新社会「イクシーズ」―最弱最低(マイナスニトウリュウ)な俺― 作:里奈方路灯
岡本光輝の受難
この世界には異能が有り触れている。
あっちを見れば異能者、こっちを見れば異能者。当然のことだ。此処、
かといって異常は有り触れていない。
いきなり街に崩壊の危機が怒ったり世界大戦が勃発したりしない。これは至極当然の事で、なぜなら人というのは利口だからだ。ぶっちゃけ、無駄に争うよりお互いに利用できる部分を利用し合って高め合い発展させる。ここイクシーズはそういうコンセプトで作られた街……と、まあ端的に言えばそんな感じだ。なので異常事態にはまずならない。
けど、まぁ異能を使った
高校1年生、今年高校に入学したばかりなのに若者のフレッシュさが無いとよく言われる俺こと
すると、視界の隅で妙な動きが見えた。駅で人が乗り降りをする際に男が学生に軽く肩を当てた。
一瞬の出来事だが、体重移動で光輝の目にはそれがなんなのか見えた。
……スリか。
異能には種類があり、光輝の異能は「超視力」。文字通り、目が異常に良くなるというものだ。使い方にはあらかた慣れて、その人間がどういった行動に移るかなどの観察眼の一面も発達している。なお、スリを行う人種は手の動きが素早い異能者が断然に多い。人とは分かりやすい生き物だ、自分の利点を活かしたがるんだろう。
「やるか」
光輝はボソッと呟いた。犯人は電車から降りたが幸い光輝の目的地もこの駅なので、光輝も人混みに紛れて犯人に軽く肩を当てると同時に、盗まれた財布とついでに本人の財布も奪う。
犯人はしたり顔で歩きながら自分のポケットに手を突っ込む。
「あれ、俺の財布が無え!?」
駅の階段前で自身のポケットに手を突っ込み収穫を確認しようとしたであろうスリ師は収穫どころか自身の財布も無いことに気付き階段から転げ落ちていった。
ざまあみろだ。
そして被害にあった学生を確認し早歩きで軽く肩当てをし、本人の財布を返しておく。後で確認したところ犯人の財布に1万円ほど入っていたので金を全部抜いてから公園のゴミ箱にポイした。
いやあ、良いことをした。気持ちがいいね。
駅から学校までの徒歩の時間、流石に危ないのでイヤホンを着けず本も読まず歩く。人や車にぶつかったら危ないからな。道には学生がちらほら。
その遠くから、スクーターの音がする。こういう時が危ないのだと道の端に寄ると、目の前の女子生徒の横をスクーターが通り過ぎると同時に女子生徒が肩にかけていたバックを奪い去っていった。
あー、あれはダメだな。やりますか。
それを確認した俺はすぐさまカバンから先ほど電車で読んでた分厚い小説を取り出し、思い切りスクーターに乗った人物の腕めがけて投げつける。
回転を加えてブーメランのように飛んでいった小説は走るスクーターを通り越せる速度で腕にぶつかり、スクーターの人物はカバンを落としはしたが失敗したことを理解しすぐに逃げ去っていった。
俺はすぐにその場所に走ってゆき、小説とカバンを手に取る。
「あー、俺のミヒャエルが……」
本の角に凹みができ悲しみに明け暮れる俺に、少女が駆け寄ってくる。
「あっ、あのっ、本当にありがとうございます……っ!」
深々と礼をする三つ編みおさげに眼鏡の少女。とりあえずカバンを返してやる。
「気をつけなよ」
「は、はいっ……!」
多分あのスクーターの男は女子学生のカバンをひったくり家でハアハアする趣味があったんだろう。今は夏の時期。カバンに水着が入ってたりしたらそれはもう一粒で二度おいしいだろう。使用済みじゃないのは痛かろうが。
まあ朝からいきなり2件あるなんてまずないが、このように。この社会には、狡い犯罪が起こったりする。スクーターの男は異能を使ってたかイマイチわからないが。
人が自分の才能を活かそうとする社会は悪くはないが、こういう形では嫌なものだ。けれど、犯罪は無くならない。人が人である限り。だから俺は人というものを、信用してなかったりする。
まあ、今日の友達と明日いきなり殺し合いをするなんて小説みたいな事は起こらないがな……だって友達居ないし。
1年1組。俺が通う高校での俺が在籍するクラスだ。俺の席は1番後ろ。異能の「超視力」も携えて当然のごとく俺は目がいい。これは学校はおろか、イクシーズのデータベースにも登録されていることなので先生たちは知っている。故に1番後ろの席だ。まあ一応個人情報なので誰でも知れるってわけじゃない。住所みたいなもんだな。
授業は真面目に聞き、授業の合間は音楽と小説で過ごす。努力の甲斐もあって成績は上の下~中。将来の夢は公務員。補導をされた事は1度たりとて無い健全な青少年。願わくばこのまま学生生活を平穏に終えたいものだ。
昼休憩になればクラスに一緒に食べるような友達も居ないので校舎から出てグラウンドの傍の芝生の上で仰向けに寝そべり空を眺めながら前日にスーパーで買った菓子パンを食べる。母さんは仕事で忙しくコンビニはコスパが悪い。なので前日にスーパーで買っておく。おにぎりよりも腹が満たされる。
夢のような形の入道雲を眺めていると、ふと後ろに誰かが立っている気がした。顔をそのまま後ろにスライドさせてやると、そこには朝のカバンの少女が居た。
って、下着が。こっちが地面に寝そべってるから下着が見えてる。
直ぐに顔を青空に向ける。何事も無かったかのように。
「何か用?」
平静を装って話す。少しだけ心臓の鼓動が早くなっているのが分かる。ええい、静まれ。
