新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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魂踊れや、赴くままに3

 縁側で座り込み膝に肘を立てて手のひらで頬をつく岡本光輝。少し楽しそうな、少し厄介そうな。いまいち踏ん切りが付かない、曖昧な眼をしていた。

 

 ああ、そんな気がする。

 

 黒咲夜千代という人物の姿。彼女を見ていると、なんとなく理由が分かる気がする。岡本光輝は、彼女と気が合う理由が分かる気がした。

 

「凄い……あれだけの……」

 

 クリスはただ、驚く。彼女達二人の攻防に。情勢は夜千代が有利だ。しかし、目を見張るとなるとそんな簡単な感想で済ましていいわけじゃない。

 

 言ってしまえば、彼女らは異常である。

 

「まさかだと思ったが、暁の力は「超視力」からさらに「願い」を視て事実的に「具現化」する……しかもその力を取り込んでいる。ああ、分かりやすく言うとな、アイツは神様の力を使っているんだ」

 

 神様。クリスは目をパチクリさせた。俄かには信じ難い。光輝は幽霊を視る事が出来る。ならば、その他のまた別の物も。特殊な何かが視えているのだろう。

 

 神様。ジパングには多くの神様が住むと言う。有名どころで言うとアマテラスオオミカミやツクヨミノミコト。それぐらいは外国人のクリス・ド・レイでも知っている。文献で読んだ。……漠然なイメージでしかないが。

 

「え、ええ……彼女から何かこう、ビリビリとした物を感じます。けれど、その、神というのは」

 

「んーとな……なんつーか、人の……こう、想像力だ。「あれがいい」「これがいい」っつって。例えば、俺が瀧シエルの力が欲しいって思ったら、その力をそのまま使えるわけだ。俺がイメージした瀧シエルの力をだ。オリジナル程の精巧さは無いが、逆にオリジナルを超えてしまう事が出来る可能性もある。それが「願いの具現化」だ」

 

 光輝は脳内から頑張って自分の考えを述べる。言えば言うほど夢物語のように聴こえてくるが、事実なのだからしょうがない。うまく言えただろうか。多分、例えるとこうなる。

 

「まあ、正確には願いを視て具現化だから、多分自分の願いは具現化出来ない。けどアイツは普段から視てきてる物がある。それは「神への祈り」。日本には幾つもの神社があるが、伊勢にはその総本山「伊勢神宮(いせじんぐう)」がある。勿論、参拝する人々の数なんざ幾ら数えても足りゃしない。そんな複雑に入り乱れた願いをどう纏めるか……だからアイツは「神威(かむい)」とわざとらしく付けて存在の証明を促している。簡単な事だ、「(かみ)()()る故「神威」」。言の葉にして紡ぐというのは分かりやすい、括り付けて方式を固めた訳だな」

 

 たかだか(よわい)十四歳の少女が。そこまでしっかりと自分を理解して、周りを理解して、能力を行使できるとは。なんつーメンタルだ。岡本光輝以上に世界というものを現実的に受け止めているのかもしれない。現実とは、敷かれた白線の上をはみ出さずに歩くような物なんだと。

 

「あー、ちなみに俺はアイツと良く似た能力の歴史上の人物を知ってる。(セント)ニコラウスって言ってな、彼もまた願いを叶える能力を持っていたそうだ」

 

「それって、もしかして……」

 

 偉大なる聖者、聖ニコラウス。その言い伝えは、世界各地で未だに残されていた。12月25日、聖夜の日に子供から願い事を聞いてプレゼントを配るあの人だ。

 

「サンタクロースと同じ能力。聖者のそれだ。海外の異能力者の土地にその末裔が居るとは聞いてたが、まさか()(もと)の神の根城にも同類が居るなんて驚きだろうよ」

 

 聖者と同じ力を持つ、鬼灯暁。彼女が凄くいい子で助かった。もし悪い奴にあんな能力が行き渡ったらそれはもう目が当てられない。

 けれど、彼女なら大丈夫なんだ。光輝は暁を信頼していた。岡本光輝の数少ない家族。父が死んで、母が居て。そして、彼女も居る。事実上の妹。だから光輝は彼女になによりの信頼を置けた。

 

「ほんで、その暁に対して有利に立ち回ってる夜千代は何者って話だよな」

 

「あ、そうです!それですよそれそれ!」

 

 話を大分逸らしたが、今注目すべき点は次にそれだ。黒咲夜千代は滅茶苦茶強い。正直、光輝が前見た彼女はこんなに強かっただろうか?という感想だ。

 

 本来、暁の使う能力は大きいプレッシャーを相手に与えているはずだ。見てるだけでビリビリ来る……となると普通は足が竦む。まともに立ち回れない。しかし夜千代は、臆することなく進んだ。勇み足だろうか?多分違う。事実、彼女の中ではある一定の法則が出来ていた。

 

 恐怖のタガを封印する。そうすれば、戦いというのは凄く有利に傾く。

 

 黒咲夜千代は戦闘中、無意識に恐怖のトリガーを「封印・解除」で封印している。意図的ではない。しかし、彼女が戦いに求める物の中で本能的にそれを要らないと判断し、切り捨て、戦っていた。

 

