新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺―   作:里奈方路灯

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その世界は幸か不幸か

 岡本光輝は校内中を駆け回った。

 

 昼飯を食べた後、直ぐにだ。ジャックの言葉を聞いて、彼女に問い質したかった。

 

 彼女の教室を探した。居ない。自分の教室を探した。居ない。何処に居る?職員室か?校庭か?中庭か?――一体何処にいる?

 

 走り回って、中庭にまで来て、居ない事を悟って……脇腹に痛みを感じた。昼食を食べた後直ぐに走りでもすれば、当然こうなる。少し考えれば分かるのに。自分とした事が情けない。

 

 中庭に備え付けられたベンチに座り、俯く。汗が吹き出る。今、岡本光輝の中には一切の「幽霊」が居ない。ムサシ、ジャック、ジル、ビリー。全て居ない。それどころか、ジャックに至っては普通に保健室の先生をやっていた。意味が分からない。アイツらは幽霊だ。なぜ、普通の人間のように。ムサシらも、何処かで何かをやっているんだろうか。

 

 駄目だ。頭がこんがらがっている。真夏特有の真上からの直射が熱い。頭の整理がしたい。

 

 ……暁は何をした?まず第一に、俺たちは鬼灯家の庭に居た。明朝に二人で立っていた。ここまでが第一前提だ。

 次だ。暁の後に異様な空間が視えた。わからない、視た事の無い空間だ。言い表すなら……恐怖を感じた。空間が歪んだような感じだ。彼女が手を差し出し、俺がそれに手を伸ばして、彼女が半ば強引に俺の手を取った。その次には俺の意識が無くなっていた筈だ。

 次だ。そう、次にはもう――「幸」か「不幸」かも分からないような、何でもないような日常が始まっていた。それはまるで夢心地で、俺にとって理想で、俺にとっては確かに「幸せ」だったのだろう。だからか、気付けなかった。理解(わか)らなかった。こんな世界を望んだのは、他の誰でも無く俺だ。

 

 そうだ。全て、彼女は俺の為に何も言わなかったし、俺の為に何でも尽くしてくれていた。

 

「……馬鹿になるな」

 

 考えなくていい。堕落で、気楽な、喜怒哀楽の無い世界。居心地が良いはずだ。決して進むわけでもなく、戻るわけでもなく。三歩も二歩も進まず下がらず、答えはその場での足踏み。全体止まれの号令も無しに、俺は進化無き世界を生きていた。少なくとも、「30日間」だ。

 

 人は毒される。住めば都とか、郷に入っては郷に従えだとか、そんな風に順応してしまう。岡本光輝は順応していた。この世界に。けれど、一つだけ言えるのは――

 

「――ここは俺の居た現実じゃないんだ」

 

 岡本光輝がベンチから顔を上げると、空はもう「オレンジ色」だ。空に太陽は無い。きっと西の方へ沈んでいったのだろう。先程まで真上にあったのにだ。もう、嫌になるな。一体この世界はなんだってんだ。

 

 そして見上げた校舎の屋上の淵に、人影が居る。此方に向かって手を振っている。言うまでもなく、「鬼灯暁」だ。岡本光輝の超視力は迷い無く彼女の姿を捉えていた。

 

「あがりゃいいんだろ、あがりゃ」

 

 軽く溜め息をつきつつ無駄な徒労感に追われながら、岡本光輝は校舎の階段を駆け上がっていった――

 

――息が切れそうだ。急いで駆け上がって来た。岡本光輝におよそ身体能力と呼べる物は一切無い。運動神経フルマイナスだ。全力で下方していってる。

 

 もう校舎に生徒は殆ど居なかった。とっくに下校の時刻なんだろう。そんな中で彼女が此処に居る。その理由は……理由なんて、考えるだけ無駄だろう。

 

 岡本光輝は、彼女の何もわかっちゃいないのだから。

 

「こうなったって事は、もうなんとなく分かったみたいだね」

 

「全然わかっちゃいねーよ。未だに何が何だかさっぱりだ」

 

 夏の温い風が通り抜ける校舎の屋上。ドアを開けた先には彼女一人が、光輝を待っていたかのように此方を向いて佇んでいた。

 

 暁は笑顔だ。それは光輝に向けられた笑顔だ。他の何にでもない、誰にでもない、岡本光輝を捉えた心の底からの笑顔だ。

 

