね、筋肉ってのは化学よカガク」
緑は自慢気に隣の夏恋の方へと向いて自分の服の裾に手を伸ばした。駄目だ、流石に店内でそういうのはやめさせないと。コイツはやると言ったらやる程度の馬鹿だ……!
「アホぅ。女の価値ってのは筋肉ちゃうわ。度胸と愛嬌に決まってんだろ、兼ね備えて最強だ。表出るか?人類主席」
その振る舞いを見て生中をぐびっと飲みながら、鈍い眼光を響かせる綾乃。あ、駄目だ。この人も一度火が点ると満足するまで燃えるのを止めない人だ。急いで止めないと。
「すいまーせん、生中ひとつと、アイスクリームひとつー!あ、あとデカンタ赤ひとつ!」
「かしこまりましたー」
「あ、ははは……そろそろ無くなるかなーって」
夏恋は店員に二人を抑える為の餌を頼むついでに自分のドリンクも注文すると、二人に向かって笑顔を振りまいた。あー、もう。なんで私はこの二人と一緒に居るんだ。めんどくさいなぁ。
「おう、すまんねぇ夏恋。気の利く女は抱きたくなるねぇ」
「夏恋ちゃんやさしーから好きー。えへへ」
二人からヨイショされて少し笑みがこぼれる。緑に至っては隣の席だからと肩と腰に手を回してくる。あの、頬ずりしないでください。恥ずかしいから。
「いや、あの。私そっちの気とかほんとないんで。勘弁してください」
照れて赤く染まる頬を止めることは出来ないので、とりあえず否定しといて緑を両手で押して剥がす。あ、コイツ意外と力強い。能力で無理矢理剥がしてやろうか?あ、剥がれた。
「なるほど。好きな男がいると」
「わー。夏恋ちゃんやっらしー」
「ちょ、なんでそうなる!?」
ニヤニヤと笑う二人。おおい、何時の間にか私が追い込まれる形に!?くそっ、ここに私の味方は居ないのか?
「はーい、タイプの男性告白会開始ー。私はー、上田次郎」
「あのっ、それ実在人物だけど実在しませんよね!?」
突如始まる無茶振りからなんたるインチキっ!?綾乃さん、それ卑怯ですよ!え、言いませんよ私!
「ん、私は……強いて言うなら、天領牙刀さん?」
「それ人の旦那ーーー!!不貞行為は駄目ですーーー!!」
流石にまずいでしょう!いや、好みのタイプを上げるだけだから別に人の夫でも構わない……のか?
「文句を言うお前は誰だよ」
「そうだぞー、ぶーぶー」
「ぐっ……がっ……」
なんというリンチ。二人が一応でもしっかりと名前を挙げた為、こうなると仕方なく私も言わなくちゃならない流れじゃないか。グダグダの息ながらなんというコンビプレー。くそっ、私だけを虐めるのはやめろ!
「……ええと、じゃあ」
「ワクワク」
「ワクワク」
声に出してワクワクすんのやめろ。ワクワク止まれ。
「一警察官として……神戸尊で」
「……」
「……」
え、何。その二人とも「信じられない」って表情は。私なんか悪いこと言った?これ綾乃さんも使った手法ですよ?私ワルクナーイ。
「雑魚。一言で言うならテメーは雑魚だ。日和ってんじゃねーぞヒヨリのひよ子ちゃん、わたしゃお前をそんな風に育てた覚えはねー」
「夏恋ちゃん、つまんなーい。もっと身近な人の話聞きたかったー」
「いや。いや、いや!育てられた覚えはないし身近に恋した覚えもない!」
いいじゃんかよう、シーズンエイトのOPとかすごい好きなんだよう。別に本当に気になるやつの名前を挙げるとかが恥ずかしかった訳じゃないし!マジだし!――
――「ありがとうございましたー」
結構長い間駄弁っていた。年甲斐もなくはしゃいでいると、気が付けばもう七時半に。日はすっかり落ち、辺りは街灯や店先の光が無ければ真っ暗だ。
「んうぅ~~っ、飲んだ食った~~っ!」
手を組んで上に伸ばしながら声を漏らす綾乃。随分と満足そうである。
「さて……こんな所ですかね。よかったですよね?」
綾乃と夏恋はすっかりほろ酔いに。緑は一滴も飲んではいない。
「うん。そろそろかな?……おお、さみ」
ひゅるり、と吹いた風に緑は軽く身体を震わせる。そりゃ、白衣だと寒いでしょうに。ちゃんと防寒タイプなのだろうか?
