新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「こうくんは、私の味方だよね」
伺うように、しかし半ば確信したように問う暁。その少しだけ不安そうな瞳が、なんだろう。保護意欲を掻き立てるのか。
「おう。夜千代は馬鹿だからな、俺はアイツの敵だ」
当たり前のように光輝は暁の味方に回った。
「なっ!岡本、テメェ!」
「ま、置いといて」
夜千代の呼びかけを光輝は無視した。クリスがどうどう、と抑えておいてくれている。やり易い。サンキュー。
「そうだよ、人生ってのは楽しんだもん勝ちだ。食う寝る遊ぶ……いや、働くのも必要だがな。そうやって人は営みながら生きる。合間合間で好きなことすりゃいい」
「うん、うんっ!そうだよね!だから、こうくん!私と一緒に伊勢で――」
「――が、使命感、ってのもあるんだなこれが」
食い気味の暁に対して、光輝は頭に手を当てて苦しそうに呟いた。ここで一旦、突き放す。
「やりたいこととやらなきゃいけないことは当然の如く別だ。やりたいことは最高に楽しい。けど、人間ってのは一人で生きちゃいねぇ。やんなきゃいけねーこともあってな。やれ勉強だの、人付き合いだの、部活動に体力作りに健全な学校生活……これら、全部「使命感」で出来てやがる。別に全部スルーしても生きていける。それで成功したやつも少なからず居る」
そう、それこそが白線の上をはみ出さずに歩く事で。「使命感」とは、人を人たらせる、重要な人生の
「けど、無視したらそれは「普通じゃない」のよ。結局、使命感に従う事こそが普通であって。出来る事をやる事こそがそいつにとっての普通になっちまうんだ……やんなるよな。まともに生きりゃまともに生きるほど縛られていくんだ。期待とリスクを背負ってよ、武者震いしながら苦笑で引き受けて。けど、それも楽しいのさ」
光輝は、なんとなく、ようやく気付いた気がする。自分で言って、自分で納得してしまった。なる程、こういう事だ。これまで毛嫌っていたそれが、「父親」を死に追いやったそれこそが普通なんだって分かってしまった。済んだことは、執着は此処で切り捨てる。いい加減死者の幻影に縋り付くのは辞めてやる!
「山あり谷あり、楽ありゃ苦もあるんだ。上を向いて歩くことが楽しいって、アイツに――アイツらに気付かされちまった」
そして、光輝は背後を親指で差しながら諦めるように、しかし何処か楽しそうに笑った。その背後には揉めているクリスと夜千代が。
暁は、少し悲しそうな顔をして――直ぐに笑顔になった。好きな人がそれを選んだ。なのならば、彼女はそれを送り出すことしかできないのだ。
「すまん、俺は伊勢に住むことは出来ない。イクシーズで自分のやりたい事、やらなくちゃいけない事を全部やってくる」
光輝は暁で無く、彼女達を選んだ。私は選ばれなかった。
悲しいな。でも、うん、うん……仕方ないよね。それがこうくんにとっての日常なら。
「はは、フられちゃった……そんなに向こうの女がいいのかな」
暁は納得しようとする。こうくんは決めたんだ。必死に考えたんだろう、あれだけ日常が好きだったこうくんが。ずっと一緒だったこうくんが。
頬を、温かいものが流れ落ちる。唇の端から口内に染み込んだ。しょっぱい。
「あれ、おかしいな。涙、っ、分かってる、つもり、なのにぃっ……!」
悔しい。納得したい。ダメだ、どんどん溢れてくる。どうして止まってくれないんだろう、こうくんにこんな無様な姿、見せたくないのに……格好悪いよ……。
手で必死に涙を拭おうとする暁。口が歪み、嗚咽が漏れる。その震える体を、光輝はそっと抱きしめた。
「おいおい、泣くなよ。別に二度と会えないってわけじゃねーんだ。盆と正月、年に二回は帰ってきてやる。結婚はしてやれんが、せめて兄として優しく接せさせてくれ。数少ない家族でな」
「っ……ははっ、やっぱこうくんは優しいなぁ。ありがと、ありがとね……!」
上ずり気味の暁だが、顔はもう笑顔に。傍から見たら、まあなんと仲睦まじい兄妹だろうか。
「……」
「……」
「おい、黒魔女」
「なんでしょう夜千代」
その様子を、生暖かい視線で見つめる二人。夜千代とクリスだ。
「私らいらなくね」
「でしょうね」
ま、まあ一件落着という事で。そんな風に心の中で自分に納得させつつ、落ち着くまでその様子を見守った――
――泣き止み、息も整え、しっかりと立ち直った暁。
「よし、夜千代。謝れ。仲直りだ」
「なんで私がッ!?」
いきなり切り出した光輝に対して夜千代は素っ頓狂な声を上げる。いや、全面的に悪いのはお前だぞ。気に入らないから喧嘩売ったってだけだもんな。何被害者ヅラしてやがる。
「ま、まあまあ夜千代、此処は丸く収めるという事で……。暁さんも、それでいいでしょうか?」
「
「ケッ、可愛くねーガキンチョだぜ。力はあるが使い方もいっぱしに知らんお前が偉そうに言いやがって、ビービー泣き喚くまでいびってやりたかったがしゃーなしだ。ほら、仲直りの握手だ」
お互いに不本意ながらも、その右手を近づけあった。光輝とクリスはそれを苦笑いで見守った。何はともあれ、これで仲直り――
「拒否ィッ!」
「マクードナールドッ♪」
暁は握手の形から親指を除いた四つ指だけを根元から内側に素早く折り曲げて相手の手を
うん、駄目だこいつら。
「ケッ、カッカッカ!雑っ魚ー、山っ戯ー!これだからガキはよぉーう!」
「ぶっ、こっ、殺すっ、殺してやるっ!」
腹を抱えて地面を笑い転げまわる夜千代と、顔を真っ赤にして地団駄を踏んで憤る暁。人をからかうことにおいては夜千代のが幾分も
――ピピピ、ピピピ。
何かが鳴ってる。なんだろう。目を開ける。薄暗い。段々と視界と思考がクリアになっていって。天井が見える。そりゃそうだ。耳元で携帯が鳴ってる。ああ、アラーム設定したからな。
「……あー」
鬱陶しい掛け布団を跳ね除けて、ベッドから足を地面に垂らす。黒の薄いTシャツに薄桃色のショーツ。夜千代の普段着だ。冬でもこれだ。流石にずっと過ごしていると寒いが、寝てたらなんとかなる。体温は高いほうだ。髪はぼっさー、と所々跳ねている。だりー。
……ああ、ここ、ホテルだ。そういや私、伊勢にいんじゃん。
とりあえず冷蔵庫に入れておいた缶コーヒーを取り出そうとして、ベッドから立ち上がった。暖房が効いているから、自分の家と違ってそこまで寒くない。一生此処に住んでたいな。ベッドは柔らかいし。
ああ、そうだ。なんか、すっげー夢見てた気がする。大事な夢だった気がする。結構、壮大な――
「……あれ」
覚えてない。いっつもそうだ、夢ってのは起きる寸前まで覚えててもいざ起きると全て抜け落ちる。不思議なものだ。
ま、いっか。なんか損するわけでもないし。
缶コーヒーのプルタブを開けて、キュイッと行く。おお、糖分とカフェインが私の脳みそに覚醒を促している。美味い、美味いぞ。
「……ああ、今日はおかげ横丁行くんだったな」
本当に朝が弱い夜千代であった。