新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
夜千代が砂利から音を立てて蹴り飛び、その両手に「光の剣」を握り締めて鬼灯暁に斬りかかる。その様はさながら切り裂き魔。まだ幼き少女に斬りかかる不届き者だ。
ゲィン!と、鈍い音が鳴った。まるで鉄が、電動ノコギリに当たったあの音。火花が飛び散る。夜千代は落ち着いてもう片方の、左手の剣を当初の予定通りに相手に動かす。が、外れ。気が付けば後ろに暁は飛び跳ねていた。……すばしっこい。意外と身軽、か。
「
暁の手には、ひとつの刀が。その形は、一般的な日本刀とされる物だろう。日本型特有の反り、あれが中々どうして、鍔迫り合いでは厄介だ。叩き切る目的の西洋剣とは別の、切り裂く事に特化した
夜千代の初撃を、暁は刀でモロに受け止めた。故に、鈍い音。侍の技術では無い、あんな受け方をすると日本刀は結構ポロリと折れる。ならば彼女は
「おいおいジョーちゃん、結構やるね。身軽だ、足元が軽い。スポーツでもやってんのか?」
否。スポーツをやってる者の足さばきでは無い。完全に独学、瞬発力は高いが無駄が多い。
「そういう貴方は随分と体勢が悪いのね。性格が身に出るのかしら、腐った
暁は刀を、弦月を空に向かってかざした。すると、さっきまで黄色く綺麗だった満月がいきなり真っ赤に染まる。そして、闇夜一帯を赤く染めた。
「滅ぼすわ、罪をね。そしてもっと胸を張って生きなさい」
次に、暁は刀を夜千代にまっすぐ向けた。それはまるで誇りを突き刺すように。
無論、夜千代は高らかに笑う。
「ケケ、いーや無理だね。そこまで崇高な人生送って無くてね……猫背で行くわ。なんなら地に胸を這って行こうか?あ、ごめんやっぱ無理だわ」
次の瞬間、夜千代は脱力する。元々、夜千代は猫背気味だ。その前かがみの体勢を、さらに前へ。そして歩き出す。首を、肩を、体勢を左右に揺らして。動きは悪漢が行うようなそれだ。刀を前に突き出した暁に向かって。
段々と足が早まる……そして夜千代は数秒後に駆け出した。
「ぶっ刺してみろォ!!」
「ぶっ飛ばすッ!神威「
暁の刺突の構えはダミー。そこから、暁は地面へと刀を振り下ろした。そうすると、刀から光の衝撃波が生まれ前面一体を埋め尽くした。
が、夜千代は相手の行動に対処出来るように仕組んである。光の剣を解除する。
「モード「
バチり、と夜千代の体に雷が迸る。光の波よりも早く、夜千代は足を前へと進めた。正確には、斜め前へ。拡散する光の波の動きを読んで、それを回避するように。到着地点、暁と多少なりとも距離がある。
「
次に、夜千代は雷を纏ったまま両手を開き、そこから親指と人差し指を伸ばしたまま後の指を折り込んだ。俗に言う「拳銃」の形に握り締めた。ジャンケンではインチキの無敵を誇る。
その形の人差し指から、雷撃を暁に向かって放った。勿論早く、暁はそれをまともに身に受ける。
「神に神のなんたるかを説く事をチャカにテッポーっつーんだっけ。わり、わたし学ねーからわかんなくてよぉー」
煙が舞う。夜千代は追撃しない。なぜなら、「馬鹿にしてる」から。相手を常に下に見て、上から優越感の隠った黒い心と黒い眼差しで見つめる。
「ゴミクズがぁッッ!!」
しかし、暁無傷。火力が弱かったか。服が軽く焦げただけで済んだようだ。なるほど、身体強化も使えるか。
「
夜千代の次の手。今度は「雷の槌」を作り出して両手で握り締める。大きい。人一人分はあるデカい槌だ。
「あんま巫山戯るなよっ、神威「武甕槌」!」
なんと。暁も同じ「雷の槌」を作り出したじゃないか。しかも夜千代のよりも一回り……いやふた回り大きい。夜千代の「劣化コピー」よりも本物に近い。さっきから不思議に思っていたが、彼女の能力の法則性を辿る。こりゃあ人為型っつーより自然型だな。神寄りの力、自身を寄り代に神力を使える……ああ、なるほど。「願いを届ける」能力か。
「綺麗で美しいねぇ」
「馬鹿にィッ!」
暁の方が踏み出しが速かった。流石にすばしっこい。暁は大きな雷の槌を振り上げ、上から圧力をかけるように夜千代に振り下ろす。愚直だ。素直で可愛い。
だから、馬鹿なのに。
夜千代は下から槌を重ねるように振った。馬鹿でも分かる事だ。「上から」と「下から」なら、上からの方が強い。それは、地球に重力があるから。重さを含め、引力を混ぜ込んで「
じゃあ、重力が無くなったらどうだろう。それを、強い力でぶっ飛ばすのはどうだろう。
「重力解除+極一刀流」
「な――」
カッ、と雷鳴が轟いて暁は上空に吹っ飛ばされる。夜千代は地面だ。余裕を以て振り勝った。武甕槌を解除して、右手で赤月に対してサンバイザーを作るようにして暁を目で追った。
「
黒咲夜千代のレーティングはBレートである。あくまでカタログスペックで言うならである。人間の出来る事、思い付き、常識……それらを踏まえてデータベースにBレートとされている。
しかし、この少女。決して常識に縛られるという事は有り得ない。彼女には信条がある。それは「相手より上に立つこと」だ。
相手を馬鹿にするのが楽しくて楽しくてしょうがない。小馬鹿に、からかって、自分は優越感に浸るのだ。ああ、相手を踏みにじるのが楽しい。因縁を吹っかけて一方的に勝つのがたまらない。自力の差は大きくていい、負けてていい。重要なのは出し抜く事だ。相手のやりたい事を踏みにじって、足でグリグリと、踏み潰して、捻って、ケケケ。そして力のぶつかり合いで、僅かに開いたそれを、こじ開けて大きくする。無理矢理、それが気持ちいい。快感である。
彼女の戦いとは、ひたすら相手を馬鹿にすること。事、それは戦いにおいて奇遇にも一番重要な事とされる。「如何に相手がされたくない行動をするか」。そういう意味では、彼女の戦い方は道理にカッチリとハマり込む。
彼女の能力と性格、そこから来る無限の対応力。意外や意外、それを踏まえてしまうと彼女は「Sレート」と肩を並んで歩けるほどの驚異である。最凶最悪。それが黒咲夜千代という少女だった。