新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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愛おしき7 days

 ガヤガヤと賑わう店内。そりゃ、時期が時期故に当然のことで。12時過ぎ、昼時。日本の中でも屈指の規模を誇る神の社「伊勢神宮」。そしてその前に列挙する商店街「おかげ横丁」。今、黒咲夜千代が居るのはその中の一つの定食屋のカウンターだった。

 

 12月31日、大晦日。今日で良かった、今日が良かった。なぜなら、年末と年始の二日間、人が少ないとするならばまず前者。「年末」でしか有り得ない。行くなら、今日だった。

 仮に年始だとしよう。初詣がある。後は分かるな?「お話にならない」、だ。中京圏、名古屋市中央にある「大須観音」ですら1月1日って日はやたら人が来やがる。だっていくら三大観音の一つだって言っても……ねぇ?ありがたみを感じれるのだろうか。偏見かもしれんが。

 

 とりあえず1月1日の神社にだけは「近寄ってはならない」、そういう事だ。黒咲夜千代は人ごみが大嫌いだ。夏まつりの時に悪くは無いと思えたが、それでも嫌いなもんは嫌いだ。だから今日。心の底からお祭りが好きな奴は明日来い。

 

 ちなみに黒咲夜千代に信仰心なんて者は無い。神よりも他人よりも真っ先に自分を信じる。その次に自分の勘だ。なんと合理的であろうか。これだけは自身がある。ふふ、私かっこいいぜ。惚れるなよ?

 と……誰に言うでも無く、ただ「人が多いなあ」と思いつつ注文した料理をつついていると、丁度隣に空いた三つのカウンター席に、まず一人の男が座った。

 

「調子はどうだ?」

 

「別に。異常なしだ。平和で何より。そのまま黒魔女の手綱を上手く握っててくれ」

 

 常に浮かないような顔をしている少年、岡本光輝。夜千代の数少ない友達である。相変わらず黒い眼差しが人を落ち着けるやつだ。この平行線のテンションがいい。

 

「サザエのつぼ焼きか」

 

「ん?おう。ほんっと美味いな、これ。サイゼのエスカルゴを日本風に味付けしたような感じだな」

 

 殻付きのサザエを蓋の付いたまま醤油……出汁か?その辺りで焼くというか、煮るというか……とりあえずそんな料理だ。焦げた醤油の香りがたまらない。見た目の豪快さもさる事ながら、中々これがどうして。理に適っていて美味い。眼と舌と鼻、三位一体で楽しめる。素晴らしい。

 

「……確かにありゃ貝類だし美味いが、ゼリヤのあれと一緒にされるのはな……ちなみにサザエの本当に美味い食い方は刺身だ。肝とかな、神だぞ」

 

 サザエの刺身……?なんだそれ、興味ある。肝って生で食えるのか……じゅるり、と涎が出てきた。しかし、ここで重大なことに気付く。こいつは痛い。

 

「あ、本当だ。メニューにもあるな。って、お前が居るって事はもしかしてクリスとかもうすぐ来るのか」

 

「おう。また今度にでも食っとけ。なんならそう珍しいもんでもないしイクシーズでも食える」

 

 なんとも口惜しい、流石に監視対象本人との鉢合わせは困る。その辺は上から念を押されているんだ。本当は岡本光輝ともあっちゃいけないんだが、まあコイツの事だ。口裏合わせは余裕だろう。しかしクリスとなると……合わせてくれそうではあるが。そもそも彼女には素性を知られていない、無理に明かす必要もあるまい。

 

「おう、じゃ、またな。次に会うときゃイクシーズかな。一先ず大丈夫そうだ」

 

「ん。あ、待った。これもってけ」

 

 そうして、光輝は所持していた紙袋から一つ、手で持てる程度で長細い六角形の仰々しい箱を夜千代に渡す。

 

「なんだ、これ……?ん、ニッキの香りか?」

 

「生姜糖っつーんだ。一応伊勢名物でな、お前への土産だ」

 

 箱から薄く染み出た独特な鼻を刺すような香りがなんとも言えない。和菓子か。しかし、ほう。あの岡本光輝が土産とな。まさかの伏兵に夜千代は思わず嬉しくなる。

 

「おっ、おう!あんがとな?」

 

 普段からお礼というものを言い慣れていないせいで語尾が若干おかしくなってしまったが、再度言い直すのも気恥ずかしいので諦めてその場を後にした。

 

「……サザエの壷焼きか。良いな」

 

 貝類の食べ方は人によって大きく好みが分かれる。独特な磯の香りを楽しめるなら刺身、あれが苦手だという人は焼きで。光輝はそういうのは大の好物なのでもっぱら生食が好きだが、クリスは分からない。外人ってあの味は大丈夫なのかな?

