ガールズ&パンツァー 狂せいだー   作:ハナのTV

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hot tank!

不要な品を買ってしまった時、大抵の人間は売りに出すものだ。何故なら少しでも自分の得になるように役立ってほしいからだ。しかし、世の中には誰にとっても無価値もしくは唾棄すべき品と言う物は意外と多く存在し、そうした品は捨てるしかない。では、ここで一つ問いかけである――もし捨てることさえも出来なかったら?

 

これはそんな品物が一時的にせよ光を浴びる話である。

 

 

 

 

 

 

そこは古い倉庫であった。聖グロリアーナ女学院の戦車道チームが誇る大型ハンガーの奥底にその倉庫はあった。周りはスクラップや古い工具が詰まった木箱が無造作に置かれていて、あまり清掃が行き届いてないためあちこちにクモの巣が張っており、ハンガーには大型のファンが存在し空気の入れ替えもある程度は行っているはずなのにそこの一画だけ妙に空気が澱んでいた。

 

鼻にツンとくるかび臭さが充満し、明りも十分に行き届かないので闇夜の現在は不気味で誰も近づきたがらない場所。そんな場所に二人の影がこっそりと忍び足で入り込もうとしていた。

 

一人は赤い髪の毛を真ん中で分けた女の子で、ワクワクと期待に胸を躍らせて楽しそうにするチャーミングな女の子とブルネットの黒髪が知的そうな美しさを放つもオドオドしている女の子がもう一人。二人は門限の過ぎた学校に忍び込んだのだ。

 

「なんだかワクワクしますわね」

「私こんなことイケないと思うのですけど」

「そう言いつつ薫子も楽しそうでありません?」

「そんなこと!」

 

思わず大声を出してしまった薫子がハッとして口を抑える。ローズヒップはそんな薫子の手を引っ張り件の倉庫の前へとたどり着いた。その扉は大きく、人用ではない。明らかに戦車を通すためのゲートであり、ローズヒップの期待はますます高まっていた。

 

目的は勿論戦車である。それも巡航戦車として相応しい速度を出せるような車両を。クルセイダーは依然としてオーバーホールの最中で此処二日は仕方なくマチルダⅡや予備のバレンタインなどで取りあえず練習をしていたがその我慢は二日しかもたなかった。

 

「私はただクリスティー式の振動とか、あの狭い車内が恋しいとか、そう言う訳ではなくて、ただ、ただ使い慣れた戦車が使えないと貴方が言うから」

「何だかわかりませんけど、楽しそうで何よりですわ!」

 

あくまでも普通の子ぶる薫子をそう理解するローズヒップは倉庫にかかっている錠前に手をかけた。ごつくて重い錠前を前にして薫子は制服のポケットからヘアピンとドライバーを取り出して作業に取り掛かろうとする。

 

「流石薫子」

「お父様からの指導の賜物ですから」

「なんだかスパイみたいですわ!」

 

そうして錠前を触るとあっさりと外れてしまった。

 

「アラ?」

 

外れた錠前をローズヒップが拾い上げて見ると、とっくに解除されていることに気付いた。一体誰が何のために、そんな疑問がよぎったのも一瞬

 

「ラッキーですわ!」

 

あるかもしれない陰謀の香りとか、身の毛もよだつホラーの可能性を考えることを一切放棄し錠前を適当な場所へと放り投げてしまった。彼女たちにとって必要なのはクルセイダーな戦車であって面倒なシリアス展開ではないのだ。放物線を描いて飛んでいった錠前は積み上げられた木箱の裏側へと飛んで行ってしまった。

 

そしてローズヒップと薫子は重い扉を二人がかりで開けて、その中を見た。懐中電灯を点けて照らしてみれば、そこには二人が探していた物があった。クルセイダーによく似た砲塔だが、二ポンド砲の付け根が半球状でこんもりと盛り上がっている。全高は低く抑えられており、大きな転輪もクルセイダーに似てないことも無い。

 

「ありましたわ! 我らがクルセイダーの代わりであり、救世主ですわよ!」

「カヴェナンター……速度50km」

 

