新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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統括管理局とフラグメンツ2

 統括管理局の地下システムルームから出る二人。暗い部屋のドアを開けるとそこには、明るい廊下の中で一人の青年が後ろで手を組んで佇んでいた。オールバックに決めた短い黒髪に黒いスーツで大人しく締め、光らせるは重厚な眼差し。腰には右と左、それぞれに黒塗りの鞘に収まった二振りの日本刀が。

 

「やあ、待たせたねイオリ君」

 

「いえ、問題は無いです」

 

 重い。そのように土井は感じた。この空間に収まった瞬間、いや。正確には、システムルームのドアを開ける寸前から。異様(いよう)、というより威妖(いよう)。禍々しい何かが土井の能力「流転式」を通じてドクドクと伝わってくる。全ては、この青年から。

 

「ああ、紹介しよう。彼はね、新しく統括管理局職員になったイオリ・ドラクロア君だ。データ周りじゃなく警備員のほうだよ。イオリ、彼は土井銀河。誇り高きイクシーズのフラグメンツの一員さ」

 

「ああ、なるほど。よろしく、イオリ君」

 

 右手を差し出して平然としている土井だが、内面では流転式で汗を体内循環させるのに必死だ。溢れ出る生唾を必死に飲み込む。こうでもしないと汗が吹き出る。

 

「よろしく頼む、土井さん」

 

 イオリと握手をする土井。イオリのそれは表面上こそ軽く柔らかい表情ではあるが、その最中でも常に彼はこの――「戦闘体勢」というものを崩さない。どの段階でも瞬時に抜刀し対応できる状態。そういう「感じ」だ。気を抜いたら今にでも両断されそうだ。

 

「じゃあ、私は先に行ってるよ。イオリ、君はある程度彼と交流をした上で追いかけて来るといい。五分、猶予を持たそう。それじゃ」

 

 そう言ってしまうと、凶獄はとっとと行ってしまった。気まずい。何を言えばいいのだろうか。この重苦しい彼と。一体、何を話せばいいのだろうか。

 

「その……まだ若そうに見えるけど、随分と強そうだね」

 

 とりあえずのジャブ。気になったことを、マイルドに伝える。話の切り出しには常套だろう。

 

「一応、24歳だ。素性は先の紛争、血に彩られた十年間(ブラッディクロス)の亡霊だ」

 

「ブラッディクロス……確か、地理的には海外、あれはサンクレアの方の紛争……ええと、十年続いた……」

 

 サンクレア。海外にある魔法都市だ。元は鉱山都市として賑わったそれは、いつしか豊富なパンドラクォーツの資源と共に世界有数の魔法都市に。機能や外交から異能者の都市としてはイクシーズの方が有名ではあるが、パンドラクォーツの産地として知る者は多く、言ってみれば知る人ぞ知る異能都市か。現在は王立都市サンクレアと名を変え、幾つもの王から成り立つ独自の政治を建立している。ブラッディクロスと言えばそちらのあたりで起きた国際紛争だが。

 

 と、そこでおかしな事に気付く。紛争が始まったのはおよそ20年前だとされる。なら、彼の年齢は。ブラッディクロスの亡霊、となると軍人……まさか少年兵……?

 

「死んだ筈の人間だ。後は察せ」

 

「う、うん。そうか、それは頑張ってきたんだね……」

 

 彼には彼の人生があったのだろう、波乱万丈な物が。だとするとここまで気を張っているのも分かる。張り詰めなければ落ち着かないのだろう……せめてほぐしてあげなければ。

 

「でも、安心していいよ。この街は異能者にとって幸せな街だ。ま、何が幸せかなんて人それぞれだけどさ……少なくとも戦争なんて起きないよ。だって、此処の防衛システムは世界随一だからね!無敵の警察官に全てを統率する管理局!世界と敵対なんて絶対に有り得ないと断言できるよ、その為の新社会だ!」

 