 

 しかし、生のサザエってのは本当に美っ味いんだ。ゴリゴリとした食感、鼻孔を擽る鮮烈な磯の香り。個人的にはアワビの刺身よりも好きな程に。よし、食おう。サザエの刺身、クリスと暁を巻き込んで食おう――

 

――夜の境内。犇めく人々の中で、光輝と暁は並んで立っていた。母親達は今頃家で酒でも飲んでいるだろう。クリスは、その……トイレだ。長い列に並びに行っている。

 

大篝火(おおかがりび)ってどんな意味があるんだ?」

 

「んとね……さあ?大きな火を焚いて、神様をお呼びして、そして参拝するって流れじゃない?」

 

「まあ、理には適ってるのか」

 

 当たり障りのない話をして時間を潰す。しかし待ち時間もあるし、あの件について整理するなら今だろう。まだ、彼女とはその件について深い言及をし合っていない。光輝はそれまでの疑問の全てを暁に問う。

 

「結局どういう事だ?夜千代もクリスもあの時の出来事は一切覚えてないようだが、俺は覚えている。それと、あの中では確かに日にちが立っていた筈だ。が、帰ってきたら物の数分も立っていなかった。まだ明け方だった」

 

 あれから、光輝達はすんなりと帰ってきた。そう、本当にすんなりと。

 

 「星の記録」の中から出てきた光輝達はそれぞれが元々居た位置……「場所」と、「時間」。ほぼそのままに帰ってきた。多少の誤差はあるかもしれないが、概ねそのままだった。

 

 そして、その出来事を光輝と暁は覚えているが、クリスと夜千代は一切覚えちゃいなかった。問いただしたわけじゃない。しかし、覚えているには反応が淡白だ。なら、覚えてないと見るが正しい。

 

「さあね。人の夢と同じじゃない?覚えてる時は覚えてるし、覚えてない時は全く覚えてない。夢の中で何時間も過ごしたように感じても、起きたら30分くらいしか経ってないのとおんなじじゃない?体感時間の関係かな」

 

「そんな適当な……」

 

 多分、その辺は暁にも分からないんだろう。そもそも幽世(かくりよ)で光輝達とクリス達が同じ時間を過ごしていたかどうかすら怪しい。そういう素振りは無いようにも見えた。あの場所の時間の流れ方はどうなっているのだろう。考えるだけ無駄なのかも。あの場所は特別だ。

 

「……もしかしたら、幽世が夢みたいなんじゃなくて、夢が幽世みたいなんじゃないかなぁ。デジャヴとか、走馬灯とか。それらひっくるめて人の脳みそ全部が「星の記録」を真似た物だったりして」

 

「……んう?もうそこまでいくと哲学の領域だな」

 

「ごめん、自分でも何言ってるかわからなくなってきた。気にしないで」

 

 段々と難解になっていき、収拾がつかなくなる前に二人してその話題を閉じた。考えても分からない事のほうが世の中は多い。まあ、今此処に居ることは確かだしよしとしよう。おお、ほら気が付いたらクリスも帰ってきた。大篝火か、懐かしいな。目の前で轟々と燃える様は見ていて高ぶるものを感じる。

 

 尚、クリスはこれを見て後に「ジャパニーズ・キャンプファイヤー」と勘違いすることになる。彼女の見てきた文献が本当に気になる――

 

――そんなこんなで、イクシーズからの外出許可証の期限いっぱいまで伊勢で遊んだ俺たちにも、遂に帰る日が訪れた。

 

 思い返せば夢のような七日間だった。一回だけ慌ただしかった事もあったが、それ以外は特別な事もなく。夢のようなのほほんとした時間をクリスと暁、そして偶に夜千代達と過ごした。……母さんや伯父さん達はずっと飲んでいたが。しかしそれでいい。折角の年末年始だ、休める時にしっかりと休んで遊んで。だからこそ、明日へとまた歩き出せる訳で。

 

 して、今日は出発の日だというのに、一人足りない。大事な人だ。

 

「あれ、母さんは?」

 

 岡本陽。光輝の母親が居ないではないか。出発の日だというのに、何処に。母さんのことだからてっきりまた朝から飲んでると思ったが。

 

「うん?あいつなら例の場所だろ。盆の時にも帰る日にはあそこに居た。お前の母親も父親も、本当にロマンチストな奴らだった」

 

 答えてくれる伯父さん。例の場所って、一体。光輝には見当が付いていない。

 

「あの、それって……?」

 

「なんだ、知らんのか。夫婦岩(めおといわ)だ。お前の父親、岡本(おかもと)直輝(なおき)鬼灯(ほおずき)(ひなた)に愛の告白をした場所だよ」


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