頬をすり寄せてカヴェナンターを愛で始めるローズヒップにスペックに生唾をごくりと飲む薫子。二人のカヴェナンターに向ける目はまさしく恋人に向けるかのような目であった。普通の人間なら彼女たちを異常視するかもしれないが、これは戦車道である。戦車に乗り、戦車を愛するのに何の不都合もない。世の中には薄っぺらなブリキの装甲と揶揄され貧弱な火力しかない日本戦車を可愛がる女子高生だっているのだ、クルセイダーやカヴェナンターを愛することを誰が罪であると言えようか。

 

言うとすれば彼女たちの父親だけだ。全く問題ない。

 

「しかもクリスティー式ですわ!」

「クリスティー……」

 

クリステイ―と言う単語に薫子は喉を大きく鳴らした。同時に胸にわく熱い何かを感じ取っていた。医学的に言うとパンツァーハイである。

 

「そう! クリスティ―!」

「クリスティー! 50km!」

「明日はぶっ飛ばしますわよ!」

「クリスティ―!」

 

聖グロ一の俊足とジャンキー薫子の我慢は限界であった。低速の歩兵戦車に不満とストレスをため込んでいた二人は少々おかしなテンションになり、カヴェナンターを称えに称えた。その様は神の像を崇拝し、祈りの踊りでも捧げている蛮人のようだ。さすがにこの姿をお嬢様と言うのは厳しい物があった。そうして二人は明日の為にとせっせと準備を始めだした。

 

牽引車を倉庫まで持っていき、カヴェナンターを載せる。ティ―ガーなどのドイツ戦車とは違い軽量の18tの車体はこうして二人の戦車乗りによって聖グロの戦士たちの眠るハンガーへと運び出された。動態保存されて状態の良い12気筒の水冷ガソリンエンジンに火を入れるべく二人はパンツァ―ハイの見せる精神の高揚のままガソリンを注ぎ、命を吹き込みだした。

 

ダージリンの為でもなく、ただ己の戦車道と英国面の導きだけが二人を支配し、ダークサイドの側面へと転がっていった。

 

称えよ クリスティ―式。英国面の彼女らを見よ。ガソリンを体内にくべて熱くなるのだ。

 

だが、神は彼女たちに好機をもたらした。二人がガソリンをくべ、車内へと入りエンジンを吹かしていると突然ハンガーの全ての照明が点けられたのだ。ライトの輝きに一瞬目をくらませたローズヒップの前にリーエンフィ―ルドmk4小銃を携えた少女の一団が現れた。聖グロの風紀委員ならぬ、保安部の連中であった。

 

『両手を上げて出て来い! お前たちは完全に包囲されている! 出てこなければ女王陛下の名のもとにリーエンフィールドの鉄槌を下します!』

「風紀委員?! 何故?!」

『貴方方が最近噂になっている戦車泥だと言うことは分かっています!』

 

とんだ勘違いだ。私達が戦車泥だと言うのか。そんな文句が出かかった薫子だったがエンジンの振動が尻から伝わった時「私の50kmを邪魔するのか」と変わっていた。夜のテンションのせいで否定することを忘れて。

 

「冗談でありませんわ! 薫子!」

「Yes your Majesty!」

 

カヴェナンターのエンジンが本格的に始動する。鉄の塊が命を再び与えられた瞬間、保安部はたじろいだ。ローズヒップは上部のハッチから身を乗り出し、高々と宣言した。

 

「この私こそ聖グロ一の俊足! 韋駄天ですわ! この12気筒エンジンの轟きとお紅茶が冷めるまで私の道は一つですわ! 戦車前進!」

 

クラッチを踏み、ギアが一速へと入りカヴェナンターは走り出した。対戦車兵器なんて持ってるわけない保安部は一目散に逃げ出し、カヴェナンターは遂に演習場へと飛び出した。急速に速度を上げて履帯がコンクリートを傷つけ、火花を散らしカヴェナンターは暴れ馬の如く駆け出した。

 

「ヒャッホウ! 最高ですわ!」

「25km!」

 

ギアを上げていくたびに彼女達は高揚の波を大きくしていく。ローズヒップと薫子はその速度に興奮を抑えきれないでいた。加速する度に頭の中でドラムが鳴りギターが叫んでいる気分だ。

 

「26、27、28、29、30! 31、32!」

「まだまだですわ!」

「35、36、37、38、39、40!」

「この熱気が最高ですわ!」

 

上がる速度に体温。汗ばんできたので制服のカーディガンをローズヒップは脱ぎ捨て、片手でぶんぶん回す。ついでにエンジンと中毒症状までもが回転数を上げてカヴェナンターは加速し、熱くなっていく。

