新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
「「
生きていれば何処かで聞いたことがあるだろう、その名前。それは岡本光輝とて例外じゃなく。それが意味するものとは、「この世界全ての記録」だ。まごうことなく、この地球という惑星の全て。人類史、白亜紀、そしてはたまた、この星の誕生の全て――。光輝の認識が間違っていなければ、そういう事になる。
そんな中の隅っこに、俺たちが居る。記録の中にだ。……いや、それ自体はどうでもいいんだ。そもそも地球自体が奇跡の塊であり、其処に立っていることに特別な感情を覚えたことなど無い。そう、気になる事はそんなトコではないのだ。もっと別の所にある。
天国。此処が、天国だというのだ。
「……おい、待てよ、じゃあ……俺がこの30日間見てきた人達ってのは……」
「そうだね。現世で死んで未練を残して此処に留まっている人達だね。私たち以外は」
何の躊躇いも無く。暁はそう言い放ったのだ。むしろ、残酷性は無かった。清々しく。
街を行く人々、学校の先生、生徒。俺が会話をして来た人たちが全て、現世の者では無い……?現実じゃないってのか。生きていないっていうのかよ。
「あ、安心してよ。そうして此処に残ってるって事は、気付かずに幸せに暮らしているか、気付きながらもそれがいいと幸せに暮らしているかのどっちなんだからさ。満足して完全に満たされた人は本格的にあの世に行くみたいだよ。……此処が天国なのにあの世に行くってのも変な話だけどさ」
まてよ。それじゃ、自分が死んだことに気付いてないやつも、死んだことに気付いてる奴も、それを受け入れて此処で暮らしてるってのかよ。そんな悲しい事があるのかよ。
「そういう話じゃ……!」
「そういう話なんだよ」
光輝が激昂しかけた瞬間に、暁は真剣な眼差しで光輝の眼を見た。その瞳はとても綺麗で、濁りなど一切無く、ただ本質を捉えた上で希望を宿すかのように輝いていた。
「世の中には死にたくなくても死んじゃった人たちがいっぱい居る。そんな救いのない人達に手を差し伸べるのがこの世界だ。なら、それはとても尊い事だと思う。だからこの世界は現世を必至で生きてきた人たちへのご褒美なの。本来はね。私は此処に偶にお邪魔するお客さん。……本当はいけない事だって分かってるけどね。あ、残念ながらこうくんのお父さんは「自分殺しの罪」があるから此処には居ないよ」
「……んだよ……」
光輝の抱いた感情。言うなればそれは「やるせなさ」だ。なんとなく、それが嫌だって思う。けれど、どうしようもない物事に衝突した時。そういう時に感じる感情だ。そう、それが今で。
光輝は割り切る事が出来ないのだ。この世界で幸せに暮らしている人達が、既に死んでしまった人達だなんて。この隔離された世界の中でまるで「
光輝だって、それがいいって。気楽だって思える。確かに思えるんだ。でも、それは。「生きている」という前提があって。
だって、死んでから、気付いたって、気付かなくたって、そうして在り続けるなんてのは……。
「深く考えないほうが良い。ただでさえ感受性の高いこうくんだ、きっと何かしようとする」
軽く立ち竦んだ光輝のだらりと垂れた両手を、暁は柔らかくて暖かい両手でそっと合わせ、包み込むように握り締める。
「けれどね、私はそんな事、求めていないの。というか、できっこ無いから。違う。私がこうくんに求めるのは受け入れる事なんだ。突っぱねる事じゃない、私の理解者として此処に立ってくれる事。そして、理解した上で伊勢で一緒に暮らしてくれる事」
「……いや……ああ」