「んじゃ、私は闇で帰るから。お前らも気をつけろよー」
「ああ、はい。お疲れ様でした」
「お疲れ様」
そう言うと、綾乃はとっとと空間に異能力「闇との同化」で闇の扉を開いて、それに入っていった。彼女のこの能力は指定箇所への空間干渉能力だ。正直、便利だなと思う。
そして、綾乃が帰って、二人。夏恋と緑は見合った。
「さて、帰ろっか」
「……」
「何、イヤ?」
緑は夏恋に問う。
「……別に」
夏恋は眼を背けた。夏恋と彼女は、学生時代からの友達だ。幾度となく交友を深めた。実の所、「名残惜しさ」がある。
「……えと、今からでもさ、私の迎えに乗ってかない?お家まで送っ」
言いかけた夏恋の口を、緑は人差し指でそっと抑えた。ビークワイエット、と。
「もうガキじゃあないしさ。いいじゃん、私らは「大人」だし「社会人」だ」
そう告げると、緑は背を向けて歩き出す。夏恋は、その背中に消え入りそうな声で言葉を投げた。
「……もう、あんな事、ゴメンだよ……」
一瞬だけ、彼女は振り返った。
「「黒咲桜花」の再来はもう二度と来ない。過ちは繰り返さない。その為のイクシーズだ、その為の人類主席だ」
そして、彼女はその場を去る。少しして、近くの道路に銀色のメルセデスE500が停車した。
「お迎えに上がりました、お嬢様」
「ん……」
夏恋はその場に名残惜しく視線を残すと、E500の後部座席に乗り込んだ――
――夜八時の街中。繁華街を歩く逢坂緑は、白衣という特異な姿であっても十人十色のこの場所では決して異色では無かった。
繁華街だけ見るとここが「特殊な場所」とは決して思わない。精々が賑やかな場所という感想であり、もし深夜帯なら名古屋の伏見の方がよっぽど怖いだろう。
そんな気兼ねで歩いていると、頭に鉢巻を巻いて青の半纏を着た男が近付いてきた。
「やや、お姉さん!お暇ならウチなんてどっすか?良いの入ってますよー」
ああ、客引きか。繁華街だと結構あるんだよね、こういうの。
「いえ、ごめんなさいね。今はそういう気分ではないので」
やんわりと断ると、次はバーテンダーの服を着たキザったい青年が近付いてくる。
「なら、お姉さん。ウチなんてどうですか?只今サービスタイム中です、お気入りの相手がきっと見つかりますよ。是非貴方を夢の世界へと……」
「あー、男遊びの気分じゃ無いので」
そして断る。すると、さらに多くの客引きが寄ってきた。
「ならウチで相席なんてどっすか?」
「なら此方で焼き鳥なんてどうでしょう?」
「なら此方へ、プラネタリウムバーで貴方に癒しを」
「あ、あの……」
押し寄せてくる老若男女が次々と緑の周りを取り囲み、気がつけば人の肉壁で緑が覆われる。まずい、と判断した緑はズボンのポケットに手を突っ込み、護身用の武器「ビームクボタン」に手を伸ばした。普段は只のキーホルダーだが、能力で電気を送ればそれだけで熱線が展開される強力な武器だ。統括管理局最高責任者の凶獄煉禍から直接受け賜うた物だ。リングを親指に掛け、リングに吊るされた三つのホルダーを人差し指から薬指の間に一つずつ握りこむ。
展開準備は完了。しかし、人が作り出した歪な円形の中で、緑が目視した……いや、せざるを得なかったのは一人の人間。体型からして男。細身だ。
『ヤァ、アイタカッタヨ』
「……ッ!」
緑は眼を見開く。声はボイスチェンジャーで加工されており、甲高い音が耳につく。姿は緑と奇しくも同じ白衣、そして、異様なのは何よりも。
その顔には、まるでアメリカンコミックのような馬鹿げた「兎の仮面」が被られている事であった。その男が仮面を外すと同時に30代程度の素顔が現れ、同時にボイスチェンジャーが外れる。眼が、離せなかった。
「ようこそ、「月の兎」へ。私は
その眼と声を感じた瞬間に、緑の中で何かが込み上げる。緑は衝動の赴くままに空を見上げた。すると、空には半分に欠けた月が。まるで、彼女らを導くように光を放っていた。