新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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魂踊れや、赴くままに4

「黒魔女……一体何をっ!」

 

 多少興奮気味の夜千代は、庇われようが庇われまいがそんな事はどうでもよく自分の行動を阻害したものとしてクリスに食いかかる。

 

 イラつく存在は踏みにじる。自分に害を成す者はぶっ飛ばす。それが彼女の生き方だ。相手が男だろうと女だろうと、それがガキであろうと。然るべき行動で世の中の厳しさってヤツを直々に教えてやる。それが黒咲夜千代のアイデンティティ……俗的に言うなら「エゴイズム」と。

 

 だから納得するまで止まらないし、止められたくない。故にクリスに対して突っかかる、が……そんな夜千代に向き直りて、クリスは逃すまいとその肩を両手で抱えた。勿論夜千代は嫌がる。

 

「おいっ、放せ!」

 

「放しませんよ。落ち着いてください、これはお願いです」

 

「何をっ……!」

 

 お願い。彼女はそう言った。この私に対してお願いだと……?と、疑問に思って、気付いた。クリス・ド・レイは「重力制御」を行使していない。素手で夜千代を抑えているだけだ。本気になったら振りほどけそうなほどに優しく。彼女の「重力制御」なら、そのまま夜千代を無理矢理ねじ伏せて止めることも他愛ないだろうに。

 

 一体何を考えていやがる……!舐めてんのか!?

 

「間違いがあるなら止めるべきです。それが私の正義。私はそこに割って入って、誤ちを正すもの。そして、それが友人であるなら尚更見逃せません」

 

 友人。彼女は、そう言ったか。夜千代は自分の顔が豆鉄砲を食らった鳩のようになっている事に気付いていない。

 

「友人って、おまっ……」

 

「ああ、ええと……この国では敬愛を込めるとき、こういうのでしたっけ。「友達(ダチ)」でしょう?私達」

 

 友達(ダチ)。いや、別にそう表現すると決まったわけでもなく。親友だの、連れだの、仲間だの、フレンドリーな表現はいくらでもあるのだが。そして、そういう話じゃなく。

 

 素直な好意を向けられて嫌な顔が出来るほど、夜千代は悪に徹せない。彼女の人間としての情、というのか。すぐさまにその顔は紅潮していった。

 

 夜千代は、意外と脆い。それは、「親しみを持って接せられる事」に対して。非常に脆い……両親は居ない、反抗期として当たる一番親身な相手が居らず。足りぬのは触れ合う相手、彼女は反抗期という物を辺りに当り散らすことで紛らわして生きてきた。そんな彼女には心の底から許し合える相手など殆ど居ない。一番最初の段階で拒絶してきたからだ。

 

 愛に飢えた少女、それが黒咲夜千代の一面でもあった。故に脆い。愛情というものに。

 

「だ、だだだだ、だちって……なっ、クリっさん……!!?」

 

 気が付けばさっきまで饒舌だった筈が今や舌も回らずに完全に行動を停止していた夜千代。その様子にクリスはにっこりと微笑みかけて後ろに下がらせる。ええ、休んでいてください。偽善でも何でも構わないんですよ、お友達のために立つことが出来るのなら。

 次に空から地上へとゆっくり降りてきた暁と対峙する。クリスは尚、笑顔である。

 

「……クリスさんはその人の味方?なら、私の敵なんだけど」

 

 敵意。それを向けられていた。暁から、「お前を倒す」というような。そんな感じをヒシヒシと受けている。笑顔は崩さない。

 

「いいえ、そうではありません……というのも、嘘になりますか。言うなら私は誰の敵でもなく。それは貴女も夜千代も。そして、誰の味方でもあるのです。無論、貴女と夜千代の」

 

 クリス・ド・レイのそれ自体は、厳密に言えば嘘になる。倒すべき相手……凶悪な犯罪者が居たとしたら、それはクリス・ド・レイにとって敵になる。親身になってなど考えてやらないだろう。明確に犯罪者に対して「味方」で無く「敵」として対峙出来る。それもまた、正義の在り方の一つで。遠慮をしないというのは強みだ。

 

 けど、その言葉の意味そのものは本当なのだ。彼女はこの場に居る全員の味方だ。最愛の人と、その従妹、友人。全てが自分に取って大事な人である。彼女がそれを「命懸けで守れ」と言われたら、言われなくても守るぐらいには。

 

「今回の件、どちらが悪いというか……些細な行き違いのような物でして。貴女にも夜千代にも罪は無いのですよ。「罪を憎んで人を憎まず」とは言いますが、その罪が無いのなら。憎むべきものは無いのです」