 恐怖を無くす。緊張感を消し飛ばし、物事を冷静に考え、戦闘を有利にする。一般人ならそこまで出来ないだろう。というかする必要がない。しかし彼女は一般人と言うには少々特殊であった。イクシーズ警察の中の暗部組織、「フラグメンツ」のメンバーだ。少しの焦りが、作戦のミスを招く。

 

 実践という荒波。その中で、彼女は恐怖を従える術を手に入れていた。簡単に言えば、場馴れである。能力で劣っていても、経験の差が勝敗を分ける時もある。

 

「神だか紙だか知らんが、んな薄っぺらいモンで人様を説けると思わんことだ。そういう気取った奴の鼻っ柱ぁ頭突(パチ)き砕いて(こうべ)にネリチャギ決めてすいませんでしたって言わせるのが私が生きてる上で何よりの楽しみなのさ。よし、波止場の船乗りごっこしようぜ。お前足をかけるアレな」

 

 上空にぶっ飛んだ後対空していた暁に夜千代は煽りを入れる。空も飛べるのか。しかしなんて事は無い、いくらでも(はた)き落す方法ならあるのだ。

 

 赤い満月を背にした暁は、苦虫を噛み潰したかのように表情筋をこわばらせて夜千代を睨んだ。

 

「鬱陶しいっっ!貴様はッッ!!」

 

「謝れば許してやる。地べたに這いつくばってははーとその(きたね)(こうべ)ぇ垂れやがれ」

 

 ズモン……と空で(うごめ)くものがあった。赤い空に(ひし)めく黒雲だ。夜千代の能力によるものじゃない。だとするなら、一人。暁の能力だ。しかも、夜千代はその能力が何か知っている。

 

 げっ、不味っ。おいおい、そりゃシャインさんの切り札じゃないか……!

 

 集まった巨大な黒雲から、一つ、また一つ、その次に一つ一つ一つと幾多数多もの光の剣が現れる。集いし、円を描きて、段々と黒雲が晴れて完成したそれはまるでシャンデリアのようだ。赤月の空を(てら)すシャンデリア。とても巨大な。

 

「地を這うのは貴様の方だ」

 

「人様の力に頼りっぱなしで気分はいいか?そういうのを「(もた)()たれつ」っつーんだ。おんぶにだっこだよテメーは」

 

 棚上げ。夜千代の能力も他人の能力をコピーをする能力であるため、実質他人に頼る事になる。能力系統自体は暁と夜千代、非常に似通っているのだ。

 しかして違うのは価値観である。千差万別、夜千代が良いと思うものと暁が良いと思うものは違うわけで。夜千代は暁を気に食わない。そんな夜千代を暁は気に食わない。喧嘩を売ったのが夜千代だが、暁はそれを買ってしまった。

 

 お互いが後に引けない状況だ。戦争というのは、些細な食い違いから起こるものである。

 

「偉そうに!神威「天降(あもり)天叢雲光剣(あまのむらくものみつるぎ)」!」

 

 煽られた暁は引くことができない。その多大な力を持って目の前の異物を排除しようとする。空から降り注ぐ数え切れない光の剣は、いとも簡単に人の命を奪う事が出来るだろう。追い詰められていた。

 力を行使した彼女が、追い詰められていたのだ。精神的に。それが夜千代の目的であるから。相手を暴走させて打ち砕く。

 

 夜千代はニッ、と笑った。襲いかかろうとする光の剣を見て笑った。

 

 まーだ、純粋なままだ……。だからこそ御しやすい。あーいう奴がなかなかどうして、誘導にかかりやすい。

 

 ボウッ、と夜千代の体から風が舞う。夜千代が次にコピーした能力はこれだ。一本だけの「光の剣」と「極一刀流」と「風の操作」。両手で握り締めた光の剣に、風を纏わせて。さらにそこに「流転式」を混ぜ込む。

 

 4つの能力の同時発動。チッ、やっぱり心臓にクるな……。心臓っつーか、なんっつーか、魂?震え(たぎ)ってきやがる。が、これでいい。今はこの熱さが必要だ。少なくとも、Sレートでありフラグメンツのコード・フォースたるシャイン・ジェネシスの切り札を止めるにはこれぐらいの魂が。そう、魂だ!

 

「魂ィィィィィッ!!」

 

 夜千代は奮い立った。柄にも無く熱くなる。あ、これ意外と楽しい。人が闘争にお(ねつ)する訳が少しだけ分かった。さあ、目の前のあれを防げ!そして次はアイツを!行くぞ、なあ!

 

「下がってください。貴方は些か(せわ)しない」

 

 ザッ、と夜千代の前に滑り込むように立つ人物が。夜千代の眼はその背中と、夜千代をいたわるように差し出された左手を捉えた。

 

黒城(こくじょう)天落(てんらく)

 

 黒い長髪とローブを靡かせて彼女は右手を上に払う。すると、どうだ。さっきまで迫っていた光の剣はあらぬ方向へ。赤い空にまるで吸い込まれるというか、落ちるように飛んでいった。暁が居た位置から丁度外されている。

 

「落ち着きましょう、二人共。全く」

 

 そこには、黒魔女と呼ばれるクリス・ド・レイが二人の仲裁をするように割って入っていた。


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