光輝は否定しようとして――肯定した。彼女の思考回路を理解した。それが正しいかどうかなんて、多分、人間が決めていいことじゃないんだ。死んだ人間が幸せに暮らせる、それはもう神様の領分であって。人間が出る幕では無く。
そして、鬼灯暁の行動は。それまた確かな「義」である。彼女は此処の本質を理解った上でよしとした。考えれば、考えるほど、それでいいのだ。ああ。いい。むしろ、悩んでしまうことのほうが、馬鹿らしくて。
だから、彼女は此処に来る事が出来るんだろう。彼女の本質は黒でも白でも無い。無垢だ。故に、「
「さあ、行こう?もうすぐ元の世界に戻ろうと思うからさ、折角なんだ。水入らずで楽しもうよ」
「……ああ」
光輝は最早、受け入れるがままに。暁に促され、彼女の手に惹かれるように目の前の一歩を踏み出した――
――静かな夜だ。クーラーは付けない。少し蒸しっぽく、しかしだからこそ情緒があるものだと暁は言う。
「……んふふ。電気は付けないよ。月の
畳に敷かれた、一枚の布団の上だ。光輝は浴衣を着て、そこに仰向けになっていた。
暗い。しかし、ほんのり明るい。障子戸の向こうから射す満月の光があれば光輝の眼は容易く全ての物事を捉えることが出来るが……そうしない。敢えてそうしない。というのも、緊張しているわけで。
光輝の腰に跨るように、暁が座っている。暁は着ている巫女服をしゅる、しゅると焦らすように解いていく。少し控えめな、しかし確かに実った房が目の前に現れる。細くも瑞々しい姿が光輝の視界を奪った。暗い中でさえ、白く、艶かしく。それはこれまで見てきたどの「従妹・鬼灯暁」とは違って見えた。今日だけ、今だけ――特別だ。
「昔っから良くこうくんとお風呂に入ったり着替えたりしてたからあんま新鮮味無いと思うけどさー……。なんか感想の一つでも欲しいな」
「うっせ、馬鹿……」
「ほー。そうきますか。いいもんねー……じゃあ、こうくんのお乳を御開帳ーー!!」
暁は光輝の浴衣の胸元を強引にかっ開いた。年頃の男子の、健全な肉体だ。少し細い。
「うわー……こうくん、もうちょっと鍛えた方がいいよ。揉んで大きくしようか?」
少し鋭い目つきで暁が言ってくる。悪かったな。揉んで大きくなるならもういっそいっぱい揉んでくれ。いっぱいいっぱいだ。
「……なんていうか、抵抗しないんだね」
「妹だからな」
「むしろ妹だと思ったらこそ抵抗すべきだと思うんですけど」
「っつーか、もう、キレたんだよ。いいからとっととやって帰ろうぜ。俺はお前を信頼する、だからお前は好きにしろ」
「ヒューッ!こうくんのそういうSome like it hotなトコ大好きーーっ!!」
「むしろ冷めてんだけどな」
半ばヤケクソに光輝は暁を受け入れようとしていた。どうせ現実じゃないのだ。いっぱい振り回された。なら、もう。遠慮などいらないだろうと。
光輝にだって我慢がならない事もある。今がそうだろう。折角のお膳立てだ、食わぬは男の恥だろう。ならば――皿まで食ってやろうじゃないか!
刹那、庭側の障子がバンッと開いた。
「うーーっす、岡本ォ!こっからけーらせろ!!」
「……あ?」
光輝は首を横向けた。すると、其処にはよく見知った顔が。黒咲夜千代が。
「……え?」
その隣にはまたまたよく見知った顔が。クリス・ド・レイである。
「……は??」
夜千代は障子を開けたときの勢いを失って其処に固まっていた。理解が出来ないといった間抜けな表情だ。
クリスと夜千代、二人の目の前に映ったのは。裸の少女に布団の上で馬乗りになられはだけた、見知った少年という構図だった。
「「「えーーーーーーっっっ!!??」」」
絶叫する三人を尻目に、暁はこめかみに手のひらを当てた。
「いや、驚きたいのはこっちのほうなんですけど」