 

「……へぇ」

 

 暁は敵意の表情を消した。一先ずは、和解へと漕ぎ着けそうか。

 

 クリスは迷っていた。ただひたすら優しさで相手を包み込むか、それとも言葉の意味で誠実さを売っていくか。本当に気持ちが伝わるのは前者であろう。が、ケースバイケース。

 

 クリス・ド・レイからして鬼灯暁は信頼出来る人物である。しかして、鬼灯暁がクリス・ド・レイを信頼たる人物と定義づけていると思い込むには、些か早計であると思うのだ。

 

 自分が相手に抱く感情と相手が自分に抱く感情は、もっぱら別の物と言っていいだろう。というか、当たり前である。例えば、道端を歩いていた見知らぬ二人がすれ違ったとして、「あ、人がいる」。これなら同じ感情と言って差し支えない。仲の良い友人同士が「コイツとは気が合う」というのもザラで。でも、「私は君が好き」と「僕は君が嫌い」というのは平気で有り得て。だから、人間関係というのは怖い。うっかり間違って足を踏み出すと、それは虎の尾を踏む事に成りかねない。

 

 故にクリスが選んだ答えはとりあえずひたすら相手を懐柔する事。それが今の目的だ。

 

「しかし、凄い能力者です。私としても、憧れるものがありました」

 

 しかし、見えない地雷を踏むのが早すぎた。

 

「凄い能力……そう。憧れたから、何さ」

 

 暁にとって、そういうのは御免だったのだ。

 

「能力者だの、そうじゃないだの、私はそういう枠組みに囚われるのが大っ嫌いだ」

 

「……あの?」

 

 クリスの困惑。これはやらかしたか。

 

「どれだけ特別な能力だろうと、なんだろうと!私は私だ!鬼灯暁っていう人間だ!そんな物に憧れられて、困らないわけがない!」

 

「……!」

 

 異能である少女。それは外側だけで、中身はごく普通の少女なんだ。

 

「先へ進むだ?促進だぁ、革新だぁ?「イクシーズ」なんて大層な名前を付けやがって。私に大事なのは「在り来りな日常」だ、多くの人に大事な筈だ!そんなに特別がいいかよ、普通であることのほうがよっぽど建設的だね!特別ってのは、異常ってことだ!私はこの能力を明かすことなくっ、平然と暮らすために普通として生きてきた!悪いかよッ!」

 

 クリスにプレイングミスがあったとするなら、それは彼女が「岡本光輝」の従妹であるという事を失念していた事だろう。光輝の思考回路に寄り添って会話していけば彼女の地雷を踏むことは無かったはずだ。彼女の内面は、光輝と非常に似通った物がある。

 

「……えと、栄光の道を歩むのも、中々楽しいものですよ?」

 

 どっちつかずに陥ったクリスは。「前へ進むか」、「引き戻すか」の中から「ゆっくりと歩む」事を選んだ。引き返すのが一番丸いだろうが、そんな事は誰にでも出来る。今のクリスの狙いは、暁と分かり合う事にあった。

 彼女の言いたい事は分かるのだ。けれど、押されるだけでは、分かり合えない。受け入れただけで、理解してもらえてない。だから、少しずつ踏み出す。

 

「ふん……「井の中の蛙」って知ってる?日本の有名な話だよ。知らなきゃ良かったなんて事はいくらでもある。平和に暮らしたいなら、身内で、仲間内で。世界を知る必要なんて無く」

 

「はい。存じてます」

 

 井の中の蛙、大海を知らず。それを駄目だというものが居れば、それがいいと言う人も居るだろう。人間というのは十人十色で。

 

「人の命なんてたかだか数十余年だ。何億何兆もある星の命の中でそれは塵芥(ちりあくた)でしかなく、私らはそん中でピエロ演じるHam(ハム) actor(アクター)に過ぎない。なら、好きに生きるべきだよ。いずれ来る死のことなんか考えずに、踊らにゃ損々と」

 

 ……間違いじゃない。正論だ。その正論を。クリス・ド・レイが今更肯定して、何になるのだろうか。

 

 ……分からない。なんと言えばいいのか。

 

「そうだ、その状況がいい」

 

 その時、背後から掛けられる声。ああ、そうだ。きっと彼なら、彼女に対して適切な言葉をかけてくれるだろう。その登場はあたかもヒーローのように。

 

「だから、俺も踊るのさ。歪ながらも、教えられたてのタップダンスをな」

 

 岡本光輝。彼なら、きっと。


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