「どうだった?日常は」

 

「悪くねー。けど、良くもねー」

 

「うん。だからいいよね」

 

 きっと、彼女からじゃ踏み込んで来ない。彼女は光輝から触れる事を待っている。光輝は怖くありつつも勇気を出して彼女に踏み込む。彼女の心に触れようとする。

 

「俺に何をした。此処は何処だ?現実ではない、けど夢じゃない」

 

 そう、此処は。岡本光輝が今立っている「場所」は、決して現実じゃない。光輝が居た世界の何処にでも無い筈だし、かといって夢かと言えばそれもまた違う。確かに「在る」のだ。現実では無く現在として此処に残る。踏みしめた大地が、違和感のある空が、目の前に居る彼女が。それら全てがそれを此処に「在る」物だとして光輝の身体に訴えている。目で見て、耳で聞いて、鼻で息をし、肌に風を感じ、緊張して唾を飲み込んだ。本能、「第六感」が光輝にこれを現在として叩きつけた。

 

 光輝は答えを待った。暁は、ゆっくりと口を開く。

 

「こうくんにね、見せたかったの。理想の世界だ。私は此処に自由にアクセスする事が出来るの」

 

 そして。彼女は、その瞳の「超視力」の可能性を見せる。彼女の瞳が、黄金に。黄昏を、夕焼けを映すように金色に輝いた。

 

「私の能力はこうくんと同じ、鬼灯の家系の「超視力」。そして、可能性の向こう側――私の本質は「願いを視る」事。私は人の願いを視て、感じ、そして。この世界を通して「現在」にする事が出来る」

 

 鬼灯暁は少女の小さな手でしかし上手に指パッチンを鳴らした。その瞬間、さっきまで暁の来ていた服がセーラー服だった筈が、まるで神社の巫女のような、白い衣に赤い袴の姿になった。

 

 光輝はその光景を超視力で捉えていた。一瞬だ。手品じゃない。どちらかというと、魔術や錬金術……その類になる。

 

「まあ、それはこの世界ありきなんだけどね……あくまで私は願いを視るだけ。後はこの世界に接続するだけ。四元素説は知ってる?」

 

 いきなりの問いだ。光輝は臆することなく答える。その手の分野は予め潜伏霊の「ジル」により教わっている。侍の立ち回りにも、また敵対者への対策にも必要な事だった。

 

「この世界の物質の根本を為す物。火・水・風・土、だ。説き方によっては五元素とする事もある」

 

 一応は知っている。その内部まで理解しているかと聞かれれば答えはノーだが、前提条件ぐらいなら。暁はわざとらしくパチパチと手を叩く。

 

「おー。それじゃ、その五元素目は何か分かるかな?ヒントいち、この世界を作っている物。ヒントに、この世界はそれを元にした巨大な「Library(ライブラリー)」である事。ヒントさん!この世界は断片であり、末端である事!!」

 

 暁の言葉。光輝は思考する。なんて回りくどい言い方だ、答えを教えてくれてもいいのに。……いや、やられっぱなしも癪なのでせっかくだから当ててやろう。この世界の答えを。

 

「五元素目……エーテル。というより、現代ではこう言った方がいいか。「阿迦奢(アーカーシャ)」。それが構成する物、それは「有り得ない」という物質。度々「存在の証明」にてぶち当たる大きな壁、その解だ。それが構成するっつー世界ってのはだなぁ……」

 

 と。光輝は言ってて、自分でおかしいと気付く。何がおかしいって。自分の触れようとしている根本だ。光輝は今、その「存在の証明」をしかけた。そうすると、認める事になる。この世界の本当の答えを。

 

「違う、此処は「地獄」!そうだ、そうじゃないか!ジャックが居た、アイツは極悪人の幽霊だ!そいつが居るんだ、こんな夢のような世界、あってたまるか」

 

「「星の記録(アカシックレコード)」」

 

 直前で恐怖にかられてUターンした光輝に対して暁は何も怖がる事無く、その答えを口に出した。存在の証明、確かに今此処に在る物の名を。

 

「此処はね、過去全ての記録の中で、その端っこ。一番現世に近くて、死んじゃった良い人達が生前の未練を果たすために神様が用意してくれた場所だよ。だから、有り体に言うと「天国」になるね」


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