 イクシーズの在り方とは、能力者全員に「理想の世界を」、である。静かに暮らしたい者は静かに、目立ちたい者は目立ち。各々が能力を行使して、能力に見合った理想の人生を歩んでいく。五大祭がエントリー制なのもその為だ。目立ちたく無い人は目立たなくていい。目立ちたい人は大いに目立てば良い。祀ったり、望んだり。参加するのも、遠巻きに見るのも。それはその人の在り方だ。

 

「フ、それはそうだろうな。ああ。此処の人々は幸せそうだ。俺はその幸せを守るために死人として蘇ったのさ」

 

 そして、イオリは歩き出した。少し嬉しそうに。

 

「良い街だ。共に頑張ろう、この幸せを守るために」

 

「……!ああ!」

 

 その背中は哀愁を感じさせるものだが、心意気は確かなものだった。なる程、悪い人じゃない。気張っていたのはそういうことだったのか。

 

 妙なシンパシーを感じて土井は顔を綻ばせる。彼とは、良い友達になれそうだ――

 

――夜八時半。街中の小さなスーパーにて一応主任をしている土井は少なくなってきた商品の補充をしながら、溜め息を吐く。

 

「はーっ……」

 

 桜花には会いに行った。イオリとも友達になれそうだ。けれど、心のつっかえが取れるわけじゃない。なんか、もやっとするんだよなぁ。しかし、仕事は仕事。仕方なく鉛のように重い腕を動かす。

 

 そこでバスン、と仕事用の紙キャップの上から脳天の上にチョップを食らった。

 

「こら、溜め息しながら仕事をするな銀河」

 

「ぐえっ、店長。たはは、すみません……」

 

 滅茶苦茶ダサい親を恨みそうな名前を呼ばれて声の主に振り向くと、其処には案の定このスーパーの店長が。年齢は多分30代。化粧は程々に、しかしキリッと身だしなみを整えて。綺麗に切り分けた長髪を後ろで結い、姿はパリッとした肌のツヤ。いかにもな健康体で、何より美人。制服にエプロンの上から主張する推定Cカップのバストが眼を惹く、理想の「出来る女性」ってやつだ。とりあえず笑って誤魔化す。

 

「君はたまーにそういう風になるな。いつもの勤務態度は素晴らしいのに……あと1時間だぞ、気ィ引き締めろー」

 

「ははは、ご指導ありがとうございます」

 

 軽く怒るような素振りを見せつつも、それは何処かおどけたようで。彼女なりの気遣いと土井は受け取っている。何より、去っていく後ろ姿の前掛けエプロンの間から見える黒いロングパンツに張り詰めたヒップが堪らない。

 

 それを心の中で拝みつつ、土井はあと一時間の糧にした。なんとも心優しい彼女、こんな人が奥さんだったらきっと楽しい生活が待っているだろう。

 

 仕事を終えて着替え、外に出る。

 

「ううー、さみ……」

 

 身に纏ったウインドブレーカーは暖かいが、顔や手を冷たい風が吹き抜けていく。

 

 店長、飲みに誘ってくれないかなー。こんな寒い夜は是非とも温まりたい。なんなら宅飲みでも。ああ、店長の部屋の中、温かいナリ……。

 

 みたいな妄想を考えつつ何気なく携帯を開いて見ると、SNSを通じて同じフラグメンツのシャイン・ジェネシスから通知が届いてた。五分前だ。

 

『土井さん、そろそろ仕事終わり?今日ホリィが瀧んトコ泊りに行ってるから一緒に飲もうぜ!実は浅野ももう来てるんだ』

 

 画面に映ったそのメッセージに、自然と顔が綻びる。

 

 なんとも女っ気が無いが、ふふ、なんというかこの、男同士の友情ってみたいなのもいいかもな。

 

「さて、行くか」

 

 僕は一人じゃない。皆が居て、仲間が居る。そう感じるだけで、明日への糧になる。

 

 土井銀河は今日も往く。この日常を、イクシーズという街にある確かに暖かい繋がりというものを感じて行くんだ。


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