「岡本光輝くん……ですよね?此処に居るってクラスの人に聞いて……あの、朝のお礼を、もう一度言いたくて……」
なんとか向こうも下着の件には気付いてないようだ。安堵する。
「いいよ、がむしゃらに投げた本が当たっただけなんだ」
嘘である。当てる確信があって投げた。
「す、凄いですよね。聞きましたよ、総合レートEだって。能力(スキル)は「超視力」。目が良いと便利ですよね、野球なんかも得意だったり……?」
んなわけあるか。目が良くたって体が反応できなきゃ宝の持ち腐れだ。目で追えるだけで本来ならコントロール性は皆無だ。スピードも出ない。
「……知ってると思うけど俺のパラメータはパワー1、スピード1、タフネス1、スタミナ1、スキル3だ。スキルは良いがそれを活かせるステータスじゃないからレートEなんだ。だから偶然だよ」
学校で行われる身体測定に能力検査というものがある。通常の身長・体重いろいろに加えてさらなる測定がある。俺のパラメータはその検定で総合レートE。はっきり言って、これはレートの中で一番低いランクだ。かといって己のひ弱さを嘆いたことなどない。
「偶然でも、助かりました。ありがとうございます。」
「どういたしまして」
素直に返事を返す。好意は受け取る。
「それで、あの……いきなりでこんな事を言うのもなんですが……」
口は挟まない。言葉を待つ。
「……岡本さん、貴方のことが好きです!付き合ってください!」
「それはできないよ」
かといって、受け取れる好意と受け取れない好意がある。だから俺は即答した。
「か、彼女が居る、とか……!」
彼女も踏み出してしまったからには下がるに下がれないのだろう、熱くなっているのが分かる。
「居ないよ」
「なら、なんで……!」
ふぅ、と息を付く。嘘は付きたくないし、なるべく彼女に諦めてもらいやすく言わなければならない。
「さっきの、正確には好きですじゃなくて好きになりましたじゃない?」
「そ、そうです。助けてもらっちゃって、好きになっちゃったんです……」
彼女はそれで良いのだろうか。いや、良いわけがない。
「うん、ありがとう。でもそれって一目惚れだよね?別に君に魅力が無いとかそういう訳じゃないんだ」
「じゃ、じゃあ……!」
「恋なんて一過性のものだ。一目惚れなら尚の事、いずれ消え去り思い出風情にしかならず時にそれは未来を
「え、どういう……」
困惑する少女。
「俺みたいな最弱最低の男なんかと付き合って君の未来を壊したくはないっていう自己満足だ。俺が君と付き合うことで俺は自分に引け目を感じる。分かるだろ?俺は周囲から浮いている。君が周りから色々言われるのが俺は予見できてそれが嫌だ。これはエゴに過ぎないが俺の意思だ。だから君とは付き合えない」
「……」
少女は黙り込む。少し考えた後、言葉の意味を理解したのか涙ぐむ、少女は拒絶された事は理解した。
「……まあ、直ぐに忘れなよ。それじゃ」
放っておいて、俺はその場を離れる。後ろですすり泣く声が聞こえたが振り向かない。振り向いたら俺の心が揺れる。決めた覚悟は無駄にしないのが大切だ。
『良かったのか?』
俺の脳内で聞こえる声。
「当たり前だ。そもそも俺みたいなクソ人間、関わったら直ぐに嫌われるだろ。切り離したほうが互いに後が楽だ」
『ふむ……』
これでいい。人生で告白されたのなんて初だが、断り方は上出来だ。自分の才能に感服する――
――「ちょっと」
放課後、荷造りをして帰ろうと廊下に出ると一人の女子から声がかけられた。茶髪で化粧も軽く仕上げた、なるほど。よく仕上げた顔の女子だ。綺麗である。
岡本光輝は頻繁に女子に声をかけられるような人間では無いし超視力により捉えた人物の特徴で何事かわかる。
「うん……別のとこで話そうか。ここじゃ人が多い」
「はっ、何言って」
女子が眉をひそめて言いかけた所で先手を打つ。
「数を味方にするなんて卑怯じゃあないか、え?」
「……チッ」
これだから他人は信用ならない。人の心とは黒いものだ。
校舎裏。俺とその女子の二人になった。
「お前、楓の気持ち受け取ってやらなかったのかよ!」
「楓……あの子ね。うん、そうだね」
「なんでだよ!あんなにいい子居ないよ、楓めっちゃ泣いてたし!なんか変なこと言ったんじゃないかよ!」
「うん、事実なんだけどさ……」
そう、変なことを言ったのは事実であるが。
「なんで君がそれをいいに来たのかわからないよね、なんでそんなに激高してるんだろうね。自分でわかってるかい?」
嘘である。実際はわかっている。
「そんなの、友達の為じゃん!」
彼女は正しいんだろう。が、正しいだけだ。それは「義」には成りえない。
「お前になんの権利があって俺とあの子の関係を
実際のところ、キレ気味に俺は言葉を放った。こういう自分が正しいと思っている少女ほど、迷惑なものはない。だから、頭ごなしに言ってやる。ふざけんなよ、と。
「お前があの子の事を考えるとして俺の意見はどうなる?はっきり言うぞ、お前はただただ俺にはウザい」
「っ……!」
少女はたまらず右手を動かす。超視力により何が起こるかは分かる。
パァン!という音と共に、俺は頬に痛みを受けて倒れた。避けることも可能だったが、これが一番楽だろう。
「もう知るかッ!」
女子は走り去っていく。人を殴っておいて逃げるとか、悪もいいとこだ。
「つー、だから人間ってのはクソなんだよ」
『坊主はもっと人の心を考えるべきだぞ……今更ではあるが』
「そうだ、今更なんだ」
頬の痛みを気にしつつ、俺は今日もまた一つ人間を嫌いになった。