 

「たぎりますわ! 今まで感じたことのない体感ですわ!」

「45! 46! 47! 踏ん張ってください12気筒!」

 

目をグルグルと回し、上昇の止まらない体温とパンツァーハイに酔いしれる。障害物を華麗なテクニックで避け、一向にスピードを落とそうとしない。普通なら止めるか減速を選ぶだろう。だがしかし、彼女達の耳に英国面がささやくのだ。もっと、もっと熱を! と。

 

今やお嬢様と言う体裁を捨てて薫子もローズヒップも汗で身体を濡らし、髪の毛がしっとりとしてセットが崩れ、Yシャツが透けようと一向に構わなかった。体感温度40℃だろうが、気にしない。下着が透けてみえようがどうでもいい、ただこの速さに、聖グロの韋駄天として今を全力で生きるのだ。

 

「48、49! 50! 50! 50!」

「アドレナリンをもっと! ぶっ飛ばしますわよ! Hurry! Hurry!」

「世界を縮めろ!」

 

50km、アルミ転輪が高速回転しカヴェナンターは最高の速度と熱を彼女たちに注いでいた。誰がこんな素晴らしい戦車を倉庫にぶち込んだのか、ダージリン様のケチ、いけず、奇人!と言わずにいられない。こんな風と一緒になれる最高に“燃え上がる”戦車を隠すとは何たる愚行か! 

 

「前方に敵戦車ですわ!」

「どうします?!」

 

トリップする寸前までにアガった二人の目の前に三台の戦車が立ちふさがった。三台ともノロマで真ん中の一台は随分と長い車体を持っていて何だか偉そうに待ち構えているようにローズヒップには見えた。すると三台はこちらに向かって砲撃を開始しだした。敵車の発砲音は二ポンド砲と6ポンド砲にそっくりで砲塔の真横を砲弾が通り過ぎて行った。

 

「しゃらくさいおマネを! 薫子! 例のアレですわ!」

「Yes your Majesty!」

「ぶっ飛ばして差し上げますわ! 薫子左右にフェイントをかけつつ前進ですわよ!」

「Yes your  Highness!」

「あと、どうでもいいですけど位が下がってますわ!」

「All Hail  Covenanter!」

 

戦闘中でもよく聞こえるローズヒップの声に従い薫子はその才を発揮する。目をグルグル回す薫子は左右のレバーを操作し、右へ左へとゆさぶりをかけて、狙いを絞らせない。これこそが二人の戦車道、接近するまでのチキンレースだ。敵戦車は正確に発砲するがローズヒップの勘と目に薫子の腕が加わって命中しない。

 

狭い窓から見える発砲炎と空を切る砲弾の音。本能を直接刺激する感覚に背筋を震わせ、悲鳴をあげるが同時に笑みを浮かべる。ざりざりと埃まみれの無線機が鳴るがお構いなしだ。気にしないでいると、ローズヒップが足をバタバタさせているうちに蹴ってしまい、壊れてしまった。

 

猛烈な熱気とアドレナリンで薫子は視界がぼやけてきたが、それでも前進と回避を止めない。むしろ加速していった。

 

「薫子! 車体を右に滑らせた後に加速! 大洗ターンをあの偉そうなのにぶち込みますわよ!」

「なんかチャーチルに似てませんか?!」

「気のせいですわ! それにしてもトロい戦車ですわね!」

 

中央の長い車両が砲を発射し、カヴェナンターの砲塔左側面に命中した。その衝撃で戦車そのものが敵に対し右側面をさらけ出す形となるが、その瞬間にローズヒップは加速を指示した。

 

敵の残り二両がそれぞれ発砲するがカヴェナンターはスルリと二ポンド砲の攻撃を回避し中央の隊長者らしき車両の前方へと進もうとする。ローズヒップは二両の間に割り込んでターンを決め、偉そうな車の後方へと回る気でいた。

 

「薫子!」

 

そして絶好の時に指示したがカヴェナンターはターンしなかった。もう一度指示しても返事すら返ってこない。何をやっているのかと思って車内をローズヒップは覗き込んだ。

 

「薫子! ターンですわ! ターン!」

 

そこでローズヒップが見たのはオーバーヒートを起こして白目を剥いた薫子であった。

 

「おののの?」

 

気が付けばローズヒップもそこでスルリと車内へと落ちてしまった。力が抜けて車長席に座り込む形となって意識がぷっつりと消えた。

 

当然主を失ったカヴェナンターは減速こそしたものの、敵車両の側面に思い切り突っ込んでクラッシュした。ぶつかった相手は勿論、「どけち」「奇人」「いけず」なダージリンの「トロい」愛車チャーチルMk.Ⅶの隣のルクリリ車であった。

 

 

 

 

 

 

 

牽引車と救急車が行き来する中、チャーチル歩兵戦車の上で優雅に紅茶を飲む少女が一人と両隣に同年代の少女が二人。三人とも寝間着姿の上にパンツァ―ジャケットを着ており、ナイトキャップを被ったオレンジペコがあくびをする。

 

「こんな言葉を知っている? 『敵のために火を吹く怒りも、過熱しすぎては自分が火傷する』」

「シェイクスピアですね」

「それが何の意味を? ダージリン様」

 

アッサムが問いかけるとダージリンはあくまで静かに答えた。

 

「今回の件、私があの二人をマチルダに乗せたのが行けなかったのかしら? 彼女達怒っていたのかしら? よりにもよってあんな物に手を出すなんて」

 

ダージリンが言う“あんな物”とは勿論カヴェナンターの事であった。

 

「これは流石にあの二人がちょっと……」

「お馬鹿さんだからでしょうか? 学生成績では優秀とのデータがありますが」

 

ダージリンにアッサムとオレンジペコが同意した。カヴェナンター巡航戦車に乗ること自体がアホだとしか言いようがないからだ。

 

カヴェナンターは一言で英国面である。しかも悪い方での英国面である。この戦車はエンジン冷却部に欠陥を抱えていた。車高を低く抑えようとして余分なスペースが生まれず仕方なくラジエーターを前部に搭載しなくてはならず、このラジエーターの配管を車内に通してしまったために車内温度が40度とサウナを作ってしまう悪夢のメカニズムを発揮するのだ。

 

生産時期がフランスからイギリスが撤退した後と言うこともあってトライアルを省略しまくって採用してしまい、欠陥がそのまま残り、エンジンもしくは搭乗者のオーバーヒートを連発して、結局訓練用として使われて終わりとなった悲しき車両なのである。

 

今少しの時間と予算があれば、弁解の余地が与えられる程度になっていたかもしれないが、真に英国面は罪悪である。しかも、こんなものを1365両、ドイツのティ―ガーⅠより多く作ったのだから更に業は深い。

 

ローズヒップたちが車内で急激に体温が上がったり、砲手も砲弾もないのに戦闘を始めたり、チャーチルを認識できなかったのは興奮とこの車両特性によってもたらされたという訳だ。決して二人がとんでもないお馬鹿さんだからではない。全ては英国面が悪い。

 

そんな悲しき戦車からローズヒップと薫子は引っ張り出されて、救急車に蒸れた二人が担架で運ばれていった。目を回しつつも興奮の夢から覚めないようでうわごとを囁いている。

 

「50、50kmは私の手に」

「聖グロ1の俊足からは逃げられないんですのよ……」

 

そんな二人にダージリンはニコリと笑った。

 

「さて、ペコ」

「はい」

「私の怒りはどうすればいいのでしょうね?」

 

真夜中に叩き起こされたレディの怒りは相当な物であった。いや、もしかしたらぶつかった衝撃で零した紅茶の怒りかも知れない、とオレンジペコは思った。

 

そして彼女はある一つの事実を知っていた。目の前の欠陥車両を「可愛いから」と言って捨てないでいたのが誰だったかを。

 

そう、捨てられない価値ある品と言っていたのがどこの“どなた様”だったかを。

 

 

ため息を一つ吐いて夜空を見上げれば流れ星が二つ。オレンジペコはそのお星さまに願った。

 

「お馬鹿さん達がマシになりますように」

 

その時どこかで弦楽器が鳴った気がした。

 

 

 

 

如何なる時でも優雅であれ――聖グロリアーナ女学院。

 




今回はネタ少な目かもしれませんね。何分ミリタリー知識はにわか以下なので間違いがあれば教えてほしいです。

感想はいつでも大歓迎です。

注意 勘違いでクルセイダーにキューボラと書いてましたが